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『月花──tsukihana──』 byRiko
すっかり夜の闇に包まれてしまった寺院への帰り道を、悟空はひた すらに駆けていた。今日の出張は泊まりになると三蔵が朝食の時に 話していたのでハリセンで叩かれる心配はなかったが、それにして も些か遅くなりすぎた。 「ちょっと山で遊びすぎちゃったなぁ…あれ…?」 ちらりと目の端に映り込んだある物に気を取られ、悟空は足を止め てそちらを向いた。 「うわぁ…」 悟空の口から思わず驚嘆の声が漏れる。吸い寄せられるように空を 見上げた金色の瞳に映し出されたのは────眩しいまでの輝きを 放つ満月と、その光の中でぽっかりと浮かび上がった白い木蓮の花 だった。 「すっげぇキレイ……」 月の光の蒼と、朧な花明かりの白。春の夜だけの、瞬く間の奇跡の ようなその光景に、悟空はしばし心を奪われた。 「…っとヤベェッ!!見惚れてる場合じゃねぇんだっっ」 ハッと我に返った悟空は、まだ眺めていたいと思う気持ちを振り切 るように大きく首を振り、踵を返して再び駆け出した。 一人の夕飯を摂り風呂を済ませた悟空は、窓辺の椅子に腰掛けて、 見るともなしに窓越しの月を眺めていた。心なしか、今夜の満月は いつもより大きいような気がする。悟空の脳裏にふと、先刻の光景 が浮かび上がった。 (…キレイだったな、さっきの花。…?何かに…似てるような気が するんだけど……) “うーん”と小首を傾げて、悟空は暫し考えた。そしてある結論に 辿り着いた時、目の前の窓を大きく開け放って、悟空は外へと飛び 出していた。 (欲しい。) 月明かりに浮かび上がる、あの花が欲しい。それだけを思って、悟 空は春の宵の中を駆けていった。 半時ほどして部屋に戻ってきた悟空の手には、白木蓮の一枝が握ら れていた。花瓶を探そうなどという気は悟空には毛頭なく、手近に あった水差しに直接生けてしまう。後で三蔵が帰ってくれば叱られ ることは間違いなかったが、そんな事はどうでもいいくらいに悟空 は満足していた。 白木蓮の枝を生けた水差しをそっと窓辺に置く。その目の前に腰を 下ろした悟空は、嬉しげに目を細めて花をみつめた。 「まだ起きてたのか、サル。」 突然扉の開く音と共に、いるはずのない人物の声が耳に飛び込んで くる。弾かれたように振り返った悟空の瞳に映ったのは、夜の闇の 中でもはっきりとわかる、目映い金色。 「さんぞ…?今日って泊まりじゃなかったの?」 「予定より早く終わったんだよ。俺が帰ってきちゃ悪ィのか。」 「そうじゃなくて、ビックリしたから…あっ!待って!」 憎まれ口を返しながら照明のスイッチに手をかけた三蔵に急いで駆 け寄った悟空は、咄嗟に着物の裾を握った。 「?何だ?」 「灯り、点けないで。その方がキレイだから。」 「あ?何言ってんだ、てめぇは…ん?」 悟空の視線に促されるように、三蔵も窓辺へと目を向ける。 「木蓮…?」 「へぇー、あの花『木蓮』って言うんだ…俺が取ってきたんだよ。 キレイだろ?」 “な?”と笑って、三蔵の顔を覗き込む。その仕草に伴って悟空の 長い髪がサラリと舞った。 「…甘い…」 「え?あぁ…うん、あの花、いい匂いだよな。」 ぼそりと呟いた三蔵に、悟空はうんうんと大きく頷く。室内は木蓮 のほのかな甘い香りに満たされている。 「違う」 三蔵は一言だけそう答えると、悟空の小柄な身体を抱きすくめた。 そのままそっと耳元に唇を押しあてる。 「お前が、だよ…」 突然のことに、悟空は耳朶まで真っ赤になる。自分で自分の脈打つ 音が聞こえるくらい、鼓動が早い。 「あっ…も、持ってくる時、腕に抱えてきたから…匂いが移ったの かも…」 たどたどしく答えながら、悟空はもぞもぞと三蔵の腕の中で身動ぎ する。自分からはしょっちゅう三蔵に抱きついているというのに、 こんな雰囲気の中で三蔵から抱きしめられるのは何度されても馴れ なくて、気恥ずかしくてたまらない。三蔵はクッと喉だけで小さく 笑って、微かに震える悟空の瞼にそっと口付けを落とした。 「…逃げたいか?」 三蔵の言葉に、悟空が顔を上げる。目許を潤ませながらも、悟空は 小さくかぶりを振った。 「逃げないよ…さっきはビックリしたけど、本当は帰ってきて欲し かったんだもん。そういえば、まだ言ってなかったっけ…お帰り、 三蔵。」 悟空は照れ臭そうに笑って、三蔵の首に腕を回した。 甘い香りに満たされた薄闇の中で、吐息と囁きを交わし合う。抱き 寄せる腕。握り返す指。互いの熱を分け合う唇が、微かに笑みを形 づくる。二人だけが相手に与えることのできる、安息の時間。 ふぅ…っと瞼を開いた悟空が、ゆうるりと微笑う。 「…何笑ってんだよ」 「ん…?うん…やっぱ似てるなぁ…って、思って…」 訝しげな表情の三蔵の髪に指を絡ませ、悟空は笑んだまま視線を動 かす。それに促されるように三蔵もちらりと瞳だけを動かす。視線 の先にあったのは、月明かりの中に浮かび上がった、白い花。 「最初外で見た時、すげぇキレイって思って、それから何かに似て るよなぁ…って思って…三蔵の髪が月明かりでキラキラしてる時に 似てるんだってわかって…そしたら、どうしても欲しくなった。」 視線を三蔵へと戻した悟空が、屈託無く笑う。髪に触れていた悟空 の手を取った三蔵は、その手首を軽く甘噛みした。 「…バカ」 「何だよ、いきなり」 「てめぇが張ってんのは食い意地だけかと思ったら、こんな事まで 欲を張ってるとはな。…本物がここにいるのに、似たモンまで欲し がってんじゃねぇよ。」 三蔵を見上げる悟空の瞳が、一瞬だけ見開かれる。きょとんとした 表情になった悟空は、すぐにもう一度笑った。 「俺さ…食う事以外ってあんま強烈に『コレがしたい』って事無い んだけど…でも、三蔵のことはいつだって、できるだけ沢山見てい たいよ。今日は結果的には早く帰ってきてくれたけど、夜は一人だ なぁって思ってたし…だから、三蔵に似たあの花見ながらだったら 安心して寝られるかなぁって思って…こーゆーのって、やっぱ欲張 りなのかな…?」 問い掛けるように、紫の瞳を覗き込む。三蔵は微妙な苦笑いを口元 に浮かべて、軽く息を一つついた。 「……しょうがねぇから、許してやる。その代わり、余所見なんか すんじゃねぇぞ。」 耳元で囁いた後、軽く触れるだけのキスをあちこちに繰り返す。 悟空はくすぐったそうに小さく肩をすくめた。 「そんなもったいないコトしないよ。せっかく許してくれたんだか ら、もっといっぱい見とかなきゃ。」 いつだってこの瞳に映していたいのは、鮮やかなこの光だけ。 悟空は自ら三蔵を引き寄せて、そっと前髪に口付けた。 「“もったいない”…か。サルにしちゃ、なかなかのこと言うじゃ ねぇか…。」 既に眠ってしまった悟空の髪を撫でながら、三蔵は呟く。その瞳の 色は、いつになく柔らかい。 今は閉ざされた瞼の奥にある金色。 その輝きを一刻でも早くこの瞳に映したくて、引き止める声を振り 切って帰途を急いだという事実は、ほのかな甘い香りを漂わせる白 い花と、二人を包む月の光だけが知っている『秘密』────。 Fine. 《戯れ言》 『STRANGE FLOWERS』様
に
UPして頂いたモノ。『紅イ春』と 併せて「春の紅白饅頭セット」と命名(笑)。でも書いたのはこちらが 先。そりゃそうです、ツツジより木蓮の方が咲くの早いんだから(^^)。 職場の華道部の展示を見て「あぁ、もう木蓮の季節か…」と思った のがきっかけ。私は春の木の花で桜と同じくらい木蓮が好きなので。 「何で三蔵のイメージなのに紫の方じゃないの?」と訊かれそうです が、それは私が断然白木蓮の方が好きなのと(笑)月明かりの下で ほわっと浮かび上がるというのは、やっぱり『白』だよな、と。ハイ。 なお、今回この「白木蓮」の背景作成にあたり、植物写真サイト 『木々の移ろい』様 |
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