冬。僕はきみの傍に、

俺の日々の煩悶[1-3]

 決勝は3−0で土都倶高校が勝った。
 フィールド上の対照的な2校の選手たちを見ながら、膝を突いて崩れ落ちる選手に思わず自分を重ねてしまったのは俺だけじゃないはずだ。地区大会でのあの瞬間を思い出すのは……。
 この後はきっと表彰式なんてものがあるんだろうけど、それを待たずに木原先輩が立ち上がってわざとらしくデカイ声を張り上げた。
「よしっ、帰るか! お前ら、忘れもんもゴミもねーな?」
 キャプテンが先に帰ってしまった今、副キャプテンである木原先輩がみんなをまとめることになり、ついてはこういう乱暴な命令が飛んでくることとなる。
 間壁先輩ではこうはならない。きびきびと指示することはあっても、乱暴な言い方は決してしない、というよりは出来ないんだろうと思う。サッカーに対しては真摯だけども、部員のこととなるとそうでもなくなる、という感じがする。つまり誰に対しても分け隔てなく接するも、一定の距離を保って慣れ合うようなことはない。
 とはいえ、別に部活動として集団行動してるわけではないので、木原先輩のそれは癖みたいなものだろう。
 実際に駅前や会場前で会った部員は3年が5人と、2年が2人と、1年が7人だけだった。
 集合場所とかは決めてなかったし、チケットなども各々買うようになっていたので、もしかしたら会わなかっただけで他の部員も来ていたのかも知れない。
 でも、自然とみんなで木原先輩のあとを追って階段を降り、ホールへ向かっていると俺は、近くのトイレで間壁先輩に抱きつかれ告白されたこと思い出した。
 告白された直後よりは多少落ち着いた頭であの時のことを考えたとき、告白を断って俺が立ち去ったあと先輩はどう思っただろうかということが気になった。
 キャプテンとして選手権大会に出場できなかった悔しさや、大学へ行ってもサッカーを続けたいが親が許してくれないことや、そういうことで打ちのめされているときに、更に追い討ちをかけるようにして俺が振ってしまったんだから、ひどく落ち込んでいるのじゃないかと思う。
 だけど、だからと言って告白を受け入れることも、期待されるような返事をすることも俺には出来なくて、でもじゃあどうすれば良かったんだと考えたところでそれは今更だった。
 そんな不毛な思考の巡りに落ちていると、ホール中に響く声で名前を呼ばれた。
「橋谷ぃ!」
「はいっ!!」
 条件反射で俺も勢いよく返事をして、声のした方を見れば少し離れた壁際に、今日来た部員がそろってこっちを見ていた。それだけじゃなく、木原先輩からは殺されかねないような視線で睨み付けられている。
「お前そこ邪魔だ!」
 どうやら思考を巡らせながらほとんど立ち止まってしまっていたらしい。俺たちと同じように会場を出ようとする人たちの流れの邪魔になっていた。
 先ほどとは違い辺りにはまばらに人気もあって何気に恥ずかしい。俺は慌てて人の流れを縫ってみんなのところへ急いだ。
「すみません!」
 頭を下げる俺に木原先輩は少しだけ睨み付けて、だがそれ以上は何も言わず今度はそこにいる部員を見渡した。
「しっかし、集まったのはこんだけか。悠二も早々にどっか行きやがるし」
「ま、他は個々見に来てるのかも知れないよ。それに、強制じゃないわけだし」
 木原先輩の憤慨にそう宥めるように答えたのは柳先輩だ。それでも木原先輩はまだ不満そうにしていたが、ひとつ息を吐くと「まぁな」と返し、また俺たちに視線を向けた。
「言いたいことはあるが、それは引退式んときだな。とりあえずお前ら、真っ直ぐ帰れ。怪我するようなことはすんな。問題起こすな。わかったな? じゃ解散」
 解放されてみんなそれぞれ、そそくさと帰路に着いたり「どっか行く?」と言ってみたり、思い思いに散らばって行って、俺はと言えば同級でチームメイトの雄樹と友明に「なんか喰って帰るか?」と誘われたがそれは断ってすぐに帰ることにした。
 時刻はもう夕方で、俺にはその時間になると部活がない日は家に帰ってやらなければいけないことがあった。それを知ってる雄樹も友明も付き合いが悪いと俺をなじってくることはなくて、「そっか」と言って俺と一緒に競技場そばの駅へ歩き始めた。
 雄樹と友明とは中学からのサッカー仲間で、元々家は近いはずだったのだが、俺が高校上がると同時に引越しをしたから、ここからいつも利用する駅まで帰っても、駅で乗り換えるバスで方向が別になったりする。
 それでも途中までっていうのが学校の帰りでも常だったので、今日も誰からともなくそういうことになって3人並んで駅へ向かった。
 ところが、
「橋谷っ!」
「はいぃ!!」
木原先輩にデカイ声で名前を呼ばれ、また条件反射で勢いよく返事をする俺。本日2度目の不意打ちに、心臓に悪いなと思いながら先輩を見れば、少し離れたところに柳先輩と立ってちょいちょいと手招きしている。
「ちょっと行ってくる」
「おー」
 雄樹と友明をその場に残して先輩方のところまで行くと、木原先輩に肩を、というよりは首に腕を回されてそのままグッと引き寄せられた。思わず首に巻かれた先輩の腕を押さえて「苦しいッス」と言ってみるが、木原先輩に俺の言うことを聞いてくれる気配はない。
 小さくもがく俺の頭上から木原先輩がどすの利いた声で訊いてきた。
「よぉ、橋谷ぃ。おめぇ本当は悠二に会ったんだろ、ん?」
 訊ねるというよりは脅しているに近いのは、声や口調だけでなく腕が首を絞めてくるからで、一瞬だけとぼけようとも思ったがこの人相手にそれは危険だと思いなおした。
「何を話したか俺に言ってみな?」
 そう先輩が続けるのに、俺は観念して口を開いた。
 それでも、当然告白されたなんてことは言えるはずもなくて、心の中で間壁先輩すンませんと謝ってから間壁先輩の家庭の事情というのを話した。
「間壁先輩、親に電話してたんスよ。大学に行ってもサッカー続けたいって頼んだらしくて、でもやっぱ駄目だって言われたっつって、悩んでたみたいッス」
「ふ〜ん……」
 すべて白状したと思ってくれたのか、木原先輩の腕が少しだけ緩むがそれでもまだ離してはくれなかった。
「確かに、高校卒業したらサッカーやめるんだって言ってたね」
 考え込むように腕組をしてそう言ったのは柳先輩で、ふとつられて柳先輩を見ると手には間壁先輩のコートがあった。間壁先輩、コート置いて帰ってたんだ……。
 柳先輩の言葉を受けて「そういやそうだったな」と木原先輩も頷いたが、また俺に視線を戻して「だがなぁ」と言う。
「戻ってきたおめぇの様子もちぃとおかしかったんだよなぁ、なぁ?」
 そう言うと今度は俺に体重をかけてきて、俺は「いてて」と洩らしながら尤もらしいことを言わなければ全部白状させられてしまうと恐怖し、急いで“尤もらしいこと”を頭の中で組み立てながら言った。
「せ、先輩が、間壁先輩が、な、泣いてたんスよ! で、俺、なにも言えなくて、それで逃げたんッス!」
 すると先輩の腕が離れてあっさり俺を解放した。少しだけ締められた感覚の残る首をさすりながら木原先輩を見ると、なぜか苦笑していた。
「そっかー、泣いてたかぁ。あいつがねぇ」
 どうやら俺なんかよりもよく間壁先輩の事情なりを知っているらしく(といって同級なんだからそれも当然といえば当然だが)、木原先輩にも柳先輩にも何か思うところがあるのかお互い視線を合わすと同情するような表情になった。
 さて、俺が言ったことを間壁先輩に言わないよう、先輩方に口止めしておくべきかどうか迷ったが、
「分かった、行ってよし」
と片手で猫を追い返すような仕草をされたので、どうせ口止めしても無理なんだろうなと思いなおして、俺は許可も下りたことだし「失礼しあッス」と言って雄樹たちの元へ戻った。
 するとやっぱり気になったんだろう友明が、興味を示したというよりは俺や先輩の様子が多少気になったというような表情で訊いてきた。
「なに言われてたんだよ」
 だが、訊ねられることに多少うんざりした俺は、
「別になんでもねぇよ」
と返してさっさと駅へと歩き始めた。
「あれだろー? 間壁先輩を見つけらんなくて、シメられてたんだろ?」
 先に歩き始めた俺に、少し歩調を速めて追いついて並んだ雄樹が案外的外れでもないことを訊いてくるので、俺は多少警戒しながら頷きもせず否定もしなかった。
「どうやら、当たらずとも遠からず、らしいな」
 雄樹と同じように歩調を速めて追いつくと、俺の表情を読んで友明が指摘するが、それ以上そのことで訊ねてくることはなかった。それで雄樹も「ンだよー、気になンなぁ」とは言いつつも諦めてくれたようで、会話は次の話題に移った。
「そういや衛のやつ見なかったな」
「え? 衛来てんの?」
 友明の言葉に俺はちょっと懐かしくなって少しだけ中学の頃を思い出した。衛は俺らの1コ下で、同じ中学でサッカー部の後輩だ。中学1年の入ってきたばかりの頃はまだ全然背が低くて、グラウンドをちょこまかと動く小動物のような印象で可笑しかったのを覚えている。
 今はもう中学3年になって、去年はそこそこ背も伸びていたし、後輩に威張ってたりするんだろうかと思うとそれもまた可笑しく思える。
「来るって言ってたんだよ。だから競技場着いたとき、南側のスタンドにいるってメールしたし、したら試合終わったら声かけますって返って来たし」
 ズボンの後ろポケットから携帯を取り出しながら友明が言う。
「へぇ……」
 こいつ衛とアドレス交換なんかしてたんか、と横目で友明の携帯を盗み見ながら、ちょっとだけ悔しくなったが俺自身が携帯を持っていないんだから仕方ない。
 俺の思考が横道を逸れてると雄樹が声を上げた。
「わかった! 木原先輩の怒鳴ってンの見て怖くなって声かけらんなかったんじゃね?」
「ああ〜」
 相槌を打ちながら、小柄な衛が木原先輩の恫喝にビビってる姿は実にあり得そうで笑えた。なんてことを思っていると携帯をいじっていた友明が、
「ありゃ、メール来てたよ。気付かんかった」
と、別に慌てた風もなく言う。
「衛から?」
「ああ」
「なんて、なんて?」
「用事が出来たから途中で帰ったんだと。ごめんなさい、だってさ」
 言ってパチンと携帯を閉じてまた後ろポケットにしまう。
 衛に久しぶりで会えなかったのは残念だが、あいつは何かと好奇心旺盛でウルさいので会えなくて良かったのかも知れないと考えて、それからそう言えば中3はもう受験だろうと思い出した。
「そういえば、あいつ高校どこ受けんの?」
「あ? 衛? さぁ……そういや聞いてねーな」
 アドレスの交換までしといて知らねぇのかよ、とは思ったがそれは言わないでおいて、
根湖高校ウチに来っかもな」
と雄樹が言うので「それはナイ」と否定しておいた。
「あんで?」
「頭ワルいんだって。それに、家から近いとこがいンだとよ」
「ふーん。でも、ウチ来れないほど衛そんな頭ワルいっけ?」
「だな。奇跡が起こったとはいえ、お前でも受かったんだからなぁ」
「なんだとー! ソレどーゆー意味だっ!?」
 俺の言葉に憤慨して雄樹が俺に掴みかかろうとした時、
「ああ、思い出した」
と、いかにもわざとらしく友明が手を打って、そこでタイミングよく駅の手前の交差点に着いたので3人揃って立ち止まった。
「祢逗実高校を受けるっつってたわ」
 なんだ、やっぱり聞いてたんじゃないかと友明を見ると、
「聞いたのが去年の今頃だからな、すっかり忘れてた」
と、特に悪びれもせずに言うので少しだけ衛が可哀想な気がしてきた。
 しかし……
「祢逗実高校っつーと男子校だったな」
「イロケねーなぁ!」
 雄樹が言うがそれはどうでもよくて、
「そこ、寮もあったよな。入るんかな」
「いや、家から近いとこがいいって言ってたんならわざわざ入んねーだろ」
「あ、そっか」
「やーい、カズちんバッカでぇ!」
「ウルせーよっ!」
 っていうか“カズちん”はヤメロ。
 俺の些細なミスをあげつらう雄樹の後ろ頭を叩いてやって、信号が青に変わったので歩道を渡り駅に入った。
 時刻表を見に行く友明について俺も後ろから覗き見る。
「次は何時のがある?」
「ちょうど5分後のがある」
「すぐじゃん」
「俺たちが間に合えばな」
 そうして俺たちは、切符を買って改札口を抜けながら、またくだらない会話を続けた。

2008.05.30

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