これの続き。 隣に欲しくてたまらなくて手を伸ばすことすらできなかった人が健やかな寝息を立てて深い眠りについている。おかげですっかり体調は良くなっているのに、どうしてもまだ布団から抜け出せないでいる。 元々丈夫じゃなきゃ上忍なんてやってられないしね。薬が効いたというよりは、睡眠と、それからこの人の優しさが効いたんじゃないかな。 一緒にいてと強請るとしょうがねえなぁなんて言って同じ布団に引っ張り込むことには成功した。それから好きになってくれたのっていつって聞いたら教えないなんて言われて、反撃のようにそっちこそどうなんだと凄まれて、事細かに報告したら今度は真っ赤になって布団に潜られてしまった。 ずっと好きだったんですと、言えなくてずっと苦しかった言葉を投げつけて、それを受け取ってもらえるのが嬉しくて、馬鹿みたいにどこが好きかとか、思い出せることを全部しゃべろうとして、真っ赤になった人に止められて、そんな風にじゃれ合えるのが嬉しくてたまらなかった。 その人が触れられるくらい側にいる。今、少しだけ手を伸ばせば。 「んあ?あー…なんでそんな隅っこにいるんですか?」 「え!あ、うん。狭くしてごめんね?」 「あんたのその癖絶対治させてやるからな…?いいからこっち来なさい」 「わっ!…うん」 腕の中に大切なモノみたいにしまい込まれて、抱き込まれたままポンポンと頭を叩かれた。ついつい頬を摺り寄せたら、急に眉間に皺を寄せられてしまった理由が分からない。 「カカシさんはほんっとーに油断しちゃだめですよ?」 「えーっと。何に?」 一応は火影として隙なんて作らないようにしているつもりだけど、どうなんだろう?二枚舌はこの人以外には十二分働かせているつもりだけど。現状じゃ最低限の鍛錬すらままならない。そんな状態で護衛がいるとはいえ、あの体たらくは最悪と言っていいのは事実だけど。心配かけちゃったしね。自分にとってはそこが一番の問題だ。 「あーその。俺以外にこんな風にしちゃだめですからね?」 「うん」 素顔を晒すのも、こんな風に触れて安心できるのもこの人だけ。他のヤツになんて触る気にもなれない。かつての部下たちならまだしも、他には…多分、指先一本だって触りたいと思わない。 「…病人に無体を強いるつもりはないんですが、その、俺んちに引っ越すのは無理でも、いつでもここに来てください」 「イルカ先生は引っ越すの嫌?」 「へ?」 「帰る場所が欲しいんです。でも、俺と暮らすってなると、集合住宅だと迷惑をかけてしまうと思うので」 タガが外れたまま口が勝手に動くのを止められない。囲い込んでしまいたい。手に入れた物が仮初であろうと、今は失いたくない。結局、どこまでも貪欲で、誰よりも人を信じていない。そんなのが長なんて、やっぱり間違ってるよねぇ? 「帰る場所はあるでしょうが」 「火影邸はね。ちょっと。…ずっと見られてるのって疲れる」 これは本音だ。護衛だとわかっていても、自分の身を自分で守れない火影なんて馬鹿げた存在でありたくはない。大体アレの本当の目的は監視だ。 人身御供が逃げ出さないように、ね。 里を治めるためというよりは、次代に繋ぐために軛として必要とされたのがたまたま俺だったというだけの話だ。 父親と同じ愚を犯すなと暗に口にされたことすらある。 この人をあの牢獄に放り込むなんて絶対にありえない。だから早くどこかに家を手に入れて、あの老人たちを黙らせる方法を考えないと。 首を横に振られたとき、どこまでも自分勝手な考えを見透かされたのかと思った。 「いえ。ここです」 「え?この部屋?」 「俺のところです。ずっとどこにいたって迎えに行くし、待ってます」 「…うん」 「だからもう、帰る場所がないなんていわせません!」 「ん」 そうだね。ここだ。この人のところになら帰ってきてもいい。ただ消費されていく里の歯車としてじゃなく、俺を欲しいと言ってくれるこの人のためになら。 「…貯金はそこそこあります。立地は一緒に考えましょう」 「目立たないところがいいかな?イルカ先生は俺と一緒だと困るよね?」 「え?別にそれはいいんですが。遠いと面倒でしょう?」 「え?いいの?」 「いいのもなにも。…その、相談役には告白が成功したら大っぴらに祝ってやるなんて嫌味も言われてるので、望むところだって啖呵切ってきちゃいました」 照れくさそうに鼻傷を掻いて、笑ってくれた人が愛おしすぎて息が止まりそうだ。 「イルカ先生ってすごい」 「凄いってなんですか!むしろ同意も得ずに本当に申し訳ありません!でもその、誰にも渡したくないのは本当です」 こっちのセリフなんだけどと言い返す前に、いっそ閉じ込めたい人だとずっと思っていたなんてことまで言われて、理性が飛びそうになった。 ホント、この人は凄い。 「イルカ先生が校長先生になったら、きっともっと良くなると思ったんです。だってあなたは何もかもを正しい方に導ける人だから」 「それは買い被りですよ?まあ、その。できうる限り努力はしますが!」 焦った顔もかわいいし、凛々しいっていうのかな。こういうのを。キスしたいなんて言ったらどうするんだろう? ま、それはまたいずれってことにしとこうかな。今は胸と頭がいっぱいで、何をしでかすか自分でもわからないから。 「あなたは、いいの?本当に俺で」 「当たり前です!」 鼻息も荒くキッパリ言い切ったところをみると、後悔なんてする暇もないくらい、がんばってくれちゃうんだろうね。この人のことだから。 「それじゃ、よろしくね?」 「はい!」 満開の笑顔で頷いてくれたから、後ろ髪をひかれながら部屋を出たその日のうちに新しい家を手配した上に攫うようにして連れて来ちゃったことを後悔はしていない。 「…忘れてました。そういえばアンタ何気に強引でしたね…」 「だって、一緒にいたかったんだもん」 立地に関してはともかくとして、部屋の設えはこの人が好きそうな広めのお風呂場とか、縁側とか配慮したつもりなんだけどな。怒るかもって思ったけど、舞い上がった頭はとにかく一緒に過ごせる場所が欲しくて止まれなかった。 「まあ、いいです。警備の問題もあるだろうから、そう簡単には決められなかっただろうし。ただし!引退してから住む家は、絶対に一緒に決めますからね!」 「…!うん!」 引退してからも一緒にいてくれちゃうんだ。火影だから一緒にいてくれるんじゃないんだもんね。 こうやって何気なく一番欲しいものをくれる。多分少しも自覚しないままで。 「風呂場が広い…!縁側…!」 家を見回りながら目をキラキラさせている人が気づかないように、もう一つ準備しておいたものが懐にあることを確認した。 ご飯を食べて、お風呂に入ってもらって、それから渡そう。 指輪なんてもの初めてつけるけど、きっと笑ってしょうがねぇなぁなんて言ってくれそうな気がしているから。 「ふふ」 どうやら寝室に到着したらしい人がベッドがでかいと大騒ぎしているから、大急ぎで抱きしめに行くことにした。 好きだと何度でも囁くために。 ******************************************************************************** つづき。後ろ向き上忍祭でした。上下決定戦が繰り広げられたものの、おねだりに折れた中忍が翌日人生初の経験に呻いたり叫んだりすると思います。 |