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『HolyNightにくちづけを』by Riko



折りしも時は十二月下旬に入り、巷は既にクリスマスムード一色である。片や外資系商社のエグゼなサラリーマン・玄奘三蔵と、片や女手一つで育ててくれた母を亡くし、日々バイトに精を出しながら生計を立てている高校生・孫悟空
───様々な紆余曲折を経て、この冬二人は晴れて恋人同士となったのだが。何故だか二人は互いに、クリスマスイヴについての話題に触れられずにいた。
そもそもまだ出会って一月も経たないということや、途中小さな行き違いが生じ、それを解決出来た時にはもうクリスマスは目の前だったということもあり何となく口に出せないまま今に至ってしまったのである。
悟空の方は、三蔵には前もって約束していた予定があるかもしれないと思い、上手く話を切り出すことが出来なかった。勿論それは特定の女性と、ということではない。出会った時のシチュエーションからして、それまでの三蔵の女性遍歴がかなりの数に上るであろうことは悟空も何となくわかっている。しかしそれと同時に、彼が不器用なくらい誠実な人であることも知っている。もしイヴを一緒に過ごす約束をしていた女性がいたとしても、悟空を選んだ時点でそれは断っているであろうと想像出来た。だが何分彼は社会人なのだから、自分にはわからないような仕事関係の付き合いや、それこそ滅多に会えない友人とパーティーをして過ごすなど、色々予定があるかもしれない。そんな中で自分がクリスマスの話などしたら、ぶっきらぼうだが十二分に優しいところのある彼の人は、きっと不必要な気を遣ってしまうだろう。そう思うと、悟空は自分の方から話を振ることは出来なかった。
一方の三蔵はといえば───悟空の推察どおり、今まで幾多の女性と適当なサイクルで付き合ってきた彼なのだが、実は生まれてこの方、何かのイベントの折りに自分から誰かを誘うなどということをしたことがないのである。何しろ自分の誕生日ですら、女性に呼び出されてプレゼントを渡されてからようやく思い出すような具合なのだから。ましてや三蔵は別段その宗教を信仰しているわけでもない連中がこぞって浮かれるその行事を『くだらない』と思っているクチである。そんな彼のクリスマスといえば、まだ少年の頃に今は亡き義父とケーキを食べたくらいが精々で、他に誰かとクリスマスを過ごしたという思い出は無い。そもそもいつも自分が『求められる側』だった三蔵は、こんな時にどんな風に話を進めたらいいのかすら、正直わからないのだ。
そうやってお互い上手く話のきっかけを掴むことが出来ないまま、忙しない師走の日々は確実に進んでいったのであった。


そして十二月二十四日、クリスマスイヴ当日。それほど詰まった仕事を抱えていない三蔵は、軽い食事を終えて8時にはもう帰宅していた。特別何かをしようという気にもならず、灯りも点けぬままネクタイを緩めながら、三蔵はドサリとソファーに背中を預けた。チラリと、ベランダへと続く窓へと目線を向ける。あの場所から見渡せる眼下の光景は、おそらく今夜が最高潮の、溢れんばかりの光の渦だろう。眩い光の下、街角のあちらこちらでは、人々が幸せそうに笑みを交わし合っているのだろうか。この夜特有の浮かれた空気を、今まで馬鹿馬鹿しいと思うことはあれど、それに迎合している連中を羨んだことなど一度もなかったというのに。
ならば一人ポツンと置き去りにされたようなこの奇妙な疎外感は、一体何なのだろうか。

9時半を少し廻った頃だろうか。不意に玄関のチャイムが鳴った。億劫ながらも渋々立ち上がり、インターフォン越しに「はい」と義務的に返事をする。
『えっと…オレ』
スピーカーから流れてきたのは、他の何よりも聞きたかった、唯一人の声。
とてつもない勢いで玄関に向かいドアロックを外すと、扉の向こうから現れたのは、白い息を弾ませた満面の笑顔。
「よかったぁ…いい気になってこんな色々買い込んじゃって、もしいなかったら、マジどうしようかと思った。」
心底ホッとしたように小さく息を吐いた悟空は、両手いっぱいに幾つもの袋を下げている。ガサゴソと賑やかな音を立てながら、悟空が玄関に入ってきた。
「お前…何で…」
目の前の状況を把握しきれないらしい三蔵が、らしくもなく呆気に取られた表情でやっとそれだけを口にする。
「ん?うん…何かさ、友達と約束とかあるかなぁとも思ったけど、一人でいるような気がしたし…それにやっぱ、会いたかったから。」
滅多に見られない表情を浮かべている三蔵を見上げ、悟空は「へへ」と何処か面映そうに笑った。
「…三蔵はさ、クリスマスだからって何が違うんだ、くだらねぇってタイプかもしんないけど…でも、街がキラキラ眩しくて、擦れ違う人がみんなウキウキしてて…やっぱこんな特別な日はさ、一番一緒にいたい人と過ごしたいなぁって…そう思ったから。」
「だから来ちゃった」と、三蔵を見上げたまま、悟空は照れ隠しのように軽く肩を竦めてみせた。

『一緒にいたい人と過ごしたいと思ったから』

悟空のその一言が、透明な雫のように三蔵の胸の内に染み込んでいく。
(あぁ…そうか…)
三蔵は自らの気持ちの奥底でひっそりと、敗北感にも近い思いを感じていた。

この浮かれた夜に会う理由なんて、たったそれだけでよかったのだ
こちらが出口の見えない迷路のようにグルグルと思い惑っていることを
君は軽くスキップでもするように、あっさりと飛び越して笑ってみせる

「え…さん、ぞ…?」
次の瞬間、あっという間にその腕の中に抱き込まれていて。強く強く、抱きすくめられる。息を吐き出すのも苦しい状況なのに、金の瞳には淡い笑みが浮かんでいた。
「なぁ三蔵…とりあえず上がって、荷物下ろしてもいいかな?オレもう、指がちぎれそう…」
小さな苦笑いと共に、悟空は一言そう呟いた。


ピクニックのように絨毯の上に直接パーティーの支度をし、小さなキャンドルに火を点す。生ハムにチーズ、チキンとサラダ、少し硬めに焼き上げたバケットと、甘い香りを漂わせる苺やオレンジ。悟空が買ってきた食べ物が所狭しと並べられ、小気味の良い音を立ててワインのコルクが抜かれる。ワインの注がれたグラスの触れ合う涼しげな音色が、ほのかに明るい室内に響いた。
「お前…今日はどうしてたんだ?」
グラスに口をつけながら、三蔵が問い掛ける。齧りついていたチキンを離し、悟空は顔を上げて笑った。
「ケーキ売りのバイト。家がケーキ屋やってる友達がいてさ、去年も一昨年もそいつんトコの手伝いしてたんだ。だから…家族以外とクリスマスに一緒にいるのは、これが初めて。」
三蔵をまっすぐみつめてそう言葉を繋いだ悟空は、照れ隠しのように軽く視線を逸らした。
「…俺もだ。」
三蔵の口から零れた静かな呟きに、悟空の金の瞳が見開かれる。
「ホントに…?だって、さ…付き合ってる彼女とか、いただろ?」
「付き合ってるなんて、ご大層なモンじゃなかったけどな…でも、嘘じゃねぇよ。このバカらしいほど浮かれた夜を一緒に過ごしたいと思うような女は、今までいなかったからな…」
「だから俺も今日が初めてだ」と、三蔵が穏やかな声で語る。自分へと向けられている紫の瞳の柔らかな色合いに、悟空の丸い頬がほの赤く染まった。
「あ…えっと…ケ、ケーキ切ろうか、好きなの持ってっていいって言ってくれたから、チョコレートケーキもらってきたんだ。」
空気の流れを変えるように、悟空が殊更明るい声を上げる。気恥ずかしくて仕方がないといったその様子すら、どうしようもなく愛おしいと思う。
「俺は要らねーよ。お前が好きなだけ食え。」
「え~?そんなこと言わずにちょっとだけでも食べなよ。アイツんちのチョコレートケーキ、そんなに甘くないからさ。これなら三蔵も大丈夫だろうと思って、苺の方じゃなくてコッチにしたんだから。」
素っ気無い三蔵の答えにそんな風に返しながら、悟空はいそいそとケーキの包みを解く。慎重に箱の蓋を開いた悟空の口から「あっ」と声が漏れる。沢山の荷物を一度に持ってきた為、若干箱が傾いてしまったらしい。「あ~ぁ」と残
念そうに呟きながら、悟空は端に寄り気味になってしまったケーキを真ん中へと戻した。その際少しクリームがついてしまった指先を、悟空が口許へと運ぶのよりも先に、三蔵が手首ごと掴んで引き寄せた。
「さっ…」
悟空が慌てて手を引こうとするのを許さず、その指先をそっと口に含む。温かな舌にペロリとクリームを舐め取られる何とも言えない感覚に、悟空の小柄な身体がビクリと震えた。
「…やっぱ甘ぇよ。」
唇を離した三蔵が、口の端を上げてニヤリと笑う。
「…バーカ…」
頼りない項まで真っ赤に染め上がった悟空は、淡く滲んだ瞳で三蔵を睨みつけてから、プイとそっぽを向いてしまった。


「…俺さぁ、三蔵にマフラーもらったじゃん?だから今度は俺からクリスマスプレゼントをあげたいって思ってたんだけど…調子に乗って食い物とかワインとかキャンドルとか買ってたら、予算オーバーしちゃってさ…結局何も買えなかった…ゴメンな。」
申し訳なさそうに謝った悟空が、しょぼん…とした表情で項垂れる。その肩を三蔵は強く抱き寄せ、こげ茶色の髪をクシャリとかき混ぜるように撫でた。
「つまんねー気ィ遣ってんじゃねーよ…カオ見られたから…それでいい。」
耳元に落とされた囁きは、じんわりとした温もりを感じるほど優しくて。悟空は小さな花が零れるような笑顔で「うん…」とはにかみがちに頷いた。
紫と金の瞳が重なり合い、ゆっくりと三蔵の秀麗な顔が近付いてくる。その肩越しに見える、今にも地上まで降ってきそうな満天の星を瞳に映しながら、悟空はそっと瞼を閉じた。


全ての恋人達に祝福が訪れる 聖なるこの夜に
唯一人の愛おしい貴方と、二人
心まで蕩けそうなくらい とびきり甘いキスを送り合おう───…


                                Fine.


《戯れ言》
富良野のラヴェンダー畑の如く広く優しい心で受け入れて頂けたのをいいことに、またやっちまいました…この「ザ・少女マンガ」を(苦笑)。しかも今回
開き直って「クリスマスイヴ」ネタですよ、全くもう…(爆)
まぁ今時『り○ん』にだってこんなヌルイバカップルは描かれていないことでしょうが(笑)。読んでいる方からすれば「どーしたのアンタ!?」って感じ
だと思いますけれども…どうやら私、この「ふたり」ではこういうチンタラとしたコトを延々とやりたいらしいです(^^;)。
以前ラジオで聞いた言葉なんですが「一見ムダとも思える時間をどれくらい共有し合えるかということが恋愛」…だそうで。私、それを聞いた時「あ、そうか…そういうことなんだ…」って、もの凄くストンと納得出来たんですよ。
ですからこの二人には、その「一見ムダとも思える時間」をなるべく沢山積み重ねていってほしいなぁー…と思っています。
よろしければまた、苦笑いしつつもお付き合い頂ければ幸いです☆




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