「たまにはこういう事もよろしいんじゃなくて?」

 朗らかに笑う王留美が持ってきた提案にスメラギの瞳が輝いた。

 彼女が持ってきたのは新年を祝うセレブリティーのパーティーで、各国の著名人も参加するものだ。何故そんな提案を持ってきたかというと…彼女なりの労いであり、張り詰めた戦場ばかりに居る彼らに息抜きと称した休暇を与えたいのだという。
 CBとしては…パーティーに紛れることが出来ればこちらの活動で人々にどういう波紋が広がっているのか分かるだろうといった狙いもある。また、そういった事を直に知る事で自分達の活動を実感出来るというのも理由かもしれない。
 しかし、表向きの理由はそれらであってもスメラギとしては美味しいお酒が飲めるというのが重要だったりもする。なのでこの提案には是が非でも乗りたいのだ。一応、『任務』としてクルーに話はするが、参加人員は希望制にする。マイスターの4人は何かあった時の現場実働班として全員参加。スメラギはもちろん参加として、華やかな場所に興味津々なクリスも参加。フェルトは最初やめておくと言っていたが、クリスによって強引に参加になった。リヒティはトレミーの操縦があるから参加を却下され、イアンはそういった場所が苦手だし年齢を理由に不参加だという。モレノも同じような理由で断ってきた。ラッセはスメラギが潰れた時の介抱役として参加ということになり、結局、参加は8人。

「それじゃ、一時間後にここへ集合!」

 明らかにウキウキしたスメラギの声で各々自室へ着替えに戻っていく。正装を持っていないと思えば、しっかり全員分用意していた辺り抜かりない。そこまで必死な雰囲気のスメラギに苦笑を交え、ロックオンは渡されたスーツを両腕に抱える刹那をちらりと横目で見遣る。

−…まぁ…仕方ないわな…

 刹那が女の子だと知っているのは限られた人間であり、こういった場で用意される衣装も当然男物だ。重々分かってはいるのだが…彼女の可愛い姿を見たかったと願うのは悪い事ではないだろう。
 ロックオン自身も渡されたスーツ一式を肩に担ぎ部屋に戻ろうとしたが、ふと思いついて目の前を歩いていく刹那の腕を取った。突然引かれたので刹那もぱちくりと目を瞬きながらも見上げてくる。

「?どうした?」
「いや…お前さんさ…スーツとかって…着た事あったっけ?」
「いや、ないが。」
「あー…でも…大丈夫かな…?」
「?…何?」
「うん、いいか。一緒に着替えようぜ?」
「??…構わないが。」

 にこにこと人のいい笑みで誤魔化して、刹那の背をぽんぽんと叩き部屋へと促した。

 * * * * *

 刹那の自室に来ると背中合わせに着替え始める。ロックオンが入り口側を陣取っての着替えはいつものことだった。
 ロックオンに用意されたのはシンプルな黒のロングスーツとペイズリーの入ったネイビーカラーのアスコットタイに、胸元を飾るユリの紋章とスワロフスキーの間でチェーンが揺れるラペルピンだった。てっきり燕尾服を用意されているのかと思っていたが、この組み合わせでは略礼装になり、どうやらそれほど格式の高いパーティーではないようだ。息の詰まるようなパーティーかと構えていたが、それほど畏まらなくてもよくて少しほっとしてしまう。
 さくさくと着替えてしまうとアスコットタイの形を整えてラペルピンを襟元に取り付ける。そういえば手袋は外さなくてはいけないのだろうか?と首を傾げて言われたら外すか、と開き直った。

「刹那ー?終わったか?」
「……」
「…?刹那?」

 背を向けたままに声をかけてみるも、返事が返ってこない。どうしたものか…と眉間に皺を寄せているとぽつりと話しかけられる。

「…一応着替えてはいる…」
「?いちおう?」
「…その…」
「……振り返っていい?」
「あぁ。」

 とりあえず許可は下りたのでそろりと振り返ってみると確かに黒のスーツを着込んだ背中が見える。けれどなにやら俯いているらしい。何をしているのかと覗き込むと長細い布を両手に考え込んでいた。

「…やっぱり…ネクタイか。」
「予想していたのか?」
「うん。全員ネクタイかと思ったが、俺のは違ったから刹那も違うのかと思ったんだがな。」

 どうすればいいのか分からない、といった困った顔を向けられたので体ごと向き直るように頭を捻ってやる。すると素直に振り返ってくれた。どうやら刹那にはごく一般的なコーディネートを宛がったようだ。瞳の色に似せたワインレッドのアーガイル柄のネクタイに胸ポケットにも同じ色のチーフが差し込まれていた。その指からネクタイを抜き取ると首にかけてやる。襟を立てて長さを調節するとすんなりと結び引き締めた。

「苦しくないか?」
「ん…大丈夫だ。」

 上を向くようにと顎を捕らえて持ち上げると立てたままの襟を直し始める。衿周りを確かめるように首とシャツの隙間に指を差し入れるとくすぐったそうな声が聞こえた。ふと顔を見てみると首を滑る指先の感覚に耐えているのか、瞳を閉じた刹那の表情がある。きゅっと切なげに寄せられた眉に、まるで口付けを強請っているように見えた。

−…んなアホな…

 思わず己に突っ込みを入れつつ、俯いたままだった為に頬へと掛かった髪を掬い上げてやる。すると擽ったさからますます眉根が下がっていった。さらりと手櫛で整え耳の後ろへと流すと小さく吐息交じりの声が漏れる。

「………」
「?…ろっくお…?」

 ぴたりと止まった指先にどうかしたのかとそろりと瞳を開くと思った以上に近くにあった顔に驚いた。けれど煌く碧の瞳に金縛りにでも遭ったように体が動かなくなる。するりと滑る指先が顎を再び捕らえるとゆっくり持ち上げて唇を重ねあわされた。

 * * * * *

 着替えたら集合、と言われたブリーフィングルームに来ると男性陣ばかりで女性陣の方はまだのようだった。
 それぞれの服装を眺めてみると男性は全員同じような黒のロングスーツなのだが、個々に個性が出るようになっている。
 アレルヤはシルバーグレーの蝶ネクタイとカマーバンドがあわせられ、ティエリアはベルベットのリボンタイに銀色のカフスピンが目をひく。ラッセは黒サテンのクロスタイをパールのタイピンで止め、ダークグレーのベストを着ているのだが、執事に見えてしまうことは黙っておいた。

「みっごとにばらばらなんだな。」
「ホントにねぇ…」
「よくここまで合うものを選んでこれるよなぁ…って感心してたんだ。」

 アレルヤとラッセの近くにくると二人も同じ感想を持ったらしく、苦笑をしあう。

「ティエリアもリボンが可愛いぜ?」
「………」

 ごくごく普通のトーンで言ったつもりだったのだが、ぎらりと一睨みされぷいっと顔を背けられてしまった。そのあまりの気迫に思わず後ずさりしてしまう。遠巻きにするようにじりじりと移動してアレルヤの影にくるとこそりと聞いてみた。

「なんか地雷踏んだ?」
「うん……僕もさっき同じこと言って睨まれた」
「……可愛い、が禁句なんじゃないか?」
「……あぁ……ね?」

 刹那を除いた一同が気まずい空気でいっぱいになっているとようやく女性陣が合流した。救いの手だ!とロックオンとアレルヤの表情が輝く。

「お待たせー。」

 最初に入ってきたクリスは、左サイドだけで一纏めにした髪にエメラルドグリーンのリボンを使い、アップルグリーンのドレスだ。ピンタックの寄った胸元に共布で出来た大きなコサージュが飾られ、腰から下はティアードスカートが膝辺りまで幾重にも重なっている。アクセサリーには大ぶりのパールが使われているが、ドレスが無地なのでさほどインパクトはなかった。  スメラギは艶やかなパープルネービーでフロントと背中が大胆に開き、スリットも足の付け根辺りまで入っている。手首にはゴールドの豪華なバンクルに胸元は覆い隠すようなシャンデリアタイプのネックレスが付けられているが、彼女の雰囲気に沿いより一層華やかさを演出していた。髪も雰囲気に合わせ、高い位置に纏め上げてパールの下がり飾りとワインレッドの薔薇で飾り付けてある。
 フェルトはスメラギと正反対の印象を与えていた。肌の露出を出来る限り抑えたいのだろう、サテンのロンググローブをつけ、首には薔薇のコサージュが着いたチョーカーを付けている。ラベンダーのバルーンスカートが愛らしいドレスには腰にも同じ薔薇で出来たコサージュが付けられ、長いリボンの裾がひらひらと揺れている。ヘアスタイルもいつもと違い、サイドを纏めて耳の後ろ辺りでドレスとお揃いの薔薇飾りを使ってとめてあるだけで残りは全て下ろしてあった。
 普段とは全く違う装いに目の保養になるなぁ…などと少々やに下がってしまう面々にスメラギは感心したように頷いてみせた。

「あらぁ……みんな、似合うじゃない。」
「うんうん!ロックオンもアレルヤもラッセも格好いい!ティエリアも刹那も可愛いし!」
「………」

 びしりとティエリアの眉間に皺が入り、途端に広がる沈黙におや?とクリスが首を傾げる。助けを求めるようにロックオンへ視線を投げかけると苦笑を浮かべて肩をちょいと竦めて見せた。

「……禁句だった?」
「ん〜……男に可愛いってのはちょっと……ねぇ?」

 さらに助けを求めて振り向いたスメラギにも苦笑を浮かべられて補足を付け加えられると、気まずげに俯いた。ますます広がるおかしな沈黙にスメラギは終止符を打つべく手を叩く。

「さ、迎えが来てるでしょうから移動しましょう。」

 * * * * *

 一同を乗せた黒塗りのベンツは王留美の屋敷につけられた。入り口に控えていた紅龍の案内で通された客室にはソファにゆったり腰掛けてお茶を愉しんでいる留美がいる。メンバーが部屋に入ると振り向いてくれた。

「ごめんなさい。待たせたかしら?」
「いいえ、それほどでもなくてよ?」

 にっこりと笑うと立ち上がって近づいてくる。
 留美のドレスは今回もチャイナデザインではあるが、以前着たものと柄行もデザインも変わっていた。長い裾は変わりないが、しっとりと上品な紅色の地に淡いピンクや紫の牡丹が咲き乱れ、縁取りには金色のラインがあしらわれていて更に豪華さが際立つ。髪も高い位置でシニョンにして幾筋か緩いカーブを描いて流れ落ちていた。
 きりっと上がった猫のような瞳でメンバーを見回すと少し首をかしげて見せる。

「……これで全員かしら?」
「えぇ。トレミーの操舵や年齢を理由に何人か断っているけど…参加するのはこのメンバーだけよ。」
「まぁ……困りましたわね。」

 スメラギから確認を取ると綺麗な孤を描いていた眉がへにゃりと曲がってしまった。そんな表情に今度はスメラギが首を傾げる。

「え?どこかおかしいかしら?」
「いいえ、服装は申し分なくってよ?でも……」
「でも?」
「男女のペアでなくてはいけないのよ。」

 困った表情の理由を聞いてみれば、なるほど、と小さく頷く。そうしてメンバーを振り返るとペアを脳内に組み合わせて行った。

「……ってことは……」
「女性の追加が必要なようね。」
「男性を減らすのではダメなんですか?」

 クリスの提案にスメラギが苦笑を返した。

「これはね、もしものミッションを兼ねた練習でもあるのよ。」
「え!?初耳なんですけど!」
「あったりまえじゃない。始めから言ったら備えにならないでしょ?」
「それでも…」

 当然とでもいうような彼女にロックオンは焦ってしまった。彼女の立てるプランなどに驚かされるのは今に始まったことではないが…心構えという点でも話してほしかったと思うのはロックオンだけではないはずだ。その証拠にアレルヤが苦笑を貼り付け、ティエリアの眉間にはくっきりとしわが寄っている。ラッセも呆れた表情を浮かべており刹那も無表情ながらに少し驚いたような瞳をしていた。

「じゃあとにかく女性の追加が必要なのには変わりないのね。」
「となると……大人数になりますわね。」
「それもそうかぁ……」

 女性の追加自体に問題はないらしいが、男性の数に合わせるとなると留美を除いても二桁の人数に膨れてしまう。女性の人数に合わせると今度はマイスター4人を確実に参加させられなくなるのだ。うーん……と唸る二人にまたもクリスを挙手をした。

「ね、ね、スメラギさん!」
「うん?」
「誰か女装してもらうのはダメですかね?」
「なーる!その手があったか!」
「断ります。」

 いかにも名案と言った調子のクリスにスメラギも乗った。さらに留美も賛成のようでしっかりと頷いている。しかしこれで決まりと言う前にティエリアの鋭い声が割って入ってきた。

「まだ何も言ってないじゃない。」
「いいえ。明らかに視線がこちらを向いていました。」
「ティエリアなら顔キレイだしいけると思ったンだけどなー……」
「あぁ、確かに。体の線も細いもんね。」
「殴られたいのか、アレルヤ・ハプティズム。」
「いやいやいや…」

 アレルヤの短所というべきか……うっかりティエリアの地雷を踏んでしまい視線だけでも十分人殺しが出来そうな視線で睨みつけられてしまった。
 青筋を浮き出させながら拳を握る彼から思わず顔を逸らすアレルヤを見ながら、残念でならないといった表情のスメラギがちらと視線を動かす。

「えー……じゃあ……」
「ちょいたんま!」

 次の案を……と言い出す彼女に今度はロックオンが手で制止をかける。その手を見てむっとした顔になった。

「なによ、ロックオン。あなたに頼もうなんて思ってないわよ?」
「あはは。ロックオンの身長じゃ最初から無理だもんね?」
「そりゃ何より……ってそうじゃなくて。」

 楽しげなクリスとお茶目な雰囲気をまとっているスメラギにうっかりと流されかけてしまいながらも、ぐっと堪え切った。そうして少しだけ離れた位置に立っている刹那をぐっと引き寄せる。

「なぁに?」
「刹那にって思ってるでしょう?」
「うん、もちろん。」
「本人の意見丸無視ですかい……」
「刹那なら身長も体型もバッチリですもんね?」
「何気に失礼だぞ、クリス。」

 小さくラッセが突っ込みを入れるも当事者である刹那もクリスも首を傾げるだけだった。暗に小さいのだと言われているのに気付かなかったことにほんの少し感謝しながらも、うっかりみんなの前で女装させてばれてしまったらと冷や汗を流すロックオンにティエリアがきっと睨みつけてきた。

「ロックオン・ストラトス。これは任務だ。」
「あー……まぁ……そうだけど……」
「ならば拒否権はない。」

 すぱっと切り落としてくれる彼の言葉に苦い顔を浮かべながらどうにか言い繕おうとしていると、アレルヤが刹那の顔を覗き込んできた。その表情にきょとりと瞬く刹那は僅かに時間をおいてことりと首をかしげた。

「刹那は?ドレスを着るの、絶対にいやかい?」
「別に。」
「……いいのか?刹那?」
「あぁ。任務である以上どんなこともこなせなくてはならない。」
「いい心がけだ。」

 即答している刹那にティエリアは満足そうに頷いていた。こうなるともう何をしても無理だろう、とため息をつくとスメラギが勝ち誇った笑みを浮かべているのが妙に腹立たしい。けれどこんなことで団体行動を乱すものではないとぐっとこらえた。

「でも……ドレスとかはどうするの?」
「それならばわたくしの衣装を使えばよろしいのでは?」
「え?いいんですか?」
「もちろんよ。刹那であればわたくしの衣装でも入りそうですし、カラーも合うものが見つかると思いますわ。」
「それじゃ……お言葉に甘えて」
「しっかり選びますよ!」
「ちょいまち!」

 今からどこかに繰り出してとしている時間を考え始めていると、留美が助け舟を出してくれた。髪の色はもちろん肌の色も考慮に入れると確かに留美と刹那ならかけ離れていない分合ったものが見つかるだろう。今の刹那の体系も考えたところで身長くらいしか問題はなさそうだ。けれどまたしてもロックオンが待ったをかける。

「なぁに?まだ何かあるの?」
「刹那の衣装選びには俺も参加させてもらいます。」
「ロックオンが?」

 意外だといわんばかりの表情の二人に彼は一歩も譲るつもりはないらしく、しっかりと刹那の肩を掴んだまま神妙な表情をしている。

「お二人さんに任せたらどんな弄られ方するか分からないんでね。」
「えー……そんなに過激なことしないわよぉ?」
「そうそう。ちゃーんと可愛くしてあげるから。」
「その言葉を信じたいですが、保護者として参加します。」

 全く引く気のないロックオンに少々呆れた表情を浮かべながらも苦笑を浮かべたスメラギに自分の意思が通ったことを確認できた。

「あらそう?別にいいけど。」
「じゃあ刹那のエスコート役はロックオンにしてもらうってことで。」

 * * * * *

「ロックオンの直しは終わった?」
「えぇ、まぁ……こんなもんですかね?」

 刹那の着るドレスについてあれこれ口を出しつつ、スメラギから髪型の駄目だしを受けたロックオンは控え室の隅で鏡を覗き込んでいた。長い襟足を括るなり、固めるなりしろ、との指示だ。括るとしたらきっとリボンが付けられてしまう予感に、あまりスタイリング剤を使うのは好きではないが、消去法として固めることにする。
 とりあえず緩いオールバックに固めて後ろへと流し終え振り向いてみると、クリスが瞳を輝かせている。

「うわー……」
「似合うって?」
「えっろーい。」
「おい。」

 返ってきた感想に思わず突っ込みを入れるとからからと笑い声が返ってきた。

「あは。うそうそ。ちゃんと似合ってるよ?」
「えろいの訂正なしかよ。」
「うん。だってホントにエロいもん。」
「そうねぇ……確かにちょっと厭らしい……」
「ちょっ……せめてエロいにとどめといてもらえます?」
「あは☆ごっめーん!」

 何気に酷い言い様にがっくりと肩を落としてしまう。さわやかお兄さんを貫きたかった本人としては限りなく不本意であった。特にスメラギの一言はぐっさりと抉ってくる。お詫びのつもりなのか、ノンフレームの眼鏡を手渡してくれるので、これで少しはましになるだろう、と小さくため息を吐き出した。

「それじゃ、ロックオン。刹那の着替えが終わったらエスコートしてきてあげて。」
「了ー解。」
「会場で待ってるからー。」

 どうやらヘア・メイクが無事に終わったらしく、あとは刹那自身が着替えれば終わりのようだ。にこやかに退室していく二人は任せたと言わんばかりにひらひらと手を振ってくれる。それに応えるように振り返すと静かに扉を閉めて行ってしまった。

「……ロックオン……?」
「うん、ここにいるよ。」

 一気に静かになったところで小さく名前を呼ばれた。振り返ると未だに閉じられたままのカーテンの向こう側からだ。話しやすいようにとすぐ傍まで寄ると壁にもたれかかった。

「みんなはもう行ったのか?」
「あぁ、向こうで待ってるとさ。」
「……そう、か……」
「着替え終わったか?」
「いや……その……」

 珍しく歯切れの悪い声に首を傾げる。何か問題でもあるのか?と思いつつ声をかけてみた。

「?何か困ったことでも?」
「……リボン……結べない……」
「はい?」

 ネクタイは滅多に使う場所がないだけに結び方がわからないというのは分かるが、リボン結びは出来るだろうと思わず声が上ずってしまう。その声の変化に気づいたのだろう、刹那が説明を加えてくれた。

「その……見えないところで結ばないといけないが……綺麗に出来ずに困ってる」
「見えないとこ……背中とか?」
「……そんなところだ」
「…………入っても?」
「構わない。」

 許可を求めればすんなりと受諾される。少し危機感がないようにも思うが、まぁいいか、と流すとカーテンの隙間から体を滑り込ませた。大きな鏡張りの中に刹那が所在なさげに立っているのだが、想像を超える仕上がりに口がしまらない。


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