武将の人―温泉編5(適当)


イベント会場で読みたいとおっしゃってくださった方がいらしたのでこそっと連載予定。
前のお話はこれ⇒武将の人-温泉編4の続き。



息子と、それから止むを得ずそのおまけとを引き連れて家に帰りついたとたん、珍しく淡々と話す妻の声が聞こえた。
普段は物静かだが優しく澄んだ声が、今は作戦会議中のようにテンポはいいが、どこか無機質に感じる。
「いいですか?武器の携行は最低限に。あの子は狙われる可能性があるので、札は持たせてますよね?」
「ああ。イルカ君にはカカシが」
「じゃあ大丈夫ですね。火の国の中とはいえ、国境が近いので、忍服じゃダメですよ?髪は下ろして、後はカカシ君のお洋服も買ってこなきゃ」
「そうか」
…どうやら内容からすると任務ではなさそうだ。そういえばあのケダモノめはうちの妻の上官でもあったわけだから、癖が出るのも仕方がないことなのかもしれない。
にしても札?いつの間にうちのかわいいかわいいかわいい一人息子に余計なものくっつけてくれやがってるんだか…!クソガキめ!
思わず握った手を潰しそうになったが、銀髪小僧はにこにこ笑っていて反対側の息子は不思議そうに俺を見上げていて、一応は踏みとどまった。
ここでこのクソガキとやりあう前に、うちの妻にちょっかいを掛けている父親失格馬鹿上忍の動向を探るべきだからな…!
「うちの人のも一緒に買いに行きましょうね?」
「…ウミノサンの?」
「まあアナタはどうしても人目を引くから敵襲の可能性がゼロにできないのはしょうがないですけど。状況に応じて幻術とトラップくらいでいいんじゃないですか?」
「そうだな」
…なんで俺の名前が出たとたん明らかに声が嬉しそうに上ずるんだ…。し、しかも一緒に?こんなのと一緒に買い物だと…!?
服を買うのは別に構わんが、ああいったところは死角が多い。試着室なんか危険すぎるほど危険だ。家庭内でどうこうされるのもごめんだが、なんだって外でそんな目に遭う危険性を甘んじて受け入れなくてはならないのか。
「…お、おーい?帰った、ぞ?」
そーっと声を掛けてみたが、妻はいつも通り優しく穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
居間のちゃぶ台には地図だのなんだのが広げられていて、ついでにアカデミーの遠足用のメモみたいなものまで載っている。
まさか…普通の旅行さえまともにできないのか。この男は。
「お帰りなさい。手を洗ってきてね?オヤツがあるから一緒に食べましょう?」
「え。あ、ああ」
そうだな。まずはうちのかわいい息子と…不憫な小僧の手を洗わせて、それから…オヤツはさっきもらってしまっているが、妻と一緒に食べられるなら貰ってしまおう。
執拗に絡みつくような視線が家に帰るなりおいかけてくるが、それには気付かなかったふりをしておいた。下手に構うと調子に乗るからな。べ、別に恐いとかそんなわけじゃない!
「温泉、楽しみね?イルカが三つのときに行って以来だから…」
「そうだな…」
そういえばもうそんなに経ったのか。
初めての旅行にはしゃいではしゃいで、転んで膝小僧をすりむいても尚嬉しそうに駆けずり回っていたのを思い出す。あの時も危ないからとこうやって手を繋いでいたな…。
それがこんなに大きく育ったのだと思うと感慨深い。…やはりこんな小僧に軽々しく引っさらわせるわけには行かぬ…!
このところ不安定な情勢のおかげで、旅行どころか散歩すらままならぬ状況だった。その一端を担っていたイキモノは、今もじったりとこちらを見つめているが、こいつも似たようなものだろう。任務をこなしている時のこいつは、確かに凄腕といっていい。
周囲を慮る能力は一切ないようだったが。いや、仲間は守ろうとしていたから、ただ単に協調性が一切ないだけなのかもしれん。そう思えば数々の奇行も納得できるような気はするが、だからといって何の救いにもならん。
とにかく、銀髪小僧はもとより、イルカも随分と一緒に出かけることすらままならなかった。
ふって沸いた、しかも銀髪小僧の差し金とはいえ、久しぶりの遠出だ。思い出をたくさん作ってやりたいものだな。
はしゃいでいたイルカを思い出し、今大きく育った姿をみてしんみりとした気分は、長くは続かなかった。
「サクモさんと遠出用のお洋服買ってきてね?イルカと…予定が遭うならカカシ君も一緒だと嬉し
いんだけど…」
「こ、このケダモノもか…?」
「カカシ君もお父さんと一緒の思い出、殆どないみたいだものね?」
「そう、か…」
そういわれてしまえば、それも愛する伴侶に言われてしまえば、例えそれがどんなに苦難の多い道であろうと、やり通す以外の選択肢はなくなった。
…銀髪小僧を監視しつつ、ケダモノから己の身を守り、尚且つ旅行の準備をはしゃぎまわるであろうイルカと共にこなさなくてはならないのか。…そうか…。父ちゃんちょっとだけ泣いてもいいか…?
一瞬だけ肩を落とした俺の手を、妻がにっこり笑って握り締めてくれた。
「じゃあ、お願いね?」
「任せておけ!」
旅行にも散歩にも碌に出かけられていないのは妻も同じ。その妻がこんなにも喜んでいる。
ならばこの折角の機会を逃すわけには行かないだろう。
「あとは銭湯かどこかで練習した方がいいかしら?温泉の入り方、分かりますか?」
「露天風呂の場合は結界を天地にも。地中からの襲撃や、使役獣を使った毒殺にも警戒し…」
「父さん…そういう話じゃないと思う」
「どうせなら後で行ってみましょうか?」
「銭湯!でっかい風呂のことなんだ!楽しいんだ!行こう行こう!」
息子がはしゃいでいて、銀髪小僧が頬を桃色に染めていて、アホ上忍は何故か握られた手を凝視しながら不穏な気配を放っている。
ハードルは確実に上がった。だがここで逃げれば男が廃る。
「あ、ああ。そうだな。小僧に準備するものを教えてやれ」
「はーい!サクモさんも行こう!」
「父さん!お風呂の準備!」
「わかった」
「あんなにはしゃいで。良かったわね?」
「あ、ああ」
妻がこんなにも喜んでいる。そんな状況で、どうして俺が嘆く事が出来る?
意地でも笑顔を保った。それがたとえ強張っていたのだとしても。
洗面台で手を洗いながらはしゃいでいる二人を、今だけは止める気力が湧かなかった。

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適当。
母ちゃん最強気味。
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