「……う〜わ……なんじゃこりゃ……」
単独ミッションに出てようやく帰還。思った以上に骨の折れるミッションに癒しを求めながら帰ってみれば……
「おかぁりぃ〜」
成果の報告に向かうべく訪ねた先の……スメラギの部屋。いつも通りアルコールの匂いがするのは慣れているのだが、今回はそれどころではない。頬を赤くしたスメラギがへべれけ状態で出迎えてくれた瞬間、来るんじゃなかった…と思わず後悔してしまった。
「ただいま……て、なんですか、この地獄絵図は……」
「んーとぉ……ひさしぶいにぃー、のみあかひてみましゅたぁ〜」
「で……身近な人間も巻き込んでみたんですね?」
「はぁ〜い」
上機嫌な彼女の言葉通り、恐らくは徹夜で飲み会でもしてたのか、まさしく死屍累々。イアンとラッセはもとより、リヒティやクリス、アレルヤまで床に転がっている。手当たり次第連れ込んだ、という所か。
そういえば、彼女はだいたい今頃の時期になると、こうやって呂律が回らなくなるくらいに酒を煽る日がある。まぁ、予報士の彼女が言いだすのだからもちろん敵襲や武力介入に出なくてはならないような事は起きない、と見越しているのだろうけれど……
アレルヤに抱きつかれているリヒティがきっと夢の中ではクリスに抱きつかれていると思っているのだろう、にやけた表情で眠っているのを見て、目を覚ました時の惨状が脳裏に思い描かれる。……ご愁傷様……とだけ呟いて着たままのパイロットスーツの首元を弛めた。正直、部屋の中から漏れるアルコールの匂いでこっちまで酔いそうだ。
「まぁ、たまに息抜きするのもいいですけど……」
「うふふーロックオンも飲もー?」
「ちょっとくらいなら付き合いますけど……その前に刹那は出掛けてんですか?」
足元もおぼつかない程に酒をお召しになったのだろう、戦術予報士殿はその豊満な体を擦りつけて誘ってきた。その誘いに乗ってもいいのだが、今は愛しの可愛い可愛い彼女に会って荒れた心のケアをしたい気分だ。てっきり彼女のことだからいつも通りエクシアの所にいるのかと思って覗いたのだが、今日の所はまだ一度も来ていないらしい。珍しいな、と思いつつ、先に仕事の一環である報告に立ち寄っていたのだ。もしかしたらエクシア抜きのミッションとか?と思い、確認出来る人物を尋ねたに過ぎないのだが。
「んー?せちゅなぁ?あのこならこのへんに…」
「ッはぁ!?」
ふらふら〜っと中に入っていく背中に目を見開いた。床に転がるラッセの辺りに近づく足取りに一瞬そこにいるのか!と思ったが、のたりと跨いでこちらに背を向けて眠るクリスの元へと近寄っていく。人が単独ミッションに出てる間にラッセとくっついて眠っているのか、などと嫉妬が噴き出してしまったが、未遂だったようだ。思わずほっと胸を撫でおろす。
「みぃつぅけた〜☆」
クリスの体をころりと転がすと、その胸に抱き締められている刹那がいる。随分ぎゅうぎゅうに抱きつかれているのか、それとも豊満な胸の圧迫が苦しいのか、眉間にくっきりと皺が寄せられていた。男ならうらやましがるところだが、残念ながら刹那は女の子だし、ロックオンも興味があるのは刹那の体だけなので可哀想に、という感想しか出てこなかった。1人の男としていかがなものか……と、ある意味心配にもなるが……
「ほぉら、せちゅな〜?ろっくおんがお迎えにきたわよぉ〜?」
まるで幼稚園に預けた子供に言うようなその言葉に苦笑が浮かぶ。今刹那が起きていて素面だったら酷く不愉快そうな顔になっただろう。
「……ん〜……?」
「せちゅな?ろっくおんよ?ろっくおん。」
「……んぅ?……」
まったく呂律の回ってないスメラギの声で、のそのそと緩慢な動きを見せながら起き上がった刹那が言葉にならない呻きを立てながら顔を上げた。ぼんやりと開いた瞳で見える世界は霞んでいるのか、こしこしと手の甲で目を擦っている。恐らくちゃんと見えていないな、と判断したロックオンは小さくため息を吐き出した。
「刹那?」
周りを起こさないようにと少々控えめに出した声だったが、刹那には十分だったようだ。擦り続けていた目元から手を離してもう一度顔をあげる。見えているのか見えていないのか、理解出来ているのかいないのか判断の付かない表情だが、途端にふわりと花開く笑顔にロックオンは未だかつてない衝撃を受けた。
「ッ!!?!!?!?!?!?!」
一言で言うなら「鼻血が出そう」というところだろう。その貌から目が離せずに口元を手で伏せて必死に耐える。
「……ろっくおー……」
スメラギ以上に呂律の妖しい可愛い声が呼んでくれる。しかもただ呼ぶだけじゃなくて両手を広げて、小首を傾げてまでしてくれているのだ。
「(っっっっっかぁっ!!!)」
漫画的表現を使うなら背景は間違いなくベタフラだ。「可愛い」と大声で叫びたい気持ちを両手で顔を伏せながら身悶えることでなんとか耐えているロックオンをスメラギはニヤニヤと見続けていた。
先日、留美の画策で刹那のドレス姿を拝めた。それはもう……予想を超える似合い方に、流石は留美のコーディネート、と舌を巻いたほどだ。戦争をおっぱじめようって人間が甘いことを、とティエリアに怒られるかもしれないが、スメラギにとっては刹那もフェルトもちゃんと女の子らしいことも経験してほしいのだ。
服装においても。恋愛においても。
その上で刹那もフェルトもとてもよく懐いている相手であるロックオンには、どちらかの彼氏的存在になって欲しい。刹那の……は性別を偽っているから難しい、と思っていたが……最近の二人の様子を見ていたら、有り得ないことじゃないかもしれない。……そう彼女の直感が告げていた。
「……めぇ……」
「ん〜?」
ロックオンの百面相を見ていると、ヤギの鳴き声が聞こえる。おや?と見下ろせばすっかり放置されてしまった刹那が見上げてきていた。どうやらヤギの鳴き声ではなく「ねぇ。」と言いたかったらしい。飲ませ過ぎた自覚の元に座り込んで寂しそうな顔をする刹那に抱きついた。
「どうしたんでちゅか〜?せっちゃ〜ん?」
「……むぅ……」
背中からすっぽりと抱き込み、パンダの親子のようにゆらゆらと揺らしてみる。いつもはすぐに「触るな。」とか言う刹那は回された腕を抱え込み、不満たらたらの表情で唸って見せた。その仕草に思わずスメラギも頬が弛んでしまう。
「あ〜……せっちゃんがしゅねてましゅねぇ〜?」
「……へ?」
ようやく悶絶のおピンク世界から帰還したロックオンは、はた、と振り返る。するとまた新たな悶絶シーンを見せ付けられた。普段は人との接触を極端に嫌う刹那がスメラギに抱き込まれて丸くなっているのだ。しかも上目遣いに頬をぷぅっと脹れさせてじっと見つめてきている。
「……せ、せつ、な?」
「………」
「え、えと……」
「せちゅなはねぇ〜?ずぅ〜っとまってたんでしゅよね〜?」
「あ、え?」
「ろっくおんがぁなかなかぁかえってこにゃくてぇ……」
「は、はぁ……」
「しゃみしかったんでちゅよねぇ〜?」
聞き取りにくいスメラギの言葉を聞いているうちにも刹那の瞳にはじわじわと涙が浮かんできている。いつにないその反応と表情にぶわっと汗が噴き出してきた。
「なのにぃ相手してくれなぁいしぃ〜?」
「い、いや、それ……はっ……」
「……むぅ〜……」
「あらあらせっちゃんないちゃだめでしゅよぉ?」
「ッ!!!」
「あんなひどいおにいしゃんはほったらかしてぇ〜おねぇしゃんが相手してあげましゅからねぇ〜?」
「っまてまてまてまてまて!!!」
ついにぽろりと零れた涙にロックオンのMPが大打撃を与えられた。しかも刹那を囲うようなスメラギの言葉に全身が鳥肌を立てるほどの焦りに陥れられる。
「なぁにぃ〜?」
「俺、が、引き取り、ますっ!」
ぷちぷちと上着のボタンを開き始めるスメラギは、もちろん刹那が女の子だと知っているが、ロックオンは知らない。だから、このままでは女の子だとばれてしまうというこの上ない危機感とともに嫌な汗をだらだら流しながら止めに掛かった。
「そぉお?」
「はい!」
声の大きさに配慮出来ないほど焦っているのだと分かるロックオンにスメラギはにっこりと笑みを浮かべる。そうして腕の中でくたりとしている刹那を解放してあげた。
「せちゅなぁ?ろっくおんがぁ、つれてってくれるってぇ〜。」
「……ろっくぉ……?」
「ぅん、ろっくぉんが。」
ぽろぽろと涙を零したままの刹那が顔を上げた。その瞳に明らかな喜びの色が窺える。
「……ろっくおー……」
「え?」
「あるけないからだっこだってぇ。」
「あぁ、はいはい。」
再び両手を広げた刹那に首を傾げると、スメラギが的確な通訳をしてくれた。ごろごろと転がるメンバーを踏まないように気をつけながら入っていくと刹那の表情が喜びの笑みでいっぱいになっていく。伸ばされた腕を首に絡めると待ってました、と言わんばかりにきゅっと抱きついてくれる。しかしそれとともにふわりと香るアルコールに口が引きつった。
「……ろっくぉ……」
「はいはい。いい子だからそのまま大人しくしろよー?」
「よかったでちゅねー?せちゅな〜」
「ん〜……」
よほどうれしいのか、首元にすりすりと懐いてくる刹那は堪らなく可愛らしい。それとともにふと心配も過る。
「……ったく……一体どんなけ飲ませたんですか?」
「……ん〜……とぉ〜……」
「……あぁ、はいはい。もういいです。」
こてん、こてん、と首を傾げるばかりのスメラギにロックオンは呆れた顔をした。どうやら覚えていないほどに呑ませたらしい。未成年になんてことを、とげんなりしながらも刹那の両足を抱え直した。
「じゃ、寝かしてきます。」
「ん〜……よろしくぅ〜」
ご機嫌よろしくひらひらと手を振るスメラギにもう一度ため息を吐き出してロックオンは部屋を後にした。
* * * * *
「……ろっくぉー……」
「はーい。」
「……ろっくおー……」
「はいはーい。」
ご機嫌なのはスメラギだけではなかったようで…お姫様抱っこで部屋に向かう廊下の中。足をぷらぷらと動かす刹那は嬉しそうに名前を呼び続けている。首元にかかる熱い息に少々むらむらしてくるが、今は何より刹那を運ぶことが先決、と理性をフル活動中のロックオンは思った以上に長い道のりをとぼとぼと歩いていた。
「……ろっくぉー……」
「はぁい。」
「……ろっくお……」
「んー?」
呼び続けていた声が少し小さくなって体がきゅっと丸められる。首に回された腕にも少し力が籠ったので、もしかして気分が悪くなったか?と心配になった。立ち止まって背中を擦ってみるも変化がない。首に埋められた顔を覗きこむことも出来ず、仕方なく安心出来るようにと少し強く抱き締めた。
「……刹那?」
あまりにも動かないし、しゃべらないので呼びかけてみた。すると首に押し当てた額がぐりぐりと更に押し付けられる。
「気分が悪いのか?」
「……んーん……」
「……違う、のか?」
「……んー……」
とりあえずは吐きそう、だとか、気持ち悪い、とかではなさそうだ。なにはともあれ、さっさと横に寝かせた方がいいな、と少々歩くスピードを上げる。
「……ろっくぉ……」
「うん?」
「……きもちぃ……」
「え?」
「……ろっくぉ……の……におぃ……きもちぃい……」
ぽつりと囁かれた言葉を聞き返すと、たどたどしくもちゃんと紡ぎ出してくれた。……が、ロックオンの理性が決壊するような衝撃と共に繰り出されてしまった。……はふ……とうっとりしたため息とともに四肢も弛緩していく。どうやら強張ったかと思った体は匂いを楽しんでいたようだ。
「………せつ、な……」
「……んぅ?」
「……おにぃさん……色々とヤバイんですけど?」
「……ぅん??」
まず第一に……ぴたりと体にフィットするパイロットスーツの一部分が必要以上に張り詰めて痛みすら出てきている。次に、首を擽る髪がくすぐったいやら気持ちいいやら……複雑な気分だ。そしてトドメにこのセリフ。今ここで襲いかかっていいって事か。などととんでもない思考が膨らんでしまう。
もちろん刹那がそんなつもりで言っているのではなくても、愛しの彼女を腕に抱えている現状としては果てしなく拷問に近いお預けだ。
「……部屋に帰ったら知らないからな……」
「……?」
首を傾げているらしい肩の重みに一つため息をついてようやく見えてきた自室の扉にほっとする。
「はぁい、到着ー。」
なんとか抱えながらパネルを操作して中に入る。出て行った時のままだとは思っていたが、何故か枕だけ移動しているらしく、ベッドの真ん中に転がっていた。首を捻りつつ刹那をベッドへと下ろすと途端にころりと寝転がってしまう。そしてそのまま枕を抱えてしまった。
「……刹那?」
「……んぅー?」
「……俺のいない間、部屋に入ってた?」
抱き枕のように抱え込む刹那の格好と、ベッドに寄った皺がぴたりと重なる。もしや、と尋ねてみればもじもじとし始めた。
「ろっくぉ……おそいから……」
「……うん?」
「ここで……ねてた……」
照れているのか、恥ずかしいのか……足をもじもじと擦り寄せて枕の影から上目遣いにぽそぽそと話す様は愛らしいことこの上ない。
「……あー……うん。淋しかったんだ?」
「……ん……」
「ここなら……俺の匂いするから気持ち良かったんだな?」
「……ぅん……」
すぐ横に腰掛けて黒髪をさらさらと撫でてやるとくすぐったそうに身を捩った。まるで飼い猫のようだと小さく笑うと覆い被さる様に上体を倒して赤く染まる頬に口づける。
「じゃあ……うんと可愛がってやんないとな?」
「……ん……」
ちゅっ……ちゅっ……と顔中に口づけを散らして、いい子にしてたご褒美にと囁いてやると嬉しそうに瞳を細めるからこちらも嬉しくなる。ふと枕に埋めた顔を上げて瞳を閉じたままに唇を尖らせるから、くすりと小さく笑いを零して要求通りに唇を重ねた。
「……んっ……」
鼻にかかるうっとりとした声が漏れ出る。重ね合わせるだけかと思えば、よほど淋しかったのか、ちろりと舌が舐めてきた。珍しく積極的な求め方に口を開いて招き入れてやると、おずおずと入ってきた小さな舌が己の舌を舐めてくる。顎を上げて更に深く重ね合わせてくる刹那の後頭部を鷲掴みにすると、枕から離れた指先がスーツの隙間を縫って来た。開けたファスナーの隙間から手を這わせ、体温、形を確かめるようにじっくりと這わせてくる。
「……んぁ……」
刹那がその気なのは嬉しいのだが、生憎とミッションクリアしたその足で帰ってきたのでかなり汗臭くなっている。その体で刹那を抱くのは少々気が引けた。舌をキツク吸い上げてから解放するとため息が漏れる。とろりと蕩けた貌に口づけてベッドから降りて行った。スーツを脱ぎながらシャワールームへと足を向ける。
「……?……ろっくぉ?」
「んー……今すぐ喰ってやりたいんだがな…さすがに直行で帰ってきたもんだから、汗を流したいかなぁって。」
「……またかくのに?」
「うん、まぁ……そうなんだけどさ……」
正直に言えば人を殺した直後の手で刹那に触れたくない、といった理由だ。けれど今さら、という気持ちもあり、刹那も同じマイスターだという考えもある。それでも『刹那』という『癒しの領域』を血にまみれた手で触れたくなかった。
「すぐ出てくるから。」
「……いや。」
「……いやって……」
もう少しだけいい子で待ってて、と言うニュアンスを含めたが、ぷっくり膨れた頬で首を振られてしまった。よじよじとベッドの上を移動すると覚束ない足取りで追いかけてきてぽふりと抱きついてくる。
「(何この可愛い生き物ッ!?)」
すぐにでもめちゃくちゃに抱き締めてしまいたい衝動で手がぷるぷると震えるが、今この細い肩を掴めば間違いなく床に押し倒すに違いないので必死に耐える。
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