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『一輪の花を、貴方に』 byRiko

 

それはある日の夕暮れ────ようやく一日の仕事のめどが着いた三蔵は走らせていた筆を置き、眼鏡を外した。身体のコリをほぐす為に軽く首を回すと、巡らせた視線の先に、見慣れた小猿の姿があった。

(あいつ…ずっとあそこにいたのか?それにしちゃヤケに静かだったが…)

悟空は三蔵の机から少し離れた位置で、こちらには背を向ける形で直接床に座り込んでいた。平素の彼なら退屈だの遊んでくれだのとやかましいことこの上なく、三蔵に「うるせぇっ」と叱られて外に行くというのが大概のパターンなのだが、今日は一人でおとなしくしていたようだ。

少々猫背気味に丸まっている小さな背中は、無言のままモソモソと動いている。仕事が終わっていることにも気付いていないらしい悟空に、三蔵は珍しく自分から呼びかけてみた。

「おい、サル」

その背中は振り返らない。殊この執務室において、『三蔵が自分を呼んでいる』ということに勝る優先事項など悟空には有り得ない筈なのに。反応が返ってこないことに、三蔵の眉間が険しく寄った。

「悟空」

少しきつめの声に、薄い肩がビクリと跳ね上がる。ようやく振り返ってみせた悟空は、今初めて呼びかけに気付いたという表情だった。

「あ…えっと…さんぞ、何?」

「何?じゃねーだろ、呼んでることに気付かないほど何やってんだテメェは」

余りに間の抜けた様子の悟空に、三蔵が苦々しく言い放つ。

「うんとね、『じぐそーぱずる』ってヤツ。」

「…ジグソーパズル?」

予想外の悟空の答えに、これまた珍しく三蔵は自分から席を立ち、悟空の方へ寄った。

悟空の横に片膝を立てて座った三蔵が、チラリと床へ目を向ける。そこにはまだほとんど形を成していない膨大なパズルのピースと、その完成形らしき写真がプリントされている箱が転がっていた。

「コレ、どうした?」

「ん?この間一緒に街に行った時、悟浄が買ってくれた。」

「…お前、こんな細かくて手間かかること苦手じゃねーか。」

「うっ…そうだけど、もしちゃんと最後まで作れたら、何でも好きな物ご馳走してくれるって八戒が…」

悟空の口から自然に紡がれた人物の名に、三蔵の瞳が微妙に眇められる。悟浄と八戒───それはつい最近、とある事件がきっかけで知り合いになった二人の青年だった。気さくで飾りのない人柄の彼らに悟空はすぐに心を許し、彼らもまた、悟空の存在をごく自然に受け止めた。

悟空が二人に懐くのは当然と言えば当然の成り行きだったし、それは彼にとって喜ぶべきことなのだということもわかっている。三蔵以外に確かな味方はいないという境遇に長く置かれた悟空にとって、三蔵以外で自分を受け入れてくれる初めての「仲間」と呼べる存在が出来たのだから。そう、これは明らかに歓迎すべき状況なのだ。だがそれでも。

心の何処かで『面白くない』という気持ちが存在するのも、またまぎれもない事実なのだから、仕方がない。

「悟空」ともう一度呼びかける。警戒心のかけらもなく振り返ったところを、反応する間も与えず床の上に抑え込んだ。

「三蔵…?」

只々驚いているといった様子の金の瞳が、不思議そうに三蔵を見上げる。見下ろす三蔵の瞳に、苛立ちの色が浮かんだ。

「飼い主様の声が聞こえねぇほど、ンな作りモンに入れ込んでんじゃねーよ、バカザル」

「三蔵…どーしたんだよ?」

戸惑う声を無視して、無防備に晒された項に唇を落とす。途端に腕の中の身体がピクリと小さく震えた。

「さん、ぞっ…ちょっ…」

抗おうとする肩を押し止め、衿の間から覗く鎖骨に緩く歯を立てる。薄く開かれた唇から、微かな甘さを含んだ吐息が零れた。と、その時。

 

短いノックの音からほとんど間を置かず、執務室の扉が開いた。

「失礼致します三蔵様、先ほど届きましたお手紙を…」

快活な声と共に、紙が床に落ちる乾いた音が室内に響く。音の方へ視線を向けた悟空の表情が固まった。

「恵…生…」

「し…失礼致しました!!」

大きく顔を背けた恵生はやっとの思いでそれだけを告げ、その場から逃げるように走り去った。不意を突かれて力を緩めた三蔵の腕の中から、悟空が抜け出す。後を追おうとした悟空の腕を、三蔵が強い力で引き戻した。

「よせ、追いかけていって、お前は奴に何を言うつもりだ?」

「何をって…だって、恵生は…」

恵生は、二月ほど前に三蔵付きとなった修行僧である。明るく利発的な恵生を人の好き嫌いが激しい三蔵も珍しく気に入ったようで、あれこれと身近で用を言いつけていた。また、そんな恵生の人柄に加えて年回りが近いせいもあり、悟空も彼とは比較的親しく話をしていた。

「…だって恵生は…三蔵のこと、好きなんだ。他のヤツらみたいに、三蔵が偉いからとか、傍にいると得だからとかそんなんじゃなくて…本当に三蔵のこと好きなんだ…俺、知ってる…」

ぽつぽつと呟いた悟空は、俯いて唇を噛んだ。

そう、自分は知っている。直接彼から聞いたことがあるわけではない。だが、わかるのだ。

一切の濁りのないその瞳は、いつでも真っ直ぐに三蔵をみつめていたから。

その時の彼は遠い太陽を見上げるように、眩しそうな表情をしていたから。

抱いている想いの形は自分のものとは異なるかもしれないが、その眼差しの中にある憧憬は、おそらくとても近いものだから。他の誰にわからなくとも、自分にはわかるのだ。その「想い」が、本物だということも。

「…だから?それでお前は、奴に何て言うつもりだ?俺とお前はこういう関係だが気にするなと、肩でも叩いてやるか?それとも俺が、奴を伽の相手にでも指名すりゃいいのか?」

「そんな意地悪な言い方しなくたっていいだろ!?」

余りに淡々とした三蔵の物言いに、反射的に顔を上げた悟空が食ってかかる。だが三蔵の姿勢は変わらなかった。

「お前の方こそ何だってんだ、そんなに誰にでもイイ面してぇのか?」

「ンなこと言ってねーじゃん!?そうじゃなくてっ…」

声を荒げていた悟空が、ふと言い淀む。

「誰も泣かなくて済むんなら、その方がいいに決まってんじゃん…」

不貞腐れたように頬を膨らませた悟空の口から、ぽつりと零れた一言。三蔵は大きく溜め息をつき、悟空に背を向けて立ち上がった。

「三蔵…?」

「話になんねぇ。これ以上この事でお前と話しても無駄だ。」

その一言が最後だった。そこで話を打ち切った三蔵は、以降就寝までほとんど口を開くことはなかった。

 

 

次の日、朝食を終えた悟空は早々に寺院を出て悟浄の家へと向かった。三蔵の沈黙は重く圧し掛かり、恵生と顔を合わせてしまうのも気まずかった。それに何より、この心のわだかまりを、誰かに聞いてほしかったのだ。

 

悟浄は街へ出かけて不在だったが、八戒は快く悟空を迎えてくれた。

テーブルいっぱいに並べられた茶菓子を頬張りながら、悟空は昨日の事の顛末を八戒に語って聞かせた。悟空の話に丁寧に相槌を打っていた八戒だったが、全てを聞き終えた後、少し困ったような苦笑いを悟空に向けた。

「そうですか…確かに悟空の、その恵生さんという人への思いやりの気持ちは充分わかるんですが…でも僕としては、三蔵の言い分もわかるんですよ。」

「…八戒?」

意外な八戒の反応に、悟空はその表情を伺うように小首を傾げてみせる。実年齢よりずっと様子の幼い悟空に、他の三人は何のかんのと言いつつも甘いのだが、中でも八戒は殊の外悟空に甘く、彼から叩かれたり怒鳴られたりしたことは今まで一度もない。だから今回も、八戒は100%自分の味方だと信じきっていた。どう考えても自分の言っていることの方が正論で、三蔵の考えの方が理不尽だと悟空には思えてならなかったからだ。

不満の色をありありと浮かべて自分を見上げてくる悟空の様子に、八戒の苦笑いは益々深くなった。

「ねぇ悟空…今食べているそのチョコレート、少し僕にもくれませんか?」

悟空の前の皿に置かれた食べかけのチョコレートを指差し、八戒は不意にそんなことを言った。

「…?う、うん…いいけど…」

八戒の言葉の真意を掴みかねながらも、悟空が不器用な手つきでチョコレートを割ろうとする。

「あ、ほんのひとかけでいいですよ。僕、そんなに食べませんから…そうそう…あぁ、ありがとうございます。」

悟空の手から親指大ほどのかけらを受け取った八戒は、ポイッと口の中へ放り込んだ。しばらく無言のまま軽く口を動かしていた八戒だったが、コーヒーを一口飲んでから、ニッコリと悟空に笑いかけた。

「ご馳走さまでした…例えばこんな風にね、目の前にあるのが甘いお菓子なら話は簡単なんですよ。僕も気軽に『分けてくれ』って言えるし、悟空も気軽に『いいよ』って言ってくれる。お互い同じ物を食べて『美味しいね』って笑い合うことも出来る。それは本当に幸せなことだけれど…でもね、悟空?もし今目の前にあったのがチョコレートじゃなくて、一本の花だったとしたら…どうします?」

「八戒…?」

八戒が何故突然こんなことを言い出したのかがわからず、悟空は困惑気味の表情で再び小首を傾げる。その眼差しを受け止める八戒の瞳は、穏やかに笑んだままだった。

「悟空が持っていたのが一本の花だったとして、それを僕がさっきと同じように『少しくれ』って言ったらどうします?花の部分と葉と茎の部分に分けますか?それともそれじゃ不平等だからいっそのこと、真ん中から真っ二つにしますか?でもそれってどちらにしても、最初の花とは別の物になってしまいますよね…?分けた悟空も、もらった僕も、結局どちらもちっとも幸せな気持ちにはなれない…」

 

分け合って楽しく笑い合うことの出来る甘いお菓子と

決して分かち合うことの出来ない、たった一輪の花

 

「あ…」

大きく目を見開いた悟空の口から零れた小さな呟きに、彼がこの話の真意を汲み取ったことを八戒は悟った。半ば茫然とした表情でこちらをみつめている悟空に、八戒は静かに頷いてみせた。

「…つまり三蔵が言いたかったのは、そういうことなんだと思いますよ。」

ガタン、と派手な音を立てて、悟空が椅子から立ち上がった。

「俺…帰る、ご馳走さまっっ」

「今度はみんなで焼肉パーティーでもやりましょう。三蔵に都合のいい日を訊いておいて下さい。」

「うん…八戒、サンキュな。」

「どういたしまして。」

笑って軽く肩をすくめてみせた八戒に手を振り、悟空は何かに急かされるように悟浄宅を後にした。

 

 

早く早くと、心が騒ぐ。寺院までの決して短くはない道のりを、悟空はひたすらに駆けていった。早く三蔵に会いたい。会って伝えたい。おそらく八戒のように上手くまとめて説明は出来ないけれど、今この心の中にある想いを、あるがままに────。

 

昨日からの気まずさなど忘れたかのように、けたたましい音と共に悟空が執務室の扉を開け放つ。案の定、机から顔を上げた三蔵は、不機嫌の頂点とでも言うべき険しい表情だった。そんな三蔵の態度に臆することなく室内に足を踏み入れた悟空は、三蔵の後ろに廻り込み、椅子越しにその背中に抱きついた。

「おいサ…」

「…昨日は、ゴメン。」

三蔵の非難の声を遮るように発せられた悟空の呟きは、小さな声だがはっきりとした意思を示すものだった。

「…何がだ」

対する三蔵の返事は実に素っ気無い。それでも構わず、悟空はその肩に顔を埋めた。

「…俺さ、誰にでもイイ面したいなんて思ってねぇけど…でもやっぱ俺が言ったコトって、ちょっとズルかったと思う…だから、ゴメン。」

俯いているせいで少しくぐもり気味な悟空の声が、背中越しに響く。三蔵からの応えはない。それでも悟空は再び口を開いた。

「ここ最近さ…悟浄や八戒と知り合って、恵生もやって来て、それまでほとんど俺と三蔵の二人だけだったのが、何か急に周りに人が増えて…でも俺、それはいいことなんだと思ってた。俺もみんなのこと好きだし、三蔵が気を許して話せる人が増えるのはいいことだって…それをちょっと淋しいとか思うのは俺のワガママで、本当は嬉しいことなんだって…もちろんそう思ったのは嘘じゃないんだけど…」

ぎこちないながらも自分の気持ちを精一杯伝えようと、悟空は懸命に言葉を繋ぐ。そこで一旦言葉を切った悟空は、何かを決意するように、肩に回した腕に力を込めた。

 

「…だけど…どんなに勝手だって言われても、どんなに他の人が哀しい思いをしても、三蔵が最後に振り返って手を差し出してくれるのは…俺じゃなきゃ…

イヤだ…」

 

微かに震える声で紡がれたのは、ありのままの心。悟浄や八戒を好きだと思う気持ちの反面、彼らと穏やかに話す三蔵を見て一抹の淋しさを覚えたのも本当で、恵生を傷付けたくないと思う反面、三蔵の傍らで手際よく働く彼を見て、ある種の疎外感を感じたのも本当のこと。

どれほど身勝手だと詰られようとも、自分の陰で涙を流す人がいたとしても、どうしようもないのだ。

目の前の人へのこの想いは、笑って分け合える甘いお菓子なんかじゃなく、誰にも譲ることなど出来ない、ただ一輪だけの『花』だから。

 

「…おい、いい加減この腕どけろ。暑苦しいんだよ。」

「え…あっ、ご、ごめん…」

先程と変わりなく素っ気無い三蔵の声に、悟空はしゅん…と項垂れて、回していた腕を解く。その次の刹那。

「えっ…?」

椅子ごとこちらを振り返った三蔵に有無を言わさず引き寄せられて、ほとんどデタラメに近いような、息継ぎの間もない乱暴なキスを受けた。

「んっ…さ…んぞ…?」

ようやく唇が離されて、淡く滲んだ金の瞳が戸惑いがちに三蔵を見上げる。

「そんな必死こいてる声で言わなくたって、ンなこたぁ最初っからわかりきってんだよ、阿呆…」

呆れたような声でそう応えながら、長い指先が悟空の頬を軽くつねる。見下ろす紫暗の瞳の色の微妙な柔らかさは、目の前の相手だけに向けられるもの。

悟空は面映そうに笑ってもう一度「ゴメン」と呟き、自分から三蔵の頬に軽いキスを落とした。

 

 

明朝、悟空が目を覚ますと、既に三蔵は仕事に出たようでその姿はなかった。

いつもなら三蔵が起きる時には悟空も一度目を覚ますのだが、今日は疲労の為か深く寝入っていたらしく、全く気付かなかった。ベッドの上にペタリと座り込んだ悟空は、まだ覚醒しきっていない、ぼんやりとした様子で俯いている。

あてどもない視線を巡らせていたその瞳が、ある一点で止まった。

「あ…」

思わず零れた呟きと共に、悟空の顔が耳朶までほの赤く染まる。ふと目を遣った右手首の内側に残された、ひとひらのくれなゐ。三蔵の、熱の「証」。

昨夜のことがありありと脳裏に甦り、悟空の頬の熱が一層上がった。

ひどく濃密な、それでいてひどく穏やかな夜だった。最後には意識が朧になるほど幾度も求められて、でも一つ一つの仕草は、まるで宝物を扱うかのように優しくて。

「どーしよ、コレ…やっぱこのまま出してたら、マズイよな…」

困ったような、それでいて何処か嬉しげな表情の悟空は、手首に残された痕にそっと自らの唇を押しあてた。

 

一人遅れて朝食を終えた悟空は外に出た。中庭の方へ足を進めていくと、掃き掃除をする恵生の姿があった。気まずそうに「あっ」と声を上げた悟空に気付き顔を上げた恵生が、穏やかに微笑った。

「おはようございます。今日もいいお天気ですね。」

「おはよ…うん、そーだね…」

いつもと変わりなく爽やかな恵生の挨拶に、悟空がぎこちなく返事をする。

「その手…怪我でもされたのですか?」

「へ…?あ、あっと、コ、コレは別に、大したことないんだ、うん…」

包帯を巻いた手首を心配げな表情でみつめられて、悟空は慌てて大きく首を振る。恵生の口から、小さな溜め息が漏れた。

「そうですか…なら、よかった。」

決して皮肉などではない、本当に心からの気遣いなのだとわかる恵生の声。悟空は益々気まずくなり、俯いて軽く唇を噛んだ。暫しの沈黙の後、恵生の方が先に口を開いた。

「…一昨日のことなのですが…」

俯いたままの悟空の肩が小さく揺れる。それを見ていた恵生の口許に、軽い苦笑いが浮かんだ。

「確かに驚きはしましたが…だからと言って、お二人を嫌悪するような気持ちは、私にはありません。」

恵生の言葉に、悟空がゆるゆると顔を上げる。視線を合わせた恵生は、静かに頷いてみせた。

「私にとって、三蔵様が心から尊敬し、お慕いする御方であることはこれからも少しも変わりません。ですから…どうか気に病んだりしないで下さい。」

そう告げた恵生の声は明るく涼やかで。悟空は眩しいものを見るように目を細めて目の前の彼を見上げた。

(あぁ…そっか…)

 

彼にとっても、この想いはたった一つの『花』なのだ。

叶わなくても、届かなくても、譲ることの出来ない『花』。

 

「恵生は…強いな。」

それでもなお、まっすぐに前を見据える彼の心の強さに、敬服の思いを込めて悟空が呟く。

「そうですよ。知りませんでした?これでも私、結構打たれ強いんです。」

軽い茶目っ気を含んだ声で応えたその笑顔は、この日の空のように晴れやかに澄み切っていた。

 

 

「なぁなぁ、もうこの辺の肉、食ってもいい?」

「ったくこのチビザルはぁ~、そうがっつくんじゃねーよ、ほら、まだその辺生焼けだぞっ」

「悟空、まだまだ沢山ありますから、ゆっくり食べて下さい…はい、野菜も食べなきゃダメですよ。」

それから半月程が過ぎたある晩、悟浄宅にて八戒提案の焼肉パーティーが開かれた。この面子が揃えば恒例の、飲むわ食うわの大騒ぎである。

「…おい八戒」

肉を取ったの取られたのと騒いでいる悟浄と悟空の声をバックに、三蔵が声をかける。八戒は手際よく箸を動かしながら、目線で続きを促した。

「ここから戻ってきた後、あのサルが妙にものわかりがよくなってたが…奴に何を話した?」

「別に何も。ただ一緒にチョコレートを食べただけですよ?」

三蔵の問い掛けに、八戒がニッコリ笑って答える。『全く何処までも食えない男だ』と僅かに目を眇めながら、三蔵は缶ビールを口に運んだ。

「そういえばお前、あのジグソー進んでんのか?もしやもう飽きたとか言うんじゃねぇだろな?」

「べーだっっ、ちゃんと進んでるよ!もう空のとこ、半分くらい出来たもん」

「フーン…ま、この悟浄さんが買ってやったんだから、せいぜい頑張れよ。」

肉の騒動が一段落した後。ふと聞こえてきた二人の会話に、今度は八戒が三蔵に問い掛けた。

「三蔵…あのパズルの完成図って見ました?」

「あ?あぁ、一度チラッと覗いただけだが…只の風景写真だろ?」

「只の風景写真…そうですね。『僕らからすれば』そうなんですけど…」

またもや思惑ありげに八戒が薄く微笑う。掴みどころのない話に、三蔵の柳眉が上がる。それを全く気にしていない様子で、八戒は話を続けた。

「あれを買ったいきさつなんですけどね…」

 

あのジグソーパズルを玩具店の店頭でみつけた時、悟空はずいぶんと熱心にそれに見入っていたという。その様子があまりに真剣だったので、「欲しいのなら買ってやろうか?」と悟浄が言い出した。「いいの?」と見上げてきた瞳は、今にも零れ落ちそうで。その時八戒は、これは悟空には少し難しそうだからもっとピースの少ない、キャラクター物のパズルにしてはどうかと提案した。

それはあのパズルを見た時から、三蔵も思っていたことだった。同じパズルを買うにしても、何故悟空が好みそうな華やかなキャラクター等が描かれているもっと簡単な物にしなかったのだろうと。

だが悟空は、それを良しとはしなかった。どうしても、このパズルがいいのだと言って。

 

「三蔵…帰ったら一度きちんと見てみて下さいね。あのパズルの図柄…黄昏の空に星が瞬いていて、月明かりに照らされた砂漠が、白く輝いている…そんな風景なんですよ。」

「────…」

黄昏の空、瞬く金の星、白く輝く砂────その風景の中に彼が「何」を見たのか。「誰」の姿を映していたのか。あのまっすぐな眼差しを見れば、問うまでもないことだった。

「…支払いを終えてあの箱を受け取った時、何だかもうこっちが馬鹿馬鹿しくなるくらい嬉しそうに笑うものだから…つい口に出しちゃったんです。『もしちゃんと最後まで作れたら、何でも好きな物ご馳走しますよ』って…でもねぇ三蔵?そんな約束がなくっても、きっと悟空は大切にあのパズルを仕上げたと思いますよ…?」

静かにそう告げた八戒の笑顔は、先刻の何か思惑を含んでいるようなものとは異なる、淡く緩やかなものだった。

 

 

後日。暫し仕事の手が空いた三蔵は長椅子で煙草ふかしながら、横にいる小猿の様子を眺めていた。相変わらず悟空は床に座り込み、実に真剣な表情でパズルとの格闘を続けている。空の部分はかなり完成し、今は蒼白い満月を作っているところだ。

三蔵はふと、あの時の悟空の言葉を思い出していた。

 

いきなり互い以外の人間関係が広がったことに、戸惑いやある種の焦燥感を抱いていたのは二人とも同じで。それでもやはり、互いが求めていた「想い」に

変わりはなくて。

 

深く紫煙を吐き出した三蔵が、不意にその口を開いた。

「おいサル…そのパズルの賭け、俺も一口乗ってやるよ。」

そんな三蔵の言葉に、悟空が顔を上げる。自分の損得に関係の無いことに、三蔵がこのような話を持ちかけるのは極めて稀なことだった。

「何…?三蔵も、メシでも食いに連れてってくれんの?」

不可思議そうに顔を覗き込んでくる悟空に、三蔵はほんの少しだけ目許の表情を緩め、微かに笑ってみせた。

「お前が最後まで投げ出さずに仕上げることが出来たら…」

そう言いながら、三蔵は作りかけのパズルを指差した。

 

「その時は、これと同じ景色を探しに行く。」

 

初めはきょとん…とした表情だった悟空の瞳が、これ以上は無いというくらい大きく見開いた。

「…二人…で?」

「あぁ」

「…ホントに?」

「わざわざこんなまだるっこしい嘘つくか、バカ」

次の瞬間、驚きの表情は弾けるような満面の笑みに変わった。

「…ぜってー最後まで頑張る。」

パズルを指差していた三蔵の手が伸ばされ、悟空の顎を捉える。促されたように悟空は中腰になり、三蔵の顔が近付いてくる気配に目を閉じた。

 

 

まだ未完成の黄昏の空の上で、二人は長く優しいキスを交わした────。

 

 

HappyEnd.

 

 

《戯れ言》

とりあえずの未完成分を読んで下さっていた皆様、何とも中途半端なところでどうもお待たせ致しました…ようやくきちんとした?一つの話として仕上がりました(苦笑)。
どうですかねぇ…お待たせした分、読み甲斐のある物になっているといいのですが
(^^;)

パズルの中の風景、実は思い付いた当初のイメージは雪景色だったんですよ。

でもGファンにて、あのエピソードまでは悟空は雪が苦手だったってことがわ

かっちゃったんで、急遽砂漠に鞍替えしました(汗)。

しかし最後はやはり只のバカップルですな…いや、いつものことか(苦笑)。

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