これの続き。 パラレル注意。つづきます。 どうしようもなく寂しかったからといって、おかしくなったのかもしれない。 男は自分でそう思い始めていました。 最初は気のせいかと思う程度だったはずです。 それが今や背に負ぶったお地蔵様がじわじわと熱を上げ、まるで誰かに抱きしめられているかのように感じられたからです。 いっそ物の怪の類だと言われた方が納得ができるかもしれないほどに。 それでも男はお地蔵様を投げ出したりしませんでした。 むしろ、遠い遠い昔、男の二親がそろっていたときの記憶が蘇り、なぜか心が落ち着くので、真冬の寒さをお地蔵様が哀れんでくれたのかもしれないと思い始めていました。 「もうすぐ家だ」 荒々しい風雪は男の家をも白く染め上げていましたが、雪の重みにも耐えしっかりとそこに立っていました。 なにせ随分と古い家でしたから、少しばかり心配していたのです。 独り者が住むにしては少しばかり広すぎるこの家は、男の父が建てた物でした。 男と同じように畑を耕し、山にその恵みを分けてもらっていたのです。 男と同じくしっかり者だった父親は、雪や嵐にも耐えるに十分な頑丈な家を建ててくれていたのでした。 これで一安心と、男は家の扉をあけました。 雪避けの庇のおかげか、少し雪を払っただけで思ったより簡単に扉は開くことができたのです。 冷え切っているとはいえ、家にすぐさま飛び込めたことに、男は安堵しました。 今は寒くとも、まきをくべればすぐに暖まることができるでしょう。 出来れば風呂にも入りたい所です。それから食事も。何もかもに火が必要でした。 担いだままだったお地蔵様をおろし、男はせっせと準備を始めました。 一瞬だけちらりと確認しましたが、お地蔵様はお地蔵様です。見た所換わったところなどありません。 あんなに冷たい中を歩いてきたというのに指先が凍えていないのが不思議でしたが、こういうこともあるのだろうと男は深く考えることをしませんでした。 火打石を慎重打ち合わせ、種火を起こし、まずは風呂の準備です。 川の水を引いてあるのですぐさま用意は出来ました。 食事は朝炊いた飯と僅かな野菜がありましたから、それと干した魚で十分です。適当に鍋に放り込んで煮てしまえば立派な雑炊になります。 お地蔵様の代わりに薪を置いてきてしまったので、あまり沢山火を使うことが出来ませんでしたから、仕方がなかったのです。 手早く雑炊を啜りこみ腹を満たすと、男はお地蔵様の所へ向かいました。 「ああやっぱり。汚れちまってる」 雪は解けてしまいましたし、苔むしたりはしていませんが、まだ泥が残っていました。 折角綺麗なお地蔵様なので、どうせならもっと綺麗にしてあげたい所です。 川の水で洗えばいいのですが、それでは人肌のように温かいお地蔵様には冷たすぎるように思いました。 とはいえ湯を沢山沸かすほどの薪はありません。これから取りにいくのは流石に気が進みませんでした。また吹雪が襲ってきたら今度こそ大変なことになりかねないからです。 しばらく頭を悩ませた男でしたが、最初に思いついた考えが一番なのではないかと思い始めていました。 「俺みたいなむさい男と一緒に風呂なんて申し訳ない気がするけど…泥だらけよりはいいよな?」 綺麗にすることを諦めるという選択肢は最初から思いつきもしませんでした。 えっちらほっちらお地蔵様を抱きしめて、まきを命一杯くべて風呂に急ぎました。 入る人間もまきをつぐ人間も自分しかいませんから、火に勢いがあるうちに入ってしまわねばなりません。 自分の体を流すのもそこそこに、お地蔵様を洗う方に取り掛かりました。 湯をかけて泥を落とし、細かい汚れも丁寧に手早く拭いました。 洗っている間にも不思議なことにお地蔵様から暖かさを感じます。 お湯で温められたにしては冷える気配もありません。 男は改めて不思議がりながらお地蔵様の足の裏まで綺麗に洗い上げました。 そうして一通り綺麗になっていることを確認してからもう一度薪をくべ、それからもう一度暖まりなおそうと思ったのですが。 「どうせなら…一緒にはいっちまえばいいか」 そこまでしなくてもいいようにも思いましたが、一人洗い場に置いてけぼりにされているのはどうにも寂しく見えます。 それならいっそと抱き抱えて風呂に入ることにしたのです。 持ち上げると素肌に触れているというのに冷たさを感じず、石で硬いはずなのになぜか柔らかいような気さえしました。 本当に不思議なこともあるものだ。 そう思いながらお地蔵様を眺めましたが、綺麗な顔が笑っているように見えたのでそれ以上考えるのを止めました。 とにかく倒れて傷つけたりしないように、そっと湯船につかったときそれは起こりました。 「え、うわぁ!」 元々重かった地蔵が、急に更に重さを増しました。それに…大きさも。 溢れる湯に驚いても、男はお地蔵様を離しませんでした。 いえ、すでにそれはお地蔵様ではなかったのですが、最初のころからずっと変わらず、男はお地蔵様を傷つけまいとしたのです。 「あったかい…ああ、やっと」 見知らぬ男が腕の中にいます。大事に抱きしめたはずの体は今や間違いようがなく人のものとなり、綺麗だと思った面影をどこか残した見知らぬ男が微笑んでいるのです。 「え!え!?」 「あなたのおかげです」 事情はさっぱり飲み込めませんでしたが、抱きしめ返してくる腕も少しだけ掠れて甘い声も耳を擽る吐息も、全てが肌に馴染みました。 どうしてかはわかりませんが、とにかく見知らぬ人がここにいるのです。 「あの、その。えーっとですね!?とりあえず…雑炊の残りが!あと布団…父ちゃんと母ちゃんのがあったはず…!」 まめな男は使わないと分かっていても時々虫干ししていたので、多少しけっぽいかもしれないけれど使えるはずです。 大慌てでもてなそうとした男でしたが、それは叶いませんでした。 見知らぬ男が離そうとしなかったからです。 「ん。布団は一つで大丈夫です。食事も…後でいいですよね?」 今は、あなたを食べさせて? その言葉の意味が理解できるほど男はその手のことに詳しくはありませんでしたから、てっきり己の身が食われるのだと思い込みました。 さては魔物か物の怪のたぐいだろうと思ったところで、幸せそうにしがみ付く男を振り払うことも怖いと思うこともできませんでした。 山で過ごす男よりずっと白く、ほそっこくさえ見えるというのに、男の力は驚くほどつよかったのです。逃げられないことはすぐに分かりました。 風呂に入っている以上、山を歩くときに持ち歩く鉈も鎌もありません。おまけに雪道を歩き回ってつかれきった男には、この見知らぬ男と渡り合えるほどの力は残されていません。 抵抗をやめたのはそんな理由でもありましたが、本当はもっと別の理由もありました。 やはり人外のものだからでしょうか。驚くほど綺麗な男に、何故か好意をもってしまったのです。 寒い中、この男はどれだけ長い間封じられていたのでしょう。 石の身体とはいえ、きっと酷く寒かったはずです。ひもじかったはずです。 それを思うとむしろ、飢えているならつかの間とはいえぬくもりを与えてくれた相手に、その身与えてやりたいとさえ思えたのです。 「できれば、その、あんまり…痛くないようにしてください」 自分が食われても真冬の今、村人が気付くのはずっとあとになってからだろうし、その間に逃げることも簡単なはずでした。 他の人に危害を加えないで欲しいとだけ頼んでみようと覚悟を決めた男でしたが、与えられたのは予想外のものでした。 「ん。もちろん。アンタ唇までおいしいね。…瞳、潤んでる。初めて?」 「え?えっと?…え?」 「ああ、何にも知らないの?…ここじゃお湯が冷えちゃうから、お布団でシようね?」 殆ど体格が変わらないように思えるのに、白い男はひょいとほうけていた男を担ぎ上げると手早く体を拭いました。 戸惑う男のことなど全くもって斟酌せずに。 ********************************************************************************* 適当。 かさ地蔵風味。続き。たいむアウトなのでつづきあしたー!かあさって。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |