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『特別の贈り物』   by Riko









「オイ、24日迎えに行くから空けとけよ。」
三蔵から不意にそんな言葉をかけられ、悟空が「え?」と顔を上げる。
瞼が閉じられたままの幼さを残すその顔には、小さな驚きの表情が浮かんでい
た。



悟空と生活する為、元々住んでいた家を手放しバリアフリーの中古住宅を購入
した三蔵だったが、結局二人が共に暮らすのは悟空が現在通っている盲学校を
卒業してからということになった。その代わりに休みの日は三蔵が悟空を迎え
に行き、この家でゆったりと過ごすことが多くなっている。

悟空から中々返答がこないことに、三蔵が怪訝そうに紫の瞳を眇める。目線の
先にいる悟空は何処か困っているような、精一杯笑おうとしているような、何
とも複雑な表情をしていた。
「あ…えっと…せっかくのクリスマスイヴなんだし、さぁ…三蔵、他に楽しい
予定沢山あると思うし…」
ぽつぽつと不器用に言葉を繋ぐ悟空に向けられる三蔵の眼差しが、にわかに剣
呑さを増していく。悟空が皆を言い終える前に、三蔵は有無を言わさず衿元を
掴み、少々強引に己の方へと引き寄せた。
「痛っ…!」
思わず悟空が声を上げる。眼前に迫った小さな唇に、三蔵はカプリと歯を立て
噛みついていた。
「いっ、いきなり何すんだよ…っ!」
反射的に顔を逸らした悟空は、耳朶まで真っ赤になって怒鳴り出す。しかし三
蔵は、悟空の動揺など全く意に介さない様子で「フン」と短く言い放った。
「それ以上寝言が出ねぇように、きっちり目を覚ましてやったんだよ…ったく、
テメェは何処まで天然なんだ…『せっかくのクリスマスイヴだから』お前に声
をかけてんだろーが。また寝言を言いやがったら、今度は問答無用でデコピン
かますぞ。」
「さんぞ…」
「それとも何か?お前は『せっかくの日』を俺と過ごすのは不服なのか。」
三蔵の一言に、悟空は音がしそうな勢いで何度も大きく首を振る。手探りで三
蔵の位置を確かめた悟空は、その肩口にそっと額を押し当てた。
「…嬉しい…」
ぽつりと零れた微かな囁きに、三蔵の目許の表情が和らぐ。三蔵は徐に腕を回
し、幼子をあやすように悟空の背中を軽く叩いた。
「何か欲しい物があったら気がねせずに言えよ。」
穏やかな三蔵の声が耳に届き、悟空が「あ…」と呟きを漏らす。
「目当ての物でもあるのか?」と三蔵が問いかけると、悟空は肩口から静かに
顔を上げた。
「欲しい物っていうんじゃないんだけど…行ってみたい所があるんだ。」
三蔵が更に「行ってみたい所?」と尋ね返すと、悟空は笑顔で「うん」と頷い
てみせた。



そして12月24日のクリスマスイヴ。悟空が『行きたい』と希望したのは…



「本当にここに来たかったのか?」
そう問いかける三蔵の表情は驚きとも困惑とも判じ難い微妙なものだが、手を
繋ぎ横に立つ悟空はごく自然な様子で「うん」と答えた。
二人が並んで立っている場所───そこは数年前からクリスマスシーズン限定
で飾り付けられるようになったイルミネーションの前だった。

クリスマスにイルミネーションが点灯すること自体はさして珍しくもないが、
この場所で見られる物は使われている電球の数とデザインの緻密さとが、街の
あちこちで見かけるようなありがちな物とは決定的に異なる。ヨーロッパの教
会等に見られるステンドグラスの装飾をそのまま忠実に再現したようなイルミ
ネーションは、まさしく圧倒的な華やぎと美しさを誇っており、今やすっかり
クリスマスの風物詩となっていた。
「……」
三蔵がグルリと辺りに視線を巡らせる。最早観光スポットの一つとなっている
駅から程近い街の一角は、人、人、人の渦だ。一心にイルミネーションを見上
げる人々からは、口々に感嘆の声や溜め息が漏れる。確かにクリスマスイヴに
訪れてみたい場所として、これほど相応しい所はないだろう。しかし。
その瞼の奥にある瞳が決して覗くことのない悟空は、果たして今ここにいる時
間を本当に楽しんでいるのだろうか。
「…日本人のクリスマスってさ、本当のキリスト教の人以外にとってはお祭り
みたいなもんじゃん?」
周囲の人々と同じように前方へと顔を向けている悟空が、ふとそんなことを口
にする。三蔵は特に相槌を打つこともないまま、悟空の話の続きを待った。
「勿論俺にはキレイに飾られたツリーも、イルミネーションの眩しさも見えな
いんだけど…街中の雰囲気が何となくウキウキしてるのはわかるんだ。特に、
こういう色んな人が沢山集まってる所だとね。」
「だから来てみたかったんだ、この時期になるといつも話題になってたし」と、
悟空は小さく笑った。
「でもやっぱり、一人だったら来ようと思わなかったと思う。周りで幾らみん
なが『うわぁー…』とか『スゴイ』とか言ってても、俺には想像することしか
出来ないし…でもさ、隣りで三蔵が『キレイ』って思えば俺も『キレイなんだ
ろうな』って思えるし、『スゴイ』って思えば『きっと凄くキラキラしてるん
だろうなぁ』ってワクワクするんだ。」
「一人じゃないってスゴイよね」と、何でもないことのように、悟空は更に笑
みを深くする。すぐ隣りでバカバカしいくらい嬉しげに笑う恋人を、三蔵は今
すぐ思いきり抱きしめたい衝動に駆られたが、ちょっとした身動きもままなら
ない人ゴミの中、結局は彼の手を握りしめる力をグッと強めるに留めた。

「キレイ…?」
「あぁ。」
「キラキラしてる?」
「あぁ。」
「みんな楽しそう?」
「…あぁ。」
「そっか」ともう一度笑った悟空は、自らも絡ませた指先に力を込めた。



「次は俺が行こうと思っていた所に付き合ってくれ」との三蔵の言葉に、きょ
とんとした表情を浮かべながらも悟空が「うん」と頷く。人波を離れパーキン
グに戻った三蔵は、悟空を乗せた車を夜の街へと走らせた。

三十分ほどして車は止まり、三蔵が「着いたぞ」と声をかける。車を降りた悟
空の手を再び取った三蔵はそのまま歩き出した。
「ここ、何処?」
明らかに先刻までいた繁華街とは異なる周囲の静けさに、悟空が訝しげに問い
かける。三蔵は「ついてくればわかる」とだけ答え、戸惑う悟空の手を引いた。
どうやら建物の中に入るらしく、三蔵が「あんまでかい声出すなよ」と注意を
促す。開く扉の音から察するに、かなり重厚な造りの建物のようだ。
扉が開いた途端、悟空の耳に届いたのは───…

「うわぁ…」

思わず、といった様子で悟空がほとんど声にならない歓声を上げる。
天井を高く取った造りの室内いっぱいに響き渡る澄んだ歌声。
荘厳なパイプオルガンの音色。
三蔵が悟空を連れて来た場所───それはクリスマスミサの行われている真っ
最中の教会だった。
二人は扉からすぐ傍の椅子に腰を下ろした。揺らめくロウソクの炎の気配。
美しく響く賛美歌、人々の祈りの声。二人は暫しミサの厳粛な空気の中に身を
置いた。
「スゴイね…まるで音が空から降ってくるみたいだ…。」
初めての体験に気持ちが高揚しているのか、ほんのりと頬を染めて悟空が笑う。
三蔵は口許に微かな笑みを上らせ「そうか」と答えた。
三蔵の方へ向き直った悟空は耳元に口を寄せ「連れて来てくれてありがとう」
と感謝の囁きを落とした。



「何かさ、こーゆー感じのってあったよね。ほら、外国の話でさ…」
教会から家に戻り、予め三蔵が買っておいた料理を囲みささやかなパーティー
を始めて暫くした頃。満足そうにチキンを齧っていた悟空が、急に何かを思い
出した様子で語り出す。
悟空の話の内容は自分が覚えているエピソードを断片的に上げていくまとまり
のないものだったが、三蔵には悟空が朧な記憶を辿って説明しようとしている
話が何なのかすぐに察しがついた。
それはクリスマスを題材にした、O・ヘンリーの短編小説だった。

ある街に、貧しいながらも仲睦まじく暮らす夫婦がいた。クリスマスが近付き、
二人はそれぞれ相手に贈るプレゼントを考えていた。決して楽とは言えない生
活の中、それでも相手が喜んでくれる精一杯の贈り物をしたいと二人は思って
いた。
そして、クリスマス当日。夫の懐中時計に合う鎖を買う為に妻は自慢の美しい
髪を切って売り、妻の美しい髪に合う櫛を買う為に夫は唯一つ持っていた懐中
時計を手放した。
二人はお互いに贈った物を身に付けることは出来なかったけれど、相手を思い
やるかけがえのない気持ちを贈り合ったという、心に残る寓話である。

その眩さを自分の目で確かめられない悟空は三蔵に「イルミネーションを見に
行きたい」と言い、きらびやかなクリスマスの光景をその瞳に映す三蔵は、悟
空を街の喧騒とは無縁の祈りの歌声の響く教会へと誘った。
テーブルの向こうで屈託なく笑う恋人をみつめながら『これからもこんな風に
進んでいければいい』と三蔵は思う。

もどかしくても、遠回りでも、お互いに一歩一歩を確かめ合いながら。
ゆっくりと少しずつ、二人で歩いていけたらいい。

「そろそろケーキ切ろうよ」と、明るく無邪気な声が呼びかける。
返事の代わりに、三蔵は小さな唇に甘いキスを送った───。


                         HAPPY・END.


《戯れ言》
…というわけで、2005年バージョンのクリスマスはこの二人でした。
悟空が行きたいと言ったイルミネーションのモデルは言うまでもなく
丸の内の『ミレナリオ』でございます。関西は『ルミナリエ』ですね。
私は残念ながら実物を見に行ったことはないんですが、画像で見ても
充分凄いですよね。二人が楽しく見上げていたらいいなぁと思いつつ、
この話を書きました。少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。




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