刹那の反応に思わずにやけているとまた視線だけがちらりと見上げてくる。
「………ずいぶん気に入られたんだな。」
「んー…そうねぇ…気安いお兄さん程度じゃね?」
「………ふぅん…」
「お、なに?嫉妬してくれてんの?」
「言っていろ。」
ぷいっとむくれた顔をしてスタスタと歩いていってしまう刹那を苦笑しながら追いかけてその手を掴み上げる。指を絡めてしっかりと繋ぐと今度は振り払おうとしなかった。
−…女の子らしい格好になったからかな?
人目を気にしなくて良くなったからかも…などとぐるぐる考え、未だに繋がれたままの手に自然と笑みが漏れてきた。
「俺らだけでお茶しようか。」
「………」
「2人じゃいや?」
「………好きにしろ。」
「りょ〜かい。」
刹那の歩調に合わせながらさっきウロウロしている間に見かけたクレープ屋に足を向ける。たしかフルーツがたっぷり盛り付けられたものがあったはずだ。テーブルもあったからそこで食べるのもいいだろう。
* * * * *
「じゃ、ちょいと待ってな?」
「…ん。」
刹那にテーブルを確保しておいてもらってさっそく注文へと向かう。どうやらクレープ屋というのはスウィーツショップの一角でしているらしく、他にもドーナツやケーキがガラスケースの中に所狭しと並んでいた。
ふとアップルパイを見つけたが、色んなものを食べさせてやろうと思って今回はクレープに的を絞ることにした。自分用にブラックコーヒーを注文して刹那にはミックスベリーのクレープと苺の生絞りジュースにしてやる。程なくして出てきた薄ピンクの飲み物と中からフルーツがはみ出すクレープによしよしと満足して早々に運んでいった。
「はい、お待ちどうさん。」
嬉々としてテーブルに戻ると刹那がどこかしらに視線を飛ばしていた。
「?どうした?」
「…見覚えのあるような色の組み合わせを見た気がして…」
「色の組み合わせ?」
「金髪と茶髪。」
「沙慈くんとルイスちゃんは…」
「沙慈は黒髪だ。」
「だよな。」
少々引っかかるが髪の色の取り合わせから該当するような人物が思い当たらない。けれど刹那が気になるという時点で否応なく不安が湧きあがってきた。
「…アザディスタンであった軍人とか?」
「…そういえば似た色だったな…」
色だけで覚えているのはどうだろう?とは思ったが人ごみの中なので仕方ない気もして突っ込まないでおく。
刹那の話では例の軍人は要請があればあちらこちらと飛び回っているらしい。しかし、いずれも戦いへの参加要請であったり防衛の援助であったりしていたはずだ。この平和なニホンに来ている可能性はゼロに等しいだろう。
「しっかし…これだけ人がいたら似た髪色の人間もいるだろ?」
「あぁ…気にしすぎたな。」
「まぁ、用心に越した事はないがな。」
「そうだな…」
ふっと疲労感の感じ取れるため息を吐き出す刹那の横顔を見て珍しいな…と驚いてしまう。それほどまでにあの人物とのやりとりは体力を使うようだ。そんな刹那を微笑を浮かべながら頭を撫でてやると少し驚いたような表情で振り返る。
「安心していいんじゃね?」
「え?」
「今の刹那見て気付くって余程じゃないとないだろ。」
「…だといいが…」
「ま、気付かれたとしても『妹です。』とかって具合に逃げ切れると思うけど?」
「……無責任な言い方だな。」
「ばーか、それほど違うっつてんだろ?」
からかうように頬を指先で突付いてやると一拍置いて頬が赤くなっていく。頬の変化にニヤニヤとしているとぺしりと手を叩き落されてしまった。それでも彼女の顔から視線を離さずにいるときっと睨まれる。確実に機嫌を傾けてしまったが、事実しか言ってないし、と開き直って向かいの席に腰を下ろした。
「それよりさ…せーっかく美味しそうなスウィーツ選んできたのになんの反応もしてくれないのって酷くね?」
「…あ…」
トレイの上から適度に冷めたコーヒーを取り上げて一口啜ると残された2つの甘味にようやく目を落としてくれた。そうして待つこと数秒…驚きに染まった瞳が徐々に輝きを増していく。表情の変化こそないが、ロックオンにははっきりと分かる変化に自分の口元も弛んでいくのを感じ取っていた。
「………」
「どうぞ召し上がれ?」
そっと上がる瞳が上目遣いになっていて可愛さ5割増ではあるが、その視線の意味をちゃんと受け取って刹那の望む言葉を与える。すると小さく「いただきます。」と呟いて嬉々としてフォークを動かしていった。この遣り取りだけでもロックオンにとってはケーキワンホールをぺろりと平らげた気分にさせてくれるのでコーヒー一杯でも充分だったりする。
−…こんな一日もいいな…
張り詰めた戦いの日々にちょっとした穏やかな時間が存在する…幸せなことだな…と微笑みを溢しつつ嬉しそうな愛し子の光景に舌鼓を打つのだった。
* * * * *
「そこな、少女よ!待ちたまえ!!!」
刹那のお腹もロックオンの心も満たされたところでそろそろ帰るか、と出口へ向かっているところに大声が響き渡る。聞き覚えのある声音と嫌な予感に顔を見合わせつつこちらに向かって人垣が割れていく先を確認してしまった。
「…うーわ…」
「………」
まさか…という事態はここという時に訪れるもので…先程話題に出ていた人物が爛々とした瞳と鬼気迫る猛ダッシュで近づいてきていた。その光景に思わず眉間を皺を寄せる刹那と感嘆の声を上げてしまうロックオン…
「…どうする?…」
「や…今頃逃げるのも遅いし…何より『少女』って呼んだから間違いなくお前さんだろうに。」
「…そこら辺の人に行けばいい…」
「…そんな幸運、くれそうにないぜ?あのお兄さんは。」
「………はぁ…」
心の底から「面倒だ」と言わんばかりに重いため息を吐き出している間にも、件の人物はすぐそこまで迫っていた。どう対応するにしてもまず相手の出方を待つしかない事にロックオン自身も軽くため息を吐いて刹那の肩を抱くと引き寄せる。
「…!」
「とりあえず女の子らしい人格で使えそうなの考えとけ。」
「…了解。」
突然引き寄せられて驚いたらしい刹那がぽすりと胸元に当たった頭をもそりと動かして見上げてくるので対策を少しでも練るように伝えるとこくりと頷いてくれた。
「乙女座の私には今日という日が天によって定められていた日だと確信を得た!」
「…ぅわ…」
「君に巡り会うために私はニホンに来たのだとッ!」
ロックオンですら背筋を震わせる言葉の数々にちらりと下へ視線を落とすと予想を超えるほどに固まってしまっている刹那がいる。普段表情には表れないがあまりの言葉に口が開いてしまっていた。
「これぞ運命!まさしく運命の人!!」
「ッ!」
ガシーン!!と重々しい音が鳴りそうな勢いで手を掴まれた刹那の肩がびくりと跳ねる。しかもその勢いのまま倒れそうになったが、ロックオンの体があった為に事なきを得た。ずずいっと近づく顔に引くよう体を後ずさっている刹那をしっかりと抱きとめているのだが、果してどれほどの効果があるのだろうか…
「私と運命について語り合おうではないか!」
「ーーー。」
「…あ、あの〜?」
「む?誰だね?君は。」
あまりの勢いに怖気づき、刹那の硬直っぷりに心配しつつようやく声を挟めそうだ、とそっと呼びかけてみた。すると今まで存在に気付いていなかったのか、きょとりと不思議そうな顔をされてしまった。
「ちょっと、グラハム〜〜〜〜!?」
どうしたものかと全く回らない頭でぐるぐると思考を混ぜていると、モーゼの十戒ごとく別れた人波の奥から誰かが走ってきている。
「どこへ行っていたんだ?カタギリ。」
「どこって…君が…急に…走り…だすから…ッ」
よろよろと辿り着いた人物は息絶え絶えになりながらも、しれっと聞いてくる男に突っ込みを入れている。どうやらまともな人間らしい。…髪型は可笑しいが…
「ホントにもう…あれ?…なぁに?ナンパでもしてたのかい?」
「軟派などではない!運命の出会いだ!」
「いや、だから…その言葉自体もナンパっぽく聞こえるんだって…」
まったくだ…と思わず頷いていると眼鏡の奥の瞳がちらりと上げられる。その視線の先にいるロックオンがぱちくりと瞬いているとコテンと首を傾げられた。
「えーと…保護者様ですか?」
「あ、いや…俺は…」
突然話を振られたものだからどう対処するか全く考えていなかった。むしろ出方を待ってみたもののどうしていいか分からない状況に陥っていたのだ。言葉に詰まってしまっているとグラハムの手を振り払った刹那がぎゅっと抱きついてきた。
「彼氏です!」
頬を赤めながらもキパっと言い切った刹那に目を見開いてしまった。間違ってはいないが、刹那自身がそういった言葉を口にすること自体稀なので、当人もかなり恥ずかしいようだ。抱きつく腕に自然と力が篭っている。
「なんと面妖な!!」
「いや…面妖じゃないでしょ…」
顔面蒼白とまではいかないながらもオーバーリアクションで驚いてみせるグラハムに、カタギリが裏手パンチをかましている。
「いいや、面妖である!男と付き合っていると言ったのだぞ!?」
「うん、普通でしょう。」
「気付いていないのか…カタギリ。」
「はい?」
「この少女…アザディスタンで会った少年だぞ?」
「はぁ??」
「ッ!」
周りに気を使ってくれたのか声のボリュームを絞ってはくれたが、キーワード的に同一人物だと確信しているように思う。けれど認めては全てが終わってしまうのでシラを切り通さなくてはならない。背に嫌な汗が伝うのを感じながらもポーカーフェイスを貫く。
「何言ってるんだい?グラハム。」
「君こそ何故分からないのだ?」
憮然としたグラハムに対してカタギリは呆れた表情を浮かべている。どうやら気付いているのはグラハムだけらしい。
これならなんとかなるかもしれない…と僅かな突破口を潰さないよう慎重に会話を見守った。
「何故って…ここはニホンだよ?」
「それがどうしたのだ?」
「どうしたって…どれだけ離れていると思ってるの?」
「そんなもの…数時間もあればここまで移動できるだろう?」
「そりゃ移動は出来るけど…あの子、現地の子だったでしょ?」
「うむ。旅行で来たのだろう。」
「んー…まぁ仮にそうだとしても…どうして女の子の格好してるわけ?」
「その理由は思い当たる。」
「え?そうなの?」
「もちろんだ!」
「じゃあ…一応聞くけど。どうして?」
「この私を欺く為だ!」
「…単に女の子のお洒落でしょう?」
「否!違うぞ!カタギリ!!普段では全くしない格好を合えてチョイスして私の目をすり抜けようとしたのだ!」
「…あー…」
「この清楚かつ大胆なファッションチョイス!惜しげもなく晒された太腿に落ちそうで落ちない肩回り!大胆に見せかけて大和撫子の如くさらりと揺れる長い髪!実に可憐!実に愛らしい!」
「…はぁ…」
「流石は我が運命の君!!」
鼻息荒く語るグラハムはもはや傍目には変態の域に達しているかもしれない。見た目は悪くなく、スマートにスーツを着こなせているだけに…実に惜しい人だ。
「あのさ…グラハム…」
「なんだ?」
「この子…女の子だよ?」
「見た目はな。」
「えぇ?」
「変装だろう、どう見ても。」
「…いやいやいや…どう見てもって…女の子でしょう。」
「分かっていないな!カタギリ!」
更にヒートアップしていく両者に高みの見物者も徐々に増えていく。ただし巻き込まれない為にも遠巻きにしかいないのだが…そのぽかりと開いた空間に居る身としては非常に居心地が悪かった。
「それにっ…その…ふ、膨らみだってしっかりあるじゃないか!」
「あえて言わせてもらおう、カタギリ!その部位を上げるのは破廉恥であると!」
「言われなくても分かってるよ!」
「だがしかし、それでは確たる証拠にはならない!」
「えぇ!?」
「君の想い人はどうかしらんが…乳房などメロンパンを突っ込めばいくらでも作れるのだ!」
「君の方が破廉恥だしとんでもなく失礼だよ!!!」
この言い合いを繰り広げる二人と他人のフリをしたいのだが、二人して刹那を指しているものだから出来ないでいる。むしろ人を指差すのも失礼だろうとか突っ込みを入れてやりたいがこの勢いある遣り取りに突っ込んでいく勇気が持てない。
「……ぅ……」
「…え?…わぁ!?」
いっそ刹那を担ぎ上げて走り去ってやろうか、と酷い打開策しか浮かばなくなってきた頃、小さい呻き声が聞こえてきた。ふと見下ろしてみると刹那の肩が僅かに震えているのに気付いた。恐る恐る顔を覗きこんでみると瞳からぽろぽろと涙が溢れ眉が八の字を描いている。徐々にしゃくり上げる唇が震え背に回された手がぎゅうっとシャツを握り締めた。
「む?」
「…あ…」
「…っひ…っく…ぅ…」
「あぁ〜…よしよし…酷いこと言われたなぁ…」
「…ぅ〜…」
苦笑を浮かべて涙を拭ってやり背に回されている腕を首に回しなおさせる。そうして抱き上げてやると首元に顔を埋めて本格的に泣き始めてしまった。宥めるように背を摩ってやると事態に気付いた二人がようやく振り向く。
「…泣かせちゃった…」
「…むぅ…」
流石に罪悪感はあるようで、グラハムは青褪め、カタギリは目に見えてアワアワとし始めている。ようやく訪れた脱出のチャンスをロックオンは最大に活用すべくおずおずと声を掛けた。
「あの…今更なんですけど…人違いだと思いますよ?」
「なに!?」
「ですよね!!」
「ほら、世界にはそっくりさんが三人は居るって言うし。」
「しかし!手足の長さ、肉付き、骨格の対比から顔のパーツバランスまで一部の狂いなく本人であると私の魂が反応しているのだ!」
背景を入れるとすればどどーんと波飛沫を上げる海…それも北の海のような荒々しい場所がいいだろう…そこに彼ならばきっと赤富士を入れろとでも言うかもしれない。しかしそんな凄まじい勢いで語られたのは…やはり背筋を寒くさせるような内容でしかなかった。
「あー…はいはい。君の観察力…いや…視姦力?…すっごいのはよく分かったけど。」
「ならば!!」
「でもね、グラハム。このモールに寄ったのはドーナツを買いに来たんだよ?」
「…そういえば。」
「これ以上騒ぐとモノレールの時間…間に合わないし。」
「それは困る!日本庭園が私を待っているのだ!」
「だから、ほら。行くよ。」
名残惜しげにグラハムが振り返るが、本来の目的を示されて渋々従う事にしたらしい…恨みがましい視線を投げかけつつ来た道を戻り始める。
「すいません…お邪魔しちゃって…」
「いやぁ…もう帰るとこだったんで…」
「そうですか…ホントにすいませんでした。お気をつけて…」
ぺこぺこと頭を下げてくれるカタギリの横でグラハムは憮然とした表情のまま、じっと刹那の背を見続けている。いまだ聞こえる泣き声に何も言えずにいるようだ。…かと思えば…
「絶対に諦めない…何故なら私はしつこくてあきらめも悪い、俗に言う人に嫌われるタイプだからだ!」
「はいはい、分かってるから。急ぐよ。」
びしりと指差し…捨て台詞なのだろうか…言うだけ言うと「また会おう〜!」などと叫びながら走り去ってしまった。…その後を追いかけるカタギリの背に哀愁を感じてしまう。
「………嵐が去った…」
思わず呟いた言葉がやけに疲れて聞こえてしまう。周りの視線も痛いので早々に後にすることを決意した。刹那を下ろそうかと考えたが、どうも腕を緩める気配がない。背中を軽く叩いてみてもぴくりとも動かなかった。
「……このままタクシー拾って帰るか。」
「…ん…」
小さく返ってきた声が掠れているのは泣いていたからだろう。けれど…どこか気落ちしているようにも聞こえて僅かな疑問と共にショッピングモールを後にした。
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