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ここから、二人で by Riko







明かりが灯ることのない部屋に帰るようになって 十年余りが経つ
いつも自分を暖かく迎えてくれた明かりが消えたのは 十三の雨の日
惜しみない愛情を注いでくれた唯一人の人を失った時
生活を共にしたいと思うような相手は二度と現れないと思っていたのに
不意打ちで夕食の支度をして待っていた笑顔に「お帰り」と迎えられた時
朝日の眩しさに目を細めながら「おはよう」と声を掛け合う時
もっと単純に言えば、特別何をするでもなく同じ部屋にいる時
自分以外の『誰か』が暮らしの中にいるというのはこういうことなのだと
そんな当たり前のことを思い出させてくれたのは目の前の恋人で
それが『時々の出来事』でなく『ありふれた日常』になればいいと
いつの間にか かなり本気で願っている自分に気付いた


擦れ違いの日々が、続いていた。そもそも三蔵は外資系の商社マンという職業
柄、一般的なサラリーマンと比べてもかなり多忙な立場ではある。それに加え
て今春からめでたく社会人となった悟空が飲食店勤務であるが故に日曜祝日が
休みというわけにはいかず、当然ながら仕事が終わるのは夜も遅くなってから
である。その為以前ほど頻繁に顔を合わせられなくなっているのは確かなのだ
が、それにしてもここ最近は電話やメールのやり取りもめっきり減っていた。
とにかく悟空が捕まらないのだ。仕事柄業務中は電話に出られない悟空だが、
閉店時刻を見計らってかけた電話にも返事は戻ってこない。かなりピントが外
れた頃に謝りのメールが届き、送信時刻を見ると午前2時過ぎだったりする。
何だか今月に入ったあたりからずっとこのような調子で、三蔵が記憶する限り
まともに顔を見たのは精々二、三回といったところではないだろうか。愛しい
恋人とのあまりの巡り合わせの悪さに、三蔵の苛立ちは日毎に少しずつ、しか
し確実に積み重なっていった。
そして───…。


霜月も終わりに近付いたある日の午後のこと。三蔵が携帯をチェックすると、
珍しく悟空の方からメールが入っていた。内容は『夕食を取らずに帰ってくる
ように』とのこと。どうやら今日は休みを取って、夕食の用意をしてくれてい
るらしい。久々に機嫌が上昇した三蔵はなるべく早めに帰宅出来るよう、平素
より一層精力的に仕事をこなしていった。

玄関のドアを開けるのと同時に三蔵を出迎えたのは、温もりを感じさせる部屋
の明かりと、パタパタと忙しく動き回っているらしい賑やかな足音と、夕餉の
匂いの漂う暖かな空気。
自分ではない『誰か』が、そこにいるという証。
「お帰りー、思ってたより早かったね。お疲れ様。」
リビングへ足を踏み入れた三蔵に、キッチンから小走りに駆け寄ってきた悟空
の明るい声と満面の笑みが真っ直ぐに向けられる。たったそれだけのことで、
ここ数週間の苛立ちで心に生じたささくれ立った棘のようなものが、じんわり
と溶かされていく。それはこの唯一人だけが自分にかけることの出来る、小さ
な『魔法』のようなもの。三蔵は照れ隠しにこげ茶の頭をクシャリとかき混ぜ
るように撫でてから、ダイニングテーブルへと視線を移した。
「…?何だか今日は、やけに豪勢じゃねーか?」
無論三蔵は悟空の料理の腕を承知しているが、普段悟空が夕食として作るもの
は素朴で家庭的なメニューが多い。しかし今日のテーブルに並べられている料
理は、三蔵が素人目でパッと見ても手のかかりそうな本格的な物ばかりだ。
そんな三蔵の言葉に悟空は如何にも「あーぁ」と言いたげな表情で、小さな溜
め息を一つ吐き出した。
「やーっぱ忘れてんじゃないかと思ったんだよねぇ…三蔵ってばホント、自分
のことには無頓着なのな。」
半ば呆れているような、それでいて何処かおかしそうな声でそう答えた悟空は、
一旦キッチンへ姿を消してから再び三蔵の元へと戻ってきた。少し得意げな様
子で目の前に差し出された「ある物」に書かれた文字を、三蔵は声に出して読
んだ。

「…Happy Birthday…?」

それはクリーム等の飾り付けの無い、至ってシンプルなチョコレートケーキの
上に粉砂糖で書かれたものだった。悟空は予め空けておいたテーブルの真ん中
にケーキを置き、クルリと三蔵を振り返った。
「そうだよ。今日は三蔵の誕生日…で、俺達が初めて話をした日。」
屈託のカケラもない笑顔で告げられて、紫の瞳が僅かに見開かれる。

悟浄の店を一人で出た三蔵を忘れ物だと言って追いかけてきた悟空が、ブルー
スハープで『Happy Birthday』のメロディーを奏で「俺からも誕生日おめで
とう」と言って笑った、あの日。
あれから…一年経ったのだ─────…。

「俺さぁ、料理は小さい時からやってるから慣れてるけど、お菓子とかって今
まで全然作ったことなくてさ…でもやっぱせっかくの誕生日なんだから、自分
で作ったケーキでお祝いしたかったし。三蔵に食べてもらうにはなるべく甘く
ならないようにって思って、何度も分量の調整し直したりして…この一月近く
チョコレートケーキばっか食べてた。だからコレはもう、絶対の自信作。」
面映そうに笑ってみせた悟空は「だから要らないなんて言わないで、絶対食べ
てな?」と、三蔵の顔を覗き込んだ。三蔵はこの時ようやく、自分達の擦れ違
いの理由を悟った。
日中から夜遅くまで仕事をしている悟空。そんな彼が今話したような試行錯誤
を重ねる為には、当然ながらその後───深夜の時間を使うより他ない。そし
ておそらくケーキだけでなく今夜のメニュー作製に、彼は三蔵の想像を遥かに
超える時間を費やしたに違いない。
電話の返事が途切れがちだったのも、ピント外れな時刻に届いたメールも。
全ては自分の誕生日というこの日を、精一杯祝いたいと思う気持ち所以だった
のだ。
「三蔵…?」
黙り込んでしまった三蔵を、丸い金の瞳が心配そうに見上げてくる。三蔵は無
言のまま、未だあどけなさを残す頬を両手で包み込み、額にそっと口づけを落
とした。そのまま目許に、頬に、唇に。悟空が「料理…冷めちゃうから」と遠
慮がちに声をかけるまで、三蔵は飽くることなく柔らかなキスを送り続けた。


悟空が店の先輩に譲ってもらったというとっておきのワインの栓を抜き、二人
で乾杯をする。いつもは悟空の料理に対して特別言葉をかけたりしない三蔵だ
が、今日は珍しくはっきり「美味い」と誉めてくれた。ストレートに自分の気
持ちを口にすることが苦手な彼から発せられたその一言は、この一月近くの努
力を労うのに充分で。向き合う三蔵に料理の説明や試作段階での失敗談等を語
る悟空の横顔には、終始満ち足りた笑みが浮かんでいた。


和やかに食事を終えた後。場所をリビングのソファーへと移しての、デザート
タイム。悟空がナイフを入れようとしていたケーキに目を遣った三蔵が、ふと
口を開いた。
「誕生日…か。実際のところ、俺の本当の誕生日なんてわかんねぇけどな…」
ケーキを切り分けていた手を止め、悟空は傍らの三蔵へと視線を向ける。その
口許にはあきらめとも自嘲とも判じ難い、微かな苦笑いが刻まれていた。
「あのさ…今日って…」
「…亡くなった義父が、俺をみつけて拾ってくれた日だ。」
言葉にしづらそうにおずおずと尋ねかけた悟空に、三蔵がきっぱりとした口調
で答える。三蔵と亡き義父の間に血縁関係がないこと自体は、かなり前の段階
で聞かされていた。だが悟空は別段それを気にしたこともなかったし、詳しい
ことを根掘り葉掘り聞きたがるようなタイプでもなかった。後に彼の伯母であ
る観音からの話で断片的に小耳に挟んではいたのだが、三蔵本人から具体的な
話をされたのは、これが初めてのことだった。
サーバーからコーヒーを注いだカップを三蔵の前に置いた悟空は、躊躇いがち
だった表情から一転して、ニッコリと笑ってみせた。
「そっか。だったら三蔵の誕生日は、やっぱ今日以外ないじゃん。」
悟空の言葉の意味をわかりかねている様子の三蔵が、訝しげに瞳を眇める。
「だってさぁ」と、悟空は更に言葉を繋げた。

「三蔵を誰より大事にしてくれた、大好きなお父さんと初めて会った日だろ?
だったら三蔵の誕生日は、今日しかないに決まってる。」
「───…」

三蔵は自分が捨て子であるという事実を、殊更隠そうとしたことはない。それ
故に、紛い物の同情と偽善で上塗りされた薄っぺらな言葉は、今まで掃いて捨
てるほど聞かされてきた。だが───
生れ落ちた日ではなく心から愛してくれた人、心から愛せた人に出会えたその
日こそ『本当に生まれた日』なのだと。何の迷いもない笑顔で言い切ったのは、
この恋人の他にはいない。
自分が三蔵の胸中を波立たせたことなど知りようもない悟空は、慎重な手つき
で切り分けたケーキを三蔵へと差し出した。
「はいコレ、三蔵の分な。ビターチョコと洋酒の味が強めだから、このくらい
は食べられると思うんだけど…」
無邪気に笑って皿をテーブルに置いた悟空の手首を、三蔵が掴む。悟空は不可
思議そうに小首を傾げて三蔵を見た。
「…一つ…欲しいものがある…」
形の良い唇から、ぽつりと落ちた呟き。いつにない三蔵の様子に、悟空は戸惑
いがちに問い返した。
「えっと…それって、プレゼントってこと?」
微かに頷いてみせた三蔵の反応に、悟空の顔に困ったような苦笑いが浮かぶ。
悟空としても当初は手製のディナー以外にきちんとしたプレゼントを用意した
いと考えていたのだが、前段階の試作を重ねているうちに思いの外出費がかさ
んでしまい、そこまで予算が回らなくなってしまったのだ。
「あー…あのさ、カッコ悪ィ話なんだけど俺、今あんまり金なくて…だから、
大したモンはあげられないけど…」
「お前からしかもらえないものだ」
「うん、俺でもどうにかできるような物なら…何でも言って。」
悟空の普段の生活ぶりを承知している三蔵が、金額的に無茶な要求をしてくる
ことは考えにくい。それ以前に、三蔵が悟空に対して何かねだるということ自
体が非常に稀なことで。だから悟空は自分が出来る限りのことなら、その望み
に応えたかった。三蔵は悟空の手首を握る手に、グッと力を込めた。

「お前が…この部屋にいること─────。」

「え…?だって今…こうやって、いるじゃん…」
きょとん、とした表情でチグハグな言葉を返す悟空を、紫の瞳が静かにみつめ
る。掴んだままの手首を引き寄せた三蔵は、手の甲に唇を押し当てた。

「お前がこの部屋にいること…今日も、明日も…その先の、明日も───…」

もう一度繰り返された、三蔵の言葉。その意味するところは───

「あ…」
ようやく三蔵が言った『欲しいもの』を理解した悟空の頬が、ゆっくりとほの
赤く染まっていく。三蔵はただじっと、悟空の答えを待つ。数瞬の沈黙の後、
悟空が微かに震える唇を開いた。
「え…えっとさぁ…俺、三蔵より全然給料少ないし、だから家賃とか生活費と
か、俺が払える範囲でしか出せないけど…それで三蔵が構わないんなら…」
たどたどしく言葉を繋いだ悟空は、最後にほとんど声にならない囁きで「一緒
に暮らそう」と付け足した。紫の瞳に淡い笑みを滲ませた三蔵は、有無を言わ
さず小柄な身体を抱き寄せた。
「決まりだな。明日早速、引越し業者に問い合わせしてみるか…」
「あ、明日?俺、引越し資金なんてないよ…っ」
「…だったらレンタカーでトラックでも借りるか。どうせお前んトコ、大した
荷物もないしな。」

家賃も生活費も引越しの費用も。本当はそんなものは三蔵が全額出してもどう
ということはないし、もっとはっきり言えば、その方が事は簡単なのだ。だが
それは今まで自分の力で生活を支えてきた悟空の理念に反してしまうことだと、
三蔵にはわかっている。だから「お前は何一つ心配しなくていい」などという
言葉を、決して軽々しく口にしたりはしない。
意に染まない手出しはせず、共に出来ることは何なのかを考えていく。
それもまた、彼との出逢いによって得られた物事の捉え方なのだ。悟空に出逢
う前の自分は、向き合う相手の気持ちを汲み取ろうなどとは、これっぽっちも
考えたことがなかったのだから。
腕の中の存在は文字どおり、自分が見ていた『世界』をそれまでとは全く違う
ものに変えたのだ。

「それにしても三蔵さぁ…ちょっと突然過ぎ。」
不意を突かれて動揺してしまったのがくやしいのか、拗ねた子供のような声で
悟空が呟く。三蔵は悟空に気付かれぬようひっそりと笑ってから、こげ茶の髪
に軽いキスを落とした。
「バーカ、俺には突然でも何でもねぇよ。お前がいる『時々』が『いつも』に
なればいいって…ずいぶん前から思ってた…」
思いがけない真摯な告白に、悟空の頬が再び赤く染まる。それを見られまいと
して、悟空は三蔵の肩口にギュッと顔を埋めた。
「…俺も…実を言うと、さ…『じゃあまた』って帰る時…『じゃあまた』じゃ
なくて『ずっと』になればいいのになぁって…思ってた…」
ひどく気恥ずかしそうに呟いた悟空の顎に手をかけ、三蔵が強引に顔を上げさ
せる。淡い潤みを帯びた瞳を閉じた悟空に、三蔵はそっと唇を寄せた。


同じ願いを抱いて長い長いキスを交わしていたその間に、ひとすじの流れ星が
落ちたことを……二人は、知らない─────。


                           …Happy End.


《戯れ言》
…久しぶりに、話が動きました。何だかこう、『1が出るまで進めない』って
マスに止まっちゃった双六のような感じでしたねぇ…「あ~やっと1マス進ん
だよ~」みたいな(笑)でも1年で「一緒に暮らそう」ってトコまで来たわけ
ですから、それほど遅くはないんですよね。順当と言えば順当…?
このシリーズを始めて、1年が経ちました。私自身、これだけ長期に渡るもの
になるとは夢にも思っていませんでした。これも懲りずにお付き合い下さった
方々の存在があってこそのことです。全ての貴女様に、心よりの感謝を…v




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