天井裏に潜み、幻術をかける。部屋に入ればすぐに気配を感じなくなるはずだ。忍びらしからぬトタトタした足音をたてて、階段を 上ってくる。チャクラからしてイルカに間違いないだろう。 ドアノブが回った。 「ただいまー。」 誰もいなくても元気よく挨拶している。どうやら寝室に向かうようだ。そっと移動し、様子を観察する。 「ふー。今日は早く帰れたよ。ぐまぐま。サボ君もただいま。」 …衝撃の瞬間を目撃してしまった。この中忍は、真剣にぬいぐるみはおろかサボテンにまで話しかけている。 「三代目が、今日はいいことがあるから、絶対に寄り道しないで家へ帰れって。いいことってなんだろうな?」 もはやどうでもいいが、この中忍は独り言を言っている自覚があるのだろうか。 …これ以上耐えられそうもないので、カカシはさっさと作戦を実行することにした。こんなに実行するのが嫌な作戦も中々ない。 カカシはできるだけ何も考えないようにしながら、そっと印を結びイルカに幻術をかけた。 「イルカ…。」 さあ妖精さん登場だ。幻術で声質はイルカのイメージする妖精の声に聞こえているはずだ。 「え!」 驚いてはいるが、明らかに侵入者がいるにもかかわらず、警戒しようとさえしていない。 実はあれほどぬいぐるみだの何だのを見ていてなんだが、気に食わない相手との見合いをつぶすために、演技でもしたのではないかと 信じたかったのだが、この様子では本気で妖精を信じているようだ。 「妖精さんだ!!!えとはじめまして!!うみのイルカ。中忍です!」 妖精とやらが階級を気にするとは思えないのだが、律儀に敬礼までして自己紹介している。大体こいつの信じている妖精というのは、 いつも勝手に家に居座っているのではないのか?自己紹介をする意味が分からない。 内心を声に出さないように、カカシは準備した科白を続けた。 「イルカ。もちろん知っていますよ。あなたのことをいつも見ていました。」 自分で言ってて気持ち悪い。イルカのことを詳しく見たのは、今日がはじめてだが、そこは妖精らしさのための演出だ。 「わぁ。本当に家にいたんだ…。あの、お茶はいかがですか。あと、お茶菓子…は買ってない…。どうしよう。」 あわてて台所をあさっている。菓子などないのは調査済み。あるのは精々インスタントラーメンぐらいだ。 そんなものより本題に入らなければ。 「イルカ。ありがとう。でも今日はあなたに大事なことを教えにきたのです。」 さて、引っかかってくれるだろうか。 「はい。わー。三代目の言ったとおりですね。さすがだなぁ。」 あっさり引っかかった。キラキラした目できょろきょろと落ち着きなく、辺りを見回している。中忍なら少しは疑って欲しいものだ。 任務の記録をみると、そこそこ戦歴を積んでいるようなのだが…自分の部下にはいて欲しくないタイプだ。 「イルカ。もうすぐあなたに運命の相手があらわれます。」 カカシは内心の葛藤を押し隠し、厳かに言った。 「ええー!!!」 イルカは驚いてはいるが、顔を赤らめて喜んでいるようだ。普通、自宅にいきなり妙な生物が湧くのも耐え難いだろうし、 さらにその妙な生き物に一方的に怪しげなことを宣言されて、こんなに簡単に信じないと思うのだが。 忍びなら少しは疑え!と思いつつも、これで、色々やりやすくなることは確かだ。 ひそかに、今日何度目になるのか分からないため息をつきながら、カカシはまずなんとかできそうな外見から改造を開始することにした。 「イルカ。あなたが運命の相手に出会うには、いくつかの試練を乗り越えなくてはいけません。 …まずは第一の試練です。あなたの服を運命の相手にふさわしいものにしましょう。」 こんな感じで引っかかってくれるだろうか?姿も見せない相手に、一方的にえらそうなことを言われて、いくらなんでも少しは疑うだろうか。 疑ってくれたらかえって他のやりようがあるのだが。 「妖精さん!ありがとうございます!!!この間三代目に運命の相手かもしれない人を紹介していただいたんですが、 どうやら違ったようで、赤い糸が見えなかったんです!!!!!」 なんだその発言。 頭の中で何かの線が切れる音がした。しかしコレは任務。任務なのだ。 「イルカ。運命の相手に出会ったら、赤い糸が見えるはずです。その方は運命の相手ではなかったのでしょう。」 赤い糸か…正直馬鹿らしいが、コレも幻術でごまかそう。相手が忍だったとしても、いざとなったら瞳術もある。 「そうですよね…。優しそうな方だったんですが…。こうのとりさんのこともご存知なかったんです。」 そりゃそうだ。いまどきアカデミー生だって、もっとまともな性教育を受けているはずだ。 というか、イルカはアカデミー教師だったと思うのだが、ひょっとして単なる三代目のおもちゃなんだろうか。 「イルカ。明日2時に木の葉デパートの噴水前に行きなさい。そこであなたの恋を手助けしてくれる… こ、恋の使者があらわれます。ゴホン…その方に助けてもらうのです。」 いくらなんでも科白がきつくなってきた。だが、多少どもってもこの中忍は気付かないだろう。 服を見立てるために、朝早くから起きる気はしないし、昼過ぎに出かけるくらいなら譲歩してやってもいい。 「わあ!それってデートみたいですね!」 嬉しそうなイルカの不穏な発言に脱力を禁じえないが、コレで今日の所は終わりにできるだろう。 「では、さようならイルカ。また次の試練のときに…。」 恐ろしい演技も今日はコレで終わりだと思うと、カカシの口の回りもスムーズだ。 「やったー!!!」 嬉しそうにはしゃぐイルカをおいて、カカシはさっさと家に帰って寝ることにしたのだった。 ***** 噴水の前で待つこと10分。ぎりぎりに来たので、むしろイルカを待たせているかと思ったが、もうすでに待ち合わせ時刻を過ぎている。 不審に思い、辺りをうかがうと、やっとイルカらしき姿を見つけた。噴水の周りをぐるぐると回っている。 (しまった…。特徴ぐらい言っておけばよかったか…。) しかたなしに、カカシはさりげなくイルカに声を掛けることにした。 「イルカ先生!奇遇ですね!」 爽やか青年モード全快でがんばってみた。これで、恋の使者っぽさはだせているだろうか? 「カカシ先生。あなたが…。」 なにやら感動に打ち震えているらしいイルカの様子から見て、どうも合格だったらしい。ここで一気に畳み掛けることにした。 「イルカ先生も服買いに着たんですか?俺と一緒に回りません?」 どうにも胡散臭いがこの程度でもイルカには問題ないだろう。 だが、妙に左手に視線が集中している。なぜだ。 「ちがう…。」 どうやら運命の人チェックを受けていたらしい。ぞっとしながらも、なぜ男でもチェックするのか聞きだすのは後にして、 今日の所はさっさと服買って帰りたい。 「イルカ先生には、カジュアル系のファッションが似合いそうですね。あとスーツも何着か買いましょうか。」 こういう手合いにはどんどん手を打っていくに限る。本来ならほとんど知らない相手に買い物の内容まで指定されれば不審に思うだろうが、 イルカは今、摩訶不思議な妖精さんドリームワールドにどっぷり浸っているので問題ない。 「ハイ!!!」 元気良く返事したイルカの服装は、たんすにしまってあった、あの洗いざらしのTシャツとGパンだ。 けしてビンテージというわけでなくただ単に年季が入って生地が弱った代物。もっさりとした感じを引き立たせる一品だ。 とにかく見合いに使うスーツのほかに、その後のデートに向けて、普通の格好も改善して、後顧の憂いを断っておかなくては。 ***** ショップに入ってからが大変だった。 イルカの好みとイルカの金銭感覚との戦いは壮絶なものがあった。 最初はとりあえず、イルカの好みなどを知るために、ショップで自由に選ばせてみた。 …イルカの買おうとする服はとにかく流行の過ぎたものや少々難ありなど、値引きされているものばかりで、しかも、サイズが合っていなくても、 縫い直せば着られるなどと言い出す始末。 それにやたら地味なおっさんくさいものばかり選ぶので、相当長い時間説得してやっと、カカシの選んだものを買わせることができた。 妖精の使者に対してその態度は何だといってやりたくなったが、それを言ったら自分が危険な世界への仲間入りすることになるので、 ぐっと思いとどまった。 何に金を使っているのか知らないが、(妖精グッズとかだったら恐ろしいが…)なぜこんなに金を使わないのだろう。コレも要調査だ。 スーツを買う際には、何着か買おうとすると、あまりにも渋るので、面倒になり一括で支払ってやった。当然奢ってやるつもりだったのだが、 イルカは米搗きバッタのようにピコピコ頭の尻尾を揺らしながら、「ありがとうございます!でも申し訳ないので、分割にしてください。」 などと言い出した。 上忍の給料は既製品のスーツごときで、生活に困ったりしないのだが、イルカにとっては大金らしい。 「今日は、買い物に付き合ってもらっちゃったから、そのお礼にとっといてよ。」 爽やか青年モードにも疲れてきたが、ニコッとわざとらしく微笑んでやった。てっきりホイホイ言うことを聞くかと思ったが。 「カカシ先生。それはいけません。」 真剣な顔になってイルカが言う。普段はアホのようにニコニコと笑ってばかりいるのに。 「いいから、とっといてよ。コレでも俺って上忍なのよ?」 ややイラつきながら言うと、イルカもカカシの機嫌をさとったらしく、しょんぼりして、すみませんと頭を下げて黙ってしまった。 イルカは忍の癖に、全身で悲しみを表現し、頭の尻尾までへたれてしまっているように見えた。その様子があまりにも哀れっぽかったので、 うっかり子犬をしかったときのような罪悪感にとらわれそうになった。 (しっかりしろ俺!こいつは中忍こいつは中忍!けっして子犬でもなければ子猫でもない!!!) 自己暗示を必死にかけてみたが、沈んだ空気を引きずるのがいい加減辛くなってくる。 仕方なく、ひとまずフードコートに弱った中忍を引きずっていき、食い物を買い与えてみることにした。 「イルカ先生。疲れたでしょ。何食べたい?」 優しく聞いてやると、おそるおそる頭をあげた。目が潤んでいてまるでいじめられた子犬のような顔になっている。 「あの、アイスがいいです。」 「アイスね。何味がいいの?」 「えと、いちごで!」 食い物があると元気になるらしい。覚えておこう。 さっきのことを覚えているらしく、奢ってもごねられなかったことにもほっとした。 さっさとアイスを買ってきてイルカに与えた。自分はもちろん甘いものになど興味がないので、ひとまずアイスコーヒーを買った。 薫りの薄いアイスコーヒーを飲みながら、嬉しそうに口の周りをべたべたにしてアイスをほおばるイルカを見ていると、 小動物を飼っているように和む。 (まあ確かに中忍だってコト忘れれば、かわいいのかもねコレ。) 少しずつ毒されてきている気がしてならないのだが、カカシは思考することをあきらめ、ご機嫌になったイルカを自宅まで送り届けた。 ********************************************************************************* 戻る 次 |