冬。僕はきみの傍に、

28.ブラコン

 ここからは18禁です。
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 いつも晃がアルバイトから帰るのは夕方の5時過ぎで、合鍵を使って一也の家に上がるとそのまま夕飯の支度にかかる。
 ところが、今日はそういうわけにはいかなかった。
 玄関に入ってすぐ、見覚えのあるような無いような靴が2足あるのに気づき、誰かが来ているのだとわかったが、今家には一也はいないはずだった。
 家の主の不在に勝手に上がれるのは家族ぐらいだ。
 一也の弟の高次の家へ行った際、どうも両親は他界しているようだと晃は察していたので、今家に居るのは弟の高次と宗太だろう。
 そうあたりをつけてリビングに入ると、晃の予想通りソファに我が物顔で高次と宗太が座っていた。
「よぉ、おかえり」
 晃にそう声をかけたのは高次で、宗太は顔だけこっちを振り返ると「あ、この間の弱っちぃヤツだ」と呟いた。
 ボソッと呟いた言葉は、だがしっかり晃に聞こえていて、思わず晃はカチンと来たが努めて表情を変えず、「ただいま帰りました」と高次に返した。
「遅かったな。バイトか?」
「ええ……高次さんと――は、何しに?」
 晃は高次の名前のあとで宗太に視線を向けたが、ちゃんと互いに自己紹介をしたわけでもないので、宗太の名前を呼んでも良いのかどうか迷い、結局名前を出さずに続けた。
(それに、俺よりゴツイけど何か年下っぽいしな)
 つまり、「さん」を付けるべきか「くん」を付けるべきかも迷っていた。
 そんな晃の視線の意味をどこまで察知したかは分からないが、高次が思い出したように宗太を指差して言った。
「そういやちゃんと紹介してねーよな。こいつ弟の宗太な。歩と同い年なら、お前より1コ下のはずだ」
(やっぱり年下か)
 高次の紹介に納得し、内心で晃が頷いていると、当の宗太がなにやらふくれっ面で抗議を始めた。
「1コ下とか、んなのカンケーねぇ! オレよりケンカ弱ぇし! オレはもう社会人なんだし、社会人としてはオレのが先輩だ! いてぇ!」
 最後のは高次に頭を叩かれた際の悲鳴だ。
「なに張り合ってんだよ、バカかおめぇは」
 高次が宗太を叱るのを聞きながら、更に晃は腑に落ちたというように納得していた。
 数日前にも高次と宗太と、もう1人青年と3人でこの家に来て帰ったあとで、一也に宗太が2人目の弟だと聞かされてはいたが、その時の一也の言い方が晃には気になっていた。
『うん、後妻の子供でね、高次とはすぐに意気投合して仲良くなったけど、僕と普通に話ができるようになったのはごく最近かな』
 高次も宗太もケンカ上等で血の気が多そうだから、出会ってすぐ衝突はあったとしても意気投合するのは早そうだ。だが、ケンカは苦手で性格の温和な一也とは話も合わないだろうし、ともすると侮蔑の対象にもなったかも知れない。
 話ができるようになったのは互いの変化もあって徐々に――ということだろうが、一也と宗太とでは確かに会ってすぐ意気投合は難しいだろう。
 宗太に面と向かって言葉を投げつけられ、初めて晃は以前の一也の言葉に納得した。
「わりぃな。こいつの言うこと無視すりゃいーから。単に虫の居所が悪いだけだ」
 宗太の口の悪さは、それだけではないような気もしたが、晃はとくに何も言わず曖昧に頷いた。
「それで……」
「ああ、ちょっとお前に聞きたいことがあんだ。座れよ」
 1人掛けのソファを指され、一瞬、夕飯のことが脳裏を過ぎったが、そこそこ年上のはずの高次に改めて「座れ」と言われて拒否はできない。
 晃は何か改まった話があるのかと、多少身構えながらソファに腰掛けた。
 だが、次の高次の言葉で晃の思考は空転してしまう。
「お前さ、兄貴のことどう思ってんだ?」
「……は? どうって?」
「だから、好きか嫌いかって聞いてんだ」
「好き、か、嫌い、か――って……誰を?」
「だーかーらっ、一也だよ! 今一緒にこの家で暮らしてる兄貴のことを、お前は好きなのか、嫌いなのか、どっちかって聞いてんだ!」
「え? は? なに?」
 頭が真っ白になって混乱する晃を見て、宗太が「ダメだこりゃ」と高次を振り返り、
「高兄、こいつすっとぼけるつもりだよ。殴った方が早くね?」
「うるせぇ、バカ。お前は黙ってろ!」
 高次は再び宗太を叱って黙らせてから、もう一度晃に向き直ると続けた。
「ま、いきなりの質問だからテンパるのはわかるぜ。でも、テンパるふりしてはぐらかすのは無しだ」
「……」
 別にはぐらかしているつもりはないのだが、晃は確かに混乱する頭のどこかでは冷静な自分がいて、高次の質問の意図を理解することを拒んでいるのに気づいた。
 場数を踏んだ大人である高次の、鋭い視線を受けて晃は一瞬怯んだが、大きく息を吸ってから吐き出し、腹を据えて高次の目を見返してから頷いた。
「わかりました……でも、はぐらかしたつもりは――急に変なこと聞くんで……」
「そりゃ悪い。だが、おれは真面目だ。兄貴にやっと来た春だからな」
 真面目と言っておきながら、そうと思いがたい言い方に引っかかる晃だったが、そのことには触れず逆に気になったことを問い返した。
「そう言うってことは、高次さんは一也さんの気持ちを、その――」
「ああ、知ってるぜ」
「っ!?」
 ということは、一也が話したのだろうか。兄弟同士でそういう話とかするものなんだろうか。しかも普通の男女の恋愛じゃない、男同士の恋愛だ。そんな普通よりもデリケートな話を、兄弟間でできるもんなんだろうか。
 世の中にはそういう話ができる兄弟もいるだろうが、高次と一也がそんな話をしているところなど晃には想像もできない。
「ま、おれが気づいて兄貴に聞いたら、あっさりゲロったんでやっぱりなと」
「気づいて?」
「ちょっと前におれらともう1人の3人でここに来たとき、やけに兄貴がおれにつっかかって来てただろ」
「ああ……ケンカをするなとか、大人なら話し合いで解決すべきとか」
「そう、それだ。確かに兄貴は昔からケンカが嫌いだったが、あんな風につっかかってくんのは珍しいなと思ったんだよ。んで、帰るときに兄貴に渡したDVDを、お前にも見ていいって言ったら兄貴焦ってただろ」
「あー、はい」
(でも、あれは中身がAVだったからってだけじゃ……)
「ま、あれはAVだったんだけどな」
(あ、言うんだ)
「だから焦ったとも考えられるが、それでも引っかかったんで電話して、かまかけたらあっさり自爆してよ」
 言いながら高次がその時のことを思い出したのか笑い出す。
「かまかけたって、どういう風にですか?」
「ん? ああ、『あの晃ってヤツ、可愛いよなぁ。一晩貸してくんね?』って言った」
「かっ――」
 咄嗟に晃は眉間にしわを寄せて高次を凝視した。ここにいる2人よりは華奢だとしても、晃も男だ。「可愛い」なんて言われて嬉しいはずがない。
 だが、やはり高次はニヤニヤ笑みを浮かべたまま続ける。
「そしたら兄貴、慌てて『だ、ダメだぞ!』っつって怒涛の説教モード! いや、長々説教されたのは久しぶりだったな」
 ついには肩を揺らして笑う高次を、晃は少々呆れながら見つめた。
(この人、ホント人が悪ぃ。きっといつもこんな風に人をおちょくってるんだ)
 実際、つい最近、晃自身も高次にかまをかけられて、祐介への気持ちを自分から暴露させられた経験がある。
 そのことを思い出した晃は、軽蔑の混じった視線で高次を見つめながら、自分も同じように騙されてみればいいのにと思うも、相手が年上なので口にすることだけは自制した。
 そんな晃の視線を軽く受け流し、高次は話を先に進めた。
「説教も聞き飽きた辺りで嘘だっつってバラして、『晃ってヤツのこと好きなんだろ』って聞いたらゲロったってわけだ。30間近で恋人の1人もいなかった兄貴にやっと来た春だっつーんで、おれも良かったなーって思ってんだぜ?」
 わざとらしい兄弟愛を見せ付ける高次に、だが晃は表情変えることなく「へぇ、そうですか」と返しただけだった。
 それでも高次は気分を害した風もなくしゃべり続ける。
「で、告白したのかって聞いたら、なんか曖昧な返事ばっかするから、兄貴もお前に好きなヤツがいるの知ってんのかなと思って、ズバリそう聞いたら『振り向いてくれるのを待ってるんだ』とか殊勝なこと言うんだよな」
 それを聞いた途端、頬が熱くなる晃だったが、何とか表情は動かさないよう、晃はなぜかそこに必死になった。
「でもよ、お前はもう祐介ってヤツにフラれたようなもんだろ」
「っ……」
 ストレートな言葉が胸に突き刺さる晃の前で、人の不幸がそんなに面白いのか「ぷっ」と噴出す宗太。
 この時ばかりは我慢ができず晃は宗太を睨みつけるが、喧嘩っ早い上に不機嫌な宗太は「んだよ、やんのか」と途端に応戦する態度を見せた。
 だが、静かな高次の鋭い視線に射抜かれて、宗太はすごすごと浮かしかけた腰を再びソファに下ろし視線をそらした。
 まさか睨みつけただけで殴り合いのケンカに発展しそうになると思わなかった晃は、宗太がつっかかって来たことに内心で焦っていたが、高次が自分の味方をしてくれて良かったと、やはり内心でホッとした。
 しかし、別の意味では決して高次は晃の味方ではなかった。
「何だかんだ言いつつ、お前はここを出て行かねぇしさ、実はけっこう居心地がいいとか思ってね?」
 つまりは、晃自身もそれなりの気持ちがあって、ここに居ついているんじゃないかと高次は言いたいのだろう。
 そんな高次の問いに晃は視線をテーブルの上に落として、少しの間考えてから答えた。
「単純に居心地がいいって、それだけですよ。隣の部屋から売春男の喘ぎ声が聴こえてくることもないし、ソワソワカリカリして邪魔者扱いされることもないし、とっかえひっかえ女連れ込んでるところを目撃することもないし――」
「おい、別に自分の家に女連れ込むのはいーだろーが」
「一也さんは優しいから、いつまでも居てくれていいって言ってくれるんで、その厚意に甘えさせてもらってるだけです」
 高次の抗議を無視して続ける晃に、
「でもさー」
 と、口を挟んできたのはもちろん宗太だが、高次の叱責が怖いのか多少言葉遣いに気を遣いながら言った。
「あんたカズ兄に告白されたん、スよね? で、断ったんスよね? よくそんな気まずい状況で平気っスね」
 思わぬ相手から思わぬ攻撃をくらい、晃は思いのほか胸をえぐられたような衝撃を受けた。宗太を邪険にしていた高次も、
「おぉ、お前からそんな人を気遣う言葉が聞けるとは思わなかったぞ」
と分かりやすい嫌味を言ったのだが、なぜか宗太は得意げな顔をしていた。褒められたと思ったらしい。
 それはともかく、晃は何か言い返さなくてはと焦った。
「も、もちろん、大学が始まるまでには出て行く。そう一也さんにも言ってあります。だから――言ったでしょ。一也さんの厚意に甘えさせてもらってるって!」
「いや、晃くん。それは甘え過ぎじゃないのかね」
 今度は高次が、なにやら変な言葉遣いで説教を始めた。
「宗太の言うとおり、いくら相手が『いいよ』と言ったからといって、やっぱりフッたやつの家に居座るってのは、どうだろう。男にとっちゃ生殺しもいいとこだぜ」
「それは――」
「そうだよなぁ。相手をフッて傷つけたんだから、向こうは距離置きたいって思ってるかも知れないのになぁ。オレだって速水さんに――」
 と、自分の話に持って行こうとした宗太を、「お前の話はどーでもいい」と言って黙らせ、話が少々脱線しかけてると高次が軌道修正する。
「つまりだ、普通の精神の持ち主なら、フッたやつの家に居候続けるなんてことはできねーだろうし、早く出て行かねーとって思うはずだろ。でも、告られてから数日経っても出て行かねーってことは、お前も案外兄貴のこと気に入ってんだろって聞きてーんだ、おれは」
 繰り返し問われていよいよ晃は戸惑った。その問いは一也から告白されて以後、ずっと自問していたことでもあった。
 告白されて、祐介のことをまだ忘れられないからと断りながらも、一也からのキスを拒めず受け入れ、それが嫌じゃないと晃は思っていた。
 しかも、その後何度か一也の求めに応じてキスを繰り返してもいる。それも嫌と思わず拒んでいないのだから、晃自身、一也のことを少なからず想っているはず。
 だが、晃の頑なな部分が想う気持ちがあることは認めても、はっきりと好きだということは認めたがらなかった。
(まだ祐介のこと引きずってんのに、一也さんの想いに応えるのは一也さんに失礼な気がする……)
 だったら、さっさと祐介への思いを吹っ切れればいいのだが、長年抱え続けた想いをそう簡単に吹っ切れるわけもない。
 そんな晃の思いなど予測済みなのだろう、高次は晃の返事を待ちきれず再び口を開いた。
「お前、ダチへの想いが断ち切れんとか、んな中途半端なままで兄貴とは付き合えんとか、そう思ってんだろ」
「……」
「なんつーか、真面目ってーか律儀ってーか、考えすぎじゃね? お前自身、兄貴に少なからず好意持ってんなら、付き合いながら気持ち切り替えて行くってんでもいーだろ」
「それは――……そうでしょうか?」
「あん?」
 ふと、自分がいつの間にか2人に責められてるような状況にいると気づいて、晃の中で反発心が湧きあがった。
「高次さんなら、どう思いますか? 付き合ってる女性が、別れた彼氏をまだ引きずっていたら」
 しかし、晃の問いに高次は余裕の笑みを浮かべる。
「おれは気にしないね。来る者拒まず、去る者追わず、なんでな。好きなようにしろって言うね」
「……」
 高次の、度量が広いのか執着がなさ過ぎるのか、よくわからない答えを聞いて、思ってもみなかった返答に晃の方が返す言葉を無くしてしまう。
「お前はイヤなのか?」
 しかも問い返されて晃はやはり返答に困った。ところが、それに答えたのは晃ではなく宗太だった。
「オレはイヤだなぁ! 速水さんが昔の男を引きずってたら、そいつのことボコボコにしてやりてぇ!ってくらいムカつく! でも、速水さんが怒ったら怖ぇからしない。でもやっぱムカつく!」
「お前の答えは聞いてねぇよ」
「……」
 ムカつきは昔の男に行くのかと思うと、これもまた考え方の違いだなと晃は思う。
「俺は」
 晃はなんとか頭をフル回転させて想像してみた。
 例えば、祐介が密と別れたとして、その後、祐介と付き合えることになったが、祐介は別れた密のことを引きずっていたとしたら――
(いや、俺と祐介が付き合うなんて、有り得ないしな……)
 と、最初の例えは上手く想像できなかった。
 次に想像したのは、もし晃自身が一也を本当に好きになって付き合うことになり、でも実は一也には以前片思いをした相手がいて、その人のことが忘れられないと告白してきたとしたら――
(嫉妬、するだろうな、たぶん……。でも、一也さんはきっとそんなこと俺に言わないだろうし、悟られないようにするんじゃないかな)
 しかし、それでは答えが導き出せない。もう少し想像を広げてみる。
(もし、この間話してた初恋の人と再会したとしたら、きっと一也さんは嬉しくなるだろうな。でも、たぶん俺だって久しぶりで祐介に会ったら、嬉しくなっていろいろ話したりすると思うし――誰にでもあることなのかも知れないな。でも……)
「わかりません。付き合った経験ないし」
 結局、はっきりした答えは出せなかった。
 晃の答えに宗太は「童貞かよー!」とバカにしたように笑ったが、高次は心底呆れた表情で肩を落とした。
「お前さぁ、ずっとそんなだったんだろ」
「そんなって……?」
「何でもかんでも分からないとか遠慮したりとかで、欲しいものを手にし損ねてねぇ?」
「えっと……」
 言われて晃は過去を振り返ってみた。だが思い当たる節はない。
 そんな晃の様子を見て、高次がさらに呆れたとため息をついた。
「なんだよ、自覚なしかよ。わかった」
 そう言って高次が真剣な表情で立ち上がる。
「お前に足りないのは自覚と行動力だ。それを克服するきっかけを与えてやる!」
 何を、と戸惑う晃をよそに高次が宗太へ目配せすると、もともと2人で何か計画していたのだろう、宗太は高次の目配せに頷いて「うっしゃ!」などと言いながら勢い良く立ち上がった。
 2人の様子にさらに焦り戸惑う晃。その晃の後ろに素早く回りこんだ宗太が、後ろから晃の腕を取ってソファに押し付けるように拘束する。
「なっ、なにをっ!?」
 驚き狼狽する晃の前に立ち、高次が不敵な笑みを浮かべて言った。
「悪いな。だが、恨むなら煮え切らないお前自身の態度を恨めよ」
 その高次の手が上がる。咄嗟に殴られると思った晃はギュッと目を瞑ったが――
「……?」
 殴られる気配がない。それよりも、上着がもぞもぞする。一体何をしてるのかと、恐る恐る目を開けた晃の視界に、晃の服を脱がそうとしている高次の手が見えた。
「な、何をしてるんですかっ!?」
 慌ててやめさせようと暴れるが、がっちりと宗太に両腕を掴れてびくともしない。ケンカが自慢とあってさすがに力はある。
 あっさりと上半身をほぼ露にされて、晃は顔を真っ赤にしながら高次を睨みつけた。
「あ、あんた、何考えてんですか! こんなこと――」
 だが、高次の手は止まることなく、今度は晃のズボンに伸びる。
「言ったろ。お前の弱点を克服するきっかけをやるって」
「こんなことで――」
 ズボンどころか下着まで素早く脱がされて、晃はほとんど一糸纏わぬ姿にさせられる。その様子を満足気に見下ろして、高次が内ポケットから取り出したのはデジカメだった。
 それを見て晃の顔が赤から青へ変わる。
「安心しろよ、別にお前を襲おうってんじゃねーから」
 そう言って高次はデジカメを晃に向けるとシャッターを押した。フラッシュの眩しさに思わず晃は瞬きしたが、裸を撮られたことを理解するのに数秒を要した。
「な……な……」
 やっと何をされたか理解した晃は、羞恥と怒りにまた顔を赤く染め高次を睨みつける。だが、やはり高次はそれを受け流すとデジカメを元のポケットにしまいながら、再び宗太に目で合図する。
 すると宗太は晃の腕を離して元の位置に戻り、拘束が解けた晃は急いで脱がされた服を着なおした。
「あんた……何がしたいんだ」
 つい敬語を忘れてそう訊くと、高次はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて言った。
「今撮ったやつをネットに流す」
「!!?」
 あまりの衝撃的発言に晃は言葉をなくす。その衝撃と驚愕がサッと怒りに変わり立ち上がりかけた晃を、手を上げて高次が押しとどめた。
「ただし!」
「?」
「今から言うことを忠実に実行したら、画像は破棄してやる」
「……」
 つまり、裸の画像をネットに流されたくなかったら、自分の言うことを聞けということらしい。
 言うことを聞けるかどうかは内容による、と言いたいところだが、そんなことを言ってられる立場ではないのだろう。晃は黙って次の高次の言葉を待った。
 それを「了」と取ったか、高次は上げた手の指を1本ずつ立てながら、晃に実行させる内容を挙げていった。
「一つ目は、帰って来た兄貴に『お帰り。ご飯にする? お風呂にする? それとも、俺?』って言う」
「……――は?」
 目が点になるというのはこの事かと実感しつつ、思わず晃は問い返すが高次は気にせず続けた。
「二つ目、兄貴と一緒に風呂に入って背中を流す」
「あの……」
「三つ目、ご飯を『あーん』っつって兄貴に食べさせる」
「えっと……」
「四つ目、兄貴にいきなり抱きつく」
「その……」
「五つ目、兄貴に耳掻きしてやる」
「……」
「六つ目、お前から兄貴にキスする」
「――」
「七つ目、大人のおもちゃを使う」
 最後には呆れたような軽蔑したような視線で晃は高次を見つめていたが、それでも高次は楽しそうに晃の視線を受け止めた。
「以上な。ま、おもちゃはこいつのゴリ押しだから無視してもいいが」
「なんでだよっ!?」
 こいつと言って指された宗太が抗議するが、あっさり無視して高次は続ける。
「他の六つは絶対やれよ。明日、ちゃんと兄貴に確認すっからな」
「確認って、一也さんも噛んでるってことですか?」
「まさか。兄貴はひとりじっと耐えてるよ。おれらが勝手にやってるだけ――あ、そうそう。おれらが今やったことを兄貴にバラして、全部やったことにしてもらって実はやってない、とか無しだからな。兄貴は嘘が苦手だし、おれにはバレバレだからな」
 最後の逃げ道を閉ざされて、晃が絶望に肩を落とし項垂れた。
「ま、おれは情け深いからな。最悪アレをネットに晒すときには、顔は隠してやるよ。だが、不特定多数のやつがアレを見るし、あーだこーだ批評してくれるだろうな」
 晃はそれを想像してゾッとした。たとえ顔は隠されても、直に見られているわけではないにしても、今や親にさえも滅多に見せない全裸を全国、全世界の人間の目に晒されるということは、晃には耐え難い苦痛だった。
 そんな晃に高次がわざとらしく優しげな笑みを向けた。
「安心しろって。さっき言ったことさえちゃんとやれば、画像はキレイさっぱり消してやるからよ」
 高次は言いたいだけ言うと、呆然とする晃に「じゃな」と声をかけて部屋を出て行き、ついでに宗太もイヤな笑みと共に、高次の真似をして「じゃな」と手を上げて帰って行った。
 あとに残された晃は、年下であるはずの宗太の生意気な言動にも反応できず、ただただその場に立ち尽くしたのだった。

[2]へつづく

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