「群を作る生き物なんだよ」 そう言って、父さんはまるで一つの塊のようにして移動する虫たちを指差した。 互いに犇き合い、うぞうぞと蠢くそれは子供の目にも異様で、その黒光りする彼らの装甲さえおぞましく思えた。 遠目には確かに大きなうろこかなにかを持つ生き物にみえなくはないだろう。 長大な体躯を持つものと見誤って、敵が退くのだという話は確かに頷けた。 ただ間近に見ても気色悪いとしか思えなかったのだが。 「気持ち悪い…」 思わずこぼれた本音に、父はいつも通り静かに語った。 「そうか。…だが弱いものは群れなくては生きていけない。それに彼らは群れるからこそ、己より強い生き物を退けることが出来る。時には殺すことも」 「…父さん?」 笑うでも怒るでもなく、父はそれを見つめていた。 …小動物の屍肉に集るその小さなイキモノたちを。 ***** 仲間なんていない。 どうせ守れない。 あの虫たちだって寄り集まるのは単なる本能によるものだ。 例え寄り集まったうちの一匹が食われても、それが自分でなければ気にも留めない。 ただ己の身を守るために逃げ惑うだけだ。 それにあの虫は同属食いすらする。 同じ種族であっても、死ねば食う。ある意味合理的だが、要するに仲間なんてものが幻想だってことだ。 あの日が、生きた父さんを見た最後だった。 穏やかに静かに病み狂い、ぷつりとなにかが切れてしまった。 罵声ももはや耳に届かない。 …俺が呼ぶ声も。一つも。 生きる事を、俺を、何もかもを拒絶した父を、恨むことすら出来ないでいる。 あの日から全てを諦めてしまった。 病んで倒れて、挙句食われた一匹の虫と同じだ。 あれから一度だけ同じ生き物を見た。 その時はわけの分からない苛立ちに駆られて、うぞうぞと集る虫を全部つぶして燃やした。 どんなに寄り集まっても、忍獣でもないただの虫だ。何が出来るわけでもない。 この里がどんなに温和を気取っても本質は変わらない。 身を守るために群れ、自分を守るためには同じ群れの仲間であっても犠牲にする事をいとわない。 たかが虫一匹。 それが寄り集まっていなければ生きていけないほど弱いことの証明だ。 父は、それに殺されたけれど。 「いらない。だれも」 自ら堕ちた闇は心地良い。 里長はいい顔をしなかったが、止むを得ないと渋い顔で頷いてくれた。 それだけ今も虫のように群れるあいつらは、父を、それに生き写しの俺を甚振ろうとしている。 だから、強くならなければ。…群れた虫けらを燃やしつくせるほどに、強く。 「カカシ君。また一人で!」 最近付きまとってくる金色の男は鬱陶しい。 挙句今度は仲間とやらまで用意するらしい。 …いらない。役にも立たないものなんて。 「…波風上忍。終了の報告をお願いします」 「待ちなさい!」 光のようだと語られた男は、走り出した俺を追わなかった。 それでいい。押し付けられた面倒な子どものお守りなど、放棄してしまって構わない。 ここは居心地がいい。アレの他は面の下を詮索することもしないし、ただその強さだけが求められる。 「なかまなんて、いらない」 いるものは一つだけ。守り通せるものだけでいい。 俺だけを見て、俺に依存してくれる…都合のいい俺だけのモノ。 「いなけりゃ作ればいいんだよね?」 楽しくて仕方がない。 …あの子どもを見つけたのは本の少し前のことだ。 他人をあっさりと信じるたやすさは不安を覚えるほどだが、限りなく俺の理想には近い。 あの子は、きっと俺だけで一杯になってくれるだろう。 今も、俺を見て俺の名を呼んでいる。喉が裂けそうなほどの大声で。 「カカシ!」 日時の間隔さえ曖昧だが、あの子のことだけは鮮明だから、間違いようがない。 愛された、寂しがり屋の子ども。 鼻を横切る傷まで赤く染めて、一生懸命になって、俺を待っていてくれた。 「イルカ…!」 大切な大切な俺の唯一。 これだけは誰にも渡さない。 「おかえりなさい!早かったじゃん!」 「ん。だってイルカと約束したじゃない?」 「…うん…!」 恥ずかしそうにもじもじと足で地を掻きながら、イルカが笑っている。 「俺は、イルカに絶対ウソはつかないから」 「うん!へへ…!」 何も知らない無垢な瞳に映る俺は、何故か少しだけまともに見える。 疾うにくるってしまってるっていうのにね? …たとえばできそうにもない約束をして、わざと不安にさせて、それを守って信頼を得るなんてことも簡単にできる。 「行こう?釣り、するんでしょ?」 「おうとも!ちゃんとえさもとってあるから!」 かごの中に蠢くのはあの“虫”だ。 犇くその中のたった一匹。…捕らえてしまってもきっと誰も気付かない。 彼らは自分だけが大切なイキモノだから。 それに、群れから離れても俺がいる。 群れを蹴散らし、滅ぼすことが出来る俺が。 「楽しみ」 「へへ!俺も!」 じゃれあいながら駆け出したイルカの後を追った。 いっそ世界が二人きりで閉じてしまえばいいのにと思いながら。 ********************************************************************************* 適当。 病みっこ動物なkks。子イルカ、父ちゃんと喧嘩編とかもねたとしてはあるんですがどないざんしょ? ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |