海に向かって走り出した車の中、ご機嫌極まりないロックオンに対して刹那はすっきりしない気分の中居心地の悪さにそわそわとしてしまっていた。
それはこの任務に就く前から感じていたが、任務に赴いてからは一層強くなっている。
ふと気付くとロックオンを気にしている自分に気付いた。
ガンダムでの出撃の時にはすごく寂しい思いに駆られ、通信を通して声を聞けばそれだけで心が軽くなる。
なのに、帰還して顔を合わせた時は胸の奥が熱くなって顔を見られなくなる。
こんなの…知らない…
知らない…だから…怖い。
だから任務に出る前にスメラギに相談した。
そうしたらそれは普通のことだと言われて…おかしくはないと言われた。
それで一先ずは安心出来た。
なのにロックオンの一挙一動、ちょっとした表情、声、言葉…その体温に惹き付けられて振り回されているように思う。
これがどういう感情なのかは分からない。
けれど、スメラギは普通だと言ってくれた。だからいつも通りに振舞えばいい。
……そう、いつも通り。
「…どこまで行くんだ?」
窓の外を流れ行く景色を見つめていると人のいる砂浜を越してまだ車を走らせている。不思議に思って尋ねればちょいちょい、と先を指差された。その方角をじっと見つめると道路から桟橋が繋がり、その先端に船が見える。そのまま指がずれてもう一箇所指すのでその方向を辿れば小さな離れ島が見える。
「お嬢ちゃんが所有してるプライベートビーチだとさ。ミス・スメラギから連絡を貰ったあと律儀に教えてくれたんだ。」
「スメラギが?」
「あぁ、森の探索を主に貸してくれたみただが、俺としちゃサバイバルよか海水浴のが楽しいかな、ってな。」
「…だからこんな強硬手段を…」
「そ。でないと刹那は付き合ってくれそうにないんでな。」
森の探索に行くのならば今着せさせられているひらひらの服は大いに不向きだ。それどころかせっかっく買ってもらったのに破いてしまいかねない。つまり強制的に海へ繰り出す事になるという事。がたがたと桟橋を渡ればサングラスにスーツ姿の場違いなSPが待機していた。船に車を乗せるとすぐに出航してくれた。車を降りて回りを見ましてみたら海には似たような島がいくつか点在している。向かう島は大きくもなければ小さくもなく…ただガンダムを隠すには小さすぎるな、というのが刹那の感想だ。ロックオンが車の中から呼ぶので戻ればもう着いたらしい。それもそうだ。さほど離れていなかったはずだから到着もすぐだろう。そんなことを考えるとその島にも桟橋が存在しており、船の上で方向転換させられた車で降りる。無線機を渡されて連絡を入れれば迎えに来てくれるとのことだ。
「さぁてと。準備しますか。」
「?まだ何かすることがあるのか?」
「海の日差しってのは結構強くてな。」
「!」
「こういうの塗らないと日焼けで痛くなるわけ…ってどした?」
「…なんでもない。」
砂浜を少し走って程よく開けた場所に来るとようやく車を止めた。トランクを開けてパラソルを立ててシートを固定するとロックオンがおもむろに服を脱ぎ出したから刹那は慌てて顔を反らした。あっという間に海パン一枚になったロックオンは日焼け止めクリームを片手に肌へ馴染ませ始める。そっぽ向いた刹那に首を傾げつつも自分で塗れる範囲は全てやってしまう。
「刹那、悪いが背中に塗ってくれ。」
「は?」
「さすがに自分じゃ届かないからさ。頼むよ。」
「……了解。」
ボトルを手渡されて背中を向けられる。中の液体を手にとって目の前の背中を見つめると思わず見入ってしまった。
自分よりずっと白くて滑らかな肌。均整の取れた筋肉が無駄なく覆って所々深く陰影を刻み流れを作り出している。ぺたりと手を合わせれば滑らかさの中に強固さが感じ取れた。ただ固いだけではないその肌をうっとりと撫でていく。両手で肩をなぞっていくと自分のそれよりも遥かに広く、大きい。重ねた手がとても小さく頼りなく見えることに僅かの驚きと羨望に似た胸の高鳴りを感じた。
「?刹那?」
「…え?」
「何かあったか?」
「あ、いや…すまない。すぐに終わらせる。」
「?いや、構わないが…」
小さな手を必死に動かして満遍なく丁寧に塗っていく刹那にこっそりと笑みを浮かべていれば終わりを告げられた。渡したボトルを返されて、そのまま海に近づこうとするから慌てて腕を掴み取る。
「こぉら。お前、まだ塗ってないだろ?」
その言葉にきょとりとした表情で見上げてくるから今使ったボトルを見せ付けてやると、何故か顔を赤くするから首を傾げる。
「お、俺はいらない!」
「なぁに言ってんの。焼けちまうぞ?」
「構わない!」
「構わないことないの。日焼けってかなり痛いんだぞ?」
「だ、大丈夫だ。」
「何を根拠に…いいか?日焼けするとその部分が異様に熱を持ってずっと発熱してるみたいになるし、シャワーだってかなり痺れるな。パイロットスーツがちょっと擦れただけでもかなり痛くて着れなくなるんだぞ?」
「…ぅ…」
じりっと間を開いて逃げるつもりの刹那を何とか説得しようと起こりうる事を次々並べ立ててみた。そうすれば意図した通りに表情へ焦りが滲んでくる。
「それにお前さん、日本で待機の時は海の中にエクシア隠してるんだよな?だったらまずいな。海水が当たるだけで沁みてかなり痛むもんなぁ…」
「…く…」
「…どうする?」
「………塗る…」
「ん、いい子。」
不承不承という感じではあるが、エクシアに乗れないのはイヤだということで承諾してくれた。海に入るのに後から渡した服や、キャミソールとミニスカートは要らないと説明してやると、嫌々ながらも素直に脱いだ。キャミソールとミニスカートは脱がなくてもいいが目の保養、という下心の元脱いでもらうことにしたとは誰にもいえない。
「んじゃ、自分で塗れるとこは自分でしろよ?」
「………了解。」
「…イヤなら俺が代わりにしようか?」
「断る!」
イヤだと言わんばかりの返事に意地悪を言えば即拒否が返ってくる。くすくすと笑いながら晒された小さい背中に手を滑らせていった。両手を広げればすっぽりと納まる小さな背中には所々切り傷を作ったのだろう、痕が残っている。うっすらとではあるが、白い線のような痕は探すと結構な数があった。その中でも一際長いものにそっと唇を寄せる。
「うわ!?」
「お、悪い。ゴミ取るのに指じゃ無理だったんで。」
「そ、そう…か…」
無意識にしてしまったその行動にびっくりした刹那の叫び声に我に帰る。咄嗟に言い訳をついたのだが、刹那も動揺していたのかあっさりと納得してくれた。そっとため息を吐き出してクリームを塗る作業に没頭し始める。
* * * * *
午前中は素潜りをして綺麗な貝殻を拾ったり魚を捕まえたりとして遊び、午後からは競泳したり浮き輪を用意して波に揺られて楽しんでいた。
最初は無表情だった刹那も、初めて見る貝殻や手の中を泳ぐ小さな魚に興味津々となり、表情がいくらか綻んでいった。腹ごしらえをして昼からの競泳では内陸育ちの刹那がまさかのスピードで圧勝してロックオンを驚かせる。エクシアを海の中に隠す事を聞いていた為必要に駆られて上達したのだろう。浮き輪の上に座らされて波間にゆらゆらと揺られるその感覚はどこか頼りなく思えるが、心地よさに飽きずそのまま過ごしてしまう。が、それも悪戯に水を掛けてきたロックオンによって水の掛け合いへと発展してしまった。傍目にはバカップルのような光景でも2人しかいないこの場所ではツッコミを入れる人間も存在しなかった。
「しっかし…お前さんまで飛び込むとは思わなかった。」
「…条件反射だ…」
「ま、いいけどさ。」
帰るのにそれなりの時間がかかるのとさすがに疲れてきたので、早めに切り上げるべく片付けをしていたら波の中に人影を見つけた。流されてきたようで気を失っているのかロックオンがゆらゆらと揺れるその人物を慌てて引き上げに行くと、刹那も同じことをしていたのだ。帰る支度をしていたのもあり、2人はズボンとスカートをびしょぬれにしてしまったために着ているのは上着のみだった。それでも変態扱いにはならない服装になるのでまぁいいか、と車に乗り込む。
流れてきた人物はまだ少女で幸いにも気を失っただけで水もそれほど飲んではおらず命に別状はないようだった。こちらに来る時通り過ぎたビーチに本部や医療施設があるだろう、とその少女を送り届ける事にする。後部座席に横たえ、振動で転げ落ちないようにと刹那が傍についてやった。駐車場を見つけて車から下りると丁度本部の近くだったようでロックオンが抱えていく。その横を刹那が歩いて人の多いビーチを興味深そうに見つめていた。
「んじゃあ、ここで待ってな?すぐ戻ってくるから。」
「了解。」
本部まであと少しという所で刹那は待機を言い渡される。ちらりと見た入り口には人だかりが出来ていて人ごみを好まない刹那としてはありがたい事だ。少し手持ち無沙汰になりながらも人通りの邪魔にならないようにと壁の方へ寄って行った。
本部に着いたロックオンは結構な視線の集中に居心地が悪かった。とりあえずスタッフ証を着けている人の方へと行って抱えた少女の成り行きを説明していると、少女の家族と思われる人達が現れた。そちらにもスタッフを交えて説明して何度もお礼を言ってもらっていたら少女が目を覚ます。泣きじゃくる少女と家族の再会を見守っているとスタッフからそっとこのところ起こっている事件について軽く教えてもらった。
どうもこのところ、少女を狙う悪質な誘拐事件が起こっているらしく、この少女も家族からつい先ほど見当たらなくなったと捜索の依頼を受けていたのだと言う。たいていは言葉巧みに人気のない場所へ誘導して蛮行に及ぶのだというが、このところ注意を促していたので手口がより悪質になり薬の類も使い出しているのだという。先ほど保護した少女は薬は使われなかったが蛮行に及ばれる前に海へ飛び込んで逃れたとか。顔も覚えていると言っていたので程なく犯人も捕まるだろう、と解決へ向かう事件に安心して本部を後にした。話の最中に気になった『少女』がいるので少し急ぎ足にもなる。
「…あれ?」
先ほど別れた場所に戻ると件の『少女』が見当たらない。まさかと一瞬頭を不安が過ぎってぐるりと見渡せば壁沿いにその姿を見出した。途端に肩から力が抜ける。よくよく考えたらあの刹那がそんな簡単に誘導されるわけないか、とは思うものの、傍に男が2人いるのがどうも気に入らない。様子からしてナンパのようで刹那を連れ出そうとしているが、全く動かない彼女に焦れているのか2人がかりであれこれ言い募っているようだ。刹那も刹那でそこから動けないし、しつこく言い寄って来ているのだろう、どうかわせばいいのか困っているようで僅かに眉尻が下がっている。
「おーい!」
少し待たせてしまった罪悪感もあり早々に連れ出してやりたいが、ああいう輩はヘタに接触すれば何かと突っかかってくる可能性があるのでわざとらしくはあるが大声を張り上げてみる。そうすればすぐに反応を示した刹那は迷いなくこちらに走ってきて、残された男2人は腕を掴もうとしたが走っていく先にロックオンの姿を確認出来たのか悔しそうな表情を作っていた。それに少々優越感に浸っていると刹那がすぐ傍までやってくる。待たせたお詫びにと頭を優しく撫でてやると緊張で強張っていたのか両肩から力が抜けていくのが目で見てとれた。
「悪いな、待たせて。」
「構わない。それほど長くはなかった。」
「そうか?…って…どうした?それ。」
「サービスだと言われて貰いうけた。向こうで出店をしているらしい。」
「ふーん?」
刹那の両手に包まれているドリングに気付き尋ねれば簡潔に説明が返ってくる。話を聞く限りでは客引きのようだ。もう一度ちらりと男の方へ見ればそそくさと立ち去っていく姿がある。一応エプロンもしているようだが、少々引っかかるものがあった。改めでドリンクを見ればそれは透明なプラスチック素材のカップに入っており氷も浮いていておかしなところは見当たらない。色も特に分離してはいないようだ。
「一口もらっていい?」
「あぁ。」
素直に差し出してくるのへ肩にさり気無く手を回して口付ければ口に広がる味に違和感はない。…が…
「甘…」
「アップルマンゴーというらしい。」
「あぁ、ね。」
「…甘いものは苦手か?」
「苦手ってことはないが…好き好んでは口にしないかな。」
「そうか。」
日本のバレンタインのようにチョコを貰う習慣はないが、ハロウィンなどでお菓子を貰ってはいたがビターチョコやナッツなどあまり甘くないものを好んでいたので甘いフルーツもあまり食べなかった。ごくたまに口にすることはあるが、それも甘さを控えているものなのでここまで甘いものは久々に口にする。なんにせよ疑わしい味もなかったので何も言わないで置く事にして、肩に回した腕をそのままに車へと歩いていった。
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プライベートじゃないと確実に補導されてるか周りが大騒ぎになっていると思われ…
ナチュラルにバカップルを演出してしまうのはデフォです。
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