これの続き。 蹲っているのは泣きじゃくる子ども。 子どもだ。弱く、己の身を守る術さえ十分じゃないほどに幼い。 …虫の、一匹。 我ながら剣呑な気配を纏っていただろうに、子どもは俺の心配をした。 「どうしたの…?そこが痛いの?」 胸を、気付かないうちに押さえていたらしい。 踏みつけ、燃やし蹴散らした虫は、鼻につくような嫌な匂いを俺に残した。 消してやったはずなのに恨みがましく纏わりついてくるそれは、逝ってしまった人を罵る声によく似て、俺を苛立たせる。 痛みとは違うこの耐え難い苦痛を、こんな子どもに語るつもりなどなかった。 だが、その潤んだ瞳は射る様にまっすぐに俺に向けられている。 この子どもはきっと何も知らない。その証拠に俺を見ても、逃げるように去って行きはしなかった。 …無知は罪だというのに。 「お前こそ、なんで泣いてるの?」 噛み殺すように声を押さえつけ、とめどなく涙を零していた。 俺に気付いて袖で乱暴に拭ったせいか、鼻も目も真っ赤で、ぐちゃぐちゃに汚れている。 「また約束を破ったんだ。とうちゃ、が…!」 涙が、落ちる。 頬を滑るそれが、何故かとてつもなく綺麗なモノに思えた。 だから、零れ落ちる前に舐め盗った。 だってもったいないじゃないか。このイキモノはこんなに綺麗なのに。 脆弱で、指一本で殺せるほどに弱いのに、俺を気遣った。 …それに、この子は己の父を責めることができる。 俺には二度と許されない。壊れていくあの人を止めることができなかった俺には。 羨ましいのか妬ましいのか、自分でもよく分からなかった。 ただ惹かれた。その存在に、抗いがたく。 「約束って、なぁに?」 驚いた顔で目を見開いている子どもの手を握ると、また後から後から涙が零れてきて、毛繕いするようにそれを全部口で拾った。 綺麗なしずくを干す度に、自分についたあの匂いも、胸に溜まったどろどろしたものも溶けていく気がして。 「いっしょに、釣り連れてってくれるって言ったのに…!」 それが普通なのかは知らない。 ただこの子どものチャクラからして親も忍だろう。だとしたら任務でも入ったか。このキナ臭い情勢で、子どもとの約束とやらを優先することなどできはしない。 ずっと我慢していたのだと、何度も破られる約束を心待ちにしていたのだと嘆く。 それが許されるのだ。この子どもには。 …あの人に、何かを望んだことなどあっただろうか。 褒め称えられる影で常にどこかで罵る声も聞いた。本人は妬みや嫉みなど気にもしない人だったけれど。 あの人はただ、仲間を、里を守りたかっただけだ。 純粋に。…きっと俺よりも。 「いいよ。行こう?」 笑っていた。笑えていた。 この子どもは取り入ろうとすることもなければ、罵声を浴びせてくることもない。 きっと何も知らないから。 知っていても、この子どもなら言わない気がした。たまたま見かけただけの人間を気遣うことが出来る“愛された子ども”なら。 それを手に入れることが出来たなら。…俺はきっと生きてける。 「ウソだ!お前も忍なんだろ!任務任務って…うそばっかりつくんだ…。父ちゃんなんて嫌いだ…!母ちゃんも…!」 「忍だけど。…俺は約束を守るよ。絶対に」 今なら時間は多少融通が利く。 上層部にとっても、他の忍にとっても、厄介事の塊みたいな面倒な子どもであることは確かだから。 それに死ぬ気はしない。今死んだら負け犬だ。 任務の達成だけが優先されるこの里で、虫たちに食いつぶされるつもりはない。 「ホント、に?」 ぐすぐすと鼻をすすった子どもを抱きしめた。 服が汚れようが構うものか。 信じようとしてくれている。…なら、信じさせてあげなきゃね? 俺だけの大切なものにするんだから。 「うん。お前が破んなきゃね」 「破る訳ないだろ!あとお前じゃない!イルカだ!」 そうか。イルカっていうのか。 怒ってる顔もかわいい。そのくせ俺にしがみ付いた手は離れていない。 …なんて愛おしい。寂しがりやで素直な俺だけの。 「イルカ」 名前を呼ぶ声が自分でも驚くほど甘い。特別だからだ。この子どもが。 「お前の!名前!」 「カカシ」 「そっか!じゃ、カカシ!んっと、明日!明日へーき?」 「いーよ。ここで?」 「うん!」 頷きながらイルカが笑った。嬉しそうに。 「明日、ここで。釣りなら朝のがいいかな?」 「…うん!でもあのさ、無理だったらいいんだからな!」 途端不安そうな顔をする。…信じられないんだろう。それだけ何度も期待を裏切られてきたという証拠だ。 かなえてあげるよ。なんでも。 だから。 「待ってて」 俺だけを、絶対に。 「うん!」 照れくさそうに笑う子どもを、手に入れてしまおう。 今ならできる。…虫たちは自分の巣を守ることで忙しいから。 「楽しみだねぇ?」 「へへ!そうだな!」 何も知らないこの子一人でいい。 俺の何もかもを上げるから。 手を握り締めると、俺のためだけのモノは酷く嬉しそうに笑ってくれた。 ********************************************************************************* 適当。 うすっくらい。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |