その日、カカシは、表沙汰にできない任務の報告のために、三代目の執務室を訪れていた。 任務は表沙汰にできないだけあって、非常に面倒なものだったので、さすがのカカシもさっさと帰ろうと思っていた。 なにしろ、上忍としての任務に加え、子どもの世話まで引き受けているのだ。上忍の体は、Dランク任務ごときで疲れはしないが、 子ども相手は精神的に疲労する。 今日のは、その上忍の任務も厄介なものだった。この報告を終えたら、さっさと何も考えずに休みたい。 報告を口頭で伝え終わり、さて帰ろうときびすを返そうとしたとたん、三代目が口を開いた。 「時にカカシよ。」 「なんですか。イチャパラならご自分で買ってくださいよ。」 三代目が深刻そうな顔をするときは、たいていカカシのコレクションが目的だ。 金はあっても買いに行きにくいらしく、三代目は良くこうしてカカシからイチャパラを借りている。 …同じイチャパラーとして、イチャパラを貸すのはかまわないが、中々帰ってこないので、最近は少し厳しくするようにしている。 「それもあるが違う。…その、おぬしは、じゃな。その。」 三代目の歯切れが妙に悪い。顔色も心なしか悪いような…。 「なんですか?歯切れの悪い。休み明けじゃだめですか?」 さっさと帰りたい。そんなに緊急の用事でもなさそうだし。 「そのー。女子にもてるじゃろう。」 「は?」 確かにカカシはもてる。階級問わずさまざまなくのいちたちに言い寄られてきた。 だが最近は玄人一本やりだ。以前、くのいちたちが、カカシとの任務をめぐって争奪戦となり、任務でもないのに術を使ってやりあい、 被害を広げたことがあって以来、相手にしないことにしている。 忍としての誇りを忘れたのだろうか。面倒なことこの上ない。 「そこで!おぬしに依頼じゃ。わしのイルカをそのー。なんというか。」 「だからなんなんですか?イルカってあのイルカ先生ですかナルトの元担任の。」 先ほどから話が進まない。だんだんイライラしてきた。 ナルトの元教師がどうしたというのか?それと休暇に入れないことの因果関係をさっさとつまびらかに申し述べて欲しい。 「そうじゃそうじゃ。そのイルカじゃ!…イルカはのう、例の時に二親をなくしての。不憫に思って…。」 「本題は?」 「つまり、そのちょこっとばかし、あー夢見がちというか。…かわいいんじゃが…。」 「で、それで?」 「あやつも年が年じゃから、そろそろ可愛い孫でも見せてくれんかと思っての。…何度か見合いをさせたんじゃ。」 「へー。」 (そういうことしそうにないけど。なんか結婚は恋愛結婚以外認めないとかそんな感じだよねー。) カカシは見合いなど、もちろん絶対ごめんだ。里への忠誠は変わらないが、種馬になるのも、上忍の肩書き 目当てにたかってくる女の相手もお断りだ。 どうせなら、万事心得た色町で適当に遊んだ方がよほどいい。 「まあ、その、本人には見合いだと知らせなかったのもまずかったのかもしれんが、相手に結婚相手の理想について聞かれてな。」 三代目が妙に遠い目をしてゆっくりと語る。 「…。」 普通見合いであることを黙ってつれてくるものだろうか。いくら鈍そうな中忍でもきっと騙されたことに気付いただろうに。 しかもくだらないことを聞く女だ。理想の相手など。そもそも釣り書きをみて、気に食わなければ見合いに来なければいいのだから、 自分のことだと言わせたい、思い上がった女の典型だろう。 「運命の赤い糸がつながっている人ですと答えたんじゃ。」 「…。」 よほどだまされたことに腹が立ったか、それとも女が気に食わなかったのか。 「それでの、まあ相手もイルカさんってロマンティストなんですのね。とかなんとか言っておったのだが…。」 それで引かないのも凄い。まあ大方三代目のお声がかりに舞い上がったんだろうが。それにしてもイルカも嫌味なまねをする、 普段の性格との差を意外に思った。 「で?」 「相手に更に聞かれての。」 「何を?」 さっさと話を終わらせて欲しい。 「その、子どもは何人ほしいですか?とな」 「へぇ。」 やはりめんどくさそうな女だ。カカシならお断りだ。 「…こうのとりにが決めることだからといってしもうた。たくさん来てくれると嬉しいです。となぁ。」 「で、結局、破談になった。と。」 そりゃそうだな。いくら三代目の後ろ盾があっても、そんな相手と結婚したいと思わないだろう。 いくらなんでも気がないのがあからさま過ぎる。 「それで、俺に何のようですか?」 「イルカに男としての常識と魅力を教えて欲しい。」 「は?」 じょうしき?みりょく?今の会話の中のどこにそんな単語が使われる理由があっただろう? 「お前なら、できるじゃろう。先だっても色町のおんなに惚れられて、刃傷沙汰になりかけたが、 お前が上手いこと丸め込んで、結局他の娼妓どもにも、もてまっくておるとか。全てアスマからも聞いておるぞ?」 「そんなことを言われても無理なのでは?本人はえーっとうんめいのあかいいと?とかっていうのしんじてるんでしょ?」 三代目はイルカの発言を本気だと思っているのだろうか。 「だからこそじゃ。おぬし、幻術が得意じゃろう。」 「…確かに上忍ですから。といいますか、忍が幻術ぐらい使えないと困るでしょう。」 中忍でもこまるが。そもそも実戦でできませんは通用しない。 「イルカはいつでも一生懸命じゃ。だが幻術はちと苦手での。それに、昔から可愛いものがスキで、妖精とかそんなものを信じておる。」 「はぁ。」 だんだん雲行きが怪しくなってきた。今信じがたい単語を聞いた気がする。妖精? 「よって!おぬしは幻術を駆使して妖精を演じつつ、見合いの日までに、イルカを仕込むのじゃ!!!!!!」 「はぁ?!」 仕込むってなにをだ?まさか術でもないだろうし。カカシはそう思いながら、三代目に怪訝な視線を向けた。 「次の見合いの日取りはもう決まっておる。さすがに一朝一夕では無理じゃろうから、2週間やる!それまでにイルカを何とかしてみせい!」 そんな面倒なことはごめんだ。何とかして断りたい。大体今までの話、本気でイルカはそんなものを信じているのだろうか。 「俺これでも上忍なんですけど?この任務って他の奴でもできるでしょう。」 大体なぜカカシでなければならないのか理由が分からない。カカシは今下忍を受け持っているとはいえ、 忍としてはトップクラスだと自負している。 任務は任務だが、もっとカカシでなければならない任務があるはずだ。腕組みをして椅子に腰掛けた三代目を見下ろし、答えを待った。 「だめじゃ。イルカに手を出しかねん。」 「は?」 てをだす? 「あやつはかわいらしいからのぉ。妙に上忍のくのいちやらなんやらにもてよる。挙句の果てに男にまでな。 本人はアレじゃから、気付いていないようじゃが…。今までもアスマに守らせておったが、アスマがおらなんだら とっくにどこぞの上忍の餌食になって居るじゃろう。」 あのぽやっとしてもっさりした中忍がもてる…。何かの冗談ではないだろうか。だが、今の発言にいいヒントがあった。 奴に押し付けよう。 「だったらアスマにたのめばいいのでは…?」 守ってやっていたなら、イルカのことにも親身になってやりそうだし、大体アスマは世話好きだ。下忍の世話さえ初めてなカカシより、 よほど向いている。 「やつはだめじゃ。可愛いイルカのことだというに、見合いしてまで結婚なんぞせんでも本人の意思を尊重しろなどと抜かし居った!」 「はぁ」 まあ正論だ。イイトシした中忍がわざわざ上忍に守られていたというのも驚きだが、三代目が必死すぎるほど必死になっているのも不思議だ。 イルカのどこにそこまでする魅力があるのだろう。 「その点おぬしは安心じゃ。筋金入りの女好き!!!」 「人聞き悪いなぁ。」 まあスキなのは事実だが、間抜けな遊び方はしてないつもりだ。…先日の騒ぎも自分で収めたし。 「さあ!行け!」 「はいはい。」 目を血走らせてカカシに命じたのは、信じたくはないが木の葉の里長であったので、やむなくカカシは このくだらない任務に取り掛かることになったのだった。 ***** カカシは幼い頃から忍として生きてきており、今までに任務は数限りなくこなしてきている。幼いころから上忍だったこともあり、 実力も友人から譲り受けた瞳の力だけでなく、十分に強かった。当然、他の忍よりも難易度の高い任務も多かった。 だが、こんなくだらない任務は初めてだ。ターゲットである中忍教師は、中忍の癖には幻術に弱いらしいし、いっそのこと 洗脳した方が手っ取り早いような気がする。 …どう考えても三代目自らの手で抹殺されそうなので、実行はしないが。 任務に疑問を持てば、忍の社会は成り立たない。うんざりしながらも、カカシはイルカの調査をはじめることにした。 三代目に渡されたやたらと分厚いイルカに関する資料は、無意味に微にいり細にうがった、無駄に詳細なものだったので、 早々に読むのをあきらめた。 結局忍犬を使って、イルカの家の前に辿り着き、ため息を一つ、つく。 任務は任務だ。それ以上でもそれ以下でもない。どんなにくだらなくても拒否はできない。 大量殺戮や暗殺のような陰惨な任務に比べたら、確かに安全ではあるが、ある意味難易度は高そうだ。 あきらめるほかないだろう。 早速忍らしく、年季の入ったアパートの一室である、イルカ宅忍び込み、情報収集をすることにした。 ざっとみてまわると、部屋は狭く、台所と一緒になった居間と、寝室、風呂場とトイレはかろうじて別々のようだ。 それに申し訳程度のベランダが付いて、物干し竿が置いてある。 洗濯物も干されたままで、独身男性としてはつつましいほどに物がない。 台所にはそれなりの食器がそろえてあり、子供用と思しき食器も混じっている。 アカデミー生でも遊びに来させているのだろう。ナルトもここにきたのかもしれない。 冷蔵庫には野菜が少しと使いかけの豚肉。後の食料はインスタント食品で、ほとんどがラーメンだった。 この辺りは独身男性らしいといえるだろう。 寝室に入ってまず目に付くのは、アカデミー生ほどの大きさのクマのぬいぐるみだった。 話に聞くとおり、成人男子としては特殊な趣味があるようだ。 小さな窓には、小さなサボテンの鉢植えが置いてある。鉢底にはかわいらしい花柄の水受けとカラフルな刺繍がされた敷物が敷いてある。 側には小さなジョウロも。やはりこれにも小花模様があしらわれている。 他に部屋にある寝具や巻物などは明らかに男性らしく、むしろ殺風景に見えるほどさっぱりとしたものばかりなので、それらは異様に目を引いた。 ベッドの横の本棚にはアカデミー教師らしく、術を記してあるらしい巻物や、教本、それに資料がきちんと整頓されて収納されている。 しかし、その中に妙に重厚な装丁の本が何冊かあった。 一冊を手に取ってみる。「妖精ものがたり」と題された本は、木の葉には珍しい皮の装丁で、タイトルやつる草のような模様が金箔押しで 装飾されている。何度も読み返したらしく、隅の方は擦り切れて、金がはがれていた。 エロ本一つない部屋に、こんな本だけは置いてあることに、軽くショックを受けながら、参考資料にと読むことにした。 何しろこれからカカシは妖精を演じなければならないのだ。妖精などいうものを今まで見たことも聞いたこともない。実体のないものの話など、 精々、死に掛かったときに目の前の川岸で、死んだ両親が手を振っているのを見たとか、そんな話を前線で聞いたくらいだ。 ざっと読んだ限り、妖精とは、かわいらしいだけのものでもないらしい。物を隠したり、こっそり人の赤ん坊を攫って入れ替えたりと人間顔負け の犯罪行為を行うものもいるようだ。 かとおもえば、勝手に人の家に住み着いて、掃除をしたり、何か作っていったりもするらしい。目的は不明だが。 …忍がこんな本を後生大事にしまっておいて良いのだろうか? 妖精というのは、普段は忍術も使わないのに不可視状態にあり、見るためには上着を裏返したり、靴下を逆に履いたりする必要があるらしい。 正直どこにそこまで妖精とやらを見ることに、執着する理由があるのか理解できなかった。 頭が痛くなるのを感じながら読み進めていくと、四葉のクローバーがあしらわれたしおりが挟まれたページに辿り着いた。 …どうやら、座敷童子のようなものらしい、家事だの何だのをこっそり手伝ってくれ、大切にすると、姿を見せてくれるらしい。 …脱力感に駆られる。 この本はどうやって妖精を演じるかの参考にはなった。 幻術を使って、子どもの姿に妖精らしく羽でも生やそうかと思っていたが、こっそり物陰から声だけ聞かせてやれば納得するだろう。 だが、問題はそこではない。上手く誘導して、この頭に花が咲いていそうな中忍を改造しなければならないのだ。 …任務だ!任務成功率ほぼ100%の底時からを今こそ見せるときなんだと自己暗示をかけ、カカシは更に部屋を捜索していく。 …服装は割とまともだ。ほぼ忍服だけだが、わずかな普段着と、浴衣と着物などがたんすに収まっていた。 私服の趣味も地味というか、GパンやらTシャツやらで、ファッションには興味がないようだ。…ここは改善の余地がある。 たんすだけ見れば、きちんと整頓されすぎている以外は、普通の成人男子らしいのだが。 最後に風呂場へ向かった。温泉の素がやたらたくさん置いてある。 …あひるのおもちゃでも置いてあったらどうしようかと思ったが、そんなものは見当たらない。ひとまず安心した。 さて、とりあえず、見て回ったが、一番恐ろしいところを除けば、むしろ質素で堅実な生活を送っているのが伺える。 少しファッションやまともな趣味を増やしてやれば、何とかなりそうな気もしてきた。 期限は2週間。となるとまず服装からだろう。よほど変なことをしなければ、性格的なことを意外と女は気にしなかったりするものだ。 人間性へのチェックよりも、むしろ将来性へのチェックが厳しい。ある程度見てくれがよければ、しばらく時間が稼げるはずだ。 普段、受付所で話すときは、そんな人間だと気付かなかったのだから(まあ、あまり興味がなかったせいもあるが)、 女の方も見合いで話したくらいではそんなに問題にはしないだろう。 それに、三代目の後押しというのは大きい。多少の奇矯さも、女は「かわいらしい人ね。」で乗り切るだろう。 所詮人事。それ位のレベルまでならば、言動の修正も何とかできるはずだ。 もともと素材はそんなに悪くない。手入れが全くされていないがために、もっさりとした印象が強いが、顔のつくりはわりといいし、 男にもてるというのは知らなかったが、どうやら周りの人間の受けもいい。 妖精になれなどと、三代目に言われていなければ、普通に友人のふりでもして、それとなく忠告することもできたのではないだろうか…。 20台も半ばを過ぎたイイトシした男が妖精のフリ…。ほぼ同年齢で、妖精を実際に信じている男と、どちらがより悲惨なのだろうか…。 考えていても仕方がない。もうすぐターゲットがアカデミーから帰ってくるはずだ。 …こんなことのために、カカシの任務とイルカの受付任務を休ませた三代目の頭の中を、覗いてみたいものだ。 ********************************************************************************* 次 この後、どんどんイルカ先生が香ばしい感じになっていきますが、それでもよい方は引き続きお楽しみ? 下さい…。 リク内容はステキなのになぜこんなにも…。 |