これの続き。 布団がいつも使っているものと違って少し重い。それから、もう一度嗅ぎたいと思っていた匂いがする。 これは夢だろうか。それならもう目が覚めなくていいんだけど。ああでも、あとちょっとがんばらなきゃ。あいつが火影になるくらいまでは生きていようと決めたはずだ。 そこから先のことなんて、何も考えちゃいないけど、それまでは死ねない。 「ん…」 匂いの素が側にあることに気が付いて、開かない目をそのままに抱き寄せた。鼻腔いっぱいに広がるそれに胸が締め付けられる。 大好きな、あの人の匂いだ。 「うお!あー…寝ボケてんのか。しょうがねぇなぁ。俺も、もうちょっと…寝…」 声まで聞けるなんて最高なんじゃないの? 夢でいいからと願っても、夢すら見られないほどの忙しさにそれが叶えられることなんてなかった。記憶の中の声を何度も繰り返し再生して、いつかすり切れて消えてしまうんじゃないかと怯えていたんだけどね。 優しい声。そういえば久しぶりに昨日聞いた時も泣きそうなくらい嬉しかったっけ。 そうだ。昨日。俺は何をした? 「ッ!?」 飛び起きかけて、だがそれを堪えることができたのは、腕の中ですやすやと気持ちよさそうに眠る存在に気づいたからだった。 「へへ…みそとんこつおおもり…」 口をもにょもにょ動かして呟いているのは、多分この人が以前最高に美味いんだと力説していたラーメンだ。 その人が腕の中で、もっと言うなら今にも唇が重なりそうなほどの距離に顔がある状態で、平和そうに眠っている。 最後に会った時より少し痩せたか。忍たちは須らく大戦の余波を食らっている。疲弊した里を支えてくれているのはこの人も同じで、教頭に就任してからは尚更忙しかったはずだ。俺たちが下支えをして、若い忍たちが未来を作っていく。この里を統べる立場になったときに決めたのは自分で、それをこの人にも押し付けたツケがこの様だ。 俺のせいだ。全部。…それなのにさらに重責を負わせようとしているのも。 「六代目」 聞きなれた硬質な声は恐らく追いかけてきたんだろう護衛の一人で、かつて部下だったこともあるヤツだ。仕事は確実にこなす。例えばこんな自堕落な姿をさらしていても、動揺もしなければ無駄口も叩かない。相談役たちにわざわざ推薦されたのが頷けるような堅物だ。 護衛という名の監視を確実にやり遂げると判断されるだけあって、部下としても後輩としても信頼はしていた。 「…うん。この人が目を覚ましたらサイン貰ってすぐ戻るから」 迷惑をかけてしまった。今頃相談役も騒いでいるかもしれない。業務に支障なんか出したくないけど、それでもそれくらいの我儘は許してほしい。 眠るこの人を見ていられる時間なんて、二度とないだろうから。 この人だってやっと休んだんだろうに、俺の仕事を手伝おうとまでしてくれた。あと少しだけ眠らせてあげることくらい構わないだろう。 拒否されてもそこだけは粘るつもりで返事をしたのに、獣の面をつけた気配のない大男は、首を横に振った。…予想外の形で。 「いえ。本日一日休暇をお取りください」 「え?でもほら、書類とか」 急ぎだと言われて持ち込まれる書類だけでも机の上で山を作っていて、一日かけて片づけても追加の山が増えるばかりだ。かといって元々あった書類の山を放っておけば、期限に間があったはずの物でも間に合わなくなる。まさに自転車操業ってやつだ。この人に会うために粗方片づけては来たはずだけど、また今日中になんて書類があるかもしれない。 そう思うのに、ここから出たいとは露ほども思っていないのも事実だけど。 「相談役にも同意を取りました。休んでください」 「そうです!我らに任された任務はあなたをきちんと休ませることですから」 護衛は二人一組。それを忘れていたわけじゃなかった。急に現れたもう一人に畳みかけるように言われて怯んでいる隙に、一瞬で姿を消した二人は、だが言葉通り任務を遂行するためにここから離れないだろう。 「…たまになら、いいかな」 ここをでたくない。ここにいたい。この人のそばにいられるならそれだけで。 そう叫ぶ心を覆い隠そうとして、失敗した。 普段より深い睡眠をとって、回復したはずの体はこの人が側にいるだけで駄目になる。なんて酷い体たらくだ。 「んあ…?あー…ほら、いいからねろ」 いつの間にかはだけていたらしい布団をかけなおしてくれた人は、ついでに子供にするみたいにして頭を撫でてくれた。 「…うん。ちょっとだけ寝かせてね?」 胸いっぱいに吸い込んだ匂いに酔いそうだ。 もう少し、もう少しだけでいいから、この人との時間が欲しい。 結局は、その欲に負けた。 ******************************************************************************** つづき。後ろ向き上忍祭。 |