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『深淵』 byRiko

 

「『ひしょ』?何ソレ?珍しい食いモンか何か?」

「ンなわけねぇだろ、バカ。『避暑』ってのは『暑さを避ける』、

つまりクソ暑いトコからトンズラこいて涼しいトコで休もうって

ことだ。海辺の避暑地に別荘を持っている信徒がいてな…『よろ

しければお使い下さい』って話なんだが……」

『海』の一言に、金の瞳がパッと輝く。

「海!前に本で見たことあるっっ、いっぱい水があって、それが

ずーっと続いてんの!!行くの?なぁ三蔵、海行くの?」

期待に満ち満ちた眼差しが、ズイッと顔を近づけて三蔵を覗き込

む。三蔵は目を通し終えた書類をまとめながら、大袈裟に溜め息

を一つついてみせた。

「サルを連れての遠出なんて面倒臭ぇ…が、クソ暑い中で面突き

合わせてるよりは幾らかマシか。」

いかにも“仕方がない”という物言いとは相反して、悟空に向け

られた瞳の色は柔らかい。次の瞬間、悟空は弾けるように笑い、

三蔵の肩に抱きついた。

 

 

 

「うわぁ…スゲェ!すっげぇ青!なぁなぁ三蔵っ、スゲーよ!!」

初めて『海』を見た驚きと嬉しさに、悟空は“凄い”を連発する。

そんな悟空の新鮮な反応に半ば呆れたような、それでいて何処か

優しげな表情で、三蔵は軽く肩をすくめた。

「あー、わかったわかった。ほら、とっとと行って来い。」

「三蔵は?海入んないの?」

「入らねーよ、かったりぃ。俺は休みに来たんだ。あっちで座っ

てるから、てめぇは適当に遊んでろ。」

素っ気無く言い放った三蔵は、海岸に向かって大きく張り出した

バルコニーへと足を向ける。暫しの間不満げに丸い頬を膨らませ

ていた悟空だったが、やがて気を取り直した様子で砂浜へと駆け

ていった。その後ろ姿を見送った三蔵は、お決まりどおり煙草と

新聞を揃えてデッキチェアーに寝そべり、完全な『休暇モード』

に突入した。

 

別荘前の海岸一帯は所有者の私有地らしく、他の観光客が入って

くる気配はない。夏の海辺特有の喧噪は此処にはなく、悟空の明

るい声と跳ねるような水音だけが風に乗って届く。悟空のはしゃ

ぎ声は、不思議と三蔵の休養を邪魔する不快さを感じさせない。

“凄い”だの“気持ちいい”だのとたあいの無い事を繰り返して

いる聞き馴れた声をBGMに、暫く新聞を読む事に没頭していた

三蔵だったが、ふとその声と水音が聞こえなくなっていることに

気付いて顔を上げた。

「…悟空?」

訝しげな呼び掛けに応える声は無い。上げた視線の先には、静か

なさざ波が打ち寄せる白い砂浜があるだけだ。

(あのバカッ…もしや足でもつって沈んでんじゃねぇだろーな!?)

読みかけの新聞をテーブルに放り出した三蔵は、バルコニーの手

摺りを飛び越えて砂浜を駆け出した。

波打ち際まで近付いても、やはり悟空の姿は見えない。ジーンズ

の裾が濡れるのも構わず、三蔵はズブズブと海へと入っていった。

と、不意に。

「…っ!?」

何か、強烈な力にシャツを引っ張られる。咄嗟に踏み留まろうと

するが、不安定な足場では踏ん張りが効かなかったらしい。結局

引力に逆らえず、三蔵の身体は派手な水しぶきと音を立て、海の

青に沈んだ。

「…ッテェ…何なんだ一体っ…」

三蔵が倒れた場所は、座り込んでも胸の位置程度の水の高さだっ

たが、何しろ物凄い勢いでダイヴしたもので、髪から服からずぶ

濡れだった。忌々しげに小さく舌打ちして、髪からポタポタ落ち

る雫を振り払うように思いきり首を振る。

「…テメェ…よりによって飼い主様をハメるたぁイイ度胸してる

じゃねぇか…あぁ!?」

地を這うような声を上げた三蔵は、額に張り付いた前髪の間から

目の前の相手を睨み付ける。そこにはかけらも悪びれた様子のな

い小猿が、向かい合うようにしてちんまりと座っていた。

種を明かせば何ということもない、水中に身を潜めて三蔵が来る

のを待っていた悟空が、思いきりシャツを引っ張っただけのこと

なのだった。

「だってさ、こうでもしなきゃ三蔵こっち来てくんねーじゃん?

せっかく海に来たのに、入んないなんてもったいねぇよ。こんな

気持ちいいのに。」

「フザケんな、服の中までずぶ濡れで不快極まりねぇよっ、何が

『気持ちいい』だ、バカ猿っっ」

「いーじゃん、俺だってTシャツに短パンだよ?一度濡れちゃえ

ば、もう気になんないって。そんなに怒んなよ…だって、二人で

遊びに来るなんて滅多にないのに、離れてるのなんてイヤだった

んだもん……」

拗ねた子供のような表情の悟空が、三蔵の首に腕を回してギュッ

と抱きつく。素肌にピッタリと張り付いたシャツ越しに感じる、

互いの体温。三蔵は悟空の耳元に軽く唇を押しあてた。

「…ンだよ、お前…誘ってんのか?」

いきなり耳元で響いた三蔵の声に、悟空が肩口に埋めていた顔を

上げる。一瞬何を言われたのかわからなかったのか、きょとんと

した表情を三蔵に向けていたその頬が、ゆっくりと紅く染まって

いった。

「そ…んなんじゃ、ないけど…でも…『そばに来てほしい』って

思ったんだから、そういうことになんのかな…でも、さ…」

「…いいよ。もう黙ってろ。」

首筋まで真っ赤に染めて、たどたどしく言葉を繋ぐ悟空の唇を、

そっと三蔵が塞いだ。

 

 

 

「あっ…ぁ…ん…」

せわしなく息を継ぐ唇は、薄らと色付いて紅い。

身体の半分以上は海の中だというのに、溶け出しそうなくらい

熱い。

「ん…さんぞ…さん、ぞっ……」

この状況から自分を掬い上げてくれるのは、目の前の人だけ。

だから縋るように繰り返し繰り返し、名前を呼び続ける。

不意打ちのように揺さぶられ、背中が大きくしなる。反り返った

細い喉元に散った紅を、ゆるゆると唇が辿っていく。

ふぅ…っと開かれた金の瞳いっぱいに、眩しく晴れ渡った空が

広がる。

澄みきった青に、ぽつんと浮かんだ、一点の『白』。

(…白い…鳥…?)

「ひっっ…!や…ぁ……あ…」

いきなり深く突き上げられた衝撃に、悲鳴に近い声があどけない

唇から漏れる。痛みを伴うほど強い力で、グッと顎を掴まれた。

「…テメェから仕掛けといて余所見とは、ずいぶんと余裕だな。」

「え…ちが…」

指先を動かすことすらままならない中、懸命にかぶりを振ろうと

する悟空を、紫暗の瞳が真っ直ぐに捉えた。

「他のモンなんか見るな。俺を見ろ。」

静かな、それでいて深い三蔵の声。向き合う金の瞳が、微かに細

められた。

「…見てる…よ?いつだって、見てるよ…三蔵のことばっか見て

て、苦しくて苦しくて…目の奥から悲鳴が上がりそうなくらい…

三蔵一人だけを、見てるよ……」

途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、金の瞳は逸らされることなく

三蔵を見据える。三蔵は小さな顎を捉えたまま、噛みつく勢いで

口付けた。貪り合う濡れた音が、互いの耳の中に響く。

最後に舌で優しく唇の輪郭をなぞり、三蔵の唇が離れていった。

「まだまだ足んねぇよ…そこまで言うんなら、いっそ目の神経が

焼き切れちまうくらい、俺だけを見てろ。」

刹那、驚いたように金の瞳が見開かれる。ほんの少しの間を置い

て、その口許が淡い笑みを形作った。

「…それじゃ、イヤだよ…神経焼き切れちゃったら、三蔵の瞳も、

髪も、指先も…俺が好きなトコ全部、見らんなくなっちゃうじゃ

ん?…そんなのイヤだよ…」

今度は三蔵が、悟空の言葉に目を見開く。悟空は少し照れた様子

で視線を下げる。それをみつめる三蔵の口許にも、微かな笑みが

浮かんだ。

三蔵の腕が悟空の細い腰を引き寄せる。引き攣れたような吐息を

漏らす唇を再び塞ぎ、身体の深い奥底まで侵すように、奪い取る

ように、激しく揺さぶる。添えられていただけだった悟空の手が

強く強く三蔵の背中に縋りついた時、二人は互いの熱の放出を、

感じ合った。

 

三蔵が小さな息を一つ吐き、ゆっくりと身体を離そうとする。

が、その動きに抗うように、背中に回された悟空の腕が自ら三蔵

を引き寄せた。

「…ダメ…」

「悟空…?」

熱にほんのりと染まった唇が、緩やかに微笑う。

「…まだ…離れちゃ、ダメ…もっと…もっと近くまで…来て…」

かすれ気味の声は甘く、何処までも甘く。潤みを含んだ金の瞳が

淡く揺れる。三蔵は見えない糸に絡めとられたように、その身を

再び沈み込ませていった─────。

 

 

 

 ───── 昇天のかもめを抜けて更に更に ─────

                        時実新子

 

 

                     THE・END

 

 

《戯れ言》

『三空エロ同盟』様にUPして頂いたモノ。私にしては珍しくも

真っ最中の場面の比率が高いのは、お題が『夏のアウトドアH

という企画だったからです(苦笑)。本家本元の方へ飛んで頂き

ますと、皆様の『めくるめくアウトドアな二人』(笑)を胸一杯

堪能出来ます☆

終末の句は、これまた時実新子様の作品。この句の一番好きな所

はやはり、「更に更に」という言葉。強烈なまでの貪欲さとでも

言うんでしょうかね…私には大変インパクトのある言葉でした。

真夏の、目が痛くなるような青空を振り仰いだ時に、一羽の白い

鳥が見える…このイメージが伝わっていれば嬉しいのですけど。

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