冬。僕はきみの傍に、

俺の日々の煩悶[2-7]

「カズっ!」
 ふいに友明に大声で名前を呼ばれハッとしたが、その時にはもう遅くて目の前に誰かの後頭部が迫り、危ないと思う間もなくぶつかってしまいピッチ上に倒れこんでいた。
 あとから思い返したことだが、フルコートでゲームをしていてボールが上がったことに気づかず俺だけ行動が遅れてしまい、ボールを追おうとバックしてきた先輩とぶつかったんだ。
 ぶつかった勢いは先輩の方が強くて、仰向けに倒れた俺の上に先輩が倒れこみ、おまけに足も思い切り踏まれてしまう。
 だが、不注意だったのは俺で慌てて謝ったが、返ってきたのは舌打ちだった。
 さっさと立ち上がった相手を見上げると、ぶつかった相手は背が低いわりに少し肉付きの良すぎる枡田先輩で、俺を見下ろすと「ぼうっとしてんじゃねー!」と吐き捨てた。
 俺は立ち上がってもう一度頭を下げて謝ると、今度は少し遠くから西森先輩に「お前はもう出てろっ!」と怒鳴られてしまい、それに反発する気力もなくピッチから出ると、雷門にも「練習中にぼうっとするな」と注意を受けてしまった。
 唯一マネージャーの三野先輩には「大丈夫?」と言われるが、こういう時に気遣われると逆に惨めな気持ちになる。
 わかってる。
 俺が練習中に別のことを考えていたから、注意散漫になっていたというか意識が飛んでたというか……そんな状態だったのが悪くて、こんなことじゃ駄目だと思うのに俺はそれでも考えることを止められなかった。
 踏まれた足を気にしていると、西森先輩が一旦抜けて俺の方へ来た。また怒鳴られるのかと思っていたら、俺が足を踏まれていたところを見ていたのか「痛むのか?」と訊かれて、気にしてくれているのかと内心ですごく意外に思いながらも「いいえ」と答えると、「じゃあ外周行って来い。帰って来たら靴磨きをしておけ」と言われる。
 まぁ、そんなもんだよなと思い、俺は言われるまま学校の外周りを走るために門へ向かった。
 練習も大分終わりに近づいていて、冬の空はすでに赤く染まりかけていた。空の色は町の景色にも溶け込み、薄い朱色の膜が張っているような不思議な錯覚を覚える。
 外周を走るには早くて30分ほどで終わるが、今は練習後ということもあって疲れてるからもう少し時間がかかるだろう。だから考える時間は充分にあった。
 グラウンドの近くを通り、遠くからサッカー部の練習を眺めていると思い出すのはやはり3年の先輩たちのことだった。
 俺にとって3年の先輩は特別だという先入観のようなものがあったからか、入部してから1年足らずの練習はどんなことでも楽しかったし充実していた。
 もう、間壁先輩の試合中に飛ぶ指示が、普段とまったく逆で荒っぽくなるところとか、木原先輩の乱暴なスキンシップとか――そういうのがもう見れないんだと思うと淋しかった。
 だけど、あれから間壁先輩のことを、俺はどういう態度で接すればいいのか悩んでたりもする。と言って、間壁先輩とは廊下ですれ違えば挨拶をしたりするだけで、とくに何も言ってこないから、もう俺のことなんて何とも思ってないかも知れない。これから受験だってあるだろうし、それどころでもないんじゃないかとも思う。
 それよりも今、俺が一番頭を悩ませているのは実家や義弟のことだ。戻りたくないけど母さんには「帰って来い」と言われている。だけど帰りたくない理由が義弟の存在で、あげくにその義弟に俊也さんがゲイだということを知られて、冗談か本気かバラされたくなかったら言うこと聞け、とか言われている。
 俊也さんに関わることだから、俊也さんにも話した方がいいような気はするけど、これは俺と義弟との対立のようなもので、そこに大人を介入させるのもどうかとは思う。
 俺一人で、というか俺と義弟で解決する問題なんじゃないかとも思う。
 もちろん脅しに屈するつもりはないが、きっと腹を割って話し合うことは必要だろう。だが、その時になって殴り合いの喧嘩にならないとも言い切れない。そんなことになってしまったら、母さんも心配するだろうし俊也さんにも事の次第を知られれば気にしてしまうか、もしかしたら俺に腹を立てることもあるかも知れない。英二さんにも迷惑かけるだろうし、何より相手は英二さんの息子だから……。
 時間は充分にあったはずだが、堂々巡りを繰り返しては元に戻り、結局答えらしい答えは見つからなかった。
 外周から帰ってきた頃には6時も過ぎていて辺りはすでに暗く、いつの間にか照明のあかりがグラウンド内を照らしていた。
 ヘトヘトになって帰って来ると練習は終わっていて、1年が後片付けをしているところだったので、俺もその片付けに加わろうとしたら友明に止められた。
「いいから、お前はあっちだ」
 そう友明が指した方を見ると、三野先輩がカゴ一杯に詰まった靴を指差して微笑んでいた。そうだ、靴磨きがあった……。
 がっくりと肩を落としていると、友明が真剣な顔をして俺を見つめていた。
「お前、何かあったのか? 最近ずっと心ここにあらずだろ」
「あ、ああ……」
 だが、訊かれたからといってそう簡単に話せるものでもなくて、俺はどう答えたらいいのか迷った。せいぜい話せるのは実家に帰りたくないが、母が「帰って来い」とうるさいんだ、というくらいだ。
 別に友明を信用していないわけじゃないし、すべて話したからと言って誰かにバラしたり、軽蔑したりということはないだろう。いや、話さずにうじうじ悩んでいることの方が友明にとっては侮蔑の対象になるに違いない。
 しかし、こんなところで軽々しく話せる内容でもないのは確かだ。だから、
「まぁ、ちょっとな……」
と言葉を濁して誤魔化した。
 友明は俺の返事を聞いて「ふ〜ん」と面白くなさそうな顔をしたが、それは当然だろうな。
「ま、いいけど、違和感あるっつってた足踏まれてたろ。診てもらった方がいいぞ」
「ああ、そうだな」
 突っ込んで訊くことをしない友明に内心で感謝しつつ、俺は命令されていた靴磨きに取り掛かった。靴が大量に入っているカゴの前に腰を下ろすと、用意されていた道具を使って靴にこびりついた泥を落としにかかる。
 ジャージを着てるとはいえ1月の風は肌に冷たいはずだが、全力で靴磨きをしていると思いの外寒さをあまり感じない。
 “全力で”っていうのは誠心誠意という意味ではなく“最速で”って意味なのだけど、それは早く終わらせたいからで時間を気にしているからだ。なぜ時間を気にするかって言えばもちろん夕食のことがあるからで、俊也さんが帰るまでに夕食を作るのは無理としても、俊也さんが帰る頃にできれば俺も帰っていたい。
 もし俊也さんが先に家に帰って俺がいないことに気づいたら心配するかも知れないし、何より仕事して疲れて帰って来てるのに夕飯の用意も出来てなくて、俊也さんに作らせてしまうことになってしまったらと思うと……いや、それは出前か外食で何とでもなるか。
 やっぱり何の連絡もなしに夕食作るのをすっぽかしてしまうことを俺は焦ってるんだ。手元に携帯があれば俊也さんにメールでもして一言断ることができるんだけど。
 俺がやきもきしながら靴磨きをしていると一人分の足音がして、友明か雄樹かと思いつつ顔を上げると予想に反してそこにいたのは西森先輩だった。当然すでに制服に着替え終わっている。
 西森先輩は俺の傍まで来ると座り込んでる俺を見下ろしたあとで、グラウンド内の少し離れたところに居る女子ソフトボール部に視線を向けて口を開いた。
「あっちが7時までグラウンドを使うらしい。だから7時までには終わらせろ。終わらなかったら明日朝早く来て終わらせろ」
 つまり、女子ソフトボール部が帰ってしまったら、グラウンドの照明も切れるからそれまでに終わらせろと? 俺は声に出さず内心でそう返して思わずカゴいっぱいの靴に視線をやった。7時までには30分以上あるから、“最速”でやれば出来ないこともない、か。
 だが、西森先輩も俺と同じようにカゴの靴に視線を落とし、そしてその横に転がしておいた“最速”で磨いた靴を見たのだろう、冷ややかな声が降ってきた。
「言っておくが雑な仕事をすると、明日もずっと外周と靴磨きをやらせるからな」
 それはつまり、これじゃダメってことか?
 俺はやっぱりという気持ちと不服の両方を抱えて眉間にしわを寄せた。
「それから」
 おっと、まだ何かあるらしい。俺は無意識に西森先輩を見上げて言葉を待った。
「3年が居なくなったからって気ぃ緩みすぎじゃねぇか? やる気が失せたんならさっさと辞めろ。じゃなきゃ気合い入れ直せ」
 吐き捨てるように上から投げ落とされた言葉を俺は受け取るだけで精一杯で、受け入れて咀嚼することも反発して言い返すこともできなかった。そんなことはないと言ってやりたかったが、言い返せなかったのは実際それが図星だったからだ。
 そんな俺の心境はたぶん西森先輩に十分伝わったんだろう。西森先輩は短いため息とも嘲笑ともつかない音を鼻でさせて――強いて言えば嘲笑の方だろうが――それ以上は何も言わず元来た方向へ戻っていった。
 俺は言い返せなかった腹いせに、帰っていく西森先輩の後頭部を睨みつけてみるが、そんなものは八つ当たりだということは自分自身わかっているから、一旦目を閉じると軽く首を振って苛々をやり過ごそうとした。
 そうして、また手元に視線を戻そうとしたその視界の端に、西森先輩じゃないもう一人の影があるのに気づいてハッとする。グラウンドの外の照明から少し外れた所にいたから、そこに誰かいることに気づくのに時間が要ったし咄嗟に誰かもわからなかったが、手前にいる西森先輩のことを頭に入れるとその影が誰なのかすぐにわかった。八坂先輩だ。
 部活の外ではわからないが、部活中も部活後もいつも2人一緒にいるから、西森先輩が戻ってくるのをグラウンドの外で待ってるらしいと考えると、あの人影は八坂先輩しかないだろう。
 間壁先輩のような柔らかい物腰とは少し違うけど、人見知りがあるらしい人となりと大人しい印象を合わせると、そんな八坂先輩と我の強そうな西森先輩とが幼馴染だということが信じられないと俺は思う。
 だけど、そんなこと俺には関係ないし、先輩たちにとっても余計なお世話ってなもんだろうと、それ以上考えるのはやめて手元に視線を戻し、次いでカゴの外に転がした“最速”でキレイにした靴を見て、俺は大きく息を吐くともう一度それに手を伸ばした。練習に身が入らないのは確かだが、明日も一日中外周と靴磨きはいやだからな……。
 そうして、再び無心で靴の汚れを落としていると今度は2人分の足音がして、誰かと当てるまでもなく友明と雄樹に違いなかった。確信を持って顔を上げる前に、あの馬鹿に明るく無邪気な声で雄樹が俺を呼ぶ。
「カズちーん! 慰めに来てやったぞー!」
 怒りを隠さず雄樹を睨みつけた俺だが、その雄樹の両手に同じような荷物があるのに気づき、訝るより先に片方は俺の鞄だとすぐに分かった。俺の視線に気づいたのだろう雄樹が、俺の傍まで来ると荷物を地面に置いて、
「部室閉めるってーからさ、鞄と制服持ってきてやったぞ」
 一瞬、外で着替えろっつーのかよと愚痴りたくなったが、考えてみれば部室は鍵をかけなきゃいけないし、鍵を持つのは俺じゃないからそうなったとしても仕方ないといえば仕方ないんだよな。ま、あとは帰るだけだからジャージのままでもいいわけだし。
「ってかさ、カズちんのロッカーってキレイすぎじゃね?」
「は?」
 話の方向が見えず俺は思わず眉間にシワをよせた。
 雄樹の発言はいつだって唐突だ。
「着替え持ってこーと思ってさ、カズちんのロッカー見ると鞄と制服がキレイに置いててさ、おれはもうびっくりしたね。おれや宮川のロッカーなんてぐちゃぐちゃのぐっちゃだぞ」
「いや意味わからん」
 咄嗟に返した俺だが、実のとこ分からなくもない。俺は必要なものしかロッカーに置いてないが、雄樹のロッカーの中には汚れたシャツやらユニフォームやらが畳むでもなく丸まって放置されてるし、回し読みしてるらしい漫画雑誌が奥の方でぐちゃぐちゃになっているのも見たことがある。宮川に至ってはどっから持って来るのかエロ雑誌が溜まってるのを先日見たところだ。
 ただ、雄樹の言葉には語弊がある。鞄と制服がキレイに置かれてたと言うが、当たり前だが鞄は単に突っ込んだだけだし、その隣に脱いだ制服を簡単に折って置いただけで何もキレイに畳んだわけじゃない。脱いだそれを適当に丸めて置くヤツと比べたら、多少はマシだという程度だ。
 ちなみに、ロッカーは鍵どころか扉もついてない、正方形に組まれた木箱が口を開けて壁に並んでるようなやつで、これを2年と1年が使っている。3年は反対側の壁に並んでいる扉と鍵付きのロッカーを使う。今は3年が引退したので、そこを2年が使っていることになるのだが。
 話を戻すが、とくに俺が几帳面だという類の問題ではない。雄樹や宮川やあと幾人かの部員が雑でズボラだというだけの話だ。
「トモのロッカーもキレイだしさぁ」
「別に普通だろ」
 雄樹の隣で友明はコートのポケットに手を突っ込んで、ごく当然というように返した。俺も思わず頷く。
「むしろ脱いだ服を丸めるという行為を俺は理解しかねる。縦に1度折るよりも余計な動きをして、それで皺だらけにしているというこの不可解」
「むぅ……」
「それに、着たあとの汗臭いユニフォームをなぜ置きっぱなしにするんだ? それこそ鞄に突っ込んでさっさと持って帰ればいいだろうに」
「ううぅ……」
 友明の至極当たり前な言葉に俺は何度も頷きながら、ふと何でこんな話をしてるんだろうとも思った。友明も同じように思ったのか、あるいは単にこの話を広げるつもりがなかったのか、視線を俺に向けると話を変えた。
「そういや携帯ブルってたぞ」
「え」
 友明の報告に俺は素早く自分の鞄に飛びついた。
「すぐに切れたからメールだろうな」
「なぁ、誰から? おれ見ようよってトモに言ったんだけどダメだって言われてさ」
 雄樹の言葉に「見たら絶交な」と牽制しておいて、鞄から取り出した携帯を開いて見ると送り主は俊也さんだった。
 もしかして、今日に限ってもう家に帰っていて、俺が帰って来ないのに心配して送って来たんだろうかと思ったが、本文を読んでそうじゃないとわかってホッとした。さらに、
『急で悪いけど、今日は友人と食べて帰るから今晩は遅くなるよ。ごめん』
とあって、急いで帰る必要がなくなったことにも安堵した。
「なぁ、誰からだった? 鈴っち? かーちゃん? イトコ?」
「うるせぇ」
「従兄弟だろ」
 言い当てたのは友明で、驚いて「なんで分かったんだ?」と訊いたが友明は軽く肩をすくませただけだった。
「従兄弟は何だって?」
「外で食べるから帰るのが遅くなるってさ。俺も夕食には絶対間に合わなかったから助かった」
「なんだそれー。まるでかーちゃんみてぇ!」
「なんだとっ!?」
「っていうか、それを言うなら主婦だろ」
「ともっ!」
「そうそう! あ、でもカズちんなら若妻でも――」
 雄樹が言葉を途切らせたのは俺が無言で立ち上がったからで、憤怒の表情で向かっていく俺から逃げるためだ。ただ、俺は立ち上がって牽制しただけで追っかけ回すつもりはないし、雄樹もそのへんは分かってたのか5、6メートルほど離れたところで止まって振り返ると、「言葉のあやだってー、そんなに怒んなよぉ」と言い訳をしたりする。
 言葉のあやだからって許されると思ってんのかあいつは、と言葉もなく雄樹を睨みつけていると、俺の気を静めようとしてか友明が、
「まぁそームキになるなって。下に弟妹もいない、自分の部屋の掃除さえ親まかせな甘えん坊の末っ子には、家のことをやってる者の気持ちってのがわからないんだよ」
 さらっと世の末っ子たちを敵に回すようなことを言いつつ、俺の怒りを紛らわせようとする友明の言葉さえ俺は無視しようかと一瞬考えたりもしたが、確かに自分がムキになってると気づいて俺は気を静めることにした。
「そうだな、家の手伝いが自分の洗濯物を洗濯機に放り込むだけってゆー奴にムキになる方が馬鹿だよな」
「そうそう。あるいは唯一の手伝いが年末大掃除で自分の部屋の掃除とかな。せめて1ヶ月に1度自分で掃除しろって」
「言えてる。恥ずかしいよなー、それ」
 俺たちが散々言いあってると、少し離れたところで雄樹が何かブーブー叫んでたが、それには俺も友明も無視をして会話を続けた。
「そういや西森先輩が来たろ」
「ああ……来た」
「何か言われたか」
「あっちが――」
 と、顎で女子ソフトボール部を指して。
「7時に終わるから、それまでにこれを――」
 と、今度は靴だらけのカゴに視線をやって。
「終わらせろって。終わらなかったら明日朝早く来てやれとさ。それから気合入れなおせとも言われた」
「そっか。でも確かに最近変だろ、お前」
「やっぱあれかー。3年の先輩がいなくなって淋しいのかー」
 離れていても会話は聞こえていたのか、離れたまま雄樹が会話に入ってくる。
「西森先輩にも似たようなこと言われたけどな……」
 俺がどう答えていいやら悩んでいると、友明がコートのポケットから右手だけ出して長くなった前髪をかきあげ、またポケットに戻してから口を開いた。
「正直に言うと俺はもっと前からのような気がすんだよな」
 何気ない口調だったが、その言葉の意味を理解すると同時に心臓が跳ねた。
「……もっと前って、いつだよ」
 無視をすればいいのに、気がつくと俺はそう友明に訊ねていて、だがその答えを聞いて俺は訊いたことを後悔した。
「そうだな、3年の先輩が引退する前で、全高の決勝を観に行ったあと――ぐらいからかな」
 全高とは全国高校サッカー選手権大会のことだ。
 にしても鋭い。こいつやっぱ侮れん。
 そう言えば決勝の次の日にはもう友明は何か異変を感じとってるような素振りがあったが、その時から変だなってずっと思ってたってことか?
 確かに、決勝を観戦に行ったその日に間壁先輩に告白されて、それから俺は今までとは別の意味で間壁先輩を意識しまくって変だったかも知れないが、中学からの仲とはいえそれをこいつらに(とくに雄樹に)言えるわけがない。俺は必死に頭をフル回転させて言葉を探した。
「まぁ、そうだな。地区予選で土都倶高校に負けてから3年もほとんど練習に来なくなったし、新学期が始まってからは部長や副部長さえ来なくなるって知ってたからな。やっぱ気が抜けたんだと思う」
「……」
 やはり納得できないのか、しばらく無言で俺を見つめていた友明だが――
「この間の日曜に実家に帰ったらしいな。月曜からまた一段と様子が変だと思ったんだが、何かあったんじゃないか?」
 ぐっ……こいつは本当に何なんだ。それとも俺か? 俺が心境を顔や態度に表し過ぎてんのか?
 日曜日に実家に帰った日は確かに、義弟に会って嫌みを言われたし、義弟と友人がナニをしてるところを目撃させられたりしたし、義弟に俊也さんがゲイだってことがバレてそれをネタに脅されるようになったし――何かあったってもんじゃない。でも、んなこと例え親友でも言えるかよ!
 俺が押し黙っていると、しばらくして友明の息を吐く音が聞こえた。
「言いたくないってんなら無理に訊かないけどな。でも、抱え込むばかりじゃ解決にはならないし、しんどいだろ。俺たちに言えないんなら、他の誰かに聞いてもらった方がいいんじゃないか?」
 誰かにって誰にだよ。こんな話、一体誰にできる。お前だってこんな話聞いたら絶対引くだろ。俺に対する見方が変わったりすんじゃねーの?
 思わず、そう内心で呟きながら友明を見つめてしまっていたが、逆に鋭く見つめ返されて視線を逸らした。
 わかってる。友明は俺を心配して言ってんだってことは。それに、誰かにって言うよりは自分だったらいつでも聞いてやるって思ってるんだってことも。友明なら俺が今抱えてる問題を全部話したところで、嘲笑ったり離れて行ったりなんてことはしないだろうってことも、わかってる。
 雄樹は口が軽そうだからそこが不安だが、人の真剣な悩みを笑い飛ばしたりはしないだろう、と思う。
 だが、話をするには勇気がいる。そう、これは俺の問題だ。
「そうだな、考えとく」
 その問題さえも先送りするような返答には、やはり友明のため息が返って来たが、俺はその話はこれで終わりだと宣言するようにまた地面に腰を下ろした。しかし――
「おれたちに言えないような悩みかぁ。やっぱあれでしょ、若妻だし夫婦生活! それも夜の方の――」
 それから数分間、俺と雄樹の追いかけっこがグラウンド内で展開され、女子ソフトボール部の部員からは好奇の目で見られることとなった。

2011.10.21

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