記念日9(適当)

前のお話はこれ⇒記念日8の続き。


随分肌触りのいい寝床だ。どこの宿だろう。今は任務中だったか?…いや、違う。ここは。
「…っ!」
一気に甦ってきた記憶のおかげで心臓が大きく脈打った。慌てて起き上がって辺りを見回して、あの上等だが殺風景な部屋にまだいることを確認した。
服はやはり着ていない。着せられた覚えも着た覚えもないんだから当たり前か。寝心地は最高だが、素肌で寝るのに慣れることなんて、とてもじゃないができそうもない。
隠すものがないせいで視界に飛び込んでくる体中に赤く散らばった跡に、いっそ目を覚ましたくなかったとさえ思う。あのまま穏やかにまどろんでいられたら、こんなもの、見ないですんだ。
あの人は、いない。少なくとも目に見える範囲には、だが。
気配を消されたら、俺なんかじゃ気づくこともできない。それはこの部屋に閉じ込められてからも、嫌ってほど思い知らされている。
本来と違う使い方をされた箇所は、痛みよりも疼くような違和感を残し、体中の関節からも、軋むような違和感は消えていて、自分の頑丈さに感謝した。
どれくらい眠ってしまったんだろう。触れてはいけない人にこれ以上ないほど奥深くまで交じり合って、もたらされる快感に溺れた。 その代償だと思えば、痛みの記憶さえもが忘れがたい。
だが、この状況は明らかにおかしい。当代様とは比べ物にならないとはいえ、立場上、急に姿を消せば大騒ぎになるはずだ。幸い担任を持っているわけじゃないから、授業自体はなんとかなるだろうが、決済の必要な事項に関しては、代行できる人間は少ない。それ以前に代行には正当な理由が必要だ。
処罰を受けていることにでもなっているんだろうか。俺が望んだのはこの思いを殺すことだけで、あの人には傷ひとつだってつけるつもりはなかった。
いまさらだがもしかしたら何がしかの謀略に巻き込まれでもしたんだろうか。あの人を裏切ることなんて、例え死んだってありえないのに。
嘘つきと、そう言われた。違うと訴えても信じてもらえなくて、挙句、二度と触れないと誓っていた人を、あんな風に汚してしまった。
俺はなんてことをしちまったんだ。
「…ちくしょう」
どうやったら信じてもらえるだろう。…どうやったらまたあの人に触れてもらえるだろう。もっともっとずっと、おかしくなるくらいに。
不自然なほど考えがまとまらない。
ぐらぐらとゆれる視界の端に、今までなかったはずの扉が見えた。
「え」
さっきまで壁にしか見えなかったところに、家具とよく似た設えの、つやがある木製のドアが張り付いている。
記憶違いか、あるいは幻術でも掛かっていたのか。どっちにしろこの部屋にいるだけじゃ、何も変わらない。
時計の時間も信用しきれはしないが、恐らくはあの人は今執務中であるはずだ。
扉に張り付いて気配や音すらも感じないことを確認してから、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと引いた。最悪トラップであることすら覚悟したのに、手入れの行き届いているらしいそれは、音さえ立てずにあっさり開いた。
「おお?」
食卓だ。見覚えのある。…それも相当に恥ずかしい記憶とセットで。ここで飯を食って、というか食べさせてもらって、それから…。
「うぅ…思い出すな俺…!っつーかなんだこれ。美味そうだけど」
食べていいのか悪いのかは判然としないが、とりあえず一人前にはちょっと多いくらいに見える美味そうな飯が食卓に並んでいる。青菜炒めとから揚げと、飯に味噌汁に、後はサラダっぽいものなんかも並んでいる。ふわりと漂う味噌汁の匂いに誘われるようにそっと足を進めると、見慣れた文字で「先に食べて」とだけ書いたメモに気づいた。走り書きに近いそれを、今までも何度か目にしたことがある。ずっと昔、まだ二人の距離が近かった頃に、こんなメモを貰ったっけな。
忙しいのに無理をすることはないと言っても、絶対に約束を違えることはなかったな。そういえば。遅れるときもこうして何がしかの手段で必ず連絡をくれた。上忍なんて任務に終われて忙しいと分かっている。約束なんて言ったって、大した用事じゃない。一緒に飯を食うとか酒を飲むとか、確かに楽しいが優先すべきものなんかじゃなかったはずだ。それでも、いつだってあの人はこうして気遣ってくれた。律儀な人だと、あの頃はそれが申し訳ないのに嬉しかったんだ。
だが、今は。
「…なにやってんだあの人は」
俺なんかで遊んでる暇はないだろうに。拷問でもなんでもするならさっさとすればいい。処分だってしてくれていい。こうして無理をして、体を壊したらどうするんだ。
俺にとっても、里にとっても、誰よりも大事な人なのに。
怒りなのか心配なのか分からない。そしてそれらを全て覆い隠してしまうほどのこの感情。
…ああくそ。今どうしてこんなに嬉しいのかなんて、考えなくたって分かってる。こんな風だから、俺はずっとこの思いを長いことくすぶらせたまま拗らせてしまったんじゃないか。
「めし、食うか」
何をするにしろ、食事は力になる。毒を盛られていたって、あの人の指図ならそれはそれで構わない。
だがそんなことをあの人がしないだろうことも、多分俺は分かっていた。
正直者の胃袋が、ふわりと漂う味噌汁の匂いをかぎつけて騒いでいる。あの時と違って、一人で腰掛けた椅子は随分大きく感じられた。
箸を取り、一口啜る。出汁もしっかりとってあって、普段インスタントで済ましがちな自分の舌には上等すぎると感じるほど美味かった。ぷかぷか浮かんでいる具を口に運ぶと、夏らしくほんの少し硬い皮のなすから、出汁がジワリとあふれ出してくる。酔っ払って泊まっていったあの日に、朝飯としてあの人に出したのもこんな味噌汁だったなぁ。
客人にインスタントはまずいだろうというのもあったが、何かしていないとおかしくなりそうで、わざわざ鰹節を削るところから始めた。何も言わずに出したら大喜びしてくれるから余計に後ろめたくて、お代わりをせがむあの人になべが空っぽになるまで振舞った。 覚えていてくれたんだろうか。それともただの偶然か。
自棄になって飯を口に運んだ。それでも飯がどれもこれも美味いことと、あの人が傍にいてくれないことへの不満と、そんなことを考えてしまう自分のタガが緩みだしていることへの怯えと、とにかく頭の中はぐちゃぐちゃだ。
俺は今、おかしい。寂しさと状況への混乱から、訳も分からずに涙が零れて、泣きながら飯を食った。
ここにいない人の名を呼んだのは、だからほとんど無意識だったと思う。
「カカシさん」
「ん。お待たせ」
抱きしめられた瞬間、何もかもがどうでも良くなった。
こんなにも満たされているのに、他に何が必要だって言うんだ?
「カカシさん。食事を」
「ん。一緒にね?」
抱き上げられて、もうどこも痛くなんてないのに抗えなくて、幸せで。
ゆっくりと思考が溶けていく。この人以外のこと全てが曖昧で、だからこの捨て去るべきだった思いが胸を焼くことも苦痛じゃなかった。
そう、少しも。


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適当。
支配。
時間的な都合で、中途半端でもあげちゃうことにします。

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