「小説」Topに戻る | |
「Riko」Topに戻る |
『ロマンスの神様』 by Riko
俺と三蔵は、家がお隣同士の所謂『幼馴染み』ってヤツ。俺んちは父さんがい なくて、逆に三蔵んちは母さんがいない。お互い親は仕事で忙しくて、夜も遅 くにならないと家には帰って来ない。揃って鍵っ子だった俺達は、親が帰って 来るまでの時間を必然的に二人で過ごすことが多かった。 五歳年上の三蔵は、擦れ違った人の十人中十人が振り返るくらいキレイな顔立 ちで。頭も良くってスポーツも出来てケンカも強い三蔵は、いつでも注目の的 だった。その反面、性格の方は口が悪くてぶっきらぼうでつっけんどんで、三 蔵と友達になりたい子は沢山いたんだろうけど、みんな少し近寄り難いみたい だった。でも……不器用で照れ屋で中々表からはわかりにくいけれど、三蔵が 本当は誰より優しいことを、俺は知っていた。 それは俺が七歳、三蔵が十二歳の年のクリスマス。仕事の予定が長引いて帰れ そうもないと、母さんから電話がかかってきた。「せっかくのクリスマスなの にゴメンね」って謝る母さんに「もう小学生なんだから大丈夫だよ」ってなる べく元気に答えてみせたけど、街中がお祭騒ぎのその夜に一人ぼっちなのは、 やっぱり淋しくて。庭に面した縁側で一人膝を抱えていたら、いつの間に入っ てきたのか、目の前に三蔵が立っていた。 「オイ、泣きベソザル」 「…泣きベソなんか、かいてねーもん…」 「今にもビービー泣きそうな面して強がってんじゃねーよ…ホラ、来い。」 促すように手を引かれてお隣りの三蔵の家に行けば、やっぱり忙しい三蔵の父 さんもまだ帰ってはいなかった。俺を椅子に座らせた三蔵は、キッチンに立っ て何かを作り始めた。その時はまだ三蔵も小学生だったけど、早くから父さん と二人で家事を分担していた三蔵の手つきはとても慣れたものだった。 卵を混ぜて小麦粉を篩って牛乳を入れて…母さんとクリスマスを祝うことが出 来なかった俺に、三蔵はホットケーキを作ってくれた。クリームと苺で飾った それは、俺には買ってきたケーキに負けないくらい美味しそうに見えた。 オレンジジュースをコップに注いで、二人で乾杯して。作りたてのホットケー キを食べながら、三蔵は俺に言った。 「…クリスマスにケーキを食うぐらい付き合ってやるから、一人でベソなんか かくな。」 無愛想な表情で呟かれた一言は、泣きそうになるくらい暖かくて。でも泣いた ら三蔵は困ると思ったから、急いでホットケーキを頬張って、俺は何度も大き く頷いた。 それからは毎年、特別な約束なんてしなくても、クリスマスは二人で過ごすよ うになった。三蔵が中学生になって高校生になって、俺が中学生になっても、 その習慣は続いていた。そして。 いつしか七年が過ぎて俺は十四歳の中学二年生、三蔵は十九歳の大学一年生に なっていた。 クリスマス当日。無事に二学期の終業式を終えた悟空は昼頃には家に戻ってい た。大学生の三蔵は既に冬休みに入っていたが、外から様子を見るにどうやら 出かけているらしい。TVやゲームで時間を潰した悟空は、夕方街へと買い物 に出かけた。 目的の店に着き、予約していた物を受け取った帰り道。浮き立つ心のままに足 取りも軽い悟空の手には、洋菓子店のロゴの入った白い箱。今年初めて、悟空 は自分の貯めたお金でケーキを買った。今までは双方の親が用意してくれたり 三蔵がバイト出来る歳になってからは三蔵が買ってきてくれていた。しかし悟 空としては中学二年生にもなったのだし、人にしてもらうばかりでなく、自分 も何かしたかったのだ。 高校に入った辺りから三蔵はほとんど甘い物を食べなくなっていたけれど、上 品な味わいが売り物のこの店の菓子は三蔵の父親のお気に入りで、三蔵もここ の物だけは好んで口にしているようだった。そんな拘りの品である分、普通の ケーキに比べると少々値も張り、夏頃から少しずつお小遣いの余りを貯めた予 算はほぼ使い切ってしまったが、悟空の瞳には満足げな笑みが滲んでいた。 少しくらいお金が余計にかかったとしても、どうせ買うなら三蔵が喜んで食べ てくれる物の方がいい。三蔵が喜んでくれることは、悟空にとっても嬉しいこ とに違いないからだ。 「…っと、そうだ、三蔵にケーキ買わなくていいって連絡しとかなきゃ。」 ギリギリまで内緒にして驚かせようと思っていた為、三蔵にはまだこのことを 知らせていない。いつもどおり三蔵がケーキを買ってくるとダブってしまう。 幾ら悟空がよく食べるとはいえ、流石にホールケーキ二つは多過ぎる。交差点 で信号に引っかかったところで、悟空はコートのポケットから携帯電話を取り 出し三蔵へと電話をかけた。三回呼び出し音が鳴ったところで、電話を取った 気配があった。 『モシモシ、おチビちゃん?』 「…悟浄…?」 受話器の向こうから届いたのは三蔵のものとは異なる、気さくな口調の明るい 声。それは三蔵の大学の同級生である悟浄のものだった。どちらかと言うと人 付き合いを好まない三蔵の数少ない友人の一人で、悟空も何度か顔を合わせた ことがある。どうやら画面に表示された悟空の名前を見て、電話を取ったらし い。悟浄の後ろからは、大勢の人の声が入り混じって響いている。何処か店の 中にでもいるのだろうか。微かに『いいの?玄奘君の電話、勝手に取っちゃっ て』という女性の声が聞こえてくる。悟浄は笑って『いーのいーの。俺も知っ てる相手だから』と答えていた。 「何か…凄く賑やかだね。お店でパーティーでもしてるんだ?」 『ん?まぁな。やっぱほら、俺くらいの男前だとさ、こういうイベントのある 日に女の子がほっといてくれないワケよ。』 少しおどけた口調での悟浄の台詞に『よく言う~』と楽しげに笑う、数人の女 性の声が悟空の耳に届いた。 『ところでアイツ、外に煙草買いに行ってんだけどさ。急ぎの用だったら俺が 聞いて伝えとこうか?』 受話器の向こうから伝わってくる華やいだ空気に、悟空が薄く笑う。しかしそ れはつい先程までの弾む気持ちを抑えきれないといった感じの笑みとは全く違 うものだった。 「うん…いいや、大した用じゃないし。ありがとな、じゃあまた。」 出来るだけいつもどおりの何気ない風で明るくしゃべって電話を切る。とうに 信号が変わり、交差点の人波が動き出したことにも気付かず、悟空はぽつんと その場に立ち尽くしていた。 (…ホント、とことん鈍いよなぁ俺って。) あの電話の後、トボトボと帰って来た悟空は家には入らず、三蔵の家の庭先に いた。そこで三蔵宅の愛犬と戯れながら、悟空は胸中で様々な思いを巡らせて いた。 グラスの合わさる音、華やいだ笑い声、賑やかなパーティーの雰囲気。よくよ く考えてみれば三蔵はもう大学生で、クリスマスの楽しい誘いなんて幾らでも あって。わざわざ家に帰って来て自分とケーキを食べる必要なんて何処にもな い。元々『必ずそうしよう』と約束していたわけでもなく、何となく暗黙の了 解のうちに、今まで続いてきただけのことなのだ。 悟空の気持ちが沈んでいるのを気配で察しているのか、犬は心なしか心配げな 眼差しで悟空を見上げてくる。悟空は小さく笑って犬の頭を優しく撫でた。元 はと言えばこの犬も、まだ仔犬だった頃に捨てられていたのを二人でみつけた のだ。悟空の母親がペットを飼うことに賛成しなかった為、三蔵が引き取って 自分の家で飼ってくれた。一見わかりにくいけれど、三蔵はいつだってそんな 風に優しかった。無愛想で口が悪くてでも本当は優しいあの幼馴染みは、多分 自分ががっかりするだろうと思い、クリスマスに予定があることを言い出せな かったのだろう。長い溜め息を一つ吐き出してから、悟空は気持ちを切り替え るように傍らに置いた箱を手に取った。 「二人で、食おうか。三蔵はきっと…ケーキなんて食べないよな。」 微かな苦笑いと共にぽつりと呟いた悟空が箱を開けようとした、その時。 「オイ」 不機嫌そうな声が突然背後から届き、悟空がぎこちなく振り返る。そこにはい つにも増した仏頂面で立っている三蔵の姿があった。 「三蔵…何でココにいんの?」 心底驚いている表情で問い掛けてきた悟空の反応に、三蔵は「ハァ?」と訝し げな声を上げた。 「あ…そっか、着信見たんだ。ゴメンな、みんなで盛り上がってるトコに電話 かけちゃって。」 俯きがちに謝罪の言葉を口にする悟空に、三蔵の眉根が寄る。悟空は立ち上が り、コートについた芝を払った。 「オイ、馬鹿ザル」 「うん…俺、ホントに馬鹿だよな…三蔵はもうとっくに大人なのに、そんなこ とも全然わかってなかった…」 苛立ち混じりの三蔵の雑言にもいつものようにムキになって反論することなく、 悟空は自嘲めいた苦笑いを返すばかりだった。 そうだ。あれから何年も経って三蔵は大人になったのに、 自分だけが幼い頃のままで止まっていて。 目の前の幼馴染みは、変わらずに一緒にいてくれるものだと 勝手に思い込んでいた。 そんなこと、あるわけがないのに。 俯き加減だった顔を上げ、悟空は精一杯の笑顔を作った。 「わざわざ帰ってきてくれて、ありがとな…でももう、ヤメにしよう?」 たどたどしく言葉を繋いだ後、もう一度笑いかけて立ち去ろうとした悟空を、 三蔵が引き止めた。 「待てよ…それ、二人で食うつもりで買ってきたんだろ?」 「そう、だけど…」 「こっちだって食欲バカのテメェの胃袋計算して買い物してきてんだ。いきな り勝手にヤメとか言われても困るんだよ。」 口篭もる悟空に剣呑な眼差しを向けてきた三蔵の手元へと目を遣れば、両側に 沢山の袋を提げている。どうやら三蔵は三蔵で色々と買い込んできたらしい。 三蔵は「オラ、早く来い」と声をかけ、悟空の返答を待たずにスタスタと玄関 へと歩き出した。 結局悟空は例年どおり、三蔵と二人でクリスマスを過ごすこととなった。偶然 にも、三蔵は今回ケーキを買って帰ってこなかった。他の食料で手一杯になっ てしまった為、一度荷物を置いてから悟空を連れてケーキを選びに行くつもり だったのだと三蔵は説明した。 「結果的によかったけどな。」 そう言う三蔵が手にしているのは缶ビールで、悟空のグラスへと注がれたのは ウーロン茶。既にこんなところから、今の自分と三蔵は違うのだと悟空は思う。 目の前に座る人は、最早あの日一緒にオレンジジュースを飲んだ彼ではないの だ。三蔵が自分の為に買ってきてくれた沢山のご馳走を前にしても、悟空の心 は何処か物寂しかった。 「ホラ」 粗方テーブルの上に並べられた物も食べ終えた頃。三蔵が不意に悟空の眼前へ、 如何にもクリスマスらしいラッピングの施された包みを差し出した。 「え…あ、開けてもいい?」 予想だにしなかったことに戸惑いながらも包みを受け取った悟空に、三蔵が短 く頷く。もう何年もこうしてクリスマスに顔を合わせているが、三蔵からプレ ゼントをもらうのは初めてのことだ。買い込んできた食料の豊富さといい、大 学生になって金銭的な余裕が出来たことが、大きな要因なのかもしれない。 「わぁ…」 リボンを解いた包みから出てきたのは、暖かそうな手袋。悟空は早速試しにそ れを手にはめてみた。 「ピッタリだ…新学期から使わせてもらおうっと。どうもありがとうな。あ… でも俺、三蔵にプレゼント用意してない…」 思いがけないプレゼントに子供のように屈託なく笑っていた悟空の表情が俄か に曇る。そんな悟空の反応に、三蔵は軽く首を横に振った。 「お前だってケーキ買ってきただろ。」 三蔵が好んでいる店をわざわざ選んで買ってきたこと、その品が悟空の小遣い からすれば少々値の張る物であることを察している三蔵がそう答えると、悟空 は決まりが悪そうな苦笑いを返した。 「ん…でも三蔵はほんのちょっとしか食べてなくて、ほとんど俺が一人で食べ ちゃったようなもんだし…そうだ、お正月になってお年玉もらったら、俺も三 蔵にプレゼントするよ。何か欲しい物とかある?…って言っても、あんま高い 物は無理だけど。」 「別に。ンなモン要らねーよ。」 「そんなこと言わないでもらってよ…お互いプレゼントし合うなんて、これが 最後だと思うし。」 「…っ、だからさっきのアレは、クソガッパが勝手に人を人数合わせに入れて やがって、無理やり引き摺って行かれたんだよっ」 ごく自然な声音で紡がれた悟空の言葉に、三蔵は不本意極まりないといった様 子を露わにする。それでも悟空は静かに「うん…」と微笑い返しただけだった。 三蔵は嘘をついてまで言い訳をするような人間ではない。だから悟浄が勝手に 三蔵をパーティーの人数に入れていたのも、その場の勢いで強引に連れて行か れたのも、どちらも本当のことなのだろう。でも来年になれば三蔵の世界は更 に広がっているだろうし、自然に仲間も増えてその分誘いも多くなっているに 違いない。その時に、自分のことが三蔵の足枷になるのは嫌なのだ。 悟空は試しにはめていた手袋を外し、壁掛け時計に目を遣った。 「もうこんな時間なんだね…そろそろ片付けようか。三蔵は座ってていいよ。 沢山ご馳走してもらったお礼に、洗い物は俺がするから。」 そう言って腰を上げた悟空が手際よくテーブルの上を片付け出す。母子家庭生 活が長いだけあって、この手のことは慣れたものだった。 仕分けしたゴミを捨て、キッチンで洗い物を始める。洗剤で洗い終えたグラス や皿を濯いでいると、ふと背後に人の気配を感じた。 「何、さ…」 振り返らぬまま三蔵に呼びかけようとした悟空が息を詰める。何の予告も無し に両脇から腕が回され、背中から包み込みように抱きしめられた。 「も…う…いきなり脅かすなよな…グラス割っちゃったらどうすんだよ。」 懸命に動揺を押し隠して、悟空はわざと軽い口調で怒ってみせる。しかし回さ れた腕が緩められることはなく、三蔵は悟空の肩口に顔を埋めてきた。サラリ と三蔵の髪が頬に触れ、小柄な身体がビクリと震えた。 「さ…」 「…ド阿呆ザル、間抜けザル、ヘッポコザル…」 次々と矢継ぎ早に悪口を並べ立てられ、グラスを濯ぎ終えた悟空がキッと背後 を振り返った。 「何だよっ、一方的に好き放題言って…」 勢いよく怒鳴り出した悟空の声が、途中で立ち消えとなる。真っ直ぐにこちら を見下ろしている三蔵の瞳に宿る、いつにない真摯な色が悟空を圧倒した。 「ヘッポコだからヘッポコだって言ってんだ…特別だとも何とも思ってない只 の隣りのガキとわざわざクリスマスに面突き合わせるなんてサムイ真似、誰が するかよバカ。」 「三蔵…それ…って…」 「お前は…?」 三蔵の口から告げられた信じられない一言に金の瞳を揺らす悟空の頬を、三蔵 の両手がそっと包み込んだ。 「お前の中の俺は…『淋しい時に遊んでくれた幼馴染み』のまんまか…?」 三蔵の眼差しが怖いくらい真剣で、目を逸らせない。悟空は今にも零れ落ちそ うなくらい丸い瞳を見開いたまま、ぎこちなく首を振った。 「…違…う…悟浄が電話に出た時に、女の人の楽しそうな笑い声が聞こえて… 『そっか、女の人も一緒なんだ』って思って…胸が、苦しくなった…」 ぽつりぽつりとありのままの自分の気持ちを口にする悟空の言葉を聞き終えた 後。視線を合わせていた紫の瞳には、今までに見たこともない柔らかな色が滲 んでいた。 「だったら初めからわかった風なフリしないで、素直にそう言え…バカ。」 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹な穏やかな声と共に、三蔵の秀麗な面差しがゆっ くりと近付く。 そして─── 聖なる夜に、ロマンスの神様は二人に微笑んだ───。 HappyEnd. 《戯れ言》 コレまた気恥ずかしくなるくらいベタな少女マンガ風味のバカ甘ラヴでした… まぁ、タイトルからして『ロマンス』とかほざいてるしね(←モシモシ?) でも個人的にはこういうベタなネタは好きだったりするので、書いててとても 楽しかったです。 今回の話は十万打を踏んで『幼馴染みモノ』のリクエストを下さった美月様& これまた偶然にも十万打記念アンケートにて同様のリクエストを下さった三冬 様に奉げさせて頂きます。どうもありがとうございました☆ |
「小説」Topに戻る | |
「Riko」Topに戻る |
無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!