記念日3(適当)

前のお話はこれ⇒記念日2の続き。


ベッドの上で蓑虫のように布団を巻きつけて、不安と混乱を感じつつ座り込んでいたその肩に、ひんやりしたものが触れた。
「起きた?」
「うお!あ、カ…六代目!その!俺は何を…!」
気配に少しも気付けなかった。
一瞬で現れたとしか思えない状況に、思わず妙な声を上げてしまったほど驚いた。
まるで何かの怪談のような状況だったが、そんなことより無様にもほどがある姿を晒していることの方が気にかかって、とっさに布団をさらに強く巻きつけた。
野郎の裸なんざみたいもんじゃないしな。普通なら。
現に不機嫌そうに眉を顰められてしまった。…ここがこんな状況じゃなければ、部屋を飛び出していけるのに。
「見せてよ」
「は?」
意味がわからず聞き返して、それからこんなに近くにいることに動揺するあまり後ずさって、それでも追いかけてくる手が布団の端を掴んで引いてくるから、とっさに交わそうとしたんだ。
要は、そこがベッドの上だと言う事を忘れていた。
「ちょっと、危ないでしょ?」
「…し、失礼しまし…うお!ちょっ!待ってください!」
布団ごと落下しかけた俺を抱え挙げてくれたのは有難い。支えてもらわなかったら布団に包まったまま頭から転がって、みっともない姿をみせてしまうことになっていただろうから。
…だが腕の中に収められてしまったことも恥ずかしくて、しかもこんな状態だ。泣きたいくらい情けないし、申し訳なさすら感じるっていうのに、布団をひっぺがされてしまった。
躊躇なく勢い良く引き剥がされた体を覆う唯一のモノを奪われて、結果、俺はこれ以上なく無様な姿を晒すことになった。
傷だらけでそういえば風呂に入った記憶もない。いや、風呂に入ってたって、里長相手にこんな格好を晒すのは流石にありえないだろう。
股間を押えるべきか、それともとにかく何かで隠すべきかでまず焦り、他にモノなんてないことを思い出してベッドに放り投げられた布団を求めてもがいても、がっちり抱え込まれて動くこともできない。
鼓動が近い。服を着ていないのは俺だけだが、吐息も笑っているらしい声も、何もかもが近すぎて妙な気分になる。こんな状況だってのに、不覚にも反応しかけてそっちから意識を散らすのに必死だった。
悪ふざけにも程があると怒る余裕すらない。むしろ必死になりすぎて、この人が何を考えているのか、何が起ころうとしているのかに気付けないくらいには混乱していた。
「待たないよ」
「…任務、任務ですよね?内容を教えてください。それからその、できれば服を…」
「いらない。これからずーっとその格好でいていいよ?」
「は?…その任務は一体どういう…?」
全裸でこなす任務なんてあるのか。
そりゃ色仕掛けの任務がない訳じゃないが、大抵その手の任務は幻術に長けた忍があたる。一々体を使う馬鹿はいない。
それにそもそも俺は明らかに適任から外れる。
経験不足だし、その手の訓練をしていないってだけじゃなくて、そういう状況でどう振舞ったらいいかがわからない。
普段の生活でだって、女心が分からないと叱られる事が多いのに、色恋の手管なんてのはからっきしだ。
直球勝負しか出来ないこの性格で、相手を上手く誑し込むなんてことが出来るわけがない。
今から仕込むったって…こんなとうのたったのを使わないだろう。多分。それ以前に里長が直接関わるような性質のものでもない。
目的がわからない。こんな格好でいることへの焦りは募るばかりで、そのくせ密かにこうして側にいられる事を喜んでいる。
ああくそ。俺は変態か。
…まあ同性で格上で、日々18禁のエロ本を持ち歩くほどの女好きのこの人に、ここまで惚れちまった時点で変態確定か。
「出てくつもりだったんでしょ?ならいいじゃない。同じだもん」
「あの、まだ業務が残っているので、出立までには引継ぎもしなければなりませんし!その、服を」
確かに里を空けるつもりだった。それもできる限り長く。
とはいえ、準備を済ませる前なのは困る。…それに、ずっとって、どれくらいなんだ?
「大丈夫出さないから。ここ、出入り口ないでしょ?」
「…そのようですね」
そういう特殊な任務なんだろうか。閉鎖空間での心理状況がどうのって研究を、そういえば拷問尋問部のイビキさんがレポートにまとめていたのを読んだ記憶がある。
どこかで誰かが見てるんだろうか。ここを。
…って、この人はどうやって出入りしたんだ?
「俺以外、誰も出入りできない」
どこか満足げにそう告げた人が、腕の力を強くした。
息が苦しい。…そうか。そういうことか。
誰もいない。誰からも接触できない状況に置かれているってことは…俺に、何らかの嫌疑がかかっているに違いない。
「…俺は、あなたを裏切ったりしない」
俺が、この人を裏切るなんて、それだけは絶対にありえない。
この人が里長じゃなくても、忍じゃなくなっても、例えば誰かを娶って家庭を築いても、それはずっと変わらないだろう。
俺にとって、何よりも誰よりも大切な人だ。この人に幸せになってもらうためなら命を賭けたって構わない。
笑っていて欲しいんだ。ずっと。俺なんかじゃ何の役にも立てなくても、せめて不快な思いをして欲しくないって、そればっかり考えて。
…疑われているんだとしても、それだけは言っておきたかった。
「ウソツキ」
「…ッ!そんなことは!」
切って捨てるような言い方だ。
こんな状況だ。相当濃厚な疑いをかけられているに違いない。だからすぐに信じてもらえるなんて思っていなかったが、あっさり否定されると流石に胸が痛んだ。
こんな風にこの人を煩わせたくはない。それに疑われているってだけで息が止まるほど苦しい。
こんな風に武器も何もかもを取り上げるほど、この人は俺を疑っているのか。
ここにクナイがあったらいいのに。いっそ腹を割いてでも、頭の中身を全部引っ張り出されても、この人を守る意思は揺らがない。
…頭の中を覗かれるときに、この人への思いを見られないで済むのなら、今すぐにでもやってもらいたいくらいだ。
向き合って、言葉を繋ぐ前に今度は酷くかすれた声で呟かれた。
「アンタは…里を裏切らないけど、ずーっと俺にウソついてるじゃない」
泣きそうな顔。思わず慰めて謝ってしまいたくなる。
だが、この人にウソなんてついてない。…ただ言えなかった。言葉に出来なかった思いを、胸の中で静かに殺そうとしただけだ。
一生、何かに残したりなんかするつもりもなかった。
抱え込んで隠して、俺の命が尽きるまで、俺の中に住まわせておきたかっただけだ。
一体何を疑われているんだ。俺は。
「俺は、裏切らない。あなたは、絶対に」
信じてもらえるはずもない言葉を吐き出した口はすぐに塞がれた。
…俺を責める人の唇で。
零れる涙が頬を伝って、慰めたいのに心地良さに眩暈がした。
なんでだ。何が起こるんだ。…コレは夢か、それとも幻術なのか。
「もう、黙って」
そう言われたから話す事を放棄した。
不自然なほど力を喪った体は、柔らかい寝床に逆戻りして、それから。
動けないまま素肌を晒して行く人を、ただ見上げていた。
 

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適当。
どろどろした短期集中連載つづき。すすまない…。

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