気の長い話3(適当)


これの続き。


恋に落ちたのは一瞬。
そのときに全部決めた。
何があってもこの子を俺のモノにするって。

「カカシ君!」
「ひさしぶりね!」
知り合いの気のいい上忍夫婦に子供がいるってことは、父親がまだ健在だった頃に聞いていた。
俺とあまり年の変わらない子供がいるのだと俺に教えてくれたあの時は、まだあの人も正気を保ってくれていたから、両親によく似た元気でかわいい子だと…いずれは遊びに行こうと誘われていると言ってたっけ。
それからすぐに、強くて、でも脆かったあの人は病んで疲れて自らの手で己の命を絶ち、俺を置いて逝ってしまったけれど。
お前に迷惑をかけてすまないなんていうくらいなら、生きて欲しかった。
俺に詫びながら少しずつ狂っていくのを見ていたあの頃、俺の方こそが狂っていたのかもしれない。
優しい人だった。だからこそ弱かったのかもしれない。
今更だ。…俺は止めることもできなかったんだから。
予感はしていた。それに怯えてもいた。
だが実際に失ってしまったことを理解すると、泣くことすらできなかった。
ただ呆然とするばかりの俺の耳に届くように聞こえよがしに囁かれるのは父への誹謗中傷ばかり。
…だから、父の話していた“うみのさん”に会ったときも、こいつは何をたくらんでるんだろうと身構えた。
意気地なしで下種な連中ばかりが傍から見れば弱く置いていかれた子供でしかない俺にまとわりついて、日々ろくでもないことばかり影でこそこそと噂する。
だが、今までわざわざ声をかけてきてまで俺の神経を逆なでするようなことをした連中はいなかった。
当然といえば当然だろう。
父を罵り騒ぐことしかできない連中にとっては残念だろうが、俺はもう中忍だ。
徒党を組んで襲い掛かってくるような連中相手でも、そう簡単には負けない自信があった。
それに頼んでもいないのに守ろうとしてくれる人もいる。
三代目だ。あの日、何も感じなくなってしまった俺の手を握って、誰よりも悔しげに嘆き、血を吐くような謝罪をよこした老人は今となって俺の後見人でもある。
…もう一人、厄介な後見人候補もいるんだけど、あの人はあの人で浮世離れしているし、穏やかに見えて内側が恐ろしく力強い、嵐のような人だ。
頼るには絶対的過ぎて恐ろしい。
目の前で微笑む二人にはその誰とも違う感じがした。
俺をかわいそうな子供を見る目で見ない。
罪悪感に染まった瞳よりも、憎悪と嫌悪に濁った視線よりも。
こうやって静かに悲しんでいる瞳の方がずっといい。
それから、まっすぐすぎるほどまっすぐで、でもゆっくりとしみこんでくるような穏やかで優しいチャクラも、俺の警戒心を緩ませた。
「こんにちは。うみのさん」
大所帯の作戦だったとはいえ、何度か同じ任務に就いたこともある。
そのときと、この人たちは変わらない。
…いつも周囲をうかがっていなければいけない生活に、少しだけ疲れていたのかもしれない。
伸ばされた二対の腕を拒まなかったのは。
「任務帰りだろ?うちに上がっていかないか?」
「イルカがついてきてしまったから、少し買いすぎてしまったの。一緒にご飯食べてくれると助かるわ」
そういえば買い物袋は随分と膨らんでいる。
それにうみのさんの背に負ぶさっているイキモノは、どうやら良く眠っているようだ。
断るべきだ。…この穏やかな人たちの生活を乱したくない。
それに、二人に大事に守られているこのイキモノに、嫉妬なんてしたくなかった。
「いえ、俺は」
「んー?う?かあちゃ…あれ?ここ…?」
寝ぼけた子供がゆっくりと目を開いた。
塗れた闇色の瞳はまだゆらゆらとゆらいで、眠りの世界の余韻を引きずっている。
なんて、きれいなんだろう。
「お迎えありがとう。でもはしゃぎすぎよ?あれもこれもっていうから、こーんなにいっぱい買い物しちゃった。だから一杯食べなさいね?」
「そうだぞ!…でもなぁ。さすがにイルカはまだチビだしこれ全部は…」
「チビじゃない!もうでっかいもん!」
父親の背中で必死に講義する姿は、本人がどんなに否定しても幼い子供だ。
…ちゃんと、守ってくれる人がいる。
「おはよう。えーっと。俺ははたけカカシっていうんだ」
「え、えっと!父ちゃん降ろして!」
「はは!カカシ君の前じゃ恥ずかしいのか?」
「いいから!降りるからね!」
「はいはい」
「返事はいっかいー!」
「こういうときばっかり口が達者だなぁ?全く」
口調とは裏腹にうみのさんも奥さんも楽しそうだ。
恥ずかしかったからか、背中からひらりと舞い降りた子供は、恥ずかしそうに鼻傷を掻きながら俺に笑った。
「イルカ。うみのイルカっていうんだ!よろしくな!…んっとカカシ?って呼んでいーい?」
「うん」
声もいい。まだ子供らしく高い声で名前を呼ばれると、それだけで胸が締め付けられるように痛んだ。
これは、俺のモノだ。
そう確信した途端、あの日から焦点を失ってぼやけていた世界が色鮮やかに変わっていく。
わきあがる激しい感情は、愛されている生き物への嫉妬や寂寥感を簡単に凌駕した。
「カカシ君?」
「…お邪魔して、ご迷惑でなければ」
「そんなことあるわけないだろ!ほらイルカ!カカシ君を我が家にご招待だ!」
「うん!一緒に行こう!」
「うん!」
訳ありで厄介者の子供相手にこんな態度を取るなんて、流石父さんにまでお人よしといわれていただけはある。
…馬鹿な人だ。ケダモノに付け入る隙を与えてしまったというのに。
目が眩むほどにまぶしい笑顔が、俺だけに向けられている。
暖かい手が俺の冷え切った指先を捉えて闇の中から引きずり出してくれたような錯覚を覚えた。
この手も、笑顔も、瞳も、その心も体も、全てを俺のモノにしなければ。
そのためには…時間をかけてじっくりと刷り込んでいこう。少しずつだが奥深くまで染み込んで、気付いたときには手遅れになるタチの悪い毒のように。
俺の愛。たっぷり受け取ってもらわないとね?
心の中で少しだけ愛しい人の両親に詫びておいた。
だって、もうこの子を見つけてしまった。
大切に慈しんでいる子供の最高にして最低の伴侶となることを、少しの間だけこの人たちには黙って置いてあげよう。
そうだな。十分な罠を仕掛け終わるまでは。
「宣戦布告まで、待っててね…?」
風を切って走る俺の声は、澄み渡った秋の空だけが聞いていた。


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とりあえず出会い編。
ちょっとだけつづきます。
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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