好きな女のタイプは年上の女性だ。
包容力があって危うげなく安定した雰囲気を持っている。
…かといって酒豪はいやだが…
柔らかな微笑みでふわりと包み込んでくれる存在に戦いで擦り切れた心が満たされる。
けど…実際は少し違うらしい。
そっと手を差し伸べれば警戒心剥き出しにじっと見つめていた黒猫。
互いにじっと見詰め合っていれば差し出した手に鼻を近づけて危険がないか確認する。
一頻り確認して再びじっと見上げてきたのに微笑みかければすりっと指先に頬をすり寄せてくる。
すりすりと喉鳴らしそうな表情で擦り寄ってくるくせに、ふとその頭を撫でてやろうとすればぱっと逃げてしまう。腕を伸ばしても届かない位置で丸くなるとじっとまた警戒しながらこちらを伺うのだ。
苦笑しながらもその場から動かずにいてやればそろりとまた近くまで寄ってくる。今度は手を出さずに座ったままでいれば黒猫はこちらを伺いながらも膝の上に乗り上げてきた。ふんふんと鼻を鳴らして危険がないかチェックするとぽすりと太ももに顎を乗せて丸くなって見せる。その姿にふっと笑みを漏らすと艶やかな毛並みに沿って撫でてやると今度は逃げなかった。頭を撫でると気持ちいいのか瞳を細めて甘受し、喉を擽ればごろごろと喉を鳴らす。
そんな気まぐれで小さな存在に心は確かに満たされて…
それが…今まさに隣にいる少女に重なるのだが…
「…せっちゃ〜ん?」
「…ぅん…」
頬をぷにっと突付けばむずがるような声を上げて更に擦り寄ってくるものだから苦笑いが治まらない。
今日は街へ情報収集に出ていて、一日中人に紛れ噂話や世間話に耳を傾けていた。刹那とは別行動していたのだが、夕方近くに合流すればその腕には少し大きめの紙袋が抱えられている。どうしたのかと聞けば老夫婦と話をしていたら気に入られたらしく、りんごやグレープフルーツ、オレンジといった柑橘系をいくつかお土産だと渡されたらしい。お礼はちゃんと告げてきたというので頭を撫でてやり帰路に着いた。
夕食を食べ終えて二人してソファに座ると5分経つか経たないかくらいで刹那が船をこぎ始めた。眠いならベッドに行けよ?と勧めるも頷くだけで結局ずるずるとその場で眠ってしまった。その結果、ロックオンの膝を枕にソファで丸くなって今に至る。
「…まったく…」
この無防備さ加減はいかがなものか?と頭を抱えたくなる。いくら仲間だとはいえ、相手は男で自分は女なのだからもう少し危機感というものを持ってもらいたい。そうは思っても今まで危機感を感じるようなことには遭遇しなかったから仕方ないのだとしても…この前欲情するから、と教えたはずなのに。よほど信頼されているのだろう、刹那は前と変わらず、いや、前以上に無防備さを振舞ってくる。
「…いくら俺でも理性ぶち切れたら襲っちまうぞ?」
さらりと髪を梳いてぽつりと言葉を漏らすとその数瞬後にばふっと口を自らの手で覆い隠す。
−〜ッ何考えてんだ、俺!!!
ソファの背もたれに後頭部を押し付け悶絶をしていると端末が鳴り響いた。びくりと震えて慌てて取り出すとボタンを握りつぶす勢いで押し付ける。ふと下へ視線を移せば、刹那はすぅすぅと寝息を立てるだけで起きた気配はなかった。ほっと胸を撫で下ろすと端末から自分を呼ぶ声がする。
『ロックオン?』
「あぁ、はい、すんません。聞こえてますよ?」
端末に映りこむのは相変わらず酒を片手に持っているスメラギだった。不思議そうに首を傾げられて慌てて反応を返せば更に傾げられた。けれどそれ以上突っ込んで聞いてくることはなく、用件を伝えてくれる。
「明日から2日間ですか。」
『動くことはないわね。』
「そこまで言い切りますか。」
『えぇ。互いに相手の出方を探ってるんでしょう。』
「いっそのことそのまま解散してくれたらいいんですけどねぇ…」
『ほんとにねぇ…』
若年寄りめいた言葉の押収のついでに深いため息まで出してしまう。戦いなどないに越した事はないのだが、そう簡単に行くようならば世界はこんな風にはなってはいないだろう。互いの本音が重なった事に苦笑をもらしながらもロックオンは「了解」と呟いた。
『場所が場所だし、バカンスでも楽しんだら?』
「相手は刹那ですけどね?」
『一人よりはマシでしょ?それともナンパとかする?』
「いやぁ?潜伏中なんで遠慮します。」
『いい判断ね。貴方のそういうところ好きよ。』
「褒め言葉としてとっときますよ。」
悪戯っぽい笑みでさらっと言ってくれるのはきっと信頼されてる証拠なのだろうけれど…どこまでお見通しなのか分からないだけにこの女性は油断ならないのだと思う。それでも束の間の休息を得られたのだから存分に満喫するまでだ、とふと口元を弛ませる。
『ところで、その刹那は?』
「へぃ?」
バカンスにもってこいのこの地方なのだからベタに海へ繰り出すのもいい…刹那に水着買ってやれば海水浴だって出来そうだ。…そんな事を考えていたら突然スメラギの口から刹那の名を呼ばれおかしな具合に声が漏れてしまった。
『だぁかぁらぁ。せ・つ・な。単独行動させてないんでしょ?』
「あ、えぇ、させてないですよ。そんな危なっかしい。」
『ならいいけど。』
「もう寝てますよ。ここのところよく寝てるみたいで。ちょっとやそっとじゃ起きないんです。」
『ふぅん。ならいいけど。』
「…何か?」
『よく寝てるって事は体調崩したわけじゃないんでしょ?だからいいの。』
「…はぁ…」
なんだか丸め込まれた気もするが、この女性相手に話術で勝てる気はしない。なのでココは素直に引き下がることにした。
『バカンスを存分に楽しむにしても一応端末は持っておいてね?』
「もちろん。」
『じゃ、またね〜』
ひらひらと手を振りにこやかに通信を切られるとふとため息を溢す。ちらりと視線を下げれば健やかに眠る刹那の横顔。
「…ここんとこよく寝てるよな…寝不足だったか?」
ちらりと時計を見上げて指し示す時間にしばし考え込む。明日と明後日をどう過ごすか、そしてどうやって刹那を引っ張るか…2・3程案を思い浮かべられたところで、さらさらと髪を梳いてやって口元に淡く笑みを浮かべる。そっとその体を抱きかかえると器用に電気を消して寝室へと入っていった。
「と、いうわけで海に行きます。」
「は?」
起き抜けの第一声がそれだった。
刹那が寝ている間にスメラギから連絡が入って2日間の羽伸ばし期間が与えられたのだと言う。だったら鍛錬に時間を費やしたいと思ったが、ロックオンはそれを許してくれないらしい。朝食を食べさせている間に簡単なランチを作りいつの間に用意したのか、バスケットの準備まで完璧だ。
身支度を済ませると車に乗せられ街に向かって走り出した。
「…ロックオン。」
「んー?なんだ?」
鼻歌交じりにハンドルを握るロックオンの横で憮然とした表情のままに刹那は口を開いた。
「何故海に行かなくてはならない?」
「そりゃ目の前に海が広がるから。」
「…理由になってない気がする…」
「そう言いなさんな。地中海は独特の色してて綺麗なんだからさ。」
「…色?」
「そ。海って一続きになってるけど、その場所によって違う色してるんだぜ?」
きょとんと目を丸くした刹那がこちらを向く気配を感じながらロックオンは説明を付け足した。視線は前を向いたまま片手を伸ばして頬を撫でてやるとぺしっと払われてしまう。その反応にくすくすと笑えばヘソを曲げてしまったのか窓の外へと顔を向けてしまった。
「…それで?」
「うん?」
「海に行くならさっきの道を曲がらねばならないと思うが。」
「あぁ、その前に買い物をな。」
飲料類を買うのだろう、と予測を立てたところその通りにペットボトルと保存の為のボックスも購入すると車に向かうのかと思った足はアパレル関係が立ち並ぶ店の方へと歩き出した。何を買うのだろう?と首を傾げていると大きめのタオルを2枚とビニール製のシートも買い、次に入ったのは色とりどりの服が並ぶ店だった。訝しげに首を傾げると腰に腕を回されて中へと連れ込まれてしまう。
「ロックオン?何を買うんだ?」
「ん?海に行くなら必要なものだよ。」
具体的には教えてくれないロックオンは店員さんを呼んで刹那を少し前に押し出してやる。
「こいつに似合う水着を探したいんだけど…」
「はい、水着でしたらこちらに揃えております。」
「あ、あとこいつ、海に行くの初めてでさ。サイズの選び方が分からないんだよ。」
「かしこまりました。それでは採寸の方をさせて頂きますね。」
じっと会話を聞いていた刹那に店員はにっこりと微笑みかけてくれる。ロックオンを見上げればにこにこと笑うだけなのでここは大人しくしたがっているほうが良さそうだと判断してなすがままに採寸をしてもらった。てきぱきと採寸を終わらせると案内された先に並ぶ服の中から幾つか取り出して見せてくれた。
「お客様は華奢でいらっしゃいますから、これらのようなフリルの付いたものをお勧めしたいですね。」
「あぁ、なるほど…可愛いな。」
「このタイプでしたらこれだけの種類がございますが…」
「色は…青系がいいかな。」
「でしたらこちらになります。」
そういってかなり絞ったかと思ったが予想よりも多く出てきて、ふむ、と腕を組んでしまう。横に立つ刹那と並べられた水着を交互に見て店員と色々と話し込み始めた。途端手持ち無沙汰になり、少し居心地が悪くなる。
「刹那?」
「?」
突然呼ばれて目の前にずいっと突きつけられる。いくつか並べられた中からロックオンが取り出したのは、水色のギンガムチェックでホルターネックのビキニに小さいレースやボタンをあしらった同じ柄のキャミソールと白のフリルが付いたミニスカートがセットになったものだ。ビキニにもフリルが付いていて、ブラの中央と首の後ろでリボンを作るらしい。それをじっと見つめた後、彼を見上げるとにっこりと笑われる。
「試着してみて?」
「…ん。」
頬を擽られて目を細めながら受け取ると店員に案内されて試着室へと通される。少し時間がかかるだろうからその間にロックオンは自分の分を物色し始めた。
「お待たせしました。」
さっさと購入を済ませて試着室の近くで待っていれば、中から先ほどの店員が出てきた。刹那はというと全く顔を出さない。その様子を店員と2人顔を見合わせて小さく笑うと「覗くぞー?」と断りを入れてから試着室のカーテンの隙間に体を滑らせる。
「…刹那?」
「…なんだ…?」
「いや…なんだって…その状態だと見れないんだが。」
「………」
「立たせてやろうか?」
「断る。」
「なら立って?」
「…〜〜〜…」
中に入れば予想通り刹那が小さく蹲っていた。顔も背けているが、残念ながら鏡で真っ赤になっているのが分かる。腕組みをして見守っていれば観念したのかすっくと立ち上がって投げやり気味にこちらへ振り返ってくれた。顔は頬を赤くしたままそっぽ向いているが、スカートの短さが気になるのか白い布の端を摘んで少しでも隠そうとしているから可愛いったらない。
「…うーん。」
「…なに…」
「刹那、ばんざーい?」
「?」
何か見たい部分があるのか、と首を捻った。とりあえず、居た堪れなさいっぱいなのでさっさと終わるに越した事はないと大人しく両手を挙げるとぐいっとキャミソールを肘の辺りまで捲り挙げられてしまう。
「ッ!?」
途端に晒されるビキニとひらひらと動くフリルとリボンをロックオンがじっと見つめてくる。その視線に恥ずかしくなってくると今度はそのまま腕を引いて後ろの覗き込まれた。自然とロックオンの胸元に顔を埋める形になって慌てて引こうとしたが、彼の指が首元を擽るからぴくりと跳ねるだけで終わってしまった。リボンの端を摘みあげて長さを確かめると一つ頷いてようやく離してくれる。
「うん、可愛い。」
「〜〜〜ッ!」
「よし、これを上から着て出ておいで。」
そう言い残すとキャミソールを戻してビニールの袋を押し付け出て行ってしまった。残された刹那はというと顔に上がった熱が収まるのを座り込んでじっと耐えるしかない。顔の赤みは残ったままに袋の中身を取り出せばそれは膝丈のスカートとパーカーとサンダルだった。「…いつのまに…」と驚いていると外から呼ばれる声が聞こえる。慌てて身に付けてサンダルを引っ掛けると更衣室から出て行った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
紅目の黒猫さんは気難し屋さん。でも慣れると人懐っこくなったり?
あれ?兄さん天然でしたっけ?(爆)
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