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『進化革命前夜』 by Riko







どうしたらいいんだろうと 時折り途方に暮れることがある
あれほど永いこと一人でいたのに
繰り返し流れていく季節を幾度も一人で眺め続けて
それでも大丈夫だったのに
あの山頂に一人でいた 百分の一にもならない時間が
根こそぎから自分を変えてしまった
貴方は俺に沢山の『力』をくれるけど
同時に馬鹿馬鹿しくなるほど気弱にもする
これ以上その手の温かさを求めてしまったら
今度また『ひとり』になった時
俺はきっと 俺自身を支えきれなくなる
いつからこの心は こんなに脆くなってしまったんだろう───


この半月程、三蔵は静かに苛立っていた。業務の多忙さ以外のことで彼の感情
を波立たせる要因となりえる人物は、一人しかいない。三蔵の苛立ちの理由は、
このところの悟空の態度にあった。
それは意識していないと見過ごしてしまいそうな僅かな違和感なのだが───
悟空は微妙に三蔵と対峙することを避けている。そのくせふと気付けば、その
視線はひたすらに三蔵を追っているのだ。
(何だってんだ、一体…)
一日の仕事を終え自室で新聞をめくっていた三蔵は、胸の内で燻っている気持
ちのままに、乱暴な手つきで煙草を揉み消した。
最初は精々数日程度のことだろうと踏んでいたし、無理に問い質そうとしても
却って逆効果だろうとも思い、敢えて三蔵は素知らぬふりを決め込んでいたの
だが。流石に半月ともなれば元々気の長い方でもない三蔵の忍耐も、そろそろ
限界に近付きつつあった。
「さんぞー」
丁度タイミングを計ったかのように、細めにドアを開けて悟空がヒョコリと顔
を見せた。
「風呂、空いたから。じゃあおやすみ。」
伝えるべきことだけを口にしてドアを閉めようとしたところを「悟空」と呼び
止める。小首を傾げている悟空に軽く手招きすると、風呂上りの湿った髪を拭
きながら、トコトコと目の前まで歩み寄ってきた。悟空の足が止まったところ
で、三蔵は新聞を畳んでテーブルへと置いた。
「何…?」
こうして向き合い問いかけてくる姿は、いつもと何ら変わりがないように思え
る…三蔵以外の者が見れば。しかしそうではないことが、三蔵にだけはわかる。
話し掛けてくる声には本来の彼らしい覇気が感じられないし、視線は微妙に逸
らされて、噛み合うことがない。三蔵は不快感も露わに、紫の瞳をスゥ…ッと
細めた。
「回りくどい物言いは面倒臭ぇから率直に訊くが、ここんとこのテメェのその
態度は何だ。俺をおちょくってんのか?」
「ナ…ニ言ってんの…?俺が三蔵をおちょくるなんて…ンなワケねーじゃん」
あまりに直球の問いかけに一瞬瞠目した悟空だったが、すぐにその表情は笑顔
に変わり、わざと軽い口調で話を終わらせようとする。しかしその笑顔と話し
ぶりのぎこちなさを、三蔵が見逃すはずもなかった。
「あくまでシラ切り通すつもりか…だったら」
不意打ちで伸ばされた両手が、逃げ出せぬよう悟空の両手首をきつく掴む。そ
のままグイと力任せに、互いの前髪が触れ合う距離まで引き寄せられた。
「俺ときっちり目合わせて物を言え。」
深い紫の瞳が正面から金の瞳を捉え、逸らすことを許さない。間近になった未
だあどけない顔が、苦しげに歪んだ。
「さん…ぞ…離…して…」
微かに震える声で途切れ途切れに紡がれた拒絶の言葉にも、三蔵の手の力が緩
められることはない。えも言われず重い沈黙が、二人の間に落ちる。一向に三
蔵の姿勢が変わらないことに観念したのか、ようやく開かれた悟空の口からは
「だって」という呟きが零れた。三蔵は彼にしては珍しい根気強さで、言葉の
続きを待った。
「だって…あんまりそばにいたいと思っちゃダメなんだ…これ以上そばにいた
いと思ったら…俺きっと、どんどん弱くなる…」
いつものことながら、悟空が己の主観で語る内容というのは断片的で要領を得
ない。三蔵は軽い頭痛を覚えながら、「始めからもう少し具体的に話せ」と諭
した。悟空は暫しの逡巡を見せ、やがて再びその口を開いた。
「俺…あんなに永い間一人でいたのに…何にもなくても誰もいなくても、それ
でも大丈夫だったのに…三蔵に逢って、こうやって一緒にいるようになって、
俺の世界がどんどん三蔵でいっぱいになって…ちょっと離れてるだけで、息が
詰まるくらい苦しくなる…でも、一緒にいてもやっぱり苦しい…こんなのおか
しい、こんなのダメだよ…こんなんじゃ俺、いつか一人で自分を立たせらんな
くなる…」
初めて芽生えた感情を、自分でもどうしていいのかわからない歯痒さと憤りが
ない混ぜになったような声で、ぽつぽつと悟空が自らの『想い』を語る。一笑
に付するかと思われた三蔵は、何とも複雑な表情で話に耳を傾けていた。
「…で?今のどっちつかずみてぇな距離感が、お前にとっての最適なのか。」
「…っ、そうじゃない、けど…こうやってるうちには『このくらいが丁度いい
んだ』って思えるようになるだろうし…三蔵だってさ、その方がウザくなくて
いいだろ…?」
「誰がいつンなコト言ったんだよ」
「えっ…?」
思いの外きつい声音で言い返されて、悟空が戸惑いの声を上げる。次の刹那、
ようやく両手を離した三蔵に有無を言わさず抱き上げられ、視界が反転したこ
とで、自分がベッドの上に抑え込まれたことを理解した。
「三…蔵?」
困惑に見開かれた金の瞳が、自分のすぐ上にある秀麗な顔を見上げる。手荒い
扱いとは対照的に、見下ろしてくる紫の瞳は静かな色を宿していた。

「逃げるな。俺ももう、見えてないフリをするのはヤメにする…だから、お前
も逃げるな。」

予想だにしなかった真摯な声で告げられた言葉に、悟空は只々みつめ返すこと
しか出来なくて。だが、熱の低い唇が項に押し当てられたのと同時に、小柄な
身体がビクリと跳ね上がった。
「ちょっ、待っ…待って、待ってよさんぞ…っ」

ダメだ。これ以上この温もりを知ってしまったら、もう二度と『ひとり』には
戻れなくなる。
今この手を取ってしまったら、笑って自分から手を離すことなど出来なくなる。

「待たねぇよ」
切実な叫びに返されたのは、たった一言。
「待てるくらいなら、こんな踏み出し方はしてねぇよ…あきらめろ。」
「ヒデェ…そんな勝手な言い方あるかよっ」
幼さを残すその顔が、泣き出しそうにクシャリと歪む。三蔵は何処か楽しげに
微笑い、絡めた指先に軽く口づけを落とした。
「そんな勝手な男を選んだのは他の誰でもないお前だろーが…だから、あきら
めろ。」
「…ホントに、ヒドイ…」
滲んだ金の瞳から、堪えきれなかったように一筋の涙が零れ落ちる。三蔵は唇
で、丸い頬のラインに沿って流れていく透明な雫を優しく拭った。


身体中を侵蝕していくような甘い熱に浮かされながら、悟空は子供のように震
え続けていた。
壊れ物のように柔らかく包み込まれ、余すところなくキスを送られて。深い声
で名を呼ばれる度に新たな涙が零れ、またそっと唇で拭われる。
どうしたらいいんだろう。
この声を、この瞳の色を、この唇の熱を知ってしまった。
驚くほどの甘さを二人で分け合えることを、知ってしまった。
もう、何処にも行けない。
互いの熱を解放するその瞬間。悟空は骨が軋みそうなほど、絡めた指先に力を
込めた。


嵐が去った後の、静まり返った時間。泣き腫らした赤い目をしてぼんやりと天
井を見上げていた悟空の髪を、三蔵は緩やかな手つきで繰り返し梳いていた。
「もう…知らないからな…」
掠れ気味の声で、ぽつりと落とされた呟き。
「三蔵が困っても…お前なんか要らねぇって言っても、離してなんかやれない
から…っ」
拗ねているようなあきらめているような表情の悟空の顎をグッと掴み、三蔵は
半ば強引にその顔をこちらへと向かせた。
「グダグダ愚にもつかねーこと言ってんじゃねぇよ…来るか来ねぇかもわかん
ねぇ『いつか』なんてコト気にしてるヒマがあったら、俺に目移りする隙間な
んか与えるな。」
「三蔵…?」
茫然とした様子の悟空を真っ直ぐに見据え、三蔵は不敵に笑ってみせた。
「離さねぇってんなら…俺が余所見する間なんかないくらい、いつでも全力で
めいっぱい、テメェの方へ引っ張り続けてみせろって言ってんだ。」
迷いのカケラもない口調で言い切った三蔵が、もう一度笑った。
茫然としたままだった悟空の表情が、やがて零れるような笑顔に変わる。三蔵
の首に腕を廻し、悟空は初めて自分から喰らいつくようなキスを仕掛けた。

「そっちこそ…そこまで言った以上、覚悟決めろよ…?どんなにあがいても、
絶対離してなんかやんねぇから。」

三蔵の耳元に甘い囁きを落とした金の瞳が、澱みのない輝きを放った───。


                              …END.


《戯れ言》
どうしたもんでしょう…何やら、書き出した時のイメージとはおよそかけ離れ
たモノになってしまいました(汗)コレを読んで「実はイメージソングはオフ
コースの『愛を止めないで』だったんですよ?」と言って果たして誰が信じて
くれるのでしょうか…?
小田和正氏の透明感のある声と話のトーンがカケラもマッチしていないのは、
        「愛を止めないで そこから逃げないで」
というワンフレーズのみにイメージが集中した結果です(苦笑)何とも言い難
い代物になってしまいましたが、私は結構楽しかったんで、読んで下さった方
も楽しんで頂ければコレ幸い…ということで(^^;)。




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