「それで?何悩んでるの?」
「…あー…えぇと…」
聞かれるだろうとは思ったが相手がスメラギじゃなければいいのにとか思ってしまうが、今更どうしようもない。とはいえさすがに好きな子からムカムカするといわれたとか言うわけにはいかないのでおかしくないように辻褄の合うように言い換えながら素直に言葉にしてみた。
「懐いてきたかなぁ…って思ってた相手にムカムカするとか言われまして…」
「刹那?」
「…直球ですね。」
「だってあなたに懐かないって言ったら刹那くらいじゃない。」
「ティエリアとか。」
「あなたがティエリアに構い倒してるようには見えないけど。」
「そりゃそうか…」
他にもいる、と言えば当然と言うように返されて反論の余地もなくなった。相手は戦術予報士なのだ。ヘタに伏せてもばれるか、とロックオンは肩を竦めて見せる。
「刹那がムカムカするって?」
「えぇ。その割りに横でいる時は何もないとか言われるし…何が何やら…」
抱き締めている時とは言わなかったがきっと彼女なら薄々気づいているだろうなぁ…などと思ってみるが、表面上は平静を装って悩んでいるんですオーラをかもし出してみる。それが通じたか否か…スメラギは…うーん…と唸り始めた。
「ムカムカするの?」
「…らしいですよ…」
「むずむずじゃなく?」
「はい?」
何を言われるのかと身構えていたが更に分からなくなる事を言われてしまった。素っ頓狂な声を上げて首を傾げればスメラギはまた視線を宙に彷徨わせて一つため息をつく。
「そっか…じゃ、あれね。」
「あれ?」
「親離れじゃない?」
「……親…」
がくん…と項垂れてしまったロックオンの肩をスメラギがぽんぽんと叩いてくれた。
* * * * *
ロックオンが展望室でスメラギに慰められている頃、刹那はトレーニングに向かおうと廊下をゆっくり移動していた。いつもならもっとつかつかと進んでいたのだが、その瞳は普段の刹那らしからずきょろりと周りを見渡しているようだった。
「刹那?」
ふと声を掛けられて振り向けば先ほど通り過ぎた廊下の角からくるくるの茶髪にハーフパンツを履いた女性が顔を出している。足を止めればとたとたと近づいてきたのはオペレーターのクリスだった。
「クリスティナ・シエラ」
「クリスでいいって。」
「…クリス。」
「ん。よろしい。で?どうしたの?何か探してるの?」
呼び方を訂正されて直せばよろしい、と頷かれた。そしてことん、と首を傾げて問いかけられると今度は刹那が首を傾げる。
「何も探していない。」
「そぉ?きょろきょろしてるように見えたから。」
「…そう…か?」
言われてふと思い返してみると確かにきょろきょろしていたように思える。しかし別に何か探していたわけではないはずなので言った言葉も間違いではなかった。
「あ、もしかしてロックオン?」
「え?」
「ロックオンだったら展望室でスメラギさんと一緒にいたけど。」
何故そこで『ロックオン』の名前が出てくるんだ?と聞こうとしたが、それより先にクリスが言葉をつなげてしまった。そこで思わず言葉につまりきょとりとした表情を作ってしまう。クリスはというとそんな刹那に気付かず今見てきた事を思い出すように天井へ視線を投げて口元に指を押し当てていた。
「何か深刻な話でもしてたのかな…2人とも表情は見えなかったんだけど…」
「…?」
「スメラギさんの手をロックオンが掴んでたみたいなんだよねぇ…もしかして告白とか…」
「!?」
ぽつりと呟かれた言葉に刹那はびくりと肩を揺らした。しかし視線は天井へ向けたまま難しい表情を作ったクリスは気付くことなく更なる想像を膨らませる。
「あれってきっと引き寄せるつもりだろうな…」
「…」
「いいなぁ〜…ロックオンみたいな人に好きだなんて言われたらスメラギさんでもさすがにメロメロだよねぇ…って…刹那?」
ふと視線を下ろしたクリスの視界にはこちらに背を向けて歩いていく背中が見えた。反応に乏しいのはいつものことだから自分の会話に飽きたのだろうと、特に気にせず小さくため息を吐き出してブリッジへと向かう事にした。
* * * * *
着いたのは備品倉庫。生活必需品や食料も入れておく倉庫なのでそれなりに広く、また、物が非常に多いので入り口から見たところで見えない場所はたくさんある。その倉庫の中を歩いて周り…
「ここも…いないか…」
重いため息を大きく吐き出してロックオンは腰に手を当ててわしゃわしゃと髪を掻き混ぜた。人一人蹲れそうな所は全て見て回ったのに捜し求めている黒猫は見当たらない。
ベッドに押さえつけて問いただせば謎かけを返され、ぐるぐると悩んだのは一昨日のこと。なんとかもう少しきっかけになる事はないのかと刹那に聞こうと思えば、昨日一日まったく顔を合わせなかった。とりあえずすれ違いが続いただけだろうと、いつも通りに過ごし、今朝食堂で待ち伏せてみれば昼近くになっても姿を現さなかった。よくよく思い返せば、この狭い艦内で全く姿を見ないというのもおかしな話で…毎日トレーニングを欠かさない刹那と同じくアレルヤも欠かしていないので聞いてみれば、一昨日から見ていないという。他にも聞いてみれば見ていないという回答が返ってくるばかり…目撃情報が全く上がってこない。
時系列に最後に見たのを聞いて回れば、クリスが廊下ですれ違い様少し話をしてその後ティエリアが廊下を歩いていく姿を見たという。そこから察するにどうやら刹那は一昨日の夕方辺りから忽然と姿を消して食事も全く摂っていないようだ。もう保護者のレッテルは返上したつもりでいたが、刹那が隠れそうな場所が分かる人物などロックオン以外いないという理由から捜索令をくだされてしまった。
−ま…半分は自発的だからいいんだけど…
見落としはないかもう一度ぐるりと見渡してため息と共に出て行こうとしたらモレノが入ってきた。
「お。何してるんだ?」
「んー…聞かん坊の捜索。」
「なるほどな。それにしても若いもんは大変だなぁ。」
「え?」
意味不明な言葉を残して通り過ぎるモレノの後姿を振り返るとちょいちょいと指で『着いて来い』と指示される。釈然としないまま体の向きを変えて大人しく着いて行った。ごちゃついた荷物の間をすり抜けると薬品類の箱の山まで来た。その中から幾つか箱を取り出すとモレノはぽん、とロックオンに手渡していく。
「ちょうどいいから運ぶの手伝え。」
「…はいはい…」
「それから、その顔もどうにかしろ。」
「どうにかって…生まれつきのもんをどうにかといわれても…」
「そうじゃなくて…」
大げさにため息を吐き出すとモレノの指がびしりと鼻先に突きつけられた。きらりと光るサングラスに思わず気圧されるとずいっと顔を近づけられる。
「獲物を逃がして焦ったような顔をやめろと言っているんだ。」
「へ…」
「まったく…そんなに傍に置いておきたい仔猫なら首輪と鎖でも付けてぐるぐる巻きにしておけ。」
「え?は??」
「あぁ、他言はせんから安心しろ。ロリコンだと言われるのもイヤだろう?」
「なっ!?ちょっ…刹那がおんぐぅ!」
「大声で言うな。」
思わず口走りそうになったロックオンの顔に真っ白なタオルが押し付けられる。呼吸困難とまではいかないが口をふさがれながらも必死に頷けばさっさと開放してくれた。
「医者だから知ってて当然だろう?」
「あ…そうか…」
「とにかくだ。もっと冷静になれ。逃がしたくないのも分かるが、充分に回っていない頭で探し回っても検討違いを探して時間の無駄にしかならん。」
「…刹那の隠れそうなとこ知ってるんですか?」
「まさか。」
「…ですよね…」
荷物は以上だ、と倉庫から出されると医務室へ足を向ける。
「…ところで…ドクター…」
「ん?」
「俺ってそんなに分かりやすい?」
「そうでもないが…」
「ミス・スメラギに黙っておいてもらえます?ショタコンだって一番からかわれそうだ。」
「……あぁ。」
ほどなくして着いた医務室に運んだ荷物を置くとロックオンはミネラルウォータとタオルを渡された。それを両手で持って首を傾げる。
「タオルはお前の顔に押し当てて汚いからで…」
「…あんたがしたんでしょう…」
「水は仔猫にでも与えてやれ。ヘタすりゃ脱水状態になってるかもしれんからな。」
「…りょーかい。」
苦笑を漏らしつつも医務室を後にした。扉から廊下に出てぐるりと見渡す。
「…あそこかな?」
そしてかくれんぼの続きへと歩き出した。
ロックオンが刹那の保護者かつ教育者としてついていた時も、今回のように刹那が失踪した事が何度か事があった。その度にロックオンは建物の中を走り回り、倉庫の隅々を探し回って一日がかりでようやく見つけることが出来るのだった。それも幾度か繰り返していれば行動パターンというものが見えてきて探す範囲も限られてくる。そうして他の人間では相当手を焼くかくれんぼもロックオンにかかれば半日と立たずして見つけられるようになったのだ。
そしてそれは今回にも反映しているらしく…みんながいそうだ、と思う場所は全ていなかったという。
けれど…ロックオンは知っている。
一つ。盲点となる隠れ場を。
ひっそりと息を潜めて丸まっていた。頭の中を占領しているのはいつも笑みを向けてくるロックオンの顔で…けれどいつもは温かい気持ちにしてくれるその像は、今は胸に熱く鈍い痛みを広げるばかり。痛みは時が経てばその内治るという経験からその場でじっと引くのを待っているのだが、いつまで経っても痛みは存在し続けていた。体内時計が正確ならば丸々一日は経過したはずだ。
「………」
そろそろ動かないと見つかってしまう予感がしている。きっとロックオンが探しているのだろうからなおの事…だが、本当に探しているのだろうか?という疑問も抱えていた。スメラギといたのなら自分の所に来る必要はない。
「っ…!」
その考えが浮かぶ度に胸の痛みは増していく。その繰り返しを何度も経て今に至るのだった。じくじくと痛む胸が落ち着くまで…と誰にも合わないように蹲って時が流れるのを待っている。…のに…
「!」
静かだった空間にマシンの起動音が響き出した。ロックをかけても良かったがそうすれば『ここにいます。と言っているようなものだ』と言われたのでわざとかけなかった。もとより、『ココ』に入ってくる人間などそうそういない。
じっと息を潜めて訪れた人物が誰かを伺っていると…
「オッケー。ご苦労さん、ハロ。」
「ッ!」
思わず叫びそうになった口元を両手で覆って光の差し込む方向をそっと覗き見た。刹那が今、体を丸めている場所は入り口からは死角になっているのでぱっと見ただけではいるとは分からないはず。
「…んー…さすがに昔通りとはいかないか…」
「…」
開いた場所にいるのは逆光の中とはいえ、すぐに分かる…ロックオンで…今の刹那には出来れば顔も見たくない人物…予想に違わず刹那を探し回っていたようだ。丸まっていた体をさらに丸めて小さくし、彼がこの場を早く去ってくれるようにと心の中で祈り続ける。
「よし。じゃ、ハロ、後よろしく。」
「リョーカイ!リョーカイ!」
鼓動を熱くする声に吐き息さえ聞かれそうな気がして顔を膝に埋めてただひたすら耐えていたら、ロックオンと彼の相棒ハロの会話が聞こえてくる。いないと思って入り口を閉じているのだろう、足元に漏れる光が徐々に細くなるのを安堵と微かな切なさに苛まれつつ見つめていた。完全に閉じてしまい再び闇が訪れる。ふと肩の力が抜けて詰めた息を吐き出そうとしたら小さな物音が聞こえた。
「えーと…非常灯は…」
「!?」
すぐ近くで聞こえた声にびくりと肩を震わせれば辺りが仄かに明るくなった。小さなモーター音が耳に届けば先ほどまで光が差していた辺りに見慣れた靴がある。
「ふむ。この辺りはデュナメスと変わらねぇな。」
「……」
「それにしても…エクシアに入るの、かなり久しぶりか…なぁ?仔猫ちゃん?」
「ッ…」
頭上から降り注ぐ声に顔がかぁっと熱くなったのが分かった。とん、と軽い音が右上から聞こえて、きっとロックオンの手が当てられたんだろう。声の大きさからして己の体に覆いかぶさるような体勢になっているかもしれない。そんなことを想像するだけで体をもっと縮めてしまった。
「昔は操縦席で丸まってたけど…今はその影ってわけか。」
「…」
「ロックも掛けてないところからしてちょっとはレベルを上げたかな?」
「…どう…して…」
「どうしているのが分かったか?って?そりゃ、刹那だからな。近くにいれば感じ取れるもんなの。」
「ッ!?」
突然ふわりと頭に触れる感触があって大げさに体を震わせてしまう。ぐっと縮めた体をエクシアに押し付けて顔は伏せたままに気配だけでロックオンを伺っていると、苦笑したような小さなため息が聞こえた。
「もしかして今俺に対してムカムカしてんの?」
「…そうだ…」
「でも…押しのけないんだ?」
「…べつ…に…」
黒髪に埋もれていたであろう耳元を指で晒されふっと熱い息と言葉が降りかかる。ぴくりと肩を跳ねさせるがそれ以上逃げる事も避ける事も叶わない。確かにロックオンの言う通り押しのければいいだけのことかもしれないが、今はとにかく顔を見たくないし見せたくなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
再び親子発言。(爆)
モレノがこんなところで活躍するとは…(笑)
ところでコクピットってそれなりに広いんだろうけど…全機同じ広さなのかな?その辺ちょっと疑問…
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