春の陽気の8(適当)



これの続き。 


「なんで、さわれるんですか?」
いつもは襲撃に驚き、それから逃れることばかりで頭をいっぱいにしているから、こんな風に触られていることを意識するのは初めてだ。
指は細く長い、それにどちらかというと体温が高い自分と違って、ひんやりとしている。綺麗な指だ。あの鍵爪付きの防具をはずすとこんな指をしていたのか。
触れたのは頬だけだというのに、いつものように無遠慮に局部に触れられることよりもずっと違和感があった。
頬を触られたからといってどうということはないはずなのに、どうしてこうも…妙に生々しく感じるのだろう。
男はというと、一瞬で表情を変え、今はいつも通り飄々とした顔をしているというのに。
「性欲のコントロール位簡単だし」
「へ?」
せいよく。…性欲って…!?
そういえばこの男の触れ方は、どちらかというと自分がそこにいるのを確かめるようなものだ。
いつものように全てを食い尽くそうとするケダモノ染みた…いっそ殺気と言っていいほどの圧迫感がない。
それが今の状況とどう関連しているというのだろう。
触れられないはずの男が、こうも易々と。
…いや、むしろ術自体がもはや効力をなくしているということなのか。
今すぐ襲われるということは無さそうだが、その態度の変化の理由など検討がつかない。
これが油断させるための演技じゃないとどうして言える。むしろ借りてきた猫のように大人しい姿の方が恐怖を煽った。
とりあえず、今なら自分が優位に立てるという考え事態が甘かったということは理解した。
「ま、解術してもいいんだけど、面倒だしねぇ?先は短いかもしれないけど、気は長いから。…諦める気はないんだよね」
その笑顔が酷く恐ろしい。
なぜそんなにもうっとりとした顔をしているのだろう。
どちらかというとこれまでも獣染みた所の多かった男だが、今は動物的なだけでなく、策をめぐらす忍の顔をしている。
流石暗部の部隊長だ。…自分にとってはさらにタチの悪さが増した気がする。
本能のままに襲ってくるよりずっと恐ろしい。ケダモノらしさを残したままで、狡猾さまで供えた男になど恐怖の対象でしかない。
じっと自分だけを見る瞳から、目を逸らせない。逸らした瞬間襲い掛かってくるような気がするからだ。
「手をはなして、ください」
綻び掛けた虚勢を総動員して男を睨み返した。
…その途端、唐突に指がはじかれた。
「あーもう。そんな顔されたら我慢できないでしょ?」
結界だ。それは理解した。
つまりまだこの身を守る術は顕在だということだ。
「なんで。え。どうして今だけ」
さっきは確かにこの男は易々と俺に触れた。
…結界などないかのように。
だが今は一瞬で距離をとった男は、それ以上近づいてこない。…いや、これない、のか。これは。
「あんたを獲物扱いするなって言われてたんだよねぇ?そういえば。…めんどくさい術まで使って、身体に理解させるつもりなのかも?」
「はぁ…まあその、獲物扱いは困るんですが。身体に理解?」
やれやれといわんばかりに肩をすくめた男が、にこりと笑った。
「あんたとヤリタイって思うとはじかれちゃうってこと」
それを聞いて安堵よりも脱力感に苛まれた。
あれほど警戒したというのに。…いや、むしろそんな高等な結界術を操る三代目に感謝すべきだとは分かっているのだが。
教えてくれればよかったじゃないか。俺にも。
「…えーっと。まあその。お茶入れなおしてきます」
とりあえずは…安全、なのか?
だが男に敵いそうもない自分でも、術さえあればと思ったことが大間違いだったのかもしれない。
何がしかの仕掛けが施されているとしても、自分では見破れないということがよくわかった。
…家のど真ん中でくつろぐ男を自ら迎え入れたというのに、俺は早々にそれをもてあましていた。
逃げるべきなのか、それとも立ち向かうべきなのか。
葛藤を他所に男がのびのびとくつろいでいて、泣き喚きたい気持ちに狩られたのだった。



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適当。
けだものはやはりけだものということで。
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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