これの続き。 正直言って完全に油断していた。 ぱっちりさんだって忍である以上任務がある。そして常に組む相手が一緒とは限らない。 …それはつまりあの男が放し飼いにされることもありうるということだったというのに。 「何で逃げるの?」 本気で不思議に思っているというのが、その表情でわかる。 純粋な子供の瞳。…せめてその要求がもう少しまともなものであったなら。 いや、いっそ本当に子供であったなら、わかるまで諭そうという気にもなれるのだが。 相手はほぼ間違いなく成人男子。それも自分とほぼ同程度の体格だ。 …駄々をこねられるだけで済まなかった場合、まず間違いなく悲惨な目に遭う。 そしてそれをすでに実行に移そうとしたことが幾度もあるのだから、更生の可能性などほぼないといえるだろう。 あのぱっちりさんは諦めないのか、立場上諦めることを許されていないのかわからないが、いつも必死で止めてくれてはいるけどな。 十中八九、後者であることは想像に難くない。 先輩とこの変質者を呼び、根気良く諭す様子からして、恐らくは近しい立場にあるのだろう。 そしてこの男はたしか部隊長と呼ばれてはいなかったか。 …副官なんだろうな…。多分。こんなのが部隊長って、暗部は狂人まみれってのは本当なのかもしれない。 ぱっちりさんのようにまともなひとは、さぞやい辛いことだろう。 真面目で一生懸命だからこそ、この変質者のお目付け役に据えられたとかなんだろうか。 押さえ込むこと位はできるようだった所も考えると、それ相応の実力と…恐らくは位にいることは確実だ。 今あの人の気配はない。 今まで幾度となく襲撃され、その度に助けてくれた時、そういえば気配を感じたことはなかったから、ただ単に気配が読めないだけかもしれないのだが。 いつもならこの変質者が接触を試みるだけで現れてくれていたことを考えると、助力は見込めないと考えるべきだろう。 「いえ、急な用事ができまして、三代目の所まで急いでいるんです。それじゃ!」 さわやかな笑顔で、仕事に忙殺される受付中忍を演出したみたんだが、どうやら無駄だったようだ。 …人の事情を斟酌するような想像力があるなら、いきなり襲ってきたりはしないよな…。 「そんなの後でいいじゃない。まだ仕事じゃないでしょ?いつもはあと半刻は遅い」 この変質者は俺の私生活をつぶさに観察しているということが、改めてわかった。 それでこそ変質者だと笑い飛ばすことができたらよかったんだが、一般的な中忍である自分には、当然のことながらそんな余裕はない。 ひたひたと足元から這い上がってくるのは…恐怖だ。 獲物を見る目で自分を見つめ、少しずつ歩み寄ってくる。 朝はまだ早い。つまりは人通りが少ない。 アカデミーに登校する生徒たちも、まだ家で朝食を食べているか寝ている頃だ。 逃げるにしても分が悪すぎる。 「いえ、今日は特別なんです」 嘘は言っていない。特別な事情が個人的な問題であるだけで、それをどう捕らえるかはこの男次第だ。 これを否定されれば後はない。 引き下がってくれることを全力で祈った。 「ふぅん?じゃ、一緒にいこ?」 …いきなり襲われるよりはマシだろうか。 どうあがいても適わない、いつ襲い掛かってくるかわからないケダモノの苦情を、当のケダモノ連れでいくというのもおかしな話だ。 三代目の前であっても、うかつなことを口にすればこの男に何をされるかわからない。 「いえ、極秘事項です。いくら暗部の方であってもそれはできかねます」 三代目には小さい頃良く極秘事項だって言われてこっそりお菓子貰ったりしてたから、あながち嘘ってわけじゃない。 隣に住んでる暗部がいじめるんです!なんて訳のわからない事情で泣きつく羽目になるとは思っても見なかっただけだ。 「えー?いいじゃない」 「よくありません」 この返答は予想済みだ。ぱっちりさんも悪びれなく意味のわからないことをいうこの男に、散々苦労させられているのを知っているからな。 きっぱりと否定するのが一番だろう。 曖昧な返事でもしようものなら、勝手に自分の都合のいいように解釈されかねない。 …まあ普通に返事をしてるってのに聞いちゃいないこともよくあるんだが。 「じゃ、近くまでは?」 この反応は初めてかもしれない。 男が自分の意見を曲げたことなど、今まで聞いていた中では一度もない。 ここはへたに刺激するよりもこちらも譲歩すべきだろうか。 近くが隣だったりしそうで恐ろしいので、念のため確認した。 「…近くまでというと…?」 「扉の前まで」 「ダメです。万が一聞こえでもしたら…」 「んー?じゃ、入り口まで」 「…建物の、ですよね?」 それならば聞かれることもないだろう。 内密にといえば結界も張られるだろうし、この男が自分になにがしか仕掛けたとしても、プロフェッサーと呼ばれた知略に長けた火影に見通せないわけがない。 念押しの言葉に笑顔で返し、男がうれしそうに囁いた。 …耳元で。 「ん。そうね。…入り口なんていうとその気になっちゃう?」 けつをもまれたというか、主に穴周辺に指をぐっと押し付けられた。 「さわんじゃねぇ!なにすんだこの変態野郎!」 とっさに後先考えずに威嚇してしまったことを後悔することすらできなかった。 怒りに任せて振り上げ、だがしかし空を切った拳にキスを落とす余裕さえみせやがったのだ。こいつは。 「あとで、ね?」 …頭が沸騰するかと思った。 「なにしゃれ込ましたポーズで調子こいてんだこのやろう!」 「無事ですか!先輩!僕の注意事項何一つ聞いてないじゃないですかー!」 ものすごい勢いで追いかけていったぱっちりさん…らしき人を呆然と見送った。 面つけてたってことは、任務なんだろうな。 「助かった…のか?」 へたり込んだ地面にはけなげにも地を割ってスミレの花が咲いていて、美しい。 少しずつとはいえ春が訪れているのだと教えてくたそれは、とはいえかさついた自分の心に潤いをもたらしてはくれなかったのだった。 ********************************************************************************* 適当。 あとちょっと…(;´∀`)??? ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |