「あ!」
「あ…」
「ん?」
「なぁに?」
武力介入の合間に出来た連休。ロックオンは早速トウキョウの刹那が待機するマンションに来ていた。インターフォンで扉を開いてくれた刹那はさも面倒くさそうな表情をしていたが、その実、訪ねてきた事に喜びも感じているのをロックオンは知っている。何故なら数時間前にニホンへ到着した際に連絡を入れたのだが、「来るな。」と言っておきながらちゃんと扉を開けてくれるからだ。
そんな刹那を連れて、買い物というデートへ連れ出せばショッピングモールで声を掛けられる。その人物を確認した刹那も反応するものだから、ロックオンも足を止めて振り返った。…と、そこに立ち止まったのは刹那と同じ年頃のカップルだ。
「知り合いか?刹那。」
「あぁ。」
「えっと…お隣に住んでます。沙慈・クロスロードって言います。」
「あ、ご近所さんなんだ。俺はロックオン・ストラトス。よろしく。」
「は、はい!よろしくお願いします!」
人の良さそうな笑みで自己紹介されるから、こちらも、と名乗り返して手を差し出せばあまり慣れていないのか慌てたように握り返してくれる。あぁ…日本人ぽいよなぁ…なんて考えていると彼の横に居た金髪の少女がじっと見上げてきた。
「あ、あの。僕の…彼女…で…」
「ルイス・ハレヴィっていいまっす!」
元気一杯の笑顔と弾んだ声で自己紹介されて、こちらにも「よろしく。」と手を差し伸べた。そうすればすんなりと握り返してくれるので予想通り欧州近辺出身なのだろうと判断する。イマドキの女の子らしく明るい色のトップスに絶対領域が眩しいミニスカートを合わせていた。思わずちらりと横へ視線を走らせると何を思ったのか気付いたらしく、僅かにむっとした表情を浮かべて顔を反らされた。
「…何も言ってないだろ?」
「言わなくても充分伝わっている。」
「あらそう?」
ぼそぼそと遣り取りをして苦笑を浮かべているとルイスがこてん、と首を傾げた。
「一つお聞きしていいですか?」
「うん?何かな?」
顔が見上げている状態なので視線の先が自分であることは分かっているのでこちらも首を傾げてみた。するととても興味津々な表情で詰め寄られる。
「お二人って恋人同士?」
「え!?」
ルイスの質問に驚いたのはロックオンでもなく、刹那でもなく、彼女の横でじっとしていた沙慈だった。その表情は何かとてつもなく失礼なことを聞いてしまった彼女にどうフォローしようか、と言った色が窺える。
「ななななな何聞いてるの!?ルイス!」
「え?何って。だってすっごくいい感じなんだもん。」
「い、いい感じって…」
「ロックオンさんてどう見ても年上じゃない?どんな風に付き合ってるのかなぁって気になって。」
「付き合って…って…だ、だって刹那くんは…」
「えー!ヤダ、沙慈ってば男の子だと思ってるのー!?」
「え!?えぇ!??違うの!???」
「どう見たって女の子じゃない!」
「あ、う、あ…へ…えぇぇぇ!?」
「ぶふっ…!」
「………」
二人の遣り取りに思わずロックオンは吹いてしまった。どうやらこのルイスという少女は思っていることをはっきりと言い切ってしまう性格らしい。そして沙慈の方はありがままを見たままに捕らえるようだ。その結果、刹那を女の子だと根本的に理解しているルイスと言動から男の子だと思っている沙慈。果してどちらがいいのやら…
目が点になっている沙慈の様子と呆れ顔のルイス、そして二人の言い合いの種となってしまっている仏頂面になった刹那。その取り合わせが可笑しくて仕方なく噴き出してしまった。
「………」
「あー、こらこら。勝手に行ってしまわないの。」
笑いすぎたらしくあまりにも面白くない空気に居た堪れなくなったのか、刹那がどこかに行ってしまおうとするものだから、引き寄せて抱き込んでしまう。両腕でその細い肩を巻き込んでしまうとどうにか離そうと手をかけられるが、力の差で難無く耐えられた。肩の上で組んだ腕のせいで顔の半分位が隠れてしまっているが、眉間の皺の寄り具合からきっと口はへの字を描き、けれども頬はほんのりと桜色に染まっているだろう。
「変なこと聞きました?」
「あぁ、いやいや。鋭いなぁって思ってね。」
「え!」
「じゃあ…」
「うん、付き合ってますよ。彼氏彼女として。」
「やっぱり!」
花を飛び散らす勢いで喜ぶルイスに比べ沙慈はぽかんと口を開いたままだ。しかしその視線はしっかりと刹那に注がれていて、見つめられた当人はとてつもなく居心地が悪そうに顔を背けている。
「君、見る眼あるねぇ。」
「えへへ〜、恋する女の子には敏感なんですよぉ〜」
「え?…初めて聞いたよ、そんな話。」
「うっさいな!」
「ほぉ〜…恋する女の子ねぇ…」
「………」
わざとらしい言い方をしてちらりと視線を下げれば表情は見えないなりにも耳が真っ赤に染まっているのが分かった。もしここが部屋だったら遠慮なく可愛いと連呼して撫で回してキスしまくってとしているに違いない。しかしここは残念ながら外だ。そろそろからかう手を止めなければ、恐らくは回し蹴りが頭突きか…はたまた鳩尾に鉄拳がめり込むだろう。
しぶしぶではあるが抱き締めた腕を緩めて、でもこの場から逃げないように手を握ると諦めているのか大人しくそのままで居てくれた。
「それでね!ロックオンさん!」
「はいはい。」
まだ何か言い足りないのか両手で握りこぶしを作ったルイスが真剣な表情で挑むように向き直ってきた。大人の余裕らしい穏やかな調子で返事をするとびしっと刹那を指差す。ちょっと失礼な態度ではあるが、相手が相手なだけに何も言われずに済んでいた。
「どうしてこの子、こんな格好なんですか!?」
「うん?」
言われたロックオンは元より、彼氏である沙慈も首を傾げている。当の刹那は…興味が全くないらしいが、少しは耳を傾けるらしくじっと事の成り行きを見ていた。
「こんな格好…って…」
「服装ですよ!服装!シャツにストール巻いてなんの特徴もない長ズボンだなんて!見るからに男の子っぽい格好じゃないですか!」
「…あぁ。」
「せっかくのデートなのにこんな格好されたらホモだと間違われちゃうじゃないですか!」
「る、ルイスっ…もうちょっと声のトーンさげようよ…」
ずばっと小気味良い物言いではあるが、いかんせん…場所が場所なだけに沙慈が慌ててしまう。だが当事者達と言えば慣れっこなのか全く動じていないので沙慈だけが可笑しく写ってしまうのではないだろうか。
「あぁ〜…」
ルイスの言わんとしていることはよーく理解できた。同じ年頃の女の子ならもっと可愛い格好して彼氏を喜ばせろ、ということだろう。しかし刹那という時点でロックオンはそのへんに付いて諦めている。というか、寧ろこうやって一緒に出かけてくれるだけでも大した変化なので満足していた。
けれどそれをこの少女に言ったところで納得してくれそうにない。さらに刹那のお隣に彼氏が住んでいるのならば今後も何かとお世話になるかもしれない。その上で円滑な人付き合いをするためにも刹那の服装をどうにか肯定しなくてはならないだろう。
ほんの数秒の思考の後、ふと思いついた案を実行してみることにする。ロックオンと同じくらいの年頃ならば騙されてはくれないけど…きっとのこの少女なら上手く信じ込んでくれそうだと目論見、話してみることにする。
「まぁ…刹那は家庭の事情ってやつでさ。男装を余儀なくされてたんだよ。」
「え!…それってもしかして…借金の過多で売春させられそうになってとかですか?!それとも再婚の義父が女っ垂らしで犯されそうになったとかっ!?」
「想像力豊かだねぇ…」
「違うんですかぁ?じゃあどうして?」
「ちょ…ルイスっ…」
「うーん…実はね…」
「…おい?」
こそりと内緒話をするような声のトーンにすると顔を近づけるように口元へ手を添えた。引かれる様につられたルイスが顔を近づけるが、その手にしっかりと沙慈の腕を絡めているせいで彼も否応なく引き寄せられてしまう。そんな三人に刹那は嫌な予感のもと小さく突っ込んでみるが全く聞いている様子はなかった。
「刹那…こう見えて良家のお嬢様なんだよ。」
「「えぇ!?」」
「なっ…」
突拍子もない話に制止の声を上げようとする刹那の口をぱふっとロックオンの大きな手が塞いでしまう。
「でね、名前も知らないおっさんがいきなり訪ねてきて…」
「?知らないおっさん?」
「まぁおっさんていうか…多分俺と年齢変わらないんだろうけど。金髪碧眼で『君の存在に心奪われた男だ!』とか『乙女座の私には、…なんだっけか…えーと…センチメンタリズム?な運命を感じられずにはいられない。』だとか叫んでたな。」
「………」
「うわ…キモ…」
「はは…まぁ…そんな男と政略結婚させられそうになったのを、俺と一緒に逃げてきたんだよ。」
「え!つまり駆け落ちですか!」
「そういうこと。で、連れ戻されない為にも…」
「男の子って偽ってる!」
「せいかーい。」
にこにこと語り終えたロックオンが体を戻すとルイスの表情がぱぁっと光り輝く。きっと語った以上の想像…妄想ともいう…思考が彼女の頭の中を駆け巡っているだろう。
「うわぁ!すごーいっ!ドラマみたいなことって本当にあるんだね!沙慈!」
「え?あ…うん…」
どこか納得のいっていない沙慈に対してルイスは大興奮だ。その二人の様子をしめしめと笑みを浮かべながら見守るロックオンに刹那がそっと話しかける。
「ロックオン…」
「うん?」
「金髪碧眼の男のセリフ…どこかで聞いたんだが…」
いつだったか…ガンダムで介入を果した帰りにいきなり現れたフラッグが叫んでいた言葉と同じだった。更に金髪碧眼の男というのも少々引っかかるものがある。この前のアザディスタンで会った軍人のことではないだろうか。そういえばあの後のロックオンは少し機嫌が悪そうだったな…と思い出した。
「まぁねぇ…リアリティあってちょうどいいだろ?それにちょっと嫉妬しましたってことで。」
「バカか…あんたは…」
あの時はすぐに介入したり戦いがあったりとしたのですっかり忘れてしまっていたが…まさか嫉妬しているとは思ってもみなかったというのもある。なんだか面映い感覚に俯いてしまう。
「そうだ!いいこと思いついた!」
「へ?」
「………」
「…嫌な予感がします…」
刹那の照れ隠しに思わず頬を弛めているとまだまだ興奮いっぱいのルイスがポンと手を打った。その様子にきょとりと瞬くロックオンに刹那は尚も興味なさげな無表情でいる。そして彼女の事をよく知っている沙慈は何がを感じ取っているようだった。
* * * * *
「あの…すいません…」
「うん?」
「や…あの…ルイスが…」
「あぁ、気にするなって。」
瞳の輝き二割増ほどになったルイスの提案で『刹那を着飾って変装させてしまえ☆』計画が実行されてしまっている。
計画開始直後からのルイスの行動は凄まじかった。
刹那の腕を引っ張ってショップに入ると、男性陣を外で待たせてランジェリーショップに直行してしまう。ものの数分で出てきたかと思うと次は服を選びに移動を開始した。その間にロックオンへどんな服装が好きなのか聞くが、ことごとく刹那が突っ込みを入れるのを聞いて意見をまとめていくあたりはさすがというべきか。間もなくして到着したガーリーショップで選ぶのに時間がかかるかなぁ…と構えていたがあっさりと終わってしまった。ロックオンのカードで会計を済ませている間に隣のシューズショップへ行ってお目当てのものを早々に見つけたらしい。包んでもらった紙袋を抱えた二人が合流する頃には会計を済ませるのみになっており、商品もすでに紙袋へ入れてもらってあった。
そういった経過を経て今、二人はお手洗いに篭り刹那の着替えを実行中だったりする。今度はかなり時間がかかるだろう、と取り残された二人は手頃なベンチに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。
「なかなかに楽しいしな。」
「…そう…ですか…?」
申し訳なさそうな沙慈を苦笑しながらその頭をぽんぽんと叩いてやる。どうもこの少年は細かい事を気にしすぎる傾向にあるようだ。
「…あのぉ…」
「うん?」
「さっきの…嘘ですよね?」
「さっきの?」
「えっと…駆け落ち…」
「あはは、君にはバレバレなのか。」
ハの字に曲げた眉で見上げる顔に思わず噴出してしまう。このカップルは何かに付けて正反対のようだ。まぁ…自分達も人の事を言えないのだが…
「うん。嘘嘘。あぁでも言わないと納得してくれそうになかったんでね。」
「あー…そう…ですねぇ…」
嘘ついたことをすんなりと認めて言い訳をしてみると、同じ意見なのか斜め下へと俯いてしまった。正直な反応に小さく笑いを溢していると今にもスキップをしそうなルイスが元気良く手を振っている姿が見える。
「お、どうやら終わったみたいだな。」
「おっまたせしましたーっ!」
「ほい、お疲れさん。」
イキイキとしたルイスの後ろに付いてきている刹那がどこかぐったりとして見えて頭を撫でてやる。…が…
「……髪伸びた…?」
「……伸びたんじゃない…伸ばされたんだ。」
「いや…それもちょっと違うと思うよ?」
「うふふー。最初のお店にウィッグあったんで買っちゃいました☆」
いつものふわふわとしたくせ毛を撫でたはずがさらりと滑る髪に違和感を覚えてまじまじと見ると…ショートの黒髪が腰の辺りまで真っ直ぐ伸びていた。さらに幅広のレースで出来たヘアバンドを付けているようだ。少し顔を引いて全身を見えるようにしてみるとルイスのセンスのよさがよく分かる。
ふりふりのガーリースタイルを全力拒否していた刹那の意見を取り入れ、スカートではなく折り返し部分のくるみボタンが愛らしいショートパンツだ。太腿を惜しみなく晒し、ニーハイソックスとくしゅくしゅのブーツが合わされている。腰にレースとリボンの飾りベルトを巻いてトップスは少し袖の長いニットのようだ。胸元のコサージュがロックオン好みだが、全体的に甘すぎないデザインなので刹那の許容範囲になっているのだろう。
じーっと見つめる視線が居た堪れないのか伏し目気味の目元はいつもより濃い影を作っている。どうやら化粧まで施してくれているようだ。その顔をよく見る為にもぐっと顔を近づける。
「…めちゃくちゃ可愛い…」
「…黙れ…」
ぽそりと褒めるときっと睨まれるが指先で撫でる頬がほんのりと赤みを増していったのでよしとする。肩に提げた着替えが入っているだろう紙袋をさり気無く持ち満足気なルイスに振り返った。
「うん、OKOK。これなら絶対ばれないよ。」
「ホント!?良かったぁ〜」
「でさ、この後お礼を兼ねてどっかでお茶しないかい?」
「あ…っと…それが…買っておいた映画のチケットがあって…」
「そろそろ時間なんです。」
「そっかぁ…じゃあ仕方ないよな…」
「すいません。」
「なんだか沙慈くんは謝ってばかりだなぁ。」
「あ、や、そのすいません。」
「ほらまたぁ。」
うっかりまた謝ってしまう沙慈に笑い合って、ふむ、と頷いてみせる。
「りょーかい。んじゃまた今度ってことで。」
「はーい!」
「せっかく誘ってくださったのにすいません…」
「あぁ、気にしなさんな。」
「じゃあまたね、ロックオンさーん!」
「はいよ〜」
ぶんぶん手を振り回しスキップするように走っていってしまう二人を笑顔で送り出した。その後に残された二人…ふと斜め下にある顔を覗き込むとまだ少しご機嫌が斜めらしい。
「…ロックオン…」
「ん?」
どうしようかと考えているとぽつりと名前を呼ばれる。するとちらりと瞳もこちらに向けられた。
「…俺たちは暇つぶしに使われたのか…?」
「あ。気付いちゃった?」
「…お前は分かってたのか…」
「まぁねぇ…買い物を愉しんでるって感じじゃなかったしな。」
「……………」
正直に打ち明ければ教えなかったのが気に食わなかったのか…気付けなかったのが悔しいのか…機嫌指数が更に下がってしまったようだ。眉間に皺が刻まれてしまった。
「ま、お前さんは気に入らんだろうけど…俺としちゃ有意義な潰され方だったけどな?」
「……どこが…?」
「ん?どこって…刹那をう〜んと可愛いくしてもらったとこ。」
にんまりと笑みを浮かべてしれっと答えてみせると頬の赤みが増していった。
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