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『夏と花火と思い出と』by Riko







その日がちょうど休みにあたったらしいアイツが、「金曜日、花火見に行かな
い?」と言った。
俺はその日行われる花火大会の場所を記憶から辿り「その花火ならウチからで
も見えるぞ」と答えた。確かその場所から上がる花火なら、俺の部屋のベラン
ダから充分見えるはずだ。これまでその類いのことにはとんと感心がなかった
為、意識して見たことはないのだが。
「あ、そっかぁ…三蔵のマンションて高台だし、最上階だもんな…周りを遮る
ものがないんだ。」
妙に感心したようにそう言ったアイツに、花火を見るだけが目的ならウチで見
ればいいと俺は提案した。ウチから見られるものを、わざわざバカみたいな人
ゴミの中へ行く必要はない。
「そしたら…少し早めに夕飯食べて、ゆっくり見よ?」と満面の笑顔でアイツ
がこちらを覗きこみ、俺は頷いて了承の意を示した。
そう、俺は確かに頷いた…が。


「おー、三蔵サマってば早ェじゃん。やっぱ愛しい小ザルちゃんが待ってると
思えば、気合いが入るんだなぁ~。」
「悟浄、顔合わせて早々に失礼でしょう…どうも、お邪魔しています。」
「こんばんは、お久しぶり。悟空から話は聞いてたけど、凄いマンションに住
んでるんだなぁ、三蔵さん。」
どうにかこうにか仕事のやりくりをしまくって、意地で定時に会社を出て帰宅
した三蔵がリビングのドアを開けた途端、三人三様の声が彼を迎えた。にわか
には受け入れ難い目の前の現実に茫然と立ち尽くす三蔵の元へ、皆から一歩遅
れてキッチンから顔を覗かせた悟空が小走りに駆け寄ってきた。
「オイ…この状況は一体どーゆーこった…?」
ギロリと音のしそうな勢いで悟空を睨みながら、三蔵が開口一番に口にした言
葉がそれだった。悟空は非常に居心地悪そうに身体をモジモジさせながら、俯
きがちに口を開いた。
「えっと…あの、さぁ…」
悟空のたどたどしい説明によれば、事の経緯はこうだった。
昨年までこの花火大会は、皆で見に行っていた。今年はどうするかと悟浄に訊
かれ、大した意識もせず三蔵のマンションで見ると答えたが最後、悟空が口を
挟む間もなく、それこそあれよあれよと言ううちに『三蔵の家で花火を見よう
&焼き肉パーティー』の計画が決まってしまったのである。
「ゴメン…俺、三蔵が人を家に入れるのあんま好きじゃないってわかってるけ
ど…でもやっぱこういう時はさ、みんなでワイワイやった方が楽しいかなとも
思ったし…」
ぎこちなく落とされた呟きは、紛れもなく悟空の本心の一片で。そんな表情と
声で訴えられてしまえば、三蔵としてもこれ以上恨み節を続けるわけにもいか
ない。第一、ソファーセットのテーブルに視線を移せばすっかり準備は整って
いて、今更「帰れ」と言える状況でもない。襟元のタイを緩めつつ、三蔵があ
きらめにも近い溜め息を吐き出した、その時。

「デカイ図体して、いつまでドアの前を塞いでんだよお前は。オレ様が中に入
れねぇだろーが。」

「…!」
すぐ背後から届いたうんざりするほど聞き慣れている、しかしその人物のもの
だとは認めたくない声に、三蔵が機械仕掛けの人形のような動作で振り返る。
完全に目が据わった状態の紫の瞳には、正に彼にとって『鬼門』とも言うべき
人物───観音の実に楽しげな満面の笑みが映っていた。
「ババァッ、何でテメェが…」
「おうチビ、コレ差し入れだ。冷蔵庫で冷やしとけよ。」
目の前の三蔵の反応をキレイに無視し、その身体を押し退ける形でリビングに
足を踏み入れた観音は、その名を聞けば誰もが知っている老舗果物店の名が印
刷された紙袋を悟空へと手渡した。
「うわぁ…いい匂い。どうもありがとう、お姉ちゃん。」
ガサリと音を立てて袋の中身を覗き込んだ悟空が、笑顔で礼を述べる。三蔵は
より一層険しくなった表情で、悟空の二の腕を掴んだ。
「オイッ、ヤツらのことは百歩譲るとして、何でこのババァまでもがこの場に
いるんだ!?」
三蔵としては正直不本意だが、悟空が『仲間と過ごしたい』というのであれば
それはそれで譲歩出来なくもない。しかしよりによって、どうしてこの伯母ま
でをこの場に招かなくてはならないのか。三蔵のあまりの剣幕に、悟空は再び
困ったような表情で口を開いた。
「あ、あのさ…この間お姉ちゃんがウチの店に昼メシ食べに来て、色々話して
る合間に今日の話が出て…」
『ヘェ…ヤツの部屋にみんなで集まって、焼き肉と花火ねぇ…おいチビ、その
話、オレも一枚噛ませろよ』
『これは面白いことを聞いた』と言わんばかりの表情で観音がニヤリと笑って
みせた時、それは既に決定事項となっていた。
「お前はいつまでガキみたいな駄々こねてんだよ、イイ歳してチビを困らせて
んじゃねーよ…ほら、さっさと着替えてこい。」
容赦のない言葉と共に思いきりよく後ろ頭を張られ、三蔵はキッと観音を睨み
つけたが、結局は一言も反論することはなく、寝室へと向かっていった。
「さんぞ…」
「ほっとけほっとけ。ヤツだって本物のガキじゃねーんだから、まさかスネて
出てこねぇなんてことはしないだろ。」
心配そうな表情で三蔵の後ろ姿に声をかけた悟空の肩を、観音が軽く叩く。悟
空は気遣わしげな視線を寝室の方へと向けながらも、キッチンへと戻った。


『イイ歳してチビを困らせてんじゃねーよ』
いつにも増した仏頂面でジャケットを脱いでいた三蔵の脳裏に、観音の言葉が
甦る。三蔵はチッと舌打ちを漏らし、無造作にジャケットをベッドの上へと投
げた。
(あのクソババァ…)
そんなことは充分わかっているのだ。出来るなら二人の間に他者を介入させた
くないと望むのは己の身勝手に過ぎなくて、それが仲間とも和やかにやってい
きたいと思っている彼を困惑させているのだということくらいは。理屈ではわ
かっている。しかし如何せん、感情はそう簡単には納得しないのだから仕方が
ない。
ラフな私服へと着替え終わった三蔵は、深い溜め息を一つ吐き出してから再び
リビングへと向かった。


三蔵がリビングに戻ってくるタイミングを見計らっていたかのようにビールが
グラスに注がれ、賑やかに焼き肉パーティーは始まった。
「ヘェ…そちら三蔵サマのオバサマなんだ?そう言われりゃ、何か雰囲気とか
似てるよな。」
「あ…ご、悟浄…っ」
何の悪気もなくその『禁句』を口にしてしまった悟浄に、悟空が焦り気味の声
を上げる。しかし時既に遅く、次の瞬間、圧倒的な迫力を伴った笑顔の観音の
右手から『ヒュッ』と風を切るような音と共に、『何か』が悟浄の座る方角に
向かって放たれた。
「…っ!」
あまりに突然のことに声すら上げられなかった悟浄の長い髪が一筋、パラリ…
と落ちる。その背後の壁には、バーベキュー用の金串がしっかりと突き刺さっ
ていた。
「小僧、お姉さまに対する口のきき方には気を付けな。次は身のある部分に当
てるぞ…?」
「ハ…ハイ、申し訳ゴザイマセンでした…」
ニッコリと笑んだまま艶やかな唇から紡がれた言葉に、悟浄は片頬を引き攣ら
せたままコクリと頷く。一連の流れを真正面から見てしまった那托の口からは
「スゲェ…」という呟きが零れた。
「ババァ、テメェ人の家の壁に傷つけてんじゃねーよっ」
「モシモシ、三蔵サマ…?怒りの矛先はソコですか?」
三蔵が眉根を寄せて観音に向けた怒りの一言に、思わず悟浄がツッコミを入れ
る。そんな悟浄に対し八戒は、深々と突き刺さった金串を抜きながら、これも
また一分の隙もない笑顔を向けた。
「何言ってるんですか。貴方の髪の毛なんてじきに生えてきますけど、賃貸の
部屋の壁に穴空けたりすると、結構うるさいんですよ…ねぇ三蔵?」
そんな八戒の言葉に、三蔵が無言で頷く。「俺の価値は壁以下かよ…」と悟浄
がボソリと呟き、悟空は堪えきれなかったように声を上げて笑った。
そんな風にして、花火大会が始まる前の夕食タイムは笑い声が絶えることなく
過ぎていった。


いよいよ花火大会が始まり、辺り一帯に響き渡るその音に惹かれるようにして
各々がベランダへと出て行く。高台のマンションの最上階にある三蔵の部屋は
本当に何一つ視界を遮るものがなく、正に花火を見るには絶好のロケーション
と言えた。
「うっひょ~、こりゃ絶景だなぁ…ホント花火見るにはバッチリって感じ。」
悟浄が缶ビール片手に、軽く口笛を吹く。他の面々も思っていたことは同じよ
うで、口々に感嘆の声を上げながら、夜空を彩る花火に見入っていた。三蔵は
一歩下がった位置から、楽しげに花火を見上げる悟空の横顔をみつめていた。

何の感慨もない義理だけの集まりならともかく、こうして気の置けない仲間と
顔を合わせて賑やかに過ごすことは、三蔵にとっても決して苦痛ではない。寧
ろこの雰囲気を『悪くない』と思っている己がいることを、三蔵ははっきりと
自覚していた。だが。
あの笑顔を傍らでみつめるのは、いつだって自分一人でありたいと思う気持ち
もまた、間違いなく自分の本音なのだ。

三蔵の口許に、軽い苦笑いが浮かぶ。まさかこんな風に、たった一人の存在に
気持ちを揺り動かされる日が、自分に来ようとは。昨年の夏には、夢にも思っ
ていなかったことだ。そんなあてどもない考えを巡らしながら、深く紫煙を吐
き出した三蔵の耳に、不意に悟空の声が届いた。
「えーっ、悟浄達帰んの?まだ途中なのに…」
花火が上がり始めて三十分ほど経過した頃、悟浄は「そろそろ行くわ」と悟空
に告げたのだった。
「ん?ホラ、俺らの商売はイベントが終わってからが稼ぎ時だからさ。最後ま
で見てたら、準備間に合わねーし…もう充分堪能したしな。」
悟空の言葉に、悟浄が小さく肩を竦めてみせる。と、背後から観音がその両肩
をガッシリと掴んだ。
「オイ小僧、お前らの店とやらにオレ様を案内しな。この繊細なハートを傷つ
けたさっきの失言、オゴリでチャラにしてやるよ。」
「ハイハイ、謹んでオゴらせて頂きます…んじゃまぁ、お邪魔さんでした。」
「悟空、キッチンの方は大体片付いてますから。三蔵、いきなり押しかけてお
騒がせしました…それじゃ、おやすみなさい。」
「よし行くぞ、じゃあまたな。」
三人はそれぞれに別れの挨拶を告げながら、手を振って去って行った。一瞬訪
れた静寂の中、悟空の隣りにいた那托が小さな息を一つついた。
「じゃあ俺もそろそろ行こうかな…三蔵さん、どうもお邪魔しました。」
「え…ちょっ、那托…」
三蔵の方へ向き直りペコリと頭を下げた那托へと、悟空が困惑気味に声をかけ
る。那托は悟空の肩を軽く引き寄せ、その耳元に囁きを落とした。
「確かにみんなでワイワイやんのは楽しいけどさ、やっぱりソレとコレとは別
モンだろ…?最後くらい、ゆっくり二人で見ろよ…な?」
「那托…」
悟空の呼びかけにすっきりとした笑顔を見せた那托は、もう一度三蔵に別れの
挨拶をしてから、三人同様部屋を出て行った。
「…いきなりいっぺんに帰っちまったな…」
嵐が去った後のように静かな、二人だけが残されたベランダ。花火の打ち上げ
られる音が一層大きく響く中、短くなった煙草を揉み消しながら三蔵がぽつり
と呟く。流石にそこまで子供ではないし、実際大勢で食卓を囲むのはそれなり
に楽しかったから、さほど態度や言動には表れていないはずなのだが。それで
も何となく感ずるところがあり、花火大会がまだ途中にも拘らず、彼らは自分
への遠慮から早めに帰ったのだろうか。三蔵がぼんやりそんなことを考えてい
ると、悟空は何処か困ったような苦笑いで口を開いた。
「…たぶん…俺のせい、かも…」
「悟空…?」
予想外の悟空の一言に、三蔵が訝しげに呼びかける。三蔵の声に、悟空の苦笑
いは益々深くなった。
「俺…こういうことはさ、みんなでワイワイ盛り上がった方が楽しいって思っ
てた。だから悟浄が勝手に話進めちゃった時も、お姉ちゃんが来たいって言っ
た時も、『絶対ダメ』って言わなかった。確かにみんなで集まるのは凄く楽し
かったけど…でも…三蔵と二人だったら何食べたかなぁとか、三蔵と二人だっ
たら、花火見ながらどんなこと話したかなぁとか…そんなコト色々考えてて…
俺って思ってるコトすぐ顔に出ちゃうから、たぶん気ィ遣ってくれたんだと思
う…みんなに、悪いことしちゃった…」
ぽつぽつとたどたどしい口調で吐露された悟空の心情に、三蔵の秀麗な顔に驚
きの表情が浮かぶ。
自分一人が空回りしているのではないかと思っていた。だが身勝手ながらも何
処か甘いこの思いは、彼の胸の内にも同じようにあったようで。目の前の恋人
をみつめる紫の瞳が、淡く笑んだ。

一定のリズムで繰り返されていた打ち上げの音が、ポポポポ…ンと、突如一気
に炸裂する。
「う…わぁ…」
何十発と連続で打ち上げられた花火が、夜空を黄金色に染める。束の間の輝き
を一心に見上げていた悟空は、子供のような笑顔で三蔵を振り返った。
「すっげぇキレイ…なぁ、さんぞ…」
言葉は最後まで続かなかった。ゆっくりと顔が近付き、柔らかなキスが落ちて
くる。悟空は静かに瞼を閉じて、与えられた温もりに身を委ねた。
「お前の口…甘い…」
唇を離した三蔵が漏らした呟きに、悟空は「あぁ」と小さく微笑った。
「お姉ちゃんが持ってきてくれた差し入れ、皮むきながらつまみ食いしちゃっ
たから…」
「フーン…結局ババァは、何を持ってきたんだ?」
唇越しに移ったのは、何とも濃厚な、独特の甘い香り。ふと好奇心が湧き上が
り、三蔵は珍しく自分からそんな風に問い掛けた。
「沖縄のマンゴーなんだって。お姉ちゃんがウチの店に来た時、デザートがマ
ンゴーシャーベットでさ…マンゴーは沖縄のがムチャクチャ美味いんだぞって
話になって、今度買ってきてやるって約束してくれたんだ。ホント、すっげぇ
甘くて美味いの。あ、切ったやつ冷やしてあるから、少し持ってこようか?」
そう言ってベランダから離れようとした悟空の身体を、三蔵が押し留める。
力強い腕に引き寄せられ、夜空を彩る花火を金の瞳に映しながら、悟空はもう
一度その瞼を閉じた。




            初めて作った、夏の思い出
            みんなで焼き肉パーティー
            ベランダから見上げた花火
            それから───
            南の島の香りの 甘いキス




                              …END.



《戯れ言》
何だかもうすっかりこの人達ったら、年中行事を季節ごとに追っていくサ○エ
さん一家みたくなってますが(笑)まぁ、花火の話はこの時期じゃないと書け
ないので。因みにチューの味である沖縄産のマンゴーは(笑)所謂スーパーな
んかで売ってるアレとは違い、皮が赤くて1つが凄く大きいんです。その代わ
りお値段の方も「これマンゴー1つの値段かー!?」ってくらいの、びっくり
プライスですが(←ド庶民的コメント/苦笑)
夏の思い出の1ページ…ということで(^^)。




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