音戸沢競技場そばの駅から、いつも利用する見秋須駅まで戻ると駅前のバスターミナルへ向かい、そこからバスで俺たちは自宅方向へ帰るのことになる。
だが、雄樹と友明とは別の方向のバスになるから、そこで2人とは別れることになった。
駅を出ると辺りはもう薄暗くて、それは冬だから日が暮れるのが早いというのもあると思うんだけど、今朝からずっと空を覆っている雨雲のせいでもあった。
昼間より暗くなっているせいで、なんだか余計に雨が降ってきそうな雰囲気がするのは、たぶん気のせいだけではないんだろう。
雨が降る前に帰れればいいんだけど、と思いながら自分が乗るバスが分からない俺が総合案内板を見ていると、すでに自分が乗るバスは分かっているのか、案内板を見る様子もなく友明が訊いてきた。
「そういや、3年の引退式っていつだ?」
引退式とは普通2年や1年が3年に何かを送ったりするものなんだろうと思うが、俺らの場合3年対2年、1年の対抗試合をすることを指すらしい。これで3年は部活動のし納めになり、俺らは3年との活動が最後になる。
「実力テストが終わって、それが返って来てからだろ、そう聞いた」
先週末から3学期が始まり、恐らく今週に入ってすぐに1年と2年は実力テストがあるはずだ。2月から3年は大学の一般入試があるから、するなら実力テストの結果が返ってきてからすぐということになる、と先輩から聞いた。
「そうか」
「これで3年の先輩とは最後なんだなぁ」
感慨深げに呟く雄樹に、いつもなら「らしくない」と笑ってやるところだが、俺も、そして友明も思うところがあるらしくふいに3人とも押し黙った。
だが、お互い胸に過ぎる思いはまだ複雑すぎて……と言って、友明はどこまで考えているのか計り知れないところがあるし、雄樹は本当にただ3年がいなくなるのが淋しいと思っているだけという確率は高い。
だがともかく、雄樹も友明もその点について今の段階で何か言うということは無く、その時は「じゃあ」と言ってそのまま別れた。
2人と別れて、自分の家がある木八戸方面のバスへ乗り込んで、自宅に近いバス停よりひとつ手前で降りると俺は、いつも行くスーパーへ立ち寄った。
今日は何が安いんだろうかと見て回りながら、今晩の献立を考えつつ商品を物色していく。今朝はチラシを見てないから、何がどこよりも安いなんてことが分からないな、とそんなことを考えてしまう癖はここ約1年弱ほどでついてしまった。
白菜が安いから鍋にしようか、などと白菜を手にとって考えていると、ふと俺はサッカー部のことが脳裏に過ぎって、3年が引退したら次は誰がキャプテンになるんだろうと、2年の先輩を次々に思い浮かべていると、次第にキャプテンがどうこうっていうよりも個人的なことで鬱々としてきた。
実のとこ、俺は2年の先輩とあまり親しくなかったりする。先輩後輩なんてそんなもんだろうけど、3年の先輩とは普通に話することだってできるのに、2年の先輩とはそれができない。
気のせいと言われればそうなのかも知れないが、2年の先輩とはすごい距離があるような気がする。
とはいえ、2年の先輩でも話しやすい人はいる。「サッカーが好きだから」という考えだけで部を続けてるような、気の優しい先輩とは時々話したりすることもあった。
それでも、やっぱり3年の先輩――とくに間壁先輩と話することの方が多いんだけど……。
間壁先輩は俺がこの高校に入学するきっかけを作った先輩だ。
俺が中学の頃、当時の部員と高校サッカー選手権大会を観戦に行き、そこで見た根湖高校の選手の中に、当時1年だった間壁先輩が途中交代で出場していて、そのプレーに俺は見入ってしまったんだ。
もちろん他の選手のプレーもすごくて、俺は試合を見終わるより早く根湖高校へ行こうって決めていたんだ。
そして、高校へ入って間壁先輩のプレーを直に見て、やぱり思った通りの選手だと感動したし、人柄や考え方や生活態度なんかも尊敬できる、俺にとって特別な先輩だった。
でも……その間壁先輩が――。
俺は自然に、というよりは必然的に今日、間壁先輩に告白された場面を思い出した。
抱きつかれて、そういう優しいところがずっと好きだったと言われ、そして好きなんだと真剣に見つめられた。
俺は、尊敬はしているけど気持ちには答えられない、とちゃんと断った。だけど、断ったあとの先輩の返事を聞かずに逃げてしまった。それで良かったんだろうか?
……良くはなかったと思う。だって、言うだけ言って逃げるのなんか失礼だし、断られたって先輩にも何か言いたかったこともあったと思うし。
だけど、同性の男に告白されてビビッたっていうのもあったんだ、俺。
どうしたら良かったんだろう……。
「?」
白菜を持って、その白菜を見つめながらじっと思案していると視線を感じた。視線を感じた方を振り返ると、買い物客が商品を物色しながら歩いているだけで、こちらを見ている人は――と思ったら、物陰から顔を半分出してこちらを窺っている人がいた。
見た瞬間、ギョッとしたがそれが態度に出なかったのは、それほど驚かなかったんじゃなくてビックリしすぎて何も反応ができなかったという方が正しい。
俺よりも約20cmも長身で少し黄みの入ったブラウンに髪を染めた、お洒落なサングラスをしている男性――彼のことを俺が不審者だと断定しなかったのは、もちろん知り合いだったからだ。
ただ、不審者だと断定こそしなかったものの、行動は不審者そのもので俺はやっぱりここは無視をした方がいいんだろうかと悩んだものだった。
「陽平さん、何してンすか?」
しかし、相手は俺よりも大分年長ということもあるし、何より俊也さんの親友だから無視することは出来なかった。
俊也さんが「今晩、陽平が来る」と言っていたのは本当ばかりか、こんなところで会ってしまうとは……。
嫌々俺が声をかけると、陽平さんは物陰から出てきて笑みを見せながら近づいてきた。
「いやいや、お前もっと早く気付いてくれよなぁ。もう少し遅かったら俺、不審人物として店員に声かけられてたじゃん」
「じゃあ、あんなことしなきゃいいじゃないスか」
軽く突っ込んでおいて、俺は持ってた白菜をカゴへ入れた。
もういいや、今日は鍋で。
「冷てぇの。それよりもカズくん、なんか考え込んでたみたいだけど悩み事?」
白菜のほかに野菜を見繕っている俺の後ろをついて来ながら陽平さんが訊いてきたのを、俺は適当にやり過ごすべきかどうか迷った。
俺はこの城田陽平という人が苦手だ。
初対面からして最悪で、今でこそ陽平さんの人となりを知ったから「苦手だな」で留まっているが、出会った当初は嫌っていたりもした。
陽平さんを苦手という理由に、彼がバイセクシャルだからという理由を当てはめるのには安易すぎて、そうだったら俊也さんはどーなるんだっていうのがあるから、つまりそれだけじゃなく陽平さんの軽い性格やらいい加減なところやらが、たぶん俺の気性には合わないんだと思う。
バイセクシャルとか、そういう方面で開けっぴろげなところも俺にはいただけない。
だけども、だからこそ、そう、かる〜い調子で「実は〜」とか話したら軽く答えが返ってくるんじゃないか……と、俺は陽平さんを振り返ったが、
「ん?」
どこから、というかいつの間に持って来たのか高そうな豚肉を俺のカゴへ入れている陽平さんと目が合って、俺は途端に言う気を失くした。
しかし、精肉のコーナーはもっと奥だから、もしかして俺に会うよりも前に持って来ていたのか……?
俺がいろんな意味を込めてジトッと陽平さんを見ると、
「ま、俺が払うからさ」
と、悪びれた様子もなくまた野菜を見繕っては「鍋にはやっぱコレだよな?」とカゴへ入れて行った。どうでもいいけど。本当に払ってくれるんだろうね?
だけどそう言えば、どうして今日は鍋にするって分かったんだろう?
俺が白菜を持ってじっと考えていたから? ということは、その姿を目撃して一旦精肉コーナーへ行って豚肉を持って来て、それから物陰に隠れてずっと俺のこと見てたんだろうか?
ということは、そんなに長い間俺は考え込んでいたのか……。
気がつくと鍋の材料でカゴ一杯になっていたそれをレジへ持っていくと、「俺が払う」と言っていた通り全額陽平さんが払ってくれたから、俺は陽平さんに頭を下げてお礼を言った。