これの続き。 「おーい。イルカー?」 「んあー?ぁんだあ?」 「しゃきっとしろって!もうすぐ入ってくんだぞ?新入生!お前も担任持つんだからもうちょっとさぁ」 「…おう」 乱暴に揺さぶられて、突っ伏していたアカデミーの冷たい机の上から頭を上げた。 同僚には恵まれてるよな。俺。 アカデミーに勤務し始めてから、コイツには何度も助けられてきた。…まあ大雑把でいい加減で、でもそんなところも子どもたちに好かれてる。 こうやって気を遣ってもらっちまうと、うっかり泣いてしまいそうだ。 残業中とはいえここは職場!カカシは…カカシは心配だけど、きっと元気にやってるはずだ。 そう信じたかった。 「…なんかあったっぽいけど、愚痴なら付き合ってやんぞ?お前のおごりなら」 「おごりかよ!あー…まあ、なんつーか。しょうがなかったってわかってんだ。だから平気だ」 「平気じゃねーだろーが。そのツラ何とかしろって。…フられたか?」 「ばっ!ちがっ!なにいってんだ!」 「まあイルカだもんなぁ…」 「それも大概失礼だろ…」 …慰めてくれてるってのは分かる。すぐそっちに話持ってくんじゃねぇとも思うが。 あー…ほんっと情けねぇ。もうちょっと何とかしないと、それこそ新入生に申し訳ない。 バンバン肩を叩かれながら、気合の入れ方を思い出そうとしていた。 「まあ、いいや。ちょっとは元気でたか?」 「…まあな。ありが…」 「よっし!なら今すぐ三代目のところへゴーだ!」 「なんだよそれ!?」 三代目って…三代目んとこ行く用事ってなんだ?しかも今すぐって。 …嫌な予感しかしない。 「え?呼び出し?」 「や、やっぱりか!馬鹿野郎先に言え!三代目をお待たせしてどうする!」 「まあまあ。大丈夫だって!三代目もさ、余裕がありそうなときにーって」 「…おい。いつなんだよ。俺呼んで来いって言われたの」 暢気すぎて恐ろしい。おいおい。余裕がありそうっつーのは確かに授業中とかならわかるけど、今の時期は暇じゃないか…。 その偽者臭いほどにさわやかな笑顔が却って恐ろしかった。 「…まあ、三日前くらい?」 おいおいおい!笑うとこじゃねぇだろうが! 「…!?ばっかやろう!今日はお前のおごりだかんな!」 「はははー!間を取って割り勘なー!」 「おぼえてろー!」 廊下は走ってはいけませんと言っている身で、全力疾走だ。 …こんなの新入生に見られたら泣くに泣けないから、せめて今日分かってよかったと思うことにした。ただ同僚には絶対おごらせてやるけどな! ***** 「申し訳ありません!」 飛び込むように執務室に入り、その場で全力で頭を下げた。 言い訳はしない。…何か言われたらまあ多少事情を説明するくらいはするかもしれんが、三代目はこの程度のことじゃ怒らない。ただ申し訳ないだけなんだが、やっぱりアイツは後で一発分殴ろう。 「うむ」 普段軽口を叩くこともある茶目っ気のある人なのに、空気が違った。 なにかあったんだろうか。 …こっちまで緊張する。気さくな人だが里長を勤めるに相応しい知力と威厳を備えた方だからな。 三代目が重い口を開いてゆっくりと話し出して…聞いた内容に硬直した 「今、なんと」 「うずまきナルト…九尾の人柱力がアカデミーに入学する」 「そ、れで」 「…お主の担当にしようと考えておる」 「なぜですか」 自分でも驚くほど硬い声だった。 アレが。あの化け物が。うそだろ。 …入れ物にされた子どもに罪はなくても、その中にはアレがいる。 そう思うだけで普通に接することなんて到底できないと思った。 「…なに、簡単なことじゃ。お主は随分な悪戯小僧だったからのう?」 返事は驚くほどに軽い。ニヤリと笑ったその顔は、ガキの頃から何度も見ている。 じいちゃんも悪戯小僧だったと思うなって、そのときも思ったっけ。 「う、あの!そりゃその、そうだったかもしれませんが!それに何の関係が…!」 「ワシでも手を焼くほどの悪戯小僧はお主とナルトくらいじゃ」 「なる、と?」 「そうじゃ。この間なぞ風呂桶の底にわかめをしこみおってな…」 あーそういや似たようなことやったなー。俺のときは食いもんはもったいないと思ったから、ぬるぬるする薬草刻んで、時間がたったら溶ける紙で包んで沈めた。凄まじいにおいに仕上がってやっぱりめちゃくちゃ怒られたんだよなー。 それ以来、匂いって重要だと知った俺が新たな風呂トラップを考え、風呂だけじゃ詰まんないからと夢中になっていろいろやってたら、トラップ得意になっちまったっていう笑い話にもならない事実がある。 確かに気は合いそうかもしれない。…それが普通の子どもなら。 「で、すが、その」 公平に見る事が出来るかといわれれば否だ。 あの化け物を封じ込めたイキモノのことなど考えたくなくて、存在することすら忘れるようにして生きてきたのに、今関わったら…殺してしまうかもしれない。 中にいるのは父ちゃんと母ちゃんの仇だ。子どもごとなら殺せるかもしれないと、そう考えるのが恐くて、俺はずっと逃げ回ってたんじゃなかったか。 「命令と、言わねばならぬか?」 「…三代目…」 そうだ。こんな話しなくてもよかった。この里のすべての忍に、例え死ぬかもしれない命令でも、従わせることはできるんだから。 これは、温情だ。例えどんなに受け入れがたいことだったとしても。 「お主ならやりとげると信じておる。…なぁに。普通の子どもじゃ。すこぅしばかりひねておるがのう?」 「もし、もしも、俺が」 子どもを手に掛けてしまったら?俺が死んでももう二度とあの化け物が現れないなら、そうしてしまうかもしれないのに。 「ひねた子どもの扱いなら慣れておるじゃろうが」 …すぐに分かった。これはその知らない子どものことじゃない。 ってことは。 「カカシのこと、ご存知なんですか!」 呆れたような物言いに、とっさに叫ぶようにそう言っていた。 ひねてなんかいないぞ!テレやさんでかわいいんだ!…もう側にはいないけど。 「ふぅむ。アヤツが一方的にと思うとったが、満更でもなさそうじゃのう?」 「なにがですか!今どこに…いやそんなの言えないですよね…。ちゃんと飯食ってますか?寝てますか?寂しがって泣いたりしてませんか…」 そっか。じいちゃんなら知ってるよな。 カカシは、カカシは無事なんだろうか。元気にしてるだろうか。…泣いていたら慰めにいきたい。抱きしめてもう大丈夫だって言ってやりたい。 「なんじゃ!お主の前ではそんな振る舞いを?」 「え!いえ!我慢強くて、あんまり泣いたりしないんですけど…ずっと、いつも寂しそうにしてて…」 我慢強い子だからこそ、我慢させちゃ駄目だと思うんだよ。あの子はもっと我侭を言っていい。 …三代目が知ってるってことは、元気なんだな。よかった…! 「そうか…。今は無理じゃが、もう少し待て」 「え?」 「戻ってこさせる」 「え!いつですか!俺ラーメン!」 「ラーメン?」 「い、いえ!そうじゃなくて…!俺が、会いたいって言ったら、その、迷惑になりますか…?」 「ならんじゃろうが、今は難しいのう…」 「そ、うです、か…。なら、いいんです。アイツがちゃんと飯食って眠れてるなら」 「…さての。主が心配しとったとだけ伝えておくわい」 「ありがとうございます…!」 そうか。戻ってくるかもしれないのか…! 生きて元気でいてくれて、それから今は無理でもいつかは会えると知ったら急に胸につかえていたものが溶けたような気がした。 「して、この件は」 「あ」 …嬉しすぎてうっかり忘れかけていた。 とてつもない大問題だってのに、カカシとなるとどうも駄目だ…。 いや元々俺が目先のことに釣られやすいってのもあるんだけどな。 「…相変わらずじゃのう…」 「う、その。すみません…」 「まあよいわい。まずは面談じゃな。一度会ってみるが良い」 「え!」 「話はそれだけじゃ。…ラーメンばかり食べるでないぞ?」 「は、はい!」 面談。面談ってことは、会う、のか。 大丈夫なんだろうか。俺は。 しかもラーメンばっか食ってると思われてしまった…! 意外と自炊する方なんです!カカシに色々教わったし、そもそも薄給だから…!って、…今更言えないけど。 「では、の。追って連絡する」 「はい…」 喜びたいのか嘆きたいのか怒りたいのか、わからなくて。 執務室を出るときにきちんと挨拶をしたかすら覚えていない。 ***** 結局、晩飯は居酒屋になった。アイツに奢らせなきゃいけないし、帰ってから抜け殻みたいになってる俺を心配して連れてきてくれたからそのままの流れでこうなった。 「…なんとなく察しはつく」 「お前は、お前も?聞かれたのか?担当しろって」 「いや。…アカデミーに入るってことだけは、聞いた。覚悟はあるかって」 「そ、か。なんで俺なんだよ…」 「おめーだからだろ?馬鹿だしイルカだし」 「なんだよそれ!」 俺は普通だ。確かに多少うっかりした所はあるかもしれないけど! …周囲から哀れみの視線を向けられている気がして、少しだけ落ち込んだ。 居酒屋なんだからちょっとくらい騒いでも許してくれよ…。 「お前さ、無鉄砲だし上にも噛み付くから結構揉め事にまきこまれたりするじゃん」 「あー…そう、か?」 や、だって間違ってることならいわなきゃ駄目だろ?アホな上官のせいで死ぬやつが出るなんてごめんだし、そんなこと出来ないっつーなら俺が体張って分からせればいいだけだし。授業と一緒じゃねーかそんなの。 「そうなんだよ。で、怪我もしょっちゅうする」 「あ、えーっと」 「でさあ。大怪我してても笑えるやつってあんまりいないじゃんか。お前はさ、痛くても根性で立ち上がって、場合によっては相手ぶん殴って仲直りーとか言い出すヤツだ」 「うっ!それはその!」 …確かに反省しててやり直せるならそっちのがいいと思う、かもしれない。 だって生きてんだぞ?生きてるなら…やり直せた方がいいじゃないか。 「そういうとこじゃねぇのか。…俺はきっと駄目だ。ずーっと恨むし、隙があったら消そうとするし」 「おい…!」 いいたいことは分かる。だがこれは…下手をしたら里の禁忌に抵触する。 害意があると認められたもので、直接僅かでも実行しようとする気配があれば、その場で処分されることすらあるんだ。 朝起きたら隣人が二度と会えないところに行っているなんて、忍里では当たり前だが、俺はコイツにそんな目にあって欲しくない。 「だからだめなんだよ。…転属願いも出した」 「え」 息が一瞬止まるかと思った。 うそだ。コイツが? でもそうか、三代目が呼び出したのは、そのためなのか。 多少強引なところはあっても…無理強いは、基本的にはしない人だ。 その人が、俺を選んだ。きっと俺なら逃げないと確信して。 「まあだから餞別にココは奢ってくれ」 「待てよ!どこに…?」 「しばらくは事務系だな。そっからは…前にさ、薬品部にいたことがあっからそこに行くかもしれん。俺はさ、前線でバリバリやるには足が駄目だから」 「そう、か」 いきなり知らない何処かへ行ってしまう訳じゃないことに安堵した。 そういえば戦場で。だからアカデミー教師になったんだもんな…。 俺が自分から志願したって聞いて、馬鹿だなぁってゲラゲラ笑って、俺が流石に怒ったらそういう馬鹿は必要だとかなんとか言われたっけ。教師は甘くないとか色々言われたけど、たくさん教えてもらったことがある。 そっか、もうそんな風に簡単に相談できなくなっちまうのか。 「っつー訳だから会えないわけじゃないぞー?お前の恋しい誰かさんとちがって!」 「なななな!なんで!何の話だ!」 「顔に出まくるんだよ。バッレバレ。寂しくなったらいつでもこいよー?」 「…うるせぇ。ずりぃんだよ」 俺だって逃げたい。…でもきっと逃げない。 自分でもこの性格が呪わしい。期待されてるとか信じられてると、がんばっちゃうんだよ。だってがっかりさせたくないじゃないか。 「ずるいよ。俺は。…そんでよわっちいんだ」 いつもふてぶてしくて傍若無人な同僚の、初めて聞く弱々しく泣きそうにすら聞こえる声。 …胸が痛い。 なんだよ。俺たちは一生懸命生きてるだけなのに、どうしてこんなややこしいことになるんだ。 カカシのことばっかり考えてて、それがちょっとは楽になったと思ったら次の悩みが降ってくるなんて、人生は本当にままならない。 「飲むかー」 「おう。飲もう」 こんな日は飲むのが一番だ。 飲んで、騒いで、いったん頭を空っぽにした方がいい。 二人して大笑いして、それからはもう店の酒全部からっぽにする勢いで飲んだ。 泣いて笑って、それから。 「がんばれよ。きっとお前ならできる」 そう激励しながら沈没した同僚の背中に、それからまたちょっとだけ泣いておいた。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |