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『それは君が笑うから』    by Riko



          
「オイ、二十九日に休み合わせられるか?」

いつもの如くダイニングテーブルで向かい合い朝食を取っていた、霜月のある
日のこと。カップをテーブルに置いた三蔵が、不意にそんなことを問い掛けて
きた。悟空はクロワッサンをちぎっていた手を止め、コクリと頷いた。
「うん。俺は元々休みが取れるようにシフトを調整してもらうつもりだったか
ら大丈夫だけど…三蔵こそ平気なの?」
悟空の職場は土日出勤の分を平日に交代で休みを取ることで調整している為、
比較的融通が利きやすい。しかし三蔵は至って普通の会社勤めであり、加えて
業務成績優秀な彼は、いつもとても忙しい。そんな悟空の心配を余所に、三蔵
は一言簡潔に「阿呆」と返した。
「ごくたまにの気ままも通らねぇなら、普段マメマメしく働いてる意味がねぇ
だろ。だったら俺はとっくにあの会社をやめてる。」
ぶっきらぼうな言葉の裏側にあるのは、悟空に余計な気を遣わせまいという、
不器用な思いやりに他ならなくて。クロワッサンを頬張りながら、悟空は小さ
く笑って「そっか」と答えた。
「今回お前は何も仕度しなくていいぞ。当日は出かけるからな。」
十一月二十九日───誕生日当日には祝いの料理をこしらえるつもりでいた悟
空の考えを察した三蔵が、先回りして自分のプランを告げる。一瞬きょとんと
した表情になった悟空だったが、程なくして「わかった」と再度頷いてみせた。


そして二十九日当日。めでたく揃って休みを取ることの出来た二人はのんびり
と寝坊をした後、少し遅めの朝食を取ってから家を出た。

まず二人が向かったのは、この春オープンしたばかりの水族館。悟空が以前行
きたいと話していたのを覚えていた三蔵の選択だった。まだ完成して間もない
施設は清潔感があって美しく、全体の印象が明るい。元々動物好きの悟空は、
愛らしいイルカやアシカのショーに歓声を上げ、水槽がトンネル構造になって
いる通路では首が痛むんじゃないかと思うほど、金の瞳を輝かせて一心に上空
を見上げていた。
「スゴイね」と悟空が子供のように笑うと、三蔵も「そうだな」と短く頷き返
した。
水族館を出る頃にはもうすっかり日も暮れ始めていて、三蔵は「少し早いが夕
食にしよう」と言って街へと繰り出した。

三蔵が悟空を連れ扉をくぐったのは、ふぐ料理の専門店。どうやら事前に予約
を入れていたらしく、名前を告げるとすぐに奥の個室へと通された。
「俺、ふぐって食べるの初めて。うわぁ…ホントに下の皿の柄が透けて見える
んだなぁ。」
花びらのように繊細に美しく盛り付けられた白身の刺身の下からは、伊万里焼
特有の淡い青が透けて見える。その鮮やかな色の冴えに、悟空が「キレイ」と
呟く。鍋から立ち上る湯気の向こうで無邪気に笑う、幼さを残す横顔を瞳に映
しながら、三蔵は無意識のうちに緩く口角を上げている自分に気付いた。


ふぐ料理を堪能しすっかり満腹になって店を出ても、三蔵の足が家路へと向か
うことはなかった。
「まだ帰らないの…?」
隣りを歩く三蔵の顔を覗き込み、悟空が訝しげに問い掛ける。顔を傾け悟空と
視線を合わせた三蔵は、ポンと背中を軽く叩きながら「ここまでは余興みたい
なモンだ」と答えた。益々怪訝そうな表情になった悟空を促しつつ、三蔵は夜
の街を進んだ。
二人が辿り着いたのは、モダンな造りを売りにした高層建築のホテルだった。
スムーズにチェックインを済ませた三蔵が、悟空を連れてエレベーターに乗り
込む。
行き先は、最上階を示していた───。

鍵を開け先に室内へと足を踏み入れた三蔵が、窓に掛かっていたカーテンを大
きく開け放つ。おずおずとした足取りで部屋に入ってきた悟空へ軽く手招きし、
三蔵は彼を傍らへと呼び寄せた。
「…っ」
窓の外へと目を遣った悟空が思わず息を呑む。眼下に広がる夜の街は、まさし
く『光の洪水』だった。三蔵のマンションも山の手にある分、夜景はよく見え
る。とは言ってもやはり街中にあるホテルの最上階とでは、その圧倒的な眩さ
は比べ物にならない。
「スゲェ」と小さく呟く悟空に三蔵は「もう一つ見せたいものがある」と言い、
バスルームへと案内した。
この類のホテルのバスルームには窓がないというのが相場だが、この部屋には
バスタブの向こうにかなり大きな窓があるようだ。三蔵は「見てろ」と言い、
ブラインドをゆっくりと引き上げた。
「あ───…」
口を半開きにしたまま、悟空が言葉を失う。丸い金の瞳に映ったのは───
ライトアップされて一際強い存在感を放ち聳え立つ『東京タワー』。
「これが見せたかったんだ……気に入ったか?」
悟空を振り返りそう声をかけた三蔵が、意外そうに目を瞬かせる。ほんの今し
がたまで子供のように瞳を輝かせていた悟空は、何故か伏し目がちに顔を俯か
せていた。
「何か…これってヘン。今日は三蔵の誕生日なのに、俺の方が嬉しかったり楽
しかったりすることばっかじゃん。」

誰より大切な人の、一年に一度しかない記念日。
だからこそ思う存分、自分がしたいことをしてほしいのに。

数瞬の間、二人の間に沈黙が落ちる。やがて三蔵は「バーカ」と小さく呟きな
がら、悟空の丸い額をピンと弾いた。
「痛い…」
「テメェも大概学習能力のねぇ奴だな…何回似たようなこと言わせる気だ」
無愛想な口調でそう言い放った三蔵は悟空の顎に指をかけ、俯きがちだった顔
をグイッと上げさせた。

「お前が笑うから、意味があるんだろうが。」

キレイな紫の瞳が、真っ直ぐに悟空を見下ろす。悟空は完全に不意を突かれた
表情で、すぐ間近にある秀麗な面差しをみつめ返した。
「三蔵…?」

「俺からすれば水族館はただ魚が泳いでるだけの場所だし、夜景を何処で見よ
うとさして変わりはないし、風呂から東京タワーが見えたからって『フーン』
と思う程度のことだ。だけどお前が『スゴイ』って言えば『そうだな』って答
えたくなるし、お前が嬉しそうに笑えばいつの間にか自然と笑ってる自分に気
付く。俺一人だったらどうとも思わないことでも、お前とだったら『特別』に
なるんだよ。」

こう考えてみると自分という男は驚きや感動といったものが極めて薄い、実に
つまらない人間だと思う。そんな自分でも、彼がこうして隣りで楽しげに笑え
ば、この人生も中々捨てたもんじゃないと思えるのだ。
零れ落ちそうなくらい金の瞳を見開いていた悟空が、ほんのり頬を染め、はに
かみがちに笑う。
ゆっくり背伸びをした悟空は、誰より愛しい人へ心からのキスを送った。


「実は俺、プレゼント用意してたんだ。」
部屋に戻ると悟空はそう言いながらバッグのジッパーを開けた。
「ふぐ屋さんでは日本酒が出てたから、渡しそびれちゃったんだけど」と言い、
悟空が取り出したのは……
「ワイン…?」
差し出された瓶を手に取りながら訝しげに呟く三蔵に、悟空が「うん」と頷く。
「三蔵が生まれた年の、ね。」
悟空の何気ない一言に、三蔵が改めてワインのラベルに視線を落とす。そこに
は確かに三蔵が生まれた年の西暦が記されていた。
「三蔵ってあんま物とか欲しがんないし、でも何か記念になるような物を上げ
られたらいいなって思ったから…」
店の常連であるワインコレクター所蔵のワインセラーで探し出し譲ってもらっ
たのだと、悟空は笑った。

胸の奥がじんわりと暖まってくるのがわかる。
この温もりは唯一人、彼だけが自分に与えてくれるものだ。

「よし、じゃあ早速開けるか。」
「えっ、今日飲んじゃうの?」
三蔵の言葉に悟空が意外そうな声を上げる。その反応に三蔵は軽い苦笑いを返
した。
「コレを開けるのに今日より相応しい日なんてねぇだろ。ついさっき言ったこ
と、もう忘れたのか?」
「え…?あ…」

『二人だから、意味がある』

悟空の顔に満面の笑みが零れる。ソファーから立ち上がった悟空は「グラスと
オープナー用意しなきゃ」と言いながらサイドボードを覗き込んだ。
いそいそと仕度を始める悟空の様子を眺めながら、三蔵は緩やかに微笑った。


誕生日なんて 三百六十五日の中の一日に過ぎないけど
君がここにいるから 『特別な一日』になる
君が幸せそうに笑うから 『かけがえのない想い出』になる───


                              …Fin.


《戯れ言》
私ゃ一体何度この人の誕生日を祝うんでしょうねぇ…(苦笑)というわけで、
今年は『ラヴラヴデートなお誕生日』でした(笑)話の中に出てくる諸々は
体験談半分、フィクション半分といったところでしょうか。いつもに比べて
ちょっと短めですが、少しでもお誕生日気分を楽しんで頂ければ幸いです。
最早何年目かわからない誕生日おめでとう、三蔵。これからもよろしく(笑)



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