春の陽気の9(適当)



これの続き。 


「ねぇ。飯食わないの?」
「え、ああ。はい。そうでしたね」
寝転ぶケダモノの不可解さに思わず目を離せなくなっていたが、もう日も沈む。
この男をどうするにしろ、食事を取らなくては始まらない。
数日絶食するくらいなら内勤が長いとはいえ訳もないが、この男の前で弱った姿を見せる勇気などなかった。
なんとなく背を向けるのが恐ろしいというのもある。
立ち上がった瞬間襲い掛かってきて、ケダモノいわく面倒な術とやらを打ち破り、食い尽くされそうな…そんな恐怖感がぬぐえないのだ。
飯は朝一応仕掛けていったから炊けている。だがこの狭い部屋だ。あいにく居間に背を向けずに料理ができるような構造をしていない。
いっそ茶づけでもすするか。それならば湯を沸かしている間だけで済むし、目を離しても置ける。その間風呂の支度でもするフリをして、あの男の視線から逃れることもできる。
…風呂なんてあんなのが家にいるのに入れるわけがない。
いや、今までも唐突に風呂場に湧いてでることは、悲しいかなよくあることだったから、油断はできないんだが。
今までいかに自分がぱっちりさんに頼りきりだったかを痛感せざるを得なかった。
今回の処断も…もしかしなくても優秀な人員を俺ごときには裂いて置けなくなったというのもあるんじゃないだろうか。
このケダモノを押さえ込めるというだけで優秀な忍であるということがわかる。その実力が、貞操を狙われている中忍を守るためなんていうどうしようもない理由で消費されるよりは正しい決断だ。
そう。里としては。
…つまり俺としてはすっかり疲労しているところを持ってきて、更に男に付けねらわれるという最悪な環境におかれているわけだ。
せめて三代目が問答無用に触れられないようにしておいてくれたなら、きっとなんとかできただろうに。
寝転がっているだけでこの圧迫感。いっそいないように振舞う方が楽かもしれない。自分の精神安定のためには。
そうと決めたらさっさと済ませてしまうに限る。
…湯が沸いてもそこにいたら、そのままかけてしまいたくなりそうな己を叱咤激励し、やかんに水を入れて火にかけてすぐ、無言で風呂場に飛び込んだ。
湯を落とし、洗剤を手に取る。普段から癒しの場である風呂場掃除は他の所より丁寧にやる方だ。あまつさえ今日は自分の精神を乱す存在がのさばっていやがる。
…どうせなら徹底的に掃除してしまおう。
そう決めこんで片っ端から洗い始めた。まずは浴槽。それから風呂桶。ナルトがきたときだけ使うシャンプーハットも。それからなぜか生徒にもらったアヒルのおもちゃまで丁寧に洗い上げるつもりで、定位置から移動させた。
積みあがったそれらをみていると、なぜかやる気が湧いて出るから不思議だ。
浴槽を磨き上げ、さあ次は風呂桶だと手にかけた瞬間。…それは俺の目の前で姿を消した。
「お風呂入れるの?掃除しといてあげようか?あんた風呂掃除めちゃくちゃ丁寧だよねぇ?いつも」
どこでみてたんだとか、なんでいつの間にかいるんだとか、言いたいことは山ほどある。風呂桶を片手に持ってるくせに、腰に手を当ててえらそうにふんぞり返っている。そしてそれが様になるというのが嫌味だ。
「いえ、俺が自分でやりたいので。どうぞご自宅へお帰りください」
結局男は茶を飲むことすらしていない。取り乱した俺が思わず奪い取って飲み干してしまったせいもあるが、そんなことをしなくても男は恐らく口をつけなかっただろう。
他所で出されたものを食べないのは、忍の習い性だ。里の中でまで徹底しているのはこの男の所属する部隊くらいのものだろうが、俺もほんの幼い頃から外で出されたものを口にしてはいけないと、耳にたこができるくらい吹き込まれている。
ましてやこの男ほどの実力になれば、常に命を狙われているといっても過言ではない。警戒するのも当然だ。
つまりなにもできないんだら、さっさと帰ったらいいんだ。
…一瞬魔が差して家に上げてしまったが、この男がその気になれば俺程度のものは簡単に好きにできると分かっている以上、相手をするリスクの方が大きい。
「そんなに警戒しないでよ。今すぐあんたをどうこうするつもりはないんだしさ」
「今すぐたって…今まで自分がなにしてたか理解してますか?」
思わず詰るような口調で聞いてしまっていた。
目が合えば襲ってくるような男のどこを信用すればいいと言うんだ。それでなくてもこの身に施された術が自分の予想以上に危ういものだと知ってしまっているというのに。
「知ってるよー?でもさ、今はちゃんと俺のこと見てくれてるでしょ?それに術は邪魔くさいけど、それなりに考えてくれてるみたいだしね?もし触れもしなかったら、今頃あんたさらって里抜けしてるところだもん」
ケダモノ上忍が…!しれっととんでもないことを言いやがる。
三代目がこの性格を見抜いた上で、わざわざこの厄介な術をかけたのかもしれないということが分かっただけでも収穫と見るべきか。
この男はどうしてここまで自分を欲しがるのやら。
「里抜けなんて言語道断です。そういう行為をしたいとも思いません。俺は平和に暮らしたいだけだ」
投げつけたい。だが今手元にあるのはかわいらしいひよこのおもちゃだけで、突っ立っている上忍が持っている風呂桶の方が、ずっと武器になりそうだ。
「ま、いいんだけどね。…今は、まだ」
「今はって…」
どうしてこうもこの人は無駄にあきらめが悪いんだ。
その手が俺に伸ばされて、また触れられるのかと身構えた瞬間。
「この洗剤いいよねぇ?良く落ちる。…お湯、沸いちゃうよ?」
その言葉にはじかれたように風呂場を飛び出していた。


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適当。
つづくー(;´Д`)
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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