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『笑い合えることの意味』 byRiko
────何処からか、鐘の音が聞こえた。いつも寺院で聞いている 重々しいものとは違う、もっと高らかな、晴れやかな音色。 (何か…楽しそうな音。) 暫し足を止めて聴き入っていた悟空は、やがて鐘の音が響く方角へ と走り出した。 辿り着いたのは、白い大きな建物。見上げた屋根のてっぺんには、 やはり白い、大きな十字架。 「えっと確か…『教会』って言うんだよな…三蔵達とは違う神様を 信じてる人達が集まる場所だって、前に聞いたような…」 自らの記憶を確かめるような独り言を呟いていた悟空の瞳にふいに 入り込んできた、眩しい『白』。 「あっ…」 思わず漏れた悟空の声に、視界いっぱいにその『白』が翻った。 「どうしたの?そんな所に立って…こっちにいらっしゃいよ。」 全身を目映い白に包まれた女性は悟空を振り返り、花が零れるよう に笑った。 ぎこちない歩調で教会の敷地内に足を踏み入れた悟空は、吸い寄せ られるように目の前の女性を見上げた。 「お姉さん、すっごいキレイだね…今日はお祭りか何かあるの?」 「あら、ありがと。そうねぇ…まぁある意味、お祭りみたいなモノ かしら。今日は私の結婚式なの。」 悟空の的外れな問い掛けに呆れることなく、その女性───花嫁は 心から楽しげな笑みを返した。 「けっこんしき?それ、何?」 「一番大好きな人と一緒に生きていきますってことを、神様の前で 誓うのよ。そうだ!ねぇ、よかったら参列していってよ。」 そう提案した花嫁は、悟空の手を取って教会の中へ誘おうとする。 「参列」という言葉の意味がわからなくても、彼女が結婚式を見て いけと言っているのだと理解した悟空は、戸惑いがちに腰を引いた。 「えっ、でも…俺なんかいていいの?」 「どうしてそんなこと訊くの?私達、他に誰も来てくれる人いない から、もしそうしてくれたら、とっても嬉しい。」 「誰も…?」 悟空の素朴な疑問に、花嫁は少しだけ困った表情で、それでも薄く 微笑ってみせた。 「うん…私達の結婚、みんなに反対されちゃったから…でも、しょう がないわね。世界中の人から間違いだって言われても、私はあの人 と生きていきたいんだもの。」 一瞬だけ翳りをみせた瞳が、次の刹那、一際眩しい輝きを放った。 ひっそりとした静寂の中で、式は始まった。 色とりどりのガラスが嵌め込まれた窓から差し込む光、一つだけ灯 された蝋燭の炎の揺らめき。 その意味はちっともわからないけれど、何処か聞き心地の良い祈り の声、神聖な雰囲気を漂わせるパイプオルガンの響き。 頷き合う二人、静かに交わされた誓いの口付け。 そんな光景の一つ一つをぼんやりと眺めていた悟空だったが、一度 だけ、神父が二人に向かって告げたある一言に、その金の瞳を大き く開いた。 「長い時間お疲れ様。退屈じゃなかった?」 優しくかけられた声に、悟空がハッと我に返る。顔を上げると目の 前には、微笑む純白の花嫁がいた。式が終わり、花婿は一足先に 外に出たらしい。悟空は慌てて首を横に振った。 「ううんっ、ホントすっごいキレイだったよ。見せてくれてありがとう。 …あの…」 何かを言いかけて、悟空が躊躇いがちに口ごもる。花嫁は優しく笑 んだまま、「何?」と続きを促した。 「あの、さ…神父さんて人が言ってた『唯一にして永遠の愛』って …何…?」 悟空は真摯な眼差しを彼女に向け、彼にしては珍しいくらい静かな 声でそう問うた。花嫁はほんの少しの間悟空を凝視し、大きな瞬き を一つしてから、その横に腰を下ろした。 「…そうねぇ…私もあの時は『はい、誓います』って言ったけど、 もしかしたらそんなモノは、この世の中の何処にも無いのかもしれ ないわね。」 「無いかもって思ってるのに、誓ったの?」 彼女の返答は、悟空にとってひどく意外なものだったらしい。大きく 目を開いて、その華やかな横顔を覗き込む。花嫁は身体ごと悟空 の方へ向き直り、再び口を開いた。 「『永遠』なんてモノがあってもなくても、そんなこと私にはどっち だっていいの。大切なことは、その言葉に笑って頷いてくれるあの 人が横にいて、それに笑って応えられる私が、今ここにいるって こと。もしこれが『永遠』じゃなかったとしても、私はきっと今日の ことを忘れない。」 高い窓から差し込んだ光が、彼女に降り注ぐ。照らし出されたその 笑顔は、この日見たどの表情よりも、鮮やかに輝いていた。 花嫁は綺麗に結い上げた髪に手をやり、真っ白な長いヴェールを 外した。きょとんとした表情でそれを見ていた悟空の頭に、細い指 先がフワリとヴェールを被せる。 「これ、あげる。お金がなくて自分で縫ったから、あまり上手じゃ ないけど…」 真っ直ぐに悟空をみつめたまま、彼女は照れ臭そうに肩をすくめて みせた。その顔がゆっくりと近付き、額にそっと紅い唇が触れた。 「いつか貴方にも、一緒に笑い合える人が現れますように───」 間近から金の瞳をみつめ、薄ら赤くなった悟空にニッコリ笑いかけ てから、花嫁は立ち上がった。 「私そろそろ行かなきゃ。あの人、待ちくたびれちゃうわ。」 少し身軽になった花嫁は、軽やかな足取りで赤い絨毯の上を歩き 出す。その後ろ姿を目で追い、悟空は自分も急いで立ち上がった。 「あ、あのっ…今日はおめでとう!幸せになってねっっ」 悟空の声に振り返った彼女は、晴れやかに笑った。 「もちろん!私の『幸せ』は、あの人と繋がっているから。今日は 本当にありがとう、貴方も元気で!」 ヒラヒラと手を振った花嫁は、扉の向こうで待つ人へと向かって、 真っ直ぐに駆け出していった。 「ただいま」と声をかけ、悟空は執務室の扉を肩で押し開ける。 ヴェールをもらったはいいが流石に被ったまま帰ってくるわけにも いかず、両腕に抱えて歩いてきた為だった。 「…オイ、一体何だそりゃ?」 既に一日の仕事を終えたらしく長椅子でくつろいでいた様子の三蔵 が、奇異の眼差しを悟空に向ける。悟空は白いヴェールを床に引き 摺らぬよう、注意を払いながら三蔵の元に寄った。 「街で結婚式っていうのをやってて、花嫁さんにもらった。」 「ったく、何でも構わずもらってくんじゃねーよ。ンなモン、どう すんだ?」 「そんな言い方しなくたっていーだろ!?これは花嫁さんがっ…」 余りに素気ない三蔵の物言いに怒鳴りかけた悟空が、ふと言い淀む。 そんな悟空の態度に、三蔵は読みかけの新聞をバサリと閉じた。 「…ンだよ、言いたいことがあんなら、はっきり言え。」 先を促されて、悟空は俯きがちだった目線を上げた。 「うん…あのさ、『唯一にして永遠の愛』って、何?」 先刻教会で彼女にしたのと同じ問い掛け。だが悟空は三蔵に こそ、この言葉の意味するところを訊きたかったのだ。 「あぁ?何処でそんなフザケた台詞を覚えてきやがった?」 「結婚式の時さ、神父さんて人がそう言って、二人は『はい、誓い ます』って頷いて、でも俺にはよくわかんなくて…後で花嫁さんに 訊いたんだ。そしたら…『永遠』なんて、あってもなくてもいいん だって。二人でここで笑えることが大事なんだって。」 悟空は不器用なりに精一杯、自分が感じたこと、彼女が話して くれたことをぽつぽつと語った。 「フーン…テメェはずいぶんとマトモな当たりを引いたな。」 三蔵は外した眼鏡をテーブルに置き、悟空に横に座るよう視線で 示す。チョコンと腰を下ろした悟空は、三蔵が何を言わんとしている かを掴みかねている様子で、小首を傾げてその顔を覗き込んだ。 「当たりって…何が?」 「結婚式を挙げたばかりなんて脳みそのタダレた連中は、大抵夢の ような寝言を言うもんだ。特に女はな。お前が話したその花嫁は、 冷静に物事を考えられる人種だったらしい。」 いつもどおりの辛辣な口調だが、三蔵にしては珍しく見知らぬ人間 を誉めている。つまり三蔵は、彼女の『永遠』に対する認識は正しい と、そう言っているのだ。 「…じゃあやっぱり、『永遠』は無いってこと?」 「お前は『永遠』が欲しいのか?」 澄んだ紫の瞳が、真っ直ぐに悟空を見据える。その眼差しは静かで 深い。悟空は視線を合わせたまま、ゆっくり首を振った。 「…違う…と思う。どっちでもいいって笑った時の花嫁さんは凄く キレイだったし、俺もそんなモノより、三蔵と今こうやって一緒に いることの方が大事だって思うし…でもさぁ、ああやってわざわざ 神様に誓うんだから、やっぱ大事なコトなのかなぁって…」 ずっと抱えたままだったヴェールが、突如悟空の手から奪われる。 次の瞬間、かなり乱暴な手つきで悟空の頭にそのヴェールが掛け られた。 「うわっ、な、何すんだよ、いきなりっっ…」 「ったく、面倒臭ぇヤローだな…『永遠』なんてご大層な代物は、 例えこの世の果てに行ってもみつかんねぇよ。だからまぁせいぜい 今の俺と、今のお前が、騙し騙しでも最期の時まで続いたらめっけ モンだって…その程度のこった。」 頭から無造作に掛けられたヴェールを、三蔵の長い指がそっとめく る。白いレース越しに見えた小さな唇に、三蔵はゆっくりと優しい キスを落とした。 「…不服か?」 あまりに直球な三蔵の問いに、悟空はただ首を振ることしか出来 ない。「ありがとう」とか「大好き」とか、言いたいことは沢山浮かんだ けれど、口にしたら何だかどれも今心で感じている気持ちとは違う モノになってしまう気がして、悟空は黙ったまま三蔵の肩に腕を 回してギュッと抱きついた。 「…へ?」 突然フワリと、宙に浮く感覚。 気が付けば、抱きついた姿勢のまま三蔵に抱き上げられていた。 悟空の驚きを余所にその身体を軽々と抱き上げた三蔵は、執務室と 自室を分ける扉を抜けていく。 頭に掛けられたヴェールごと、ベッドに下ろされる。三蔵は躊躇う ことなく悟空に覆い被さってきた。 「えっ、えっえっ…ちょっ…ちょっと待って待って!!」 ようやく我に返った悟空が、懸命に腕を突っ張って三蔵を押し止め ようとする。 「うるせーな、ンだよ」 「だって、せっかくもらったのに、こんなにキレイなのに、クシャ クシャになっちゃう……」 どう考えても今この状況で論ずべき点はそんな事ではないのだが、 予期せぬ展開についていけず軽いパニックに陥っている悟空の頭の 中は、“せっかくもらったヴェールを汚してはいけない”という事で いっぱいになってしまっていた。そんな悟空に、三蔵は半ば呆れ 気味の溜め息を一つついてみせた。 「バーカ…その花嫁は、何て言ってコレをお前にくれたんだ?」 「へ…?」 『一緒に笑い合える人が、現れますように────』 「だったら…そんな願掛け、今更必要ねぇだろうが。」 あっさりとそう言い切って、三蔵はつい先ほど自らの手で被せた ヴェールをさっさと外してしまう。床に落とそうとして流石に気が 咎めたのか、手近の椅子へパサリと放り投げた。 「もう文句ねぇな。これ以上アレコレ言っても、もう聞かねーぞ?」 口の端を少しだけ上げて、三蔵が微かに笑う。悟空は返事の代わり に三蔵の首を引き寄せ、自分からその頬に、羽が触れるような軽い キスをした。 優しい手だなと、思う。男にしては細めの指先のその手は、いつも 容赦なく自分を小突いたり叩いたりするのに、こんな時には、ふと した瞬間に泣きたい衝動にかられるくらいの優しさを感じる。 平素は無駄な事に時間を使うのが大嫌いで、「ひどい」と言いたく なるほど素気ない態度の時もあるのに、本当に自分が欲しいと思っ ているものが何なのか、ちゃんとわかってくれている。 決して多くはない、でも一切の混じりけのない、彼だけの言葉で。 時折り気まぐれのように差し出される、手の温かさで。 俯いて逃げることも許されない、真っ直ぐにこちらをみつめてくる、 深い深い色の瞳で。 本当に欲しいと思っている答えを、くれる。 指を絡ませ合った手を、ふと目の前に翳してみる。 「…?何がしたいんだ、テメェは。」 「ん?別に何にも。キレイな手だなぁって…思って。」 「ハァ?」 不機嫌丸出しの三蔵の声に臆することなく、絡ませた指をギュッと 握って、心底嬉しそうに悟空は笑う。「いつまでもヘラヘラ笑って んじゃねぇよ」と照れ隠しのように言い捨て、三蔵は緩やかに笑ん だままの唇を塞いだ。 ヴェールを被せて額に柔らかなキスをくれた花嫁の手は、白く儚げ で、とても綺麗で優しかった。 でも、同じ仕草でヴェールをめくった三蔵の手の方が綺麗で優しい と思うのは、やはり目の前のこの人が、自分にとって『特別な人』 だからなのだと、悟空は溢れるほどの想いを実感した。 呼びかければ何度でも 応えてくれる声 手を伸ばせば感じられる 確かな温もり 大切な人と互いを見て笑い合える、かけがえのない幸せ────… Fine. 《戯れ言》
『SERENATA』様 相方みかりん
私はキリスト教式の結婚式に参列したのはそれが初めて だったので「ヘェ…神父さんてこういうコト言うんだぁ」という のが印象に残ったんですね。でもって「御式でネタを一つ 思い付いちゃったv」と本人にバラした阿呆、約1名(笑)。 その代わり、打ち終わった時真っ先に彼女に送りましたけど ね(^^;)…というわけで、この話はみかりんへの(一方的な) 捧げ物です。あの日の二人の笑顔が、紆余曲折を繰り返し ながらも、遥か先の『明日』まで続きますように…☆ |
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