たいせつなもの4(適当)



これの続き。

 そっと玄関に降ろされて、靴まで脱がされるだなんて思わないじゃない?普通。
 しかもこれは火影に対してじゃなくて、体調を崩している知り合いの上忍だからってところだろう。
 この人が惜しみなく周りに振りまく愛情のおこぼれが、こんなにも甘くて愛おしい。…それと同じくらい苦しい。
 欲しいなんて口が裂けたって言えない。
「ほら、立てますか?」
「うん。大丈夫。全然ヘーキ」
「ヘーキだあ?へ!その顔色でなに言ってんですかね?これだから火影様は!おら!座ってなさい!」
「えーっと。はい」
 なんだろう。扱いがぞんざいなようでいて手厚い。座椅子にはクッションと上等そうな座布団が置かれて、その中にうずもれるように座らされてしまった。すぐさまこたつにそのまま突っ込まれて、電源が入れられたそれが知らず知らずのうちに強張っていた足を温めてくれる。
 そうか。ここがこの人の家なのか。
 居間らしきこの部屋は整頓されているとは言い難いが、散らかっているというより程よく物があった。書類に混じって子どものものらしい判読すら難しそうな字で書かれた手紙らしきものも置いてあり、そこから見える台所にある鍋も、木製の取っ手があめ色に変わっていて根元に焦げ跡が残っている。冷蔵庫の横にはおそらく読み終わった新聞だろうか。紙束が紙袋に重ねて突っ込んだまま置きっぱなしになっている。
 比較するのもおかしいけど、今俺の住む部屋は名ばかりの火影に与えられるにふさわしい空虚な空間だ。仕事に使うモノが並べてあっても生活のための物すら碌に揃っていない分スカスカで寒々しい。どうやらできる限りこの里の中枢に籠めたままで置きたいらしい面々のおかげで、口にする物すら自力で用意する必要がないからだ。向こうは執務だけに専念できるように整えたつもりだろうが、幼い頃からこの手で生活の全てを賄ってきた自分にとっては違和感しかない。
 この何とも言えない生活感がある部屋とは雲泥の差だ。
 あのなにもなくなってしまった家を何度か未練たらしく見に行ったけど、幻でさえこの人の残り香なんて感じ取れもしなかった。何もかもが違う。
 そっか。この人がいるとこんなにあったかいんだ。
 室内で火遁なんて俺でもやらない真似をして薬缶で湯を沸かして、茶をいれてくれた人は、そのまますさまじい形相で炊飯器に向かっていった。出された茶をすすって、喉が渇いていたことを自覚して、そうして次の瞬間にはちゃんと海苔まで巻いてある小さめの握り飯が山を成していた。形は歪だが、一口で食べられるようにしてくれたんだろう。その気遣いが嬉しいのに、素直に喜べなかった。だってねぇ。こんなことをしてもらうような人間じゃないのに。
「ハイ握り飯です。手は動きますか?食える分だけ食いなさい」
「えっとね。大丈夫ですって。ね?ほら」
 長居するのは危険だ。ここから出たくなんてないと、既に思い始めている。
 問題ないんだと納得してもらうために、印を組もうとしたら、凄まじい速さで止められた。まつげが触れそうなほど近くにある目が、恐ろしく吊り上がっている。綺麗だよね。澄んだ瞳っていうのはこういうのを言うんだ。きっと。たとえ怒りの炎が宿っていようと、どこまでも惹きつけられる。
「なにやってやがる…!」
「え?あーその。お手伝いでもしようかなって?」
 影分身でも出せば納得してもらえるだろうと思っただけなんだけど、どうやら逆鱗に触れたらしい。かつて預かっていた下忍が怒るとものすごく怖いと言っていた記憶があるが、確かにこれなら子どもは泣くだろう。それくらい迫力があった。
 この人らしいと少しばかり浮かれている自分の方が特殊なことは、ちゃんと自覚している。
「なんのために連れてきたと思ってんですか!仕事なんてさせませんよ!今日は!」
「いやでもですね?大丈夫ですよ?」
「…アンタがちゃんと休まないと、いつまでたっても俺が返事できないんですけどね」
 ああそういえば、さっきもそこを気にしてたっけ。仮にも上忍が眠っていないくらいで決断を間違ったりはしない。書類仕事ってのは勝手が違う部分があって困ることもあるけど、体力的には問題ないはずだ。前線で戦って来いと言われたら、確かに仮眠くらいはとるかもしれないけどね。
 だからって、それを言ったところで納得してくれるかっていうと別問題なのも分かっている。
 だってこの人は俺のことが心配なだけだ。そこに火影だからとか上忍だからとは関係ない。
「…はーい」
 大人しく返事をして、お手拭きで乱暴に拭き取られた手を使って、握り飯を口に放り込む。本当に適当に握っただけといった体のそれに、インスタントの味噌汁が出てきて、まるで赤ん坊か老人にでもなったみたいな扱いだ。
 サインしてくれるだけでいいんだけどね。自分が納得できなければ里の最高権力者の決定でさえ命を懸けてでも抵抗してきそうなのが怖い。実際三代目に食って掛かったのを見たことが無い訳じゃないし。頑固でまっすぐすぎるその性格が好きなんだけど、それが想定外のところまで飛び火するから下手なことはできない。
 しかし困った。何がって、この人がいつまでもこうして抵抗してくれたら、ここに入り浸る理由ができてしまいそうなことを、喜んでしまっていること自体が問題だ。
「っし。結構食えそうですね。風呂風呂!」
「え!あの、大丈夫だから!」
「食事中は黙って飯を食え」
 びしっと指をさされてそんなことを言われたら、もう食べるしかないじゃない?
 せっせと口の中に放り込んで、お代わりのお茶も貰ってすっかり腹が満たされると、今度は眩暈が襲ってきた。
「ん…あの、俺もう」
「そうですね。風呂は…明日にしましょう」
 それはもう決定事項の用に告げられて、遠慮会釈なく身に着けていた六代目火影の縫い取りのある忍服を剥ぎ取られてしまった。挙句に体をタオルで拭われても、温かいそれが気持ち良すぎて抵抗できない。
「あの、ね?サイン…」
「ああほら、いいから寝なさい。なんなら子守歌でも歌いますか?」
 子守歌か。それは聞いてみたいかもしれない。ナルトもサスケも、子守歌にしちゃでかいとか散々な言いようだったけど、不思議と眠くなると騒いでいた。…正直、羨ましいと思った。この人から惜しげなく愛情を注がれている子どもたちが。
 でも、そうもいかないでしょうよ。
「あの、大丈夫だから」
「はいはい。…起きたらちゃんと話を聞きますからね」
 さっきまでのどすの効いた声とはまるで違う子供をあやすみたいなやわらかい声のおかげで、意識はさっさと白旗を挙げた。
 あした、きっと。
 もう二度とあかないんじゃないかと思うほど重い瞼を閉じたら、奇妙な痺れと疲労からくる節々の強張りすらも遠くなっていって、結局それが眠気だと気づくまでもなく意識を手放していた。

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つづき。後ろ向き上忍祭。

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