「小説」Topに戻る
「Riko」Topに戻る



『Yes or No…?』    by Riko







さて。三蔵の誕生日に交わした会話をきっかけに『一緒に暮らそう』というこ
とになった二人であるが、折りしも時は十一月のどん詰まり。師匠も走る十二
月ともなれば、お互い仕事の忙しさはピークに達する。只でさえゴタついてい
る年の瀬にわざわざ大変な思いをするのもどうかという話になり、結局引越し
は年明けの正月が過ぎてから、悟空の最初の休日に本決まりとなった。
女手一つで育ててくれた母を亡くして以来、バイトをしながら自らの生活を支
えてきた悟空の暮らしぶりは至って質素で、家財道具といっても大した物もな
い。だから引越しと銘打ってもそれほど大袈裟なことではなく、レンタカーで
トラックを借りて二人で荷物運びをすれば充分だろうと、三蔵は考えていたの
だが───…


悟空と約束をしていた当日の朝、トラックから降りた三蔵の表情がピタリと固
まった。
「…何でテメェらがココにいやがるんだよ」
不機嫌丸出しの三蔵の第一声に、それぞれ作業をしていた面々がそちらを振り
返った。
「何でって…ホラ、俺ら昼間は時間空いてるしさぁ。こーゆー時は男手が多い
方がいいっしょ?」
「荷物が少ないから大した手間じゃないと思ってたんでしょうけど、貴方細か
い作業は面倒でしょう?だから猫の手程度ですけど、お手伝いに伺ったんです
よ。あぁ悟空、食器類は新聞に包み終えましたからね。」
如何にも邪魔だと言わんばかりの物言いも何処吹く風といった様子で、悟浄と
八戒は飄々と答える。三蔵が到着した時点で、既に引越しの準備はしっかりと
始まっていた。無論このような場合ある程度の人数がいた方が作業は捗るし、
短時間で済んで効率的ではある。しかしこの顔ぶれが絡んでいる場合、明らか
に『手伝い』という名目で面白がっているのは見え見えだ。一緒に暮らすこと
にしたと知れれば格好の冷やかしのネタになることはわかりきっていたから、
三蔵としては二人で静かに事を運びたかったのだが。フゥ…ッと大きな溜め息
をついたところで、後ろから軽く肩を叩かれる。振り返った視線の先には、苦
笑いで肩を竦める那托の姿があった。
「あのさ、別に悟空が自分から吹聴して回ってたわけじゃないんだ…アイツ、
隠し事下手だからさぁ、どうしても嬉しくてソワソワしてるのが顔に出ちゃっ
てたらしくて…二人に散々突付かれて、結局白状しちゃったらしい。だから、
怒んないでやってな…?」
「…お前は直接聞いてたのか?」
「うん。俺は結構前に聞いてたよ。家が近所だし、昔からの付き合いだから、
ウチのお袋なんかも気にかけてるしさ…それにやっぱ、誰かに話したかったん
じゃないのかな。自分以外の誰かが待っていてくれる『家』ができるんだって
ことを…さ。」
「フーン…別に怒っちゃいねぇよ、人手があった方が楽だしな。」
別にどうということもなさそうな口ぶりの三蔵だったが、その声色からは当初
の刺々しさは消えている。ついつい顔に出てしまうほど自分と暮らすことが彼
にとって心浮き立つ出来事なのだという那托の話は、トーンダウンしていた機
嫌を一気に上昇させるには充分で。忙しそうに動き回っている悟空へと歩み寄
る三蔵の口許には、微かな笑みが刻まれていた。


そもそも運ぶ荷物自体が少ない悟空の引越しである。男手が五人もあればそれ
こそあっという間に作業は進み、昼過ぎにはほぼ大まかな片付けは終わってい
た。「引越しっつったら、やっぱり蕎麦でしょ」との悟浄の提案により、出前
を取り少し遅めの昼食を終えた頃。丁度タイミングを見計らっていたかのよう
に……『嵐』は訪れた。

「よぉ野郎どもっ、引越しは滞りなく済んだかー?」

勢いよくリビングのドアが開け放たれる音と共に、高らかな声が響き渡る。
次の瞬間、悟浄は口の中で「ゲッ」と小さく呟き、八戒はニッコリと隙の無い
笑顔で挨拶をし、那托は呆気に取られた表情で目を見開き……肝腎の二人はと
いえば、悟空は満面の笑みで突然の来訪者を迎え、三蔵は正に苦虫を噛み潰し
たような表情で問題の人物を睨みつけた。
「ババァ…一体何処で今日のことを嗅ぎつけてきやがった…?」
「バーカ、オレ様を出し抜こうなんざ百万年早いんだよ。お前が平日の真ん中
にわざわざ有休を取る用事なんざチビ絡みだってわかりきってるだろ。しかも
トラックなんて借りてた日には、引越しと相場が決まってんだろーが。」
三蔵の地を這うような声での問いに、観音は「フフン」と鼻先で笑いながら自
信たっぷりの表情で答える。三蔵の有給休暇取得の状況やレンタカーを借りた
こと等の情報自体は一体何処から仕入れたのだと、寧ろそのことにツッコミを
入れたかったが、結局三蔵はそれをグッと呑み込んだ。何を言ったところで、
どうせあの不愉快極まりない、こちらを馬鹿にしきったような笑顔で「オレ様
に不可能はねぇんだよ」などとくだらない台詞を聞かされるのがオチだ。
「ほらチビ、オレ様からの引越し祝いだ。」
悟空の方へと向き直った観音が、手にしていた荷物を渡す。かなりかさばる大
きさの物ではあるが、片手で軽々と持っていたところからすると、さして重い
物ではないらしい。
「あ…わざわざありがとう…開けてもいい?」
「おうよ。結構なレア物だから、手に入れるのに苦労したぜ~?」
いそいそとラッピングのリボンを外す悟空の横に立つ観音は、何しろ限られた
数しか出回っていない物なので、ネット等の情報網を駆使してようやく見つけ
出せたのだと、得意満面の様子で悟浄らに語って聞かせていた。
「へ…?」
実に間の抜けた声と共に、ガサゴソと包みを開いていた悟空の手が止まる。
そんな悟空の反応を見て取った面々が「ん?」と周りから手元を覗き込む。
その物が目に飛び込んできた途端───一人悦に入っている観音と、きょとん
とした表情で小首を傾げる悟空を除いた全員、文字通り『目が点』となってい
た。
「お揃いの…枕?」
「中々キュートなデザインだろ?どうだ、気に入ったか?」
「うーん…可愛い、けど…どうしてこういう柄なの?」
指先でプニプニと突いてその感触を楽しんでいた悟空が目線を上げ、根本的な
疑問を口にする。周りのみんなにグルリと視線を巡らせれば、悟浄は腹をヒク
つかせながら声を殺して笑っており、八戒は困ったような苦笑いを浮かべ、那
托に至っては自分にお鉢が回ってこないよう、微妙に視線を逸らしていた。
三蔵へと目線を向けた悟空の顔が僅かにひきつり、「さ…さんぞ?」と様子を
窺うように呼びかける。三蔵はもはや言葉すらなく、臨界点寸前の怒りの気を
放っていた。そんな三蔵をキレイに無視した観音は、艶やかに笑って悟空の顔
を覗き込んだ。
「何だよ、近頃の若造は物を知らねぇなぁ…よし、お姉様がきっちりと活用法
を教えてやろう。コレはな、夜の営みに際してお伺いを立てられた時に、奥ゆ
かしく返事をする為に使う、古式ゆかしき新婚生活必須のアイテムだ。」
「…ヨルノイトナミ…?」
「エヘン」と胸を張らんばかりの力強い観音の説明にも、当初何を言われてい
るのかわからずに目をパチクリとさせていた悟空だったのだが───

「───…???!!」

ようやく言葉の意味を理解するに至り、未だあどけなさを色濃く残す丸い顔が
「ボンッ!」と音がしそうな勢いで、これ以上はないくらい真っ赤に染まった。

そう。観音が語るところの『結構なレア物』とは…新婚ホヤホヤの二組の夫婦
がバカップル丸出しのマヌケな生活ぶりを赤裸々に語ってハワイ旅行をゲット
するという某長寿番組にて、パネルゲームの賞品の一つとして紹介されている
『Yes』『No』というロゴがデカデカとデザインされた、あの枕だったの
である。

「おいババァ…とりあえずコロスのだけは勘弁しといてやる…そのフザケきっ
た代物を持って、とっとと帰りやがれっっ」
「ハァ?何を勘違いかましてんだ、テメェは…コレはあくまでチビの引越し祝
いだっつってんだろ。テメェにとやかく言う権利はねぇんだよ。でもってこの
チビは、オレ様の情愛溢れる贈り物を決して粗末に扱ったりはしねぇだろうさ
…そうだよなぁ?」
恨み節にも近い三蔵の声音を物ともせず、観音は心底楽しげに軽やかな口調で
答える。おそらく世界の終わりが近付いてもビクともしないであろう凄絶な笑
みを向けられて、悟空は熱を出しそうなくらい真赤な顔のまま「う、うん…」
と頷くのがやっとだった。


そして……夜である。あまりにめまぐるしく身も心も疲れきった一日が終わり、
入浴を済ませた三蔵が寝室へ向かう。ドアを開けた途端、紫の瞳に映り込んだ
光景に、思わず脱力しそうになる。一足先に風呂から上がりベッドの上にチョ
コンと座っている悟空の傍らには、あの忌々しい枕がちんまりと並んでいた。
「お前なぁ…」
少々乱暴な手つきで濡れた髪を拭いながら隣りにドサッと腰を下ろした三蔵が、
苦りきった声を漏らす。ピクリと肩を震わせた悟空は、拗ねているような困っ
ているような表情で「だって」とぼそりと呟いた。
「たとえどんな物でも、色々考えてプレゼントしてくれたことには違いないん
だしさ…枕自体は、フツーに使えるんだし…」
「怒ってる?」と淡い潤みを含んだ瞳で下から見上げるように覗き込まれて、
一体全体どんな顔をして向き合えばいいのやら途方に暮れる。とりあえずその
眼差しから逃れたくて、咄嗟に手近にあった物を顔の前に翳し、悟空との間に
壁を作った。
意外な三蔵の反応に僅かに瞠目した悟空は、やがてクスッと小さく笑った。
「なんだ…それなりに使い道あるじゃん、コレ。」
そんな悟空の言葉に、三蔵が「ハ?」と声を上げて己が手にしている物をクル
リと表に返す。眼前に翳していたそれには『No』の文字が大きく書かれてい
た。
「直接話すのが気まずい時とか…結構いいかも。」
何処か照れ臭そうに微笑む悟空に、三蔵が「オイ」と声をかける。悟空が再び
目線を上げると、つい今しがたの戯れめいたやり取りが嘘のような深い色を宿
した瞳が、真っ直ぐにこちらをみつめていた。

「何もかも全部話せなんて無茶を言う気はない…だが、下手な気遣いやくだら
ねぇ遠慮は絶対するな。今日からココは…俺とお前の、『二人の家』になった
んだから。」

不器用だが偽りの無い真摯な三蔵の言葉が、悟空の胸にじんわりと染み透って
いく。
目を凝らしていなければ見落としてしまうくらい小さく小さく頷いてみせた悟
空は、『Yes』と大きく書かれた片割れの枕をギュッと胸に抱きしめて…
その夜最初の甘いキスを、愛すべき恋人に送ったのだった───。


                              …END.


《戯れ言》
ホントにもう…只々ひたすらにバカ話なんですが、どうしても使いたかったの
デスヨ、あのレア・アイテムを(笑)ま、ちょっとした小話ということで広い
お心でお許し願えれば…(^^;)
次回は久々の新キャラ・もう一人の真打ち(?)が登場です(笑)



「小説」Topに戻る
「Riko」Topに戻る






Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!