たいせつなもの3(適当)



これの続き。

「失礼します」
 緊張した面持ちで入ってきた人は、随分久しぶりに会うはずなのに変わっていなくて胸が騒ぐ。手足をぎくしゃくさせているのは、緊張からだろうか、それともこれから下される命令を察しているからだろうか。
 うん。幸せだ。顔を見られるだけでこんなにも。ああ俺の方こそ指先が震えていないだろうか。普段通りにしなきゃいけないのに。
 この人は凄く鈍いくせに、俺が本当に隠したいと思っていることにだけは聡い人だから。気づかれて、それを理由に辞退なんかされたら困る。確かにその真っすぐなところも情が深いところも喧嘩っ早いところも好きだけど、この一方的な重すぎる好意をこの人に押し付けるつもりなんてない。むしろこんな思いはずっと知られないままでいいとさえ思っている。
 アカデミーでの階級を餌にして、この人をどうこう…なんて、そんなことが許されるのはエロ本の中だけの話だ。大体、この人がそれを望むかどうかもわからないし。想像したことが無かったかと言われれば嘘になるが、軽蔑されたくない。それ以前に巻き込みたくはない。
 俺みたいな厄介者は、大人しく言われた通りこの椅子を温めて、あの子が座るときまでにもう少し居心地が良いようにできればいい。それ以上を望むつもりもなかった。
 だってもう十分だもん。この人が元気でいてくれたことも、ここにきてくれて顔を見られたから知ることができた。あとは、たまには顔を店に来てくれることを祈って待つくらいならできるだろう。
 そうすれば無駄に争いに巻き込むこともない。この要らないものばかりが詰め込まれているくせに人として大切な何かが抜け落ちた空っぽの体は、上忍というだけで、それから名ばかりの英雄というだけで、上の連中を黙らせるだけの価値がある。折角ある者なら使わなきゃもったいないもんね。
 駄々をこねた成果に満足して、思わずうっとり見つめすぎてしまったのかもしれない。
「カカシ様…?ッ!カカシさん?おいちょっとまて!大丈夫なんですか!意識は?どこか痛いところは?」
 子供にするみたいに頭を腕の中に囲い込まれて、その意志の強い優しい黒の双眸が覗き込んでくる。
 ああ、やっちゃったかも?そういえばこの人に会う時間を作るのに、少しばかり無理をした。子どもたちを相手にしているだけあって、そういうところに敏感なことを忘れていたなんて、とんだ失態だ。
「大丈夫大丈夫。ちょーっとね。このところ忙しくて。だから、お願いしたいことがあるんです」
 この言い方をすれば、きっとこの人は断らない。重責が嫌な訳でも、仕事が嫌いな訳でもなく、ただひたすらに自己評価が厳しいが故に、与えられた立場を固辞しかねないから、敢えてプレッシャーをかけた。今回は結果的に役立ったけど、体調不良が見て取れるってのは問題だから、後で幻術でもかけて誤魔化さないと。
「…っ!知るか!飯食ってんのかアンタは!寝てないのは見てたってわかるけど!」
 あれま。これは予想外。
 この人が階級差をすっ飛ばすのは、大怪我したとか、チャクラ切れ起こしたとか、あとは死にかけたとか、そんなときくらいだ。もしかして今の状態ってそんなに酷いのかね。慢性化した疲労に慣れすぎて、自分の状態を把握できなくなってるんだろうか。だとしたら由々しき問題なんだけど。
「寝てないのはイルカ先生に久しぶりに会えるから嬉しくて眠れなかったんですよ」
 それはある意味本当で、でもある意味嘘で、どこまでも茶化してみせればその鉾を下ろしてくれないかと期待した。どんな相手でも転がせるはずのこの顔とよく動く舌は、この人相手だとどうも上手く効いてくれない。今回も、どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしかった。
「んなこと言ってる場合ですか!馬鹿言ってんじゃねぇよ!ああくそ…!兵糧丸と飴玉しかねぇじゃねぇか!今!なんか飯買ってきますから!」
 懐を漁って転がり出てくるのが兵糧丸と飴っていうのがこの人らしいよね?今かわいいなんて言ったら殺されそうだけど。
 それから取り出した財布がナルトが持っていたものとそっくりって辺りには引っかかりを覚えた。あいつとこの人は親子のような兄弟のような関係を、未だに続けている。それが羨ましいくて妬ましい。そんな感情を持てるような立場じゃないくせにね。
「大丈夫。大丈夫だから。ね?」
 落ち着かせる風を装って、その腕に触れた。久しぶりの体温に泣きそうになって、それでも多分笑えていたはずだった。
「…いいから、出しなさい。どの書類ですか?」
「え?書類って?」
「アンタは、一人で大丈夫なんだと思ったんです。だって俺を呼ばないから。でもやっぱり駄目じゃないか…!」
「え?え?え?」
 確かに書類は片づけても片づけても積みあがっていくけど、それをこなすのは先代よりずっと早い。俺を呼ばないって、そういえば三代目も五代目も、何かっていうとこの人を呼びつけていたような気がする。その事実とこの人の発言を照らし合わせると…もしかしなくても心配し続けてたってことなんじゃないの?
 そしてそれは、呼び出した理由を盛大に勘違いされてるってことでもある。
「ああ、こっちの書類は大丈夫そうですね。この山は…乱雑にもほどがあるな。忍具開発か?ここには連絡しておきます。後は…ああ、アンタは今すぐ飯食って寝なさい!」
 指摘されたことは俺も感じていたことで、だがいちいち指示を出すのも面倒で放っておいたことでもあった。なるほど。こっちから指摘して修正してもらうって手もあるのか。考えたこともなかった。
「イルカ先生すごい」
「すごいじゃありません。当たり前のことです。いいから今すぐ飯を食え。それから寝ろ。グダグダ四の五の言うなら担いで帰って布団に放り込みますよ!ああその前に飯ですけど!」
 この人と食事と言ったら、俺の家で手料理を食べさせたこととか、居酒屋か、あとは…一楽のラーメンくらいか。この椅子に座らされてから、この人とラーメンを食べる想像なら良くしたけど、今ならそれを実現できるかもしれない。
 ああでも、誤解は解いておかないと。…もう少し距離を取らないと、多分我慢できなくなってしまうから。
「ご飯はできれば一緒に食べてもらえると嬉しいな?あとね、呼び出したのはそっちじゃなくて、アカデミーについてなんです」
「え?アカデミー?…教頭として至らぬことがあったのならご指摘ください」
 ほっぺが赤いのは勘違いを恥じているせいだろう。真面目だもんね。そこに付け込む悪魔に心配なんてしてくれちゃダメなんですよ。本当は。
「至らぬ点なんてないよ。だからこその依頼です。…ね、イルカ先生、校長先生になってくれない?」
「へ?こうちょう?…校長!?それは火影様が!」
「うん。里長が兼任なんかしたって意味がないでしょ?だって子どもたちの扱いに一番慣れてて、一番細かいところも行き届くのってアカデミー教師でしょ?」
「いえ、そうあろうと努力はしていますが、里を統べる方が校長だからこそ、皆を導くことができていると思っています」
 キッパリ言い切った顔はきりっとしててかっこいいけど、残念。乗ってくれないか。うーん?命令にしてもいいんだけど、そういう風な扱いをこの人にはしたくない。
「俺はアナタだからできることだと思っているんです。俺の目は信用できませんか?」
「そっそんなんじゃなくてですね!俺じゃ力不足だと!」
「だーかーら。お願いしてるんです。あの子を導けたあなただからこそ、できることがあるはずでしょ?」
 さてと、ここらで折れてくれないかな。評価されることで委縮する人種もいるが、この人はどこまでも真っ当な人だから、素直に俺の評価を受け止めてくれるだろう。他の連中に対してならともかく、この人に対する評価だけはホンモノだしね?
 淡い期待は今度こそ裏切られなかった。
「あなたが、そう評価してくださるなら…俺はできる限りのことをします」
 しぶしぶといった風なのはともかくとして、どうやら色よい返事を貰えたらしい。それにしちゃ掴まれた腕が痛いんだけど、どうしちゃったの?
「えーっと?あの?」
「行きますよ!まずは飯です!あとは…仮眠室じゃあれだよな…?俺の家って訳にも?」
 何その魅力的過ぎる選択肢。それに俺にも住む場所がない訳じゃないんだけど。ただ厳重すぎる警備と監視染みたものが張り付いてるおかげでちょっと落ち着かないってだけで。
 どういおうか迷っている間に、何を察したのか見たことがないくらい怒った顔をした人に、軽く鼻で笑われた。
「へっ!逃げようたってそうはいきませんよ?仕事の気配がないところじゃないと、アンタ仕事しようとするでしょうが!」
 手厳しい。それにどこまでも読まれている。そんなことされたら余計好きになるしかないのに。
「…イルカ先生のおうち、行っていいの?」
「へ?もちろんです。あなたの家にだって行ったことあるじゃないですか」
 そうだね。…ただのちょっと親しい上忍の家に誘われて、二つ返事で遊びに来てくれちゃう人だってことを忘れていた。気安い関係になれた訳じゃなくて、分け隔てないというか、壁のない人ってだけだ。
 それが分かっていても、あまりにも心を惹かれる提案に抗うことはできなかった。
「校長先生になるって書類にサインしてもらったら行きます」
 一応仕事も忘れない。だってそこが駄目なら意味がないんだ。これからの里を変えるためにも、この選択は必要はなずだ。そう信じて、この人をここへ呼ぶと決まってからすぐに用意しておいた書類を、眉間にしわを寄せた人の手に押し付けた。
「うっ!…その、そうなると教頭の後任は?」
 嫌々でも受け取ってもらえたんだから逃がさない。そんな顔してたってちゃんと目を通す真面目さが、俺に付け込まれる隙になっているなんて気づいてもいないだろう。
「イルカ先生が選んでね?あと任用規定も刷新予定だからそっちにも目を通してもらいたいんだけど」
 一式そろえた規定の草案入りの封筒もその手に押し付けた。本当はサインしてもらってからにしようと思ったけど、この状態だと隅から隅まで確認してからじゃないとうんと言ってはくれないだろう。この人にはだまし討ちより真っ向勝負の方が勝機がありそうだと踏んでの決断だ。そこは外していなかったはずだった。
 腕に食い込む指先が痛みさえ覚えるほどに強くなった。
「わかりました…。サインは後です。ちゃんと寝てから結論を出してください」
「え?」
「文句を言わない!ほら立てますか?」
「ああはい。大丈夫…アレ?」
 促されて立ち上がって、妙にぐらつく足元に驚いた。ここまで酷い状態だったなんて気づかなかった。
「ほらみなさい。その状態じゃ一楽も無理そうですね。握り飯くらいなら作れるんで」
 そう言いつつ取らされた体勢に、嫌な既視感が湧いてきた。いつぞやチャクラ切れを起こしたときにガイにもやられた気がする。
 火影になってまで背中におんぶされるって、なんの冗談?
「あの、歩けるから。ね?」
「しゃべってると舌噛みますよ!」
 この里で誰よりも権力があるはずなのに、この人にかかると形無しだ。
 言葉通り、上忍並みのトップスピードで駆け出した人の背で思わず吹き出してしまったことに、多分誰も気づかなかった。

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つづき。後ろ向き上忍祭。

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