ガンダムを格納している倉庫の入り口で、ニールはダブルオーを見上げていた。
パイロットスーツに身を包みイアンと調整を行っている姿を見ると未だにガンダム馬鹿なんだな、と思わず笑みが漏れてしまう。イアンの持つ端末をコクピットの淵に身を乗り出し覗いている刹那を見つめているとニールの眉間に皺が寄ってきた。くっきりと深い皺を刻むと今度は首を傾げる。
「なんて顔してるのよ?色男が台無しよ?」
「ん?あぁ、ミススメラギ……」
「それとももう老眼ですか?」
「な?!んなわけねぇだろ!冗談にしてもきっついぞ、ティエリア!」
入り口の扉が開くと、相変わらずの美貌に更なる磨きがかかったスメラギが入ってきた。更にその後へティエリアが続く。スメラギの軽口は相変わらずだが、何時の間にやら冗談を言えるようになったティエリアの言葉は少々キツイものがある。今だから冗談で笑って流せるが、4年前だと同じ言葉でもきっとそれは本気の言葉だったろうから精神的ダメージは計り知れないだろう。
「そんなしかめっ面をしてるからですよ。」
「あぁ、はいはい……で?2人がココに来るってことは……」
「えぇ、貴方に今後してもらう事が決まったわ」
「そりゃ光栄だ。今んとこ何もすることがなくて肩身が狭かったからな。」
「それ以上に歯がゆかったんでしょ?」
「まぁね?それで?俺は何を?」
「ガンダムで後方支援をしてもらいます。」
「……ガンダムで?」
てっきりプトレマイオスの操縦辺りを任されるのかと思えばガンダムでの後方支援という言葉が出てきた。思わず壁に凭れかけさせていた背中を浮かせて2人を向き直る。驚いた表情のまま固まってしまったニールを2人は苦笑して見上げていた。
「刹那には最初反対されてたんだけどね?」
「……でしょうね……」
「だが、初代ロックオンを戦線離脱させるのはあまりに惜しい。それに我々ソレスタルビーイングの戦力ははっきり言って低い。技術と能力が勝っていたとしても数で迫られれば圧倒的に不利だ。」
「だからそれを少しでも軽減出来るなら……ってことで納得してもらったわ。」
「それでも……よく納得したな、あいつ。」
2人の意見も、今のソレスタルビーイングと世界情勢を知れば納得できるが……あの頑固な刹那がよく首を縦に振ったな、と思わず振り仰いでしまう。その視線の先ではまだイアンと端末を覗きこむ刹那の姿がある。
「まぁ、発破をかけちゃったからねぇ……」
「はい?」
「今度こそ守って見せろと言ったんですよ。」
「ちょっ……それ暴走しやすくしたんじゃ……」
「だぁいじょーぶよぉ。刹那ももう大人なんだから。」
「自我のコントロールは完璧です。」
「はぁ……成長したってことっスかねぇ……」
もう一度、今度は三人で刹那を振り仰ぐ。するとさすがに寄せられる視線に気付いたのかこちらを振り向き首を傾げた。それへ苦笑を漏らし、なんでもないという意を込めて手をひらひらと振るともう一度首を傾げて再び作業へ没頭し始める。
「機体の性能はケルディムと似せて作ってもらいます。機体の搬入が済み次第戦線復帰。よろしくお願いします。」
「りょーかい。」
「期待してるわよ?初代。」
「はいはい。それまでにシュミュレーションを重ねて勘を取り戻しときますよ。」
2人から肩を叩かれ、更に苦笑を浮かべるニールはふと思い出したと言わんばかりの表情になる。
「ところでさ……刹那のパイスー……きついんじゃないのか?あれ、かなり押さえつけられてると思うんだが……」
「え?……そう?」
「パイロットスーツは再会してすぐに計測して作ったんですが……どこか引きつってますか?」
「引きつってるってか……間っ平らになってんじゃねぇか。」
「どこが?」
「は?どこが?って見りゃ分かるでしょ?」
「間っ平らになってるところなんてありますか?」
「え?」
ニールの言葉に2人は首を傾げるばかりで……そんな状態の2人にニールはある一つの可能性に行き着いた。
「まさかッ……あいつ!」
「え?どうしたの?」
「何かあるんですか?ロックオン」
瞬時に鬼の形相へと変化したニールにきょとりとする2人をそのままにぐるりとダブルオーを振り仰ぐ。するとちょうど調整が終わったのかイアンに軽く手を振りながら降りてくる刹那が見えた。これ幸いとばかりにニールが大声を張り上げて呼び寄せる。その必死そうな呼び声に刹那は一瞬驚きに足を止まらせはしたが小走りに近寄ってきた。
更にその声に驚いたのは刹那だけでなく、ダブルオーの隣にあるケルディムの足元でアレルヤと話していたライルも振り向き、アレルヤの方もきょとりと目を瞬いている。
「どうかしたのか?ロックオン」
「どうかしたじゃねぇだろ!」
横まで来た刹那の両肩をガッシと掴み喰いかかる勢いで詰め寄る。そんなニールに対して刹那は相変わらずぱちくりと目を瞬かせるだけだった。
「あん時の約束覚えてないのか!?」
「約束?いつの約束だ?」
「いつって俺が最後に出撃したときだよ!」
「………覚えてる。」
「覚えてんなら何でそんな形してんだ?!」
「だってあんたがいなくなった。」
「俺はいなくなったが、お前さんは帰還しただろうが!」
「でもあんたがいない。」
「……俺と一緒に言うつもりだったのかよ?」
「そうだ。あんたと一緒にした約束だから一緒でなければ意味がないと思った。」
「それでも……」
周囲を無視した口論に口を挟む隙もなく…初めはティエリアとスメラギが傍聴している状態だったのだが、あの飄々としたニールの豹変っぷりに何事かと気になったライルとアレルヤも近くまで近づいて来ていた。ついでにさっきまで顔を付き合わせて調整をしていたイアンと彼の手伝いに借り出されていたミレイナもいる。そんな風に増えたギャラリーを意識していないのか、眼中に留めていないのか……刹那の肩に手を突いたままがくりと首をもたげてしまった。そんなニールをただじっと見つめる刹那にスメラギは一旦落ち着いてもらった方がいいのか、と声をかけようとしたが、それよりも先にニールの声が響いた。
「……もういい……過ぎたことだ。で?」
「なんだ?」
「計測はしてんだろ?段階はいくつになったんだ?」
「……4。」
「4!?それをこの状態にしてんのか!」
「あぁ。」
「あぁ、じゃなくて!窒息するだろ!」
「今のところない。だから問題ない。」
「問題ありだ!何時何があるか分からないのにそんな状態で動き回ってたら呼吸困難になるに決まってんだろ!」
「なったことはない。」
「今はなくともッ!」
「はーい、ストップ!」
更に激昂しそうなニールと以前より表情が読みやすくなった刹那の間にライルが割って入る。ニールのこの様子からどうやら刹那が何か無茶しているのは分かるし、刹那の方はニールとの約束を守ろうとした結果に過ぎないというのは理解できた。しかし肝心の主題が見えないので何を言い争っているか分からないのだ。どうやらその主題とやらは仲間に話さなければならなかった事のようで尚更一度冷静になってもらわなければまともな話も出来ない。
「お2人さん、お互い言い分はあるんだろうけど……もうちょっと回りに配慮してくんない?」
苦笑を浮かべるライルを見、ふと回りに視線を走らせると2人を中心に円陣が組まれてしまっている。
「あ……」
「すんません……」
「で?口論の原因は何?」
「あー……っと……」
盛大にため息をつき腕組みをするスメラギにニールは頬を掻いてちらりと横へ視線を滑らせる。すると刹那も視線を投げかけていてしっかりと目が合った。刹那が小さく頷くのを見てニールは腹を括る。
「実はですね……刹那は……女なんです。」
ニールの言葉を最後にしんと静まり返る事数秒。びしりと固まってしまった面々の中でいち早く復活したのはライルだった。
「……いや?いやいやいやいやいや……兄さん、冗談にも程があるぜ?」
「全くだ。ちっとも笑えんぞ?」
「セイエイさんはどこからどうみても格好いい青年さんですぅ。」
「ロックオン・ストラトス、この冗談はナンセンスだ。」
「そ、そうだよ、ロックオン。刹那が女性だなんて……ね?刹那。」
「や、冗談じゃねぇし。」
「事実だ。」
「刹那まで話にあわせなくても……スメラギさんも何か言ってくださいよ?」
真剣な表情で頷く2人にお手上げだとばかりにスメラギへ視線を移せば彼女は苦笑いを浮かべている。その反応に一同は目を瞠った。
「本当のことなの。」
「「「「「えぇ!?」」」」」
盛大に驚いた声を重ねた周囲を気にせずスメラギは2人に近寄ると4年前よりも随分高い位置になった刹那の頭を優しく撫でてやる。
「ねぇ、ロックオンはいつ知ったの?」
「え〜と……確か……初の長期ミッションの時かな。」
「あら……相部屋の時じゃないのね?」
「あの頃はただの貧弱なガキだったんで。」
「なるほどね。けど長期ミッションの頃になると……」
「発育不良だった体もちゃんと生来の形に近づいてきて独特の柔らかさが出てきてたんですよ。で、見た目には分かりづらくとも寝る時の薄着で擦り寄られたりしたらバレバレってもんでしょ。」
「擦り寄った?刹那が?」
「夜中起き出したと思ったら寒いとか言っていきなり俺のベッドに潜り込んできてぴったり寄り添うし、気持ちよさそうに目を細めたと思ったら首元に額擦り付けてくるし……とんだ仔猫っぷりですよ。しかも思い切り抱きついてくるからもうびっくりですよ。」
「あの時は……人肌が恋しかったんだ……」
「あらあら」
目元を僅かに染めて呟く刹那にスメラギは微笑ましそうな笑みを向け、ニールはそんな刹那の頭を優しく撫でている。その和やかな雰囲気とは裏腹に回りは完全置いてけぼりを食らっている。事実をぽんと投げかけられただけでなんのフォローもない。
「「ちょっと待ったぁー!!!」」
今度も素早い復活を遂げたライルと今にも血管をぶち切れさせそうなティエリアの声が綺麗に重なった。その2人の間に位置する場所ではアレルヤが口から魂でも出ているかの如く放心状態になっており、ニールと刹那を挟んだ向かい側でも顎が外れそうなくらいに大口を開けたまま固まったイアンがいる。その横にいるミレイナは何故だか瞳を輝かせ始めていた。
「4年前ッいや、それ以上前から性別を偽っていたのか!?刹那!」
「あぁ、ソレスタルビーイングにくる前から男として生活をしていたからずっとそのままだ。」
「ヴェーダのプロフィールは?!」
「あぁ、誤入力でしょうね。」
「分かっていたなら何故そのままにしたんですか!?」
「えーと……面倒だったから?」
「いい加減過ぎるだろ!それ!」
「いや、それ以前に刹那の意志でもあったし……」
「「刹那の意志!?」」
「小さい頃から女は戦場に立ってはいけないと育てられた。だから俺は男でないとならない。」
「けど今はもうそれが偏見だという事を分かってんだろう?!」
「そうだ!ネーナ・トリニティがマイスターとして戦っている!」
「分かっている。だから打ち明けるタイミングをロックオンに相談して約束をした。
『戦いが終わったらみんなに打ち明けよう』と。」
「……で、兄さんが帰らぬ人となって……」
「……その約束は実行されなかったのか……」
刹那の言い分と事情を知っていたらしいニールとスメラギの言葉から経緯が伺えた。叫び続けていた二人の肩ががくりと落ちてしまう。もう少しつっこんで聞いてみれば、医療班(以前はモレノ、現在はアニュー)にはとうに伝えてあり、事情を話した上で伏せてもらっていたらしい。ここを除けばあと刹那が女だとばれるのは着替えの時くらい。それも4年前にニールと色々相談してさり気無く着替えの時間をずらし、入浴の時間をずらし、としていたので、それを守っていれば全くばれる事無く過ごせたということだ。
もうどこまで呆れればいいのか分からない。完全に俯いてしまった男性陣に反してミレイナは意気揚々ときらきら輝いている。
「はいはい!質問でーす!」
「どうしたの?ミレイナ」
「セイエイさんが女性なのでしたら、今スーツの中でお胸はどうなっちゃってるんですかぁ?」
「「「「!」」」」
「それを言い争ってたんだけどな…」
ミレイナの質問に男性陣がびくりと体を揺らしたが、大きくため息を吐くニールと相変わらず無表情の刹那は気付いているのかいないのか…スメラギは「あぁ」と納得するだけだった。
「ミス・スメラギ、知ってたんならどうして今刹那がこの状態なんですか?」
「えー……だって貧なのかなぁ……って思ってたんだもの。」
「それ刹那以外だったら絶対傷ついてますよ。」
「えー?じゃあセイエイさんのお胸は大きいんですかぁ?」
「んー……巨の部類に入るんじゃないか?な?」
「俺は標準のサイズを知らない。」
「う〜ん……刹那のサイズっていくつ?」
「段階で4ですって。」
「段階?カップ数ですか?」
「ってことは……え!やだ結構おっきいんじゃない!それをこの状態にしてるの!?」
信じられないとばかりに刹那の胸元へ両手をあてがうもプロテクターでさっぱり分からない。これは確かに。どう考えても中でぎゅうぎゅうに押さえ込んでいることが安易に想像出来る。
「はわー、ミレイナよりおっきいですぅ〜」
「数値はそろそろ5にかかりかけていた。」
「えぇ!?だったら尚更キツイんじゃないの?」
「……そういえば最近スーツのファスナーが上がりにくい。」
「そりゃそうでしょうよ……」
「……あの……」
「「うん?」」
羞恥などまったくないのかといわんばかりの会話におずおずとしたアレルヤの声が割り込んできた。ニールとスメラギが不思議そうに目を向ければ、赤い顔のアレルヤが微妙に離れたところから片手を上げて意見の主張をしたそうにしている。
「そういう会話は……出来れば違うところで……」
「「………あ。」」
ふと気付けば、普通に聞き入っているライルとティエリアはまぁ置いておくとして、イアンが格納庫の隅まで移動して膝を抱えて座り込んでしまっている。アレルヤは聞いてはいけないと思いつつも距離を開けるに開けづらかったらしい。健全な男性にこの会話は少々刺激が強すぎたらしい。アレルヤには大変申し訳ない事をしたと気づき、イアンには父親に娘の体事情を聞かせるような逆セクハラ的なことになってしまい、2人は苦笑して場を濁した。
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