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『夏が来た。』    by Riko








クリスマスの出来事をきっかけに『家がお隣り同士の幼馴染み』から一歩前進
した三蔵と悟空だったが、だからといって二人の関係が劇的に変化したわけで
はなく、時間は至って緩やかに流れていた。
三蔵のあまりの態度の変わらなさに焦れた悟空が一方的に先走ったこともあっ
たが、三蔵が心から自分を大切に思ってくれていることがわかってからは、妙
な不安に駆られることもなくなり、自分達は自分達のペースで進んでいけばい
いのだと思えるようになっていた。
そうこうするうちに月日は過ぎ、何とか無事受験を突破した悟空がめでたく高
校生となった、その夏のこと───

「海?」
食後の洗い物を終えた悟空が、金の瞳を瞬かせる。すぐ隣りで食器を拭きなが
ら、三蔵は短く頷いてみせた。


久しぶりに夕食を共にした、八月が始まったばかりのある夜のこと。
キッチンに二人並んで食後の片づけをしていた時、不意に三蔵が「海に行かな
いか」と話を切り出した。その提案に満面の笑顔で飛びつくかと思われた悟空
は、三蔵の予想に反して少し迷うような表情を見せた。
「あまり気が乗らねぇのか?」
こちらも全ての食器を拭き終えた三蔵が、悟空の方を向き直り問いかける。悟
空は慌てた様子でブンブンと大きく首を横に振った。
「ンなワケねーじゃんっ…そりゃあ俺は行きたいけど…三蔵はあんま人が多い
所って好きじゃないだろ?」
夏休みの海水浴。その一言だけで悟空の心は躍る。しかし三蔵はそもそも人ゴ
ミや騒がしい場所を好まない。無論三蔵の誘いは嬉しいが、自分の為にしたく
もない無理をさせたくはないのだ。
「……」
悟空の受け答えにはっきりと眉間にシワを寄せた三蔵は、無言のまま悟空へと
腕を伸ばし───『ピン!』と丸い額に力一杯のデコピンをかました。
「痛ェッ!」
反射的に叫んだ悟空が、半分涙目で赤くなった額を抑える。三蔵は「フン」と
短く息を吐き出し悟空を見下ろした。
「脳みその容量の足りねぇチビザルが、下手な気の回し方してんじゃねーよ。
行きたくねぇと思ってんなら、ハナッからテメェに声かけるワケねぇだろ。」
「三蔵…」
「それに、誰も人が多い所に行くとは言ってねぇ。」
「へ…?」
三蔵が発した意外な一言に、悟空はデコピンの痛みも忘れ、キョトンとした表
情で小首を傾げる。後に続けられた三蔵の説明はこうだった。
曰く。三蔵の父の知り合いで海辺の地域に実家がある人がいるらしく、地元の
人だけが知る穴場スポットを教わったらしい。
「その代わり、海の家でラーメン食ったりは出来ねぇが…」
「いい、そんなの出来なくてもいいから行きたい…っ」
上目遣いに三蔵の顔を覗き込み、悟空が懸命に言い募る。三蔵は口許に微かな
笑みを刻み、まだ赤みの引かない額に小さなキスを落とした。


二人が海へと出発した日の朝は、夏らしいカッとした陽射しの晴天で。三蔵が
運転する車の助手席に座る悟空は、とびきりの上機嫌だった。
天気のいい夏休みに、三蔵と二人で海へ遊びに行く。これだけの条件が揃って
ワクワクするなと言う方が無理な話だ。
悟空の嬉しさを隠しきれない様子は三蔵の心をも浮き立たせる力を持っている
ようで、平素は面倒なことを極力嫌う三蔵だが、愛飲の煙草を燻らせながらハ
ンドルを操る横顔は至って穏やかだった。
FMラジオから軽快なテンポのヒットナンバーが流れる中、車は海岸沿いの道
へと向かって行った。


三蔵が父から伝聞で教わったという穴場スポットは、まさしく知る人ぞ知ると
いった場所らしく、この日は二人以外に海水浴に訪れる者の姿はなかった。
大勢の観光客に荒らされていない海岸は、水の透明度が高く、蒼の色がとても
深い。ほぼ独占状態の美しい海を、悟空は心ゆくまで満喫することが出来た。

時計の針が昼を過ぎ、悟空の母が用意してくれた弁当を堪能しつつ休憩を取っ
てから、もう一泳ぎをし終えた頃。
「何か…曇ってきてる?」
悟空がふと上空を仰ぎ見ると、午前中は真夏らしい青さを見せていた空には、
どんよりとした色の雲がかかり始めていた。
「夏の天気は変わりやすいからな…もうそろそろ撤収した方がいいかもしれな
いな。」
同じく上空へと目線を向けた三蔵が、紫の瞳を眇める。少し離れた場所にある
水道場で軽く身体を洗った二人は、手早く帰り支度を始めたのだった。


果たして、三蔵の予感は的中した。海岸を後にして車を走らせ始めて幾らも経
たぬうちに降り出した雨は、あっという間に本格的などしゃ降りとなった。
「うわぁ…あのタイミングで切り上げてよかったなぁ。すげぇ雨。」
窓ガラスに顔を近づけて外の様子を窺いながら、悟空がホッとした様子で胸を
撫で下ろす。一方、隣りでハンドルを握る三蔵の表情には、僅かに険しさが漂
う。フロントガラスに叩きつける雨は刻々と激しさを増し、ワイパーはほとん
ど役目を果たさない状態となっていた。
それでも何とか車を走らせて続けていた三蔵だったが、ラジオから流れてきた
最新の交通情報では、二人が行きに通ってきた道路が大雨の為に車両通行止め
になったことを告げていた。
「参ったな…」
路肩へと車を寄せて一時停車した三蔵が、クシャリと前髪を掻き上げる。気が
つけばラジオのBGMは静かなインストロメンタルの曲に変わっており、車体
に激しく打ちつける雨音が一際大きく耳に響いた。
窓ガラスに頭を預けるようにして外の様子を眺めていた悟空が、膝に置かれた
拳をグッと握る。大きな瞬きを一つした後、悟空はぎこちない動きで運転席の
三蔵を振り返った。
「…いい…よ…」
途切れがちの声で、ぽつりと落とされた呟き。ハンドルに軽く顎を乗せていた
三蔵が、助手席に座る悟空へと顔を向ける。悟空はひどく緊張した面持ちで、
再び口を開いた。

「帰れなくても…いい───…」

ややもすれば雨音に掻き消されてしまいそうなか細い声が、三蔵の鼓膜を震わ
せる。驚愕の表情のまま固まってしまった三蔵から、悟空は視線を逸らそうと
はしなかった。
車内に息を継ぐのもままならないような沈黙が落ちる。暫しの間、二人は互い
の瞳だけを見ていた。
先に行動を起こしたのは三蔵の方だった。小さなこげ茶の頭をグイと引き寄せ、
掠める程度のキスを奪う。驚きの色を浮かべる金の瞳を間近から覗き込み、あ
どけなさを色濃く残す唇を甘噛みしてから、三蔵は悟空を解放した。
「…お袋さんに、連絡入れとけ。」
フロントガラスへと目線を戻し、再び車を走らせ始めた三蔵が、静かな声で告
げる。口許を手で抑え薄らと頬を染めた悟空は、小さくコクリと頷いた。
ポケットから携帯電話を取り出す。発信ボタンを押す指先が僅かに震えている
のが自分でもわかった。
「あ、母さん?うん…そう、こっち凄い雨でさ…道路通行止めになっちゃって
…うん、明日には帰るから…うん、わかってる。じゃあね。」
母親との会話を終え、通話を切るボタンを押す。折り畳んだ携帯電話をしまい
ながら、悟空は複雑な表情で溜め息を一つ吐き出した。

『三蔵君と一緒なら心配ないわね。ワガママ言って迷惑かけちゃ駄目よ。』

優しく諭す母の声が、脳裏で甦る。悟空は窓ガラスを伝っていく雨垂れへと目
線を移した。
(ゴメン、母さん)
胸の奥がチクリと痛む。自責の念に駆られながら、悟空は心の中で小さく母に
謝った。

ゴメン でも俺、三蔵が好きなんだ
たった一人、三蔵だけが好きなんだ
どんなに可愛くて優しい女の子がいたとしても
三蔵じゃなきゃダメなんだ
だから…ゴメン

シートに背中を預け、悟空はそっと瞼を閉じた。


三蔵が車を止めたのは、海沿いに建つ小さなホテル。雨足は少しも弱まる気配
を見せず、車を降りてロビーに駆け込む間だけでも、二人は頭から足先までび
しょ濡れになってしまった。
当然ながらホテル内は少々きついくらいエアコンが効いていて、チェックイン
を済ませて部屋に入る頃には、雨に濡れた身体はすっかり冷えきってしまって
いた。
「先にシャワー使え。風邪でもひいたらシャレになんねぇからな。」
荒っぽい手つきで髪を拭きながら、三蔵が悟空を促す。このひどい雨の中、い
つもよりも神経を使いながら運転してきたのだから、言うまでもなく疲労度は
三蔵の方が断然上だ。悟空としては三蔵に先に身体を温めて一息ついてほしい
のだが、そうは言ったところでぶっきらぼうだけれど優しいこの幼馴染みは、
決して首を縦には振らないだろう。
結局悟空は「うん、ありがと。」とだけ答えて先にシャワーを使った。
あまり三蔵を待たせぬよう手早くシャワーを浴び終えた悟空と入れ替わる形で、
三蔵がバスルームに向かう。
悟空が改めて『今夜一晩を三蔵と過ごすのだ』と意識したのは、バスローブ姿
で洗い髪を拭う三蔵を目の当たりにしてからだった。
トクン…と、胸の鼓動が高鳴る。
「悟空」
少し低めの落ち着いた声が呼びかける。悟空は小さく息を呑み込んでから、差
し出された手に自らの手を重ねた。


怖くない、と言えば嘘になる。顔立ちも身体つきも総じて幼い悟空は、三蔵と
キスをするまではその類のことに関して全く免疫がなかった。ましてやその先
のことなど、悟空からすれば完全なる未知の領域で、一体どうなるのか想像も
つかない。だが、悟空の心底に不安を生じさせている本当の理由は、行為その
ものへの恐怖ではない。
あまりに物馴れない自分の子供っぽさに呆れ果て、三蔵に幻滅されてしまうよ
うなことになったらどうしようと。
悟空が本当に怖いのは、ただそれだけだった。

何もかもが初めての悟空を怯えさせぬよう傷付けぬよう、三蔵は平素の彼から
は考え難いほどの根気強さで、腕の中の頼りなげな身体を柔らかくゆっくりと
解いていく。それでも悟空は全身が小刻みに震えるのを止められなかった。
「悟空」
耳元に深い声で囁きを落とされ、身体中のあちこちに余す処なくキスを送られ
て。懸命にシーツを掴んでいた手をそっと緩められ、互いの指先を絡ませるよ
うに握り込まれて。
ピッタリと寄り添うように重ねられた指先から、三蔵の熱が伝わってくる。
悟空の心の中に渦巻いていた様々な不安は、瞬く間に払拭されていった。
(あぁ───…)

温かな声
温かな手
温かな人
この人を、好きでよかった

唯一人の恋しい人を見上げる金の瞳が、こみ上げてきた熱い雫で朧に滲む。三
蔵は気遣わしげな表情で、潤みを含んだ丸い瞳を覗き込んだ。
「つらいのか…?」
何処か心許ないような声音で問いかけられて。悟空は小さくかぶりを振り、精
一杯の笑みを三蔵に向けた。
「違う…よ…嬉しくて…こうやって三蔵といられることが…嬉しくて…」
だから思わず泣きたくなってしまったのだと、不器用ながらも悟空は懸命に言
葉を紡ぎ、あるがままの想いを三蔵に伝える。
刹那、紫の瞳を見開いてみせた三蔵は、滅多に見せることのない何とも面映そ
うな笑みを浮かべ、腕の中のかけがえのない宝物を抱きしめた。


眩い朝の光が、閉じた瞼の奥まで差し込んでくる。「ん…」と微かな声を漏ら
し、むずがる子供のように何度か頭を左右に振ってから、悟空はぼんやりとし
た表情で目を開けた。
「ようやく目が覚めたか。」
カーテンを開けながら声をかける三蔵は、既に身支度を終えている。窓の向こ
うに広がるのは、昨日の荒れ模様が嘘のような、紛うことなき真夏の青空だっ
た。
「着替えが済んだら朝メシ食いに行くぞ。結局昨夜は夕メシ食い損ねちまった
からな。」
緩慢な動作で身を起こした悟空の髪を、三蔵は無造作な手つきでグシャグシャ
とかき回す。過剰に心配しているような素振りを見せたりせず、三蔵が至って
普通どおりに接してくれていることが、悟空には堪らなく嬉しくて。未だあど
けない丸い顔には、自然と笑みが零れた。
「おう。俺もう腹ペコペコ。」
こちらもいつもどおりの調子で答えた悟空が、ベッドから起き上がる。そのま
ま窓の前へと歩み寄った悟空は「すっげぇいい天気」と言いながら、眩しげに
目を細めた。
気が付けば背中から回された腕に、ゆったりと抱きしめられていて。振り返っ
た悟空は、はみかみがちの笑みを三蔵に向ける。

眩しく照りつける夏の陽射しの下、二人は朝一番の優しいキスを送り合った。



                         Happy・End.



《戯れ言》
…というわけで、『ロマンスの神様』その後・でした。いきなり歳月をすっ飛
ばしたのは、やはり「中学三年生はどうなのよ??」と思った為(苦笑)
タイトルは渡辺美里嬢の曲から。この曲のワタクシ的一番のツボは、

       本当の夏が来た もう友達じゃない君がいる

というサビのフレーズです。ちょっとでも楽しんで頂けたなら、幸いです。




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