とある上忍のけいかく6(適当)


これの続き。


イルカ先生がアカデミーに出勤するときに、俺も一緒に家を出た。
どんなに居心地が良くても、ここにいつまでもいられるはずもない。どこかにねぐらを得るためには早めに手を打たなく手はならないことは明白だった。
里内にねぐらにできそうな所なんて俺の家か、そうじゃなかったら隠し家だ。
当然真っ先に俺の家を当たった。父さんに見つかったら不審がられるのは確実だったけど、もし運良く任務中なら、少なくとも食料や武器を手に入れることくらいはできる。
だが、記憶にない建物が多くて、俺の家だった所はたどり着けなかった。
よっぽど大きな災害があったのか、里の中心部ほど俺の記憶にあるのとは全く違う建物が犇いていて、中心部というには遠いが、上忍の常で火影邸からはそう距離のないところにあったはずの家も見当たらない。建て直されていたとしても、一軒一軒探りを入れることなんてできないから、探索はそこで打ち切った。
次に探したのは隠し家だ。
家が奇襲される可能性があるとき、長く父さんが帰れなくて、里に争いごとがあって危険なとき、あとは修行のためにも使っていたけど、大抵の物はそろっている。あの人に不審がられない程度には身奇麗でいられるはずだ。
そうして見つけ出した里の外れに隠し家のいくつかはまだ生きているようだったけど、俺がいなくなってから他の人間が使った気配を感じてすぐにその場を離れた。記憶にないモノが増えていたし、トラップの位置も微妙に変わっていて、下手に触れれば何が起こるかわからない。
こんな場所に隠し家を作るとしたら俺以外にいない。俺がここにいるのに未来にも俺がいるってことは…いつかは帰る日が来るんだろう。多分。
どっちにしろ見つかったら何が起こるかわからない以上、これ以上探るのは危険だった。
一から住処を作るのは労力がかかりすぎる。それに俺がいた頃よりこの里は平和なのか、一人で歩いていると何かと声をかけられる事が多かった。
見た目は確かに子どもだ。例えもう忍だったとしても、一人で歩いているのは異常に見えるんだろう。何度かアカデミーはどうしたと聞かれたこともあった。うちはの警邏隊に目をつけられて尋問でもされたら洒落にならない。あいつらは幻術が得意だし、子ども相手でも容赦しない。身内以外にはやたらと厳しくて、父さんも警戒してた。俺には身元を証明することなどできないから、目立つのは得策じゃない。
それにあの人に迷惑はかけたくなかった。
いざとなれば野営すればいいという決断は、案外ストンと胸に落ちてきて、そうと決まれば時間は山ほどあった。気温は低すぎず高すぎず、森に入ればそこそこ食料も得られる。そして今の俺にはありがたいことに、何を置いても見ていたいものがある。
子どもたちがアカデミーの校舎から駆け出していく。多分家に帰るんだろう。
俺には帰る場所なんてないから、授業中も終わってからもずっとあの人を見ていた。
でも、見つかってしまった。
家に帰るのを見届けてから野営の準備をしようと思ってたのに、家に連れ帰って飯を食わせてくれて、それから、それから。
一緒にいてくれた。ずっと。
アカデミーに行ってる時は無理だったけど、外から眺めていられた。寝てるときも一緒の布団で、時々寝象が悪くて布団すっ飛ばしてたけど、寝ぼけながら俺に掛けなおしてくれた。
こうやって、誰かと一緒に寝た記憶が俺には殆どなかった。
父さんは任務でいない事が多かったし、母さんは俺が生まれてからずっと具合が悪くて、優しくて大切な人だけど、触るのも恐いくらい弱弱しくて、時々なでてもらえるだけで嬉しかった。
野営のときもそれぞれが距離を取って敵襲に備える。たまに天幕を宛がわれることもあって、そういう時は周りの大人が構ってくれることもあったけど、俺じゃなくて父さんの息子だからって下心が透けて見える連中も多くて油断できなかった。 …一度だけ珍しい髭のおっさんが息子と似た様な年だって言って、やたら頭を撫でたがってこまったことはあったけど。そういうことは滅多にないから、俺はいつでも一人だった。
食事の面倒を見てくれていた父さんの知り合いの人も、俺ができるようになったら断った。だってその人だって忙しいし、もしかすると俺みたいなのが家にいるかもしれない。
俺は一人でなんでもできる。だから大丈夫だと思ってたのに。
全然駄目だった。イルカ先生の側にいると本当に何でも楽しくて、一人でなんて生きていけないと思った。

帰りたくない。

帰ったら母さんが弱っていくのをみなきゃいけない。父さんが任務に行く前に母さんの所に行って、扉を閉じた途端に声もなく嘆くのをみなきゃいけない。
ずっとずっと、一人でいなきゃいけない。
だからあまりそのことについては考えなくなっていた。一緒にいられるだけで幸せで嬉しくて、いつだって頼ってくれなんていうから、もうずっと一生この人の側にいるんだって思ってたのに。
*****
イルカ先生は今日も元気だ。エロ本持ち込んだ生徒に説教したり、女の子に調理実習で作ったコゲコゲのクッキー貰って喜んだり、上司っぽい人と授業の進め方について熱く語り合ったりしてる。
あのクッキーはもしかしたら今晩の食卓に上るかもしれない。似たような…まああの時はマドレーヌだったらしいけど。ソレの味の感想を求められて思わず炭の味がするって言っちゃって、大笑いしたのを思い出した。
早く帰ってこないかなぁ。今日は先生がラーメン食いに行くのもいいなぁって言ってたから楽しみだ。
「いやーよくやった!もうメロメロじゃない!あの人!」
「…ッお前…!」
聞き覚えのある声。…聞きたくなかった声。
背後からがっしり捕まえられて、この男の半分も背丈がない俺が身動きを封じられるのはあっという間だった。
「じゃ、帰るよ」
「い、やだ!なんで!絶対に嫌だ!」
もがいて噛み付いても男は応える様子もなく、ただちょっとだけ寂しそうな顔をしていた。
お前が!お前がそんな顔するな!俺から…俺から全部奪おうとしてるくせに!
「…ま、そういうだろうと思ったけどね。ここにずーっと置いておくわけにも行かないのよ。帰ってくるからそろそろ」
誰がというのは聞かなくても想像がついた。
ここの俺だ。
…ああやって隠し家を閉ざしていくのは任務に行くときだ。いくつか回ったうちの武器を置いてあるところに、やたらと隙間が多かったから、今任務中なんだろうってことは予想してた。いつ帰ってくるか分からないから警戒して入らなかったけど、多分そう長くはないだろうってのも分かってたんだ。
分かってたんだよ。もうすぐなんだってことは。
「ヤダ!俺のだ!…髪だって洗ってくれたしご飯も作ってくれたし、大好きだぞって言ってくれた…!」
「…そ。じゃ、それをしっかり覚えときな」
眩暈。あの時と同じ。
「い、や、だ…」
「追い求め続けるといい。…そうやってずーっと。そして強くなんなさい。あの人を手に入れるのは生半可な覚悟じゃ無理だよ」
「さいていだ。おれもあんたもおれなのに」
男は罵声に応える代わりにニヤリと嫌な笑みを浮かべて印を組んだ。
「じゃ、またね」
意識が途切れる。
最後にあの人の笑顔だけが頭を一杯にして、頬を伝う生暖かいモノが涙だったんだと、帰ってから知った。

たった一人で、俺の家に放り出されて、俺以外誰もいない空間で。
俺は声が枯れるまで泣き続けていた。


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適当。
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