武将の人―温泉編12(適当)


イベント会場で読みたいとおっしゃってくださった方がいらしたのでこそっと連載予定。
前のお話はこれ⇒武将の人-温泉編11の続き。



「イルカー!無事か!小僧に何かされてないだろうな!」
「…うみのさん…?」
「とうちゃ?うー…なぁに?」
 俺にくっついたまま、イルカがふにゃふにゃと寝ぼけた声を出した。舌っ足らずでかわいい。それにしてもなんでうみのさんとお母さんと、それから父さんまでいるの?
 確か俺たちを見張れって言われてて、イルカに術を教えてくれたり、それからイルカの母親についてちょっと教えてくれたりはしたけど、ずーっとそわそわしてて、歯を磨いて部屋に戻ったらいなくなってたから、またうみのさんを追いかけて行ったんだと思ったのに。
「無事か…!よ、よかった…!」
 うみのさんは随分混乱しているみたいで、俺ごとイルカをぎゅうぎゅう抱き締めてきた。父さん。その目恐いんだけど。うみのさんのこととなると夢中になりすぎちゃうからなあ。あ、確かにこの髭の長さなら、頑張れば鼻の穴まで届きそうかな?って、そんなこと考えてる場合じゃないよね。
「何かあったんですか?任務ですか?それとも敵襲ですか?」
「…小僧。お前は右、イルカはこっちきなさい。父ちゃんの左」
「えっと?」
「お前はイルカの左。…ケダ…貴様は小僧の隣だ。隣。こっち来るんじゃない!そう。そこだ」
ぽんぽんと布団を叩いて指示されたけど、流石に二人分の布団で大人含む5人って無理じゃないかなぁ?
そう思っていたら、イルカのお母さんがもう追加の布団を持ってくるところだった。流石夫婦っていうか、阿吽の呼吸っていうか。多分父さんとなにかあったんだろうなー。
「父ちゃ?母ちゃもねゆの?」
「お泊りの練習にもなるから今日だけね?」
 布団を敷きなおしている間にも、イルカは眠たそうにしている。さっきまでああやって腕の中で寝てたのに。父さんは、一体なにをしちゃったんだろう?
「お前は小僧の向こうだ!」
「…わかった」
わさわさと入り込んできた大人たちで、あっという間にイルカの部屋は一杯になってしまった。イルカも寝ぼけたままにこにこしてるし、うみのさんは恐い顔して父さんと俺を威嚇しつつ、しっかり俺とイルカに布団かけてくれてるし、父さんは…うみのさんを見る目がいつも以上にギラついてる上に、イルカの母親への視線まで鋭い。
邪魔なモノはあっさり切り捨てて処分しちゃう父さんにとって、初めてどうしたらいいかわからないモノが出来てしまったのかもしれない。
「うー…おやしゅみ」
 元々一回寝ちゃうと起きないイルカは、この状況を把握することなく眠りの国に飛び込んで行ってしまった。
 父さんと一緒に寝るのも久しぶりだ。隣でグルグルと唸り声でも上げそうな顔で俺たちを見ているうみのさんがいるけど、むしろうみのさんの方が危ないと思うんだよね。だって父さんが今物凄くピリピリしてる。父さんはスイッチが入ったみたいにうみのさんを襲う事が多いけど、基本的に自分のモノは閉じ込めてでも守りたい人だ。うみのさんは自分のモノじゃないけど、欲しくて溜まらなくて我慢できないみたいだから、小さかった頃の俺みたいな目に遭うんじゃないかと思うと気が気じゃない。イルカの母親がいるからってどうにかなるんだろうか?
「起こしちゃってごめんなさいね?」
 振る舞いはあくまでも冷静で、この状況に動じていないみたいだ。当たり前っちゃ当たり前か。だってこの人暗部だったみたいだし。
父さんから聞きだした話だと、どうやらこの人父さんの部下だった時期があって、しかも相当強かったって。イルカは喜んでたけど、父さんが認めるってことは並じゃないってことだから、敵に回せば厄介だ。
イルカと離れちゃうのは寂しいけど、俺でもある程度抑止力にはなるだろうし、ここで俺がうみのさんを見捨てたら…イルカの母親だけじゃ、今の父さんは止められない。ほぼ確実に父さんはうみのさんを浚って自分のモノにしてしまうだろう。そうなる前に派手な戦闘がはじまるだろうし、そうなったらイルカが可哀想だもんね。ここは大人しくしていよう。
「父さん。寝よう?」
「…ああ」
 視線だけは獲物から逸らさずに、でも俺の頭を撫でてはくれた。それだけで十分だ。さっきよりは大分落ち着いてくれているってことが分かるから。
「イルカには指一本触れさせん…!」
ブツブツそう呟いてはイルカとその母親を背に庇っているうみのさんを刺激しないように、父さんの手を握った。片手を封じるだけでも多少はマシだし、さっきうみのさんがしていたのを真似てか、俺のこともぎゅうっと抱き締めてくれた。
あの、閉じ込められていた時のことを思い出す。こうやってずっと周囲を警戒して、俺が奪われないように、火影さえも退ける結界に閉じこもって、片時も俺の側から離れなかった。
何があったんだろう?父さんに。
「うみのさん。お母さんおやすみなさい。父さんも寝よう?」
「…ああ」
 あの時もこうだった。父さんはずっと不安そうで、守ってくれているはずなのに、父さんの方が壊れちゃうんじゃないかって恐かったんだ。
「だいじょうぶ。おれが、なんとかするから」
 だから安心して欲しい。ちょっとだけでいいから。
「おやすみ」
 久しぶりに見た父さんの笑顔にホンの少しだけほっとして、背後で息を飲んだうみのさんのこととか、困ったようなため息が聞こえたこととかは、薄っすらとしか記憶に残らなかった。

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適当。
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