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『Restriction』    by Riko






四月から始まった高校生活にもようやく慣れ、何となく慌ただしかった毎日が
一段落し始めたある日のこと。悟空は雑誌を片手に三蔵へと話を切り出した。
「バイト…?」
怪訝そうな表情で問いかけてきた三蔵に、悟空はコクリと頷く。その手に握ら
れていたのは、アルバイト専門の求人雑誌だった。


「…今の小遣いの額じゃ足んねぇのか?」
「違うよ、そんなんじゃなくて…ようやくバイト出来る歳になったんだしさ。
自分で稼げるようになれば、小遣いもらわなくても済むようになるし…ほら、
社会勉強にもなるじゃん。」
ぼそりと落とされた三蔵の呟きに悟空は慌てて首を振り、自分なりにバイトを
したいと思った理由を語る。しかし三蔵はさして感心した様子もなく、フンと
鼻であしらった。
「ガキが生意気言ってんじゃねーよ。俺がバイトをするようになったのだって、
大学に入ってからだぞ。」
「それはまだ俺が小さくて、家を空けられなかったからだろ。もうお互い大学
生と高校生なんだから問題ないし…家の当番の方も、ちゃんとやるから。」
「な?」と同意を求めるように、悟空は三蔵の顔を下から覗き込む。別に悟空
は自由に使える小遣いを増やしたくてバイトをしようと思っているわけではな
い。十歳迄の間に母と父の両方を亡くし、三蔵と二人の生活を守ることを余儀
なくされた悟空の暮らしぶりは至って質素で、同年代の少年と比べても気まま
な無駄遣いというものはほとんどしない。そんな悟空が三蔵に一蹴されても尚
バイトに拘る理由は、ひとえに『自分が使う分のお金くらいは自分で何とかし
たい』と思ったからだ。
幸いにも亡き父がそれなりの金額を残してくれた為、今までの生活で不自由を
感じたことはない。しかし高校生ともなれば中学までとは違い、学費も掛かれ
ば交通費も掛かる。残してもらった財産には限りがあり、使えば使っただけ目
減りしていくだけで、この先増えることはない。そう考えた時、自分が出来る
範囲のことは自分でやりたいと思うようになったのだ。実際三蔵は自分が日常
的に使う金銭をバイト代から出しているはずである。せっかくバイトが出来る
歳になったのだから、自分一人がただ甘えて与えられた物を貰うだけというの
は嫌なのだ。
暫し悟空と目を合わせていた三蔵だったが、一言「却下」と言い放ったかと思
うとプイとそっぽを向いてしまった。当然悟空が納得出来るはずもなく、未だ
子供らしい丸みを残す頬を更にプゥ…ッと膨らませた。
「何だよそれー、ダメだって言うからには、ちゃんと説明しろよなっ」
理不尽だの横暴だのとギャーギャー騒ぐ悟空をチラリと横目で見遣り、三蔵は
フゥ…ッと長い溜め息をついた。
「…ったく、サルのクセしていっちょ前の口ききやがって…説明も何も、イヤ
なんだからしょーがねぇだろ。」
「イヤって…何がだよ?」
訝しげに瞳を眇める悟空の方へ向き直り、三蔵は真正面から視線を合わせた。

「家に帰ってきた時に、お前がいないのはイヤなんだよ。」

最初何を言われているのかわからない表情できょとんとしていた悟空だったが、
次の瞬間『ボンッ!』と音がしそうな勢いで襟足まで真っ赤になり、それを何
とか隠そうと片手で顔全体を覆って俯いた。
「…あーもー信じらんねぇっっ、何でそーゆーコトを、真顔のまま平気で言う
かなーー!?」
気恥ずかしくて堪らないといった様子で、悟空はほとんどヤケクソ気味に怒鳴
り返す。三蔵は元来必要なこと以外はほとんど話さない寡黙な男だが、悟空に
向ける気持ちを決して耳障りのいい、ありきたりな言葉では誤魔化さない。
適当に受け流すことを許されないそれらの言葉をぶつけられる度に、悟空は何
処にも逃げ出すことが出来なくなる。しかし三蔵の反応はと言えば「お前が説
明しろっつったんだろーが」という至ってあっさりとしたものだった。
「…何か俺…三蔵の言うとおりにしてたら、すんげぇ世間知らずの箱入り息子
になりそう…」
まだ頬の熱が引かないまま、悟空がぽつりと呟く。三蔵は悟空を緩く腕の中に
抱き込み、口許に微かな笑みを滲ませた。
「箱入りで上等じゃねーか。誰だっていつかは否応なしに世間を知ることにな
るんだから、殊更急ぐ必要もねぇだろ。」

世間知らず?結構なことじゃないか
お前は外の世界に居場所をみつけたりしなくていいし
新たな出会いなんてやつを求める必要もない
お前の『幸せ』は この『箱の中』にだけ、あるんだから

悟空を見下ろす紫の瞳は、この上なく柔らかな光を湛えている。それはこの世
界中で唯一人の、愛する者にのみ向けられるもの。こげ茶色の髪を緩く梳き、
そっとキスを落とす。ようやく顔を上げた悟空は、拗ねた子供のように口を尖
らせた。
「…笑ってるしぃ…すぐそうやって子供扱いするんだもんなー…」
「してねーよ」
「してるよっ」
ツンと尖らせたままの小さな唇に、チュッと音を立てて軽いキスを送る。不意
打ちを受けてパチクリと大きな瞬きをしてみせた悟空に「夕飯、外に食いに行
くか?」と声をかければ、「メシの話すれば簡単に機嫌直すと思ってんだろ」
と上目遣いで睨みつけてきた。
「じゃあやめるか?」
「行くっ!焼き肉、俺焼き肉食べたいっっ」
結局あっさり懐柔された悟空に、三蔵は苦笑い混じりで「了解」と答えた。


「なぁなぁ、さっきの話だけどさ…だったら新聞配達は?朝だけだったら問題
ないだろ?」
精力的に焼き肉を平らげながら、悟空は尚も言い募る。あれだけ三蔵に諭され
ても、バイトの件をあきらめきれないらしい。しかし三蔵は即答で「ダメだ」
と返した。
「何でだよ~…」
悟空はまたもや不満たっぷりに頬を膨らませる。ほとんど表情を変えないまま
ジョッキのビールをグイッと煽った三蔵は、悟空へと視線を投げかけた。
「朝起きた時にお前がいないのもイヤだから。」
至って冷静な声で淡々と告げられ、掴みかけていた肉を網に落としてしまった
悟空は、再び耳朶まで真っ赤になって俯いた。
「だーかーらー、フツーの声でそーゆーコト言うなって……」
照れと怒りが半々に混じったような表情で反論した悟空は、わざと乱暴に一口
で肉を頬張った。
「…三蔵はさ…俺のこと甘やかし過ぎだよね…」
もごもごと肉を食べ終えた悟空が、脱力しきった声でぽつりと呟く。三蔵は自
らも肉を取りながら、静かな表情で口を開いた。
「いいじゃねぇか。父さんも母さんもいない以上、世界中でたった一人俺だけ
に、お前を甘やかす権利があるんだよ。」
「だから、真顔でそれはやめろってっっ」と、悟空は赤面したまま声を荒げて
言い返す。そんな弟の反応を、三蔵は僅かに口角を上げて眺めていた。

そうだ、幾らだって甘やかしてやる
欲しいものは何だって与えてやるし
どんな願いだって聞いてやる
『他の世界』が見たい───という以外なら

「そろそろメシ物いくか?」
三蔵の一言に、悟空がパッと顔を上げる。
「あ、俺石焼きビビンパね、あとさぁ、タン塩もう一皿頼んでもいい?」
無邪気なことこの上ない悟空の明るい声に頷きながら、三蔵はひどく楽しげに
ゆうるりと微笑った───。


                               …END.


《戯れ言》
元はオフ用だった物をこちらに回した、地球に優しいリサイクル運動品(笑)
実はこのタイトルは副題で、メインタイトルは『初めてのアルバイト』でした。
タイトルがまず先に出て、それに合わせて流れを考えていったという私にして
は非常に稀な話。最初は単純にバイトをしたいという悟空に三蔵が反対して…
というだけだったんですが「お前は新たな出会いなんて求めなくていいんだ」
と、兄貴がワタクシの頭の中で言い出した時点で、いつもどおりの(?)こう
いう路線となりました(苦笑)
気にして下さる方もいるようなので一応補足。タイトルの「Restriction」は
「制限・制約・拘束」等々の意味で「束縛」という表現にも用いられます。



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