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恋と魔法使い by Riko
二人が出逢って二度目の誕生日が近付いている。昨年渡した物は、部屋の鍵。 そして今……それは『二人の家の鍵』になった。 何処までも無欲な恋人は、形のある物を欲しがらない。幼馴染み兼一番の親友 である青年は 「何だっていいんだよ。三蔵さんが考えてくれたことなら、きっとアイツ何で も喜ぶから。」と笑ったけれど。 色々と考えを巡らせた末に、結局は本人の意向を聞くことにした。暫し逡巡の 表情を見せていたアイツは、やがてはにかみがちにその口を開いた。 「あのさ…そしたらその日休み取るから…三蔵も休み取ってくれる?」 「何処か行きたい所でもあるのか?」 俺の問いかけに、アイツは小さく首を横に振った。 「ううん、そうじゃなくて…何かここんとこバタバタしてて、あんまり二人で ゆっくり出来なかった感じがするから…だから特別何処かに行きたいとかって わけじゃ…」 ただ二人でゆったり過ごしたいのだと、気恥ずかしそうな笑顔で紡がれた『願 い』は、あまりにささやかなもので。いつまで経っても無垢なままの恋人に、 どんな表情を返していいのか正直戸惑う。 そんなこちらの反応に「…ダメかな?」と小首を傾げて下から覗き込んできた アイツの鼻先へと、返事代わりに戯れめいたキスを落とした。 ひどく退屈そうな表情で書類に目を通していた観音の傍らに置かれた携帯電話 から、某時代劇のテーマ曲に設定された着メロが高らかに鳴り響く。チラリと 目を遣った観音は、画面に表示された意外な人物の名に僅かに口角を上げてか ら電話を取った。 『俺だ』 『もしもし』や『ご無沙汰しています』等の挨拶を全て吹っ飛ばし、尊大極ま りない口調で開口一番こんな風に言い放つ相手は、観音が記憶する限り約一名 しかいない。 「おーどうした、お前から電話してくるなんざ珍しいな。敬愛する伯母上の声 が恋しくなったか?」 その声を耳にした途端、電話を叩き壊したい衝動に駆られた三蔵だったが、ギ リギリの忍耐力でそれを堪えた。まだだ。肝腎の用件を済まさなければ、不愉 快この上ない相手にわざわざ自分から電話をした意味がない。 『…一つ借りたいモンがある』 「益々もって珍しいじゃねーか…お前がオレ様に頼み事とはな。どうした?何 でも言ってみろ。」 明らかに面白がっている様子の観音を敢えて無視して、三蔵が本題を切り出す。 三蔵が告げた『借りたい物』とは───… そして悟空の誕生日当日。無事に二人揃って休みを取ることの出来たその日、 三蔵は珍しく自分の方から朝早くに悟空を起こし、外出の支度をするよう促し た。簡単に朝食を終えた後、二人は三蔵の愛車でマンションを出発したのだっ た。 「何処行くの?」との悟空の問いに、三蔵は素っ気無く「着けばわかる」と返 すだけだ。基本的に三蔵は特定の用でもない限り、休日に外出することを好ま ない。騒がしい場所も人ごみも嫌いだし、無遠慮に投げかけられる女性からの 熱い視線も、彼にとっては煩わしいだけだからだ。そんな三蔵が自ら外出の段 取りをつけたのは、悟空の為に他ならなくて。ただ二人で一日過ごせればいい と思っていた悟空は申し訳ないと思うのと同時に、三蔵が示す不器用な優しさ に、何とも言い難い甘い気持ちでいっぱいになる。 「あ…」 ふと窓の外に目を向けた悟空の口から小さな呟きが漏れる。気がつけば車は、 海岸線に沿うようにして続く道路を走っていた。 二人を乗せた車が到着したのは海辺の駐車場。そこはヨットハーバーにレスト ラン、ホテル、リゾートマンション等が隣接する、所謂『マリーナ』と呼ばれ る場所だった。物珍しげに視線を巡らす悟空へと「こっちだ」と告げ、三蔵が スタスタと歩き出す。悟空は慌ててその後に続いた。 停泊している様々な形の船を左右に見ながら足を進める悟空は、世の中には個 人所有の船などという物を持っている人がこれほどいるのかと只々驚くばかり だった。 「…っと、コレか。」 ふと三蔵が足を止め、何かを確かめるように視線を上向ける。釣られるように 目線を上げた金の瞳が、驚愕に見開かれた。 「うわぁ…っ」 二人の目の前にあったのは『ヨット』と呼ばれるようなコンパクトな船ではな く、堂々たるスケールを誇る『クルーザー』という物だった。 「もしかしてコレ…三蔵の?」 「バーカ、ンなワケねーだろ。ババァのオモチャだ。」 恐る恐ると言った感じで確認をする悟空に、三蔵が呆れ気味の表情で答える。 言われてみれば白い船体の側面には、目にも鮮やかなコバルトブルーの塗料で 『TENJIKU』の文字が書かれていた。 「えっと…三蔵が操縦すんの?」 「でなきゃ『二人でゆっくり過ごす』になんねーだろ。心配すんな、船舶免許 ならちゃんと持ってる。」 「何処行くの?」 「別に何処にも」 「へ…?」 船に乗り込みながらの、たわいのないやり取り。きょとんとしている悟空に、 三蔵は微かに笑ってみせた。 「特別何処かに向かうってワケじゃねーんだ。適当に景色のいいトコで船を停 めて、ただのんびりして…明日の仕事までには間に合うように戻ってくる。」 「文句ねぇよな?」と睫が触れ合うほどの距離から、金の瞳を覗き込む。未だ あどけなさの色濃く残る顔が真っ赤に染まり、小さな唇から「ありがとう…」 という呟きが零れた。 デッキの部分から船室へと足を踏み入れた悟空の口から再び感嘆の声が上がる。 そこにはソファーとテーブル、小さなキッチンがあり、更に奥には寝室やシャ ワールームまで完備されていた。 「スゲェ…これならココで生活出来ちゃうじゃん。」 「ババァの道楽で作らせたモンだからな…ん?」 テーブルの上には誰が用意したのか色鮮やかな花々が飾られており、花瓶の下 には一枚の便箋があった。三蔵が便箋を手に取ると、そこには見覚えのある達 筆な文字が綴られていた。 『今日はチビの誕生日なんだってな。燃料も食料も充分積んであるから、好き に遊んでこい。』 平素は人を喰ったような態度で三蔵を苛々させるのが大得意な伯母ではあるが、 このような大らかな包容力もまた、彼女の本質そのものなのだ。三蔵は何処か 面映そうな苦笑いを浮かべ、手にしていた便箋を丁寧に折り畳んで上着の内ポ ケットにしまった。 沖まで進めた船を停め、二人だけのパーティーの準備を始める。書置きの文面 にあったとおり、冷蔵庫にはそのまま食べられる料理や少し温め直せばよい料 理が所狭しと並べられていた。普段の観音の所業を思うと何か裏があるのでは ないかと勘繰りたくなるが、今日のところはその配慮に丸ごと甘えることにす る。いつもなら食事の支度はほとんど悟空に任せきりの三蔵だが、この日ばか りはこまめに動いてホスト役に徹する。つい手を出そうとする悟空を押し留め、 テキパキとテーブルのセッティングを進めていった。 「何か…俺ばっか楽しちゃってて悪いみたい。」 これも根っからの性分なのか、人が忙しく動いている横でのんびりしていると いうことに慣れていない悟空は、どうにも落ち着かない様子でそんな言葉を漏 らした。 「気にすんな、今日はお前が主役なんだから特別だ…それにもう終わる。」 料理を並べ終えた三蔵が冷してあったシャンパンの栓を抜き、器用な手つきで 注いでいく。涼しげな泡が弾けるグラスをカチンと合わせ、二人で乾杯をした。 「…こんなすごい誕生日、初めてだ…。」 小さく呟いた悟空の頬がほんのりと上気していたのは、シャンパンのアルコー ルの為だけではない。母親と二人で迎えた誕生日も、仲間がにぎやかに祝って くれた誕生日も、確かに嬉しかったけれど。でも一番好きな人と過ごすこの日 は、やっぱり『特別』で。 溢れる想いのままに、悟空は誰より大切な恋人に心からのキスを送った。 ひとしきり食べて飲んで。すっかり満足しきった悟空はソファーで寝息を立て 始めた。こういうところはまるで子供だなと思いつつ、三蔵は起こしてしまわ ぬように注意を払いながら、ちんまりと丸まっている身体にタオルケットを被 せた。 暫くの間一人気ままに船を走らせていた三蔵だったが、その瞳に飛び込んでき た光景に思わず目を見張る。三蔵は船のエンジンを停め、船室へと向かった。 いい夢でも見ているのか、心地よさげな顔で眠る悟空の肩を軽く揺する。程な くして、金の瞳がゆっくりと開かれた。 「ゴメン…俺、寝てた…?」 まだ夢うつつの状態ながらそれでも身体を起こした悟空の頭をクシャリと撫で、 三蔵は「外に出てみろ」と促した。 眠たげに目許をこすりながらおぼつかない足取りで船室から出てきた悟空の表 情が、一転して覚醒したものに変わる。 「う…わぁ……」 辺り一面を満たしていたのは、圧倒的なまでの『赤』。空も雲も水面も、目に 映る全てが夕映えに染め上げられていた。 「スゲェ…スゲェよ三蔵、すっごいキレイ…」 零れ落ちそうなくらい見開かれた金の瞳が、夕映えを反射して明るく輝く。満 面の笑顔は、純粋な喜びに溢れていて。それを見ているこちらの方が、温かな 幸せに満たされていく。魅入られたように一心に夕陽をみつめていた悟空が、 ふと三蔵を振り返る。悟空は少し面映そうに笑い、その口を開いた。 「やっぱ三蔵ってスゴイ…俺が『嬉しい』って思うこと、何だってわかっちゃ うのな。」 「魔法みたいだ」と、再び悟空が小さく微笑う。三蔵は一瞬不意を突かれたよ うな表情になり、その後僅かに口許だけで笑ってみせた。 彼が自分に与えてくれた、小さな『幸せの魔法』。それと同じくらい温かな、 豊かなものを、自分もまた彼に返せているのだろうか。 もし本当に、自分にそんな力があるならいいと思う。 目の前の小柄な身体を、ゆったりと抱きしめる。平素には滅多に見せることの ない柔らかな表情を浮かべた三蔵は「そうかもしれないな…」と呟き、その後 すぐに「但し」と付け加えた。 「相手はお前限定だけどな」 一瞬きょとんとしていた悟空の表情が、弾けるような笑顔に変わる。 風さえ染まりそうな夕映えの中、二人は長く甘いキスを交わした───。 …END. 《戯れ言》 そんなわけでして、今年の悟空さんのお誕生日は『クルーズでGO!』大作戦 となりました(笑)ところでこのマリーナという場所、海が近くにはない方や 寒い地域の方にはピンとこないでしょうか?私自身は思いっきり半島に住んで いるので、近辺にこういう場所が沢山あるのです。そしてこの世の中には個人 所有のお船などという物を持っておられる方が、思いの外沢山いらっしゃるの デスヨ(苦笑)誕生日イベントの関係で一つ話をすっ飛ばしてしまったので、 次こそはその話を…(^^;) なお今回のBGは海写真サイト・アルカディア様の素材を使わせて頂きました。 |
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