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rules2   by Riko





三月十四日のその日。三蔵が学校から帰宅すると、悟空はリビングでアニメの
ビデオを見ていた。三蔵は廊下から「ただいま」とだけ声をかけ、一度部屋に
鞄を置いてから一階に戻ってきた。悟空同様父親の言いつけどおりに手洗いと
うがいを済ませた三蔵は、ソファーに座る悟空へと歩み寄った。
「オイ」
いつもどおりのぶっきらぼうな呼びかけに、それでも悟空はテレビから目を離
し、三蔵を振り返る。三蔵は愛想のカケラもない表情で、愛らしいラッピング
の施された小さな箱を悟空の前に突き出した。
「バレンタインの時、お前のチョコ半分食っちゃったからな…コレ、やる。」
突然のことにキョトンとした表情で目の前の箱と兄の顔とを交互に見遣る悟空
へと、三蔵は半ば押し付けるようにそれを差し出す。どうも今一つよくわから
ないが、とにかくお兄ちゃんが自分の為に何かを買ってきてくれたようである
と理解した悟空は「ありがと。」と笑顔で受け取った箱の包みをいそいそと開
け始めた。

別に、ホワイトデーなんて特別意識したわけじゃない。結果論とはいえ悟空が
もらってきたチョコレートを半分食べたのは事実だし、コンビニの店頭に並ぶ
カラフルにラッピングされた菓子を見た時『アイツ、こーゆーの好きそうだよ
な』とか思ったから。小さな弟が無邪気に笑う様を想像して、ちょっと手持ち
の小遣いが減っちゃうけどまぁいいか…なんて一人こっそり笑ったなんてこと
は内緒だけど。

期待感溢れる表情でラッピングを剥がす弟の横顔を、三蔵は何となく自分も心
を浮き立たせながら眺めていた。ところが───箱を開いた弟の顔には、三蔵
が予想していたような満面の笑みは浮かばなかったのである。
「…キャンディー…」
「何でそんながっかりした反応なんだよ。ホワイトデーにキャンディーって、
普通だろーが。お前だってチョコもらった子にお返し渡したんだろ?」
怪訝そうな三蔵の問いかけに対し、「お父さんが買ってきてくれたヤツをその
まま渡したから、中味は知らない」と悟空は答える。まだ男女の意識すらない
年頃でのバレンタインのやり取りなんて、所詮はそんなものだ。
「お前が好きだからと思ってイチゴミルク味にしたのに…何が気に入らねぇん
だよ?」
わざわざ限られた小遣いから自腹を切って買ってきてやったというのに、その
リアクションはどういうことだと、三蔵の表情は自然と険しいものになる。
一方の悟空は、箱の中のキャンディーをみつめたまま「だって」と呟いた。
「だって何だよ」
「だって…キャンディーだと『半分こ』出来ないじゃん…」
お前のガッカリの理由はソコか、と三蔵は思わず心の中でツッコミを入れる。
悟空の言うところの『半分こ』とはつまり、自分との口移しのことを表わして
いるわけで。確かに柔らかなチョコレートやゼリーとは違い、キャンディーで
『仲良く半分こ』は難しい。
「それは俺がお前にと思って買ってきたんだから、お前の好きなように食った
らいいだろ。」
素気ない口調でいなされてしまい、悟空は不満たっぷりの表情でプゥ…ッと丸
い頬を膨らませる。三蔵は内心溜め息をつきながら「大体、口移しで物を食う
なんて赤ん坊の時だけだろ」と思い、はたと気付く。
目の前の弟には、母親とそんなことをした思い出そのものがないのだと。

無論、祖母は深い愛情を注いで悟空を育ててくれたのだろう。何処までも明る
く伸びやかな気性を見れば、よくわかる。しかしそれでも母親の愛情とはまた
別の話だ。幼い弟が風変わりなスキンシップに全く疑問を抱かないのは、無意
識のうちに家族のふれあいのようなものを求めていることの現れなのかもしれ
ないと、三蔵はふとそんなことを思った。

カサコソと包み紙を開いてキャンディーを口に放り込む横顔が妙に寂しそうで、
三蔵は自分がひどく意地悪をしているような気持ちになる。いつまでもあんな
ことを繰り返しているのはどうなんだと思ったのは本当だけれど、決してこの
可愛い弟にそんな顔をさせたかったわけではないのだ。
「悟空」となるべく穏やかな声で呼びかける。ピクンと小さく肩を震わせた後、
悟空が三蔵を振り返った。
「ソレ寄越せ」
こちらを指差しながらの言葉に、三蔵もキャンディーを食べたいのかと思った
悟空は「ハイ」と手にしていた箱を差し出す。三蔵は「違う」と言って首を横
に振った。
「コッチだ」
三蔵の指先が、ツン…と悟空の丸い頬をつつく。金の瞳を大きく見開く悟空に
「ダメか?」と問いかければ、ちぎれるんじゃないかと思うくらい激しく首を
振ってみせた。

おずおずと三蔵のすぐ横まで寄ってきた悟空の幼い顔が、ゆっくりと近付く。
フワリと漂ったイチゴミルクの甘い匂いと共に触れた唇の柔らかな感触に、
『そういえばコイツの方からしてきたのって初めてだよな』と、三蔵はそんな
ことを考えていた。
ほんのりと頬を染めた悟空が「美味しい?」と三蔵の顔を覗き込む。三蔵は僅
かに眉を寄せて「スゲェ甘ったるい」と答えた。暫く口の中でキャンディーを
転がしていると、そのままの姿勢で三蔵を見上げていた悟空がいきなり「返し
て」と言い出す。どうやら上手く分けることが出来ない分、交互に食べること
で『半分こ』という形にしたいらしい。三蔵は少し困ったような苦笑いを漏ら
し、再びあどけない唇へと甘ったるいキャンディーを滑り込ませた。
結局イチゴミルク味のキャンディーは、完全に融けて原形を留めなくなるまで
二人の間を行き来したのだった。

『とりあえずはこの弟が飽きるまで付き合ってやるか…』と半ばあきらめにも
近い決意をした三蔵だったが───それが数年後、自らが弟に抱いてしまった
『想い』によって『家族のふれあい』とは異なる意味を持つようになることを
……この時点での彼は、知る由もない。


                            …END.


《戯れ言》
「お前そろそろいい加減にしろよ…」と厳しいツッコミを受けそうなくらい
散々引っ張りまくってしまった『半分こ』ネタ(苦笑)流石に今度こそこれで
おしまいにしますので…ハイ。
今回一番のポイントはこの期に及んでまだ『家族のふれあい』とかいう言葉で
済まそうとしてる兄貴のバカさ加減ですかね、やっぱり(笑)




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