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『春の嵐』by Riko







「『はなのうたげ』?」
頬張っていた菓子をゴクンと飲み込んだ悟空が口を開く。悟空の向かい側に座
る姜氏は、ゆったりと優雅に頷いた。
「そうです。城から六里程南へ下った処に、とても美しい薄紅の花を咲かせる
大木が群生している森がありましてね…何でも元々は、遥か昔に遠い島国から
運ばれてきた木々が、そこで根付いたそうですが…いつの頃からか、その花々
を愛でながら宴を催すという習しがこの王宮にはあるのです。」
「ふーん…その花って、そんなにキレイなの?」
「えぇ…一つの花自体は小さなものですが、その小さな花が大木の枝という枝
に、それこそ空を覆い尽くすほど沢山咲くのです…それはもう言葉も無いよう
な、圧巻の光景ですよ。」
「ヘェ…スゴイなぁ~…」
姜氏の説明からまだ見たことのない景色へと思いを馳せる金の瞳の輝きは、未
知なる物への好奇心を抑えきれない子供そのままで。姜氏の艶やかな口許も、
自然と綻んだ。
「御君からは、まだこのことを伺っておりませんでしたか?」
姜氏の問いかけに、悟空は新しい菓子に手を伸ばしながらコクリと頷く。暫し
姜氏の瞳が訝しげに眇められたが、それはすぐにたおやかな笑みに変わった。
「このところ御多忙のようでしたから…御自身も宴の事そのものをお忘れなの
かもしれませんね。」
「うん…何だか三蔵、忙しそうだよな…そしたら、姜氏のお姉さんも忙しいん
じゃないの?俺、遊びに来ない方がよかった?」
幼い知識なりに、悟空は姜氏が三蔵にとってどのような役割を果たしている女
性なのかを理解している。心配げにこちらを覗き込んでくる悟空の方へと、姜
氏の腕が静かに伸ばされた。
「確かに国務は大切ですが…こうして貴方と過ごす一時も、私にとっては大切
な時間です。ですから、そのようなことを気にせずとも良いのですよ。」
しなやかな細い指先が、優しく悟空の頬を撫でていく。はにかみがちに笑った
悟空は、甘えるような仕草で自らの頬を白い掌に押し当てた。


「悟空に『花の宴』のことを、お話になられていないそうですね。」
いつものように斜め向かいの席で書面に目を通していた姜氏が、三蔵に問い掛
ける。顔を上げた三蔵は、僅かに眉を顰めて姜氏に視線を送った。
「…話したのか?」
「あと何日でもないというのに、話をされていないとは夢にも思いませんでし
たから…いけませんでしたでしょうか?」
明らかに三蔵が不機嫌になっていることを察していながら、答える姜氏の声は
至って冷静である。三蔵がチッと忌々しげに小さな舌打ちをしてみせると、姜
氏が涼しげな表情で視線を返してきた。
「…最初から連れては行かぬおつもりでしたか?」
「…あんな物は…宴などとは名ばかりで、実際は権力に群がる輩が有象無象す
るだけの、虚飾の極みだ。そんな場所に、あいつを連れて行く必要はない。」
「集まる輩が虚飾の極みであろうと、花の美しさは紛うことなき本物でござい
ます。それに…自分一人が話すら聞かされずに置いて行かれたのだと後から知
れば、あの子供の心はどれほど傷付くことでしょうか…?」
言い訳めいた三蔵の言葉を、姜氏は毅然とした態度で切り捨てた。聡明な姜氏
には、三蔵が今話したことが悟空を宴の席に加えない理由の全てでないことが
わかっている。

「…それほどあの子を人目に触れさせるのは許せませんか…?」

姜氏の一言に、ガタンッと派手な音を立てて三蔵が椅子から立ち上がる。射抜
かれそうな三蔵の鋭い視線にも、姜氏が動じることはなかった。
今回の事に限らず、三蔵は王宮内の一同が顔を揃えるような公式的な行事に、
悟空を参列させたことがない。その主な原因は悟空が堅苦しい場が苦手という
ことにあるが、事の核心はそうではない。要は王たる三蔵自身が、それを望ん
ではいないからである。三蔵の仕事の邪魔になってはいけないとの自覚を持っ
ている悟空は、自分から政務の場に足を踏み入れることはないし、彼に与えら
れた部屋は夫人達の住む棟の一番奥にある為、知り合い以外がわざわざそこま
で行くこともない。その為『王の一番の寵愛を受けている子供』の噂は誰もが
知っていても、実際に悟空の姿を目の当たりにしたことがあるのは、ごく限ら
れた者だけなのだ。
「…花を見せてやりたいというなら、近しい者だけを集め、後日改めて連れて
行けばいい。」
先に視線を逸らしたのは三蔵の方で。結局三蔵は姜氏の問いに肯定も否定もし
ないまま、一方的に話を打ち切って部屋を出て行ってしまった。どちらにして
も去り際の言葉から察するに、悟空を宴には連れて行かないという考えは変わ
らないらしい。姜氏は読みかけの書面を机に置き、あてどもない視線を宙に向
けた。
自分を含めたごく親しい者だけで、悟空の為に花見を行う───おそらくそれ
でも悟空は充分喜ぶだろう。だが姜氏が三蔵に言いたかったのはそういうこと
ではない。いかに虚飾に満ちた宴であろうと、大勢の人間が集まって、珍しい
料理が並べられて、様々な語らいがあって───そういう中でしか味わえない
驚きや感動というものは確かに存在するはずで、それはきっとあの子供の溢れ
るような好奇心をくすぐるものに違いないのに。それに、これが悟空の世界を
今より少しでも開くきっかけになれば……とも姜氏は思う。
どれほど王の寵愛を受け、近くに理解者がいるとはいっても、同じ年回りの友
人すらいない悟空は圧倒的に「一人」なのだ。花の宴には様々な人間が集う。
そうした新しい出会いの場を得ることで、悟空が自分の世界を広げることが出
来れば…とも考えていたのだが。
「…国政のことなら、神にも劣らぬほど冷静であられるというのに…全く困っ
た御方ですこと。」
姜氏は微妙な苦笑いと共に、深い溜め息を一つ落とした。

『花の宴』当日の、夕刻に差し掛かった頃。姜氏は使者を出して悟空を東の館
へと招き寄せた。これまで姜氏の館に遊びに行ったことは数知れないが、この
ように正式な使者を立てられたりしたのは初めてで。戸惑いを隠せない様子で
尋ねてきた悟空を、いつにも増して華やかな装いの姜氏が笑顔で迎えた。
「うわぁ…今日の姜氏のお姉さん、いつもよりもっとずっとキレイ。」
いつものことながら、悟空の口から紡がれる言葉は彼の感じた気持ちそのまま
で、一切の含みや誤魔化しといったものがない。本来なら、姜氏と悟空は一人
の君主の寵愛を巡って対立すべき立場である。しかし、何処までも清廉な魂を
持つ子供を、姜氏は掛け値なしに「愛おしい」と思わずにはいられないのだ。
「それはどうもありがとう…今宵はこれから花の宴に出向くのですからね。貴
方にも衣裳を着替えさせねばと思い、こうして招いたのですよ。」
「それって…この間話してくれた、キレイな花を見に行くってヤツ?結局三蔵
はその話、しなかったけど…俺、一緒に行ってもいいのかな…?」
最期にポツリと零れた呟きは、幼い表情には不似合いなくらい気遣わしげで。
「子供だからどうとでも言いくるめられる」などという考えは、とんだ見縊り
だと姜氏は思う。目の前の幼子は、周囲の大人が思っているよりもずっと、冷
静な視点で物事を捉えている。姜氏は気落ちしてしまった様子の悟空の両肩に
そっと手を置いた。
「…それは単に忙しさに紛れて、伝えそびれてしまっただけのことでしょう…
美しい花々を眺めれば、そのような要らぬ心配も吹き飛びますよ。さぁ、こち
らにおいでなさい。」
ニッコリと艶やかに笑いかけた姜氏が悟空の手を引き、次の間へと案内する。
その部屋に足を踏み入れた途端、目に飛び込んできた『彩』に、悟空の口から
「あ…っ」という溜め息混じりの声が漏れた。
「コレ…俺が着るの?」
まるで壊れ物をにでも触れるかのように、恐る恐るといった感じで目の前の織
物に悟空が手を伸ばす。
「そうですよ…これは今から十年ほど前の花の宴で、私が舞いを披露した際に
着た衣裳です。ちょうど今の悟空と同じくらいの背丈だったと思いますから、
寸法は合うはずです。」
「そりゃあ姜氏のお姉さんは似合ったと思うけど…俺が着たらきっとヘンだよ
…絶対こんなの、似合いっこない。」
悟空にその衣裳を着せる準備をしながらの姜氏の返答に、悟空は音がしそうな
くらい大きく首を振った。腰を落として悟空と同じ位置まで目線を下げた姜氏
は、こちらもまた緩やかに首を振ってみせた。
「とんでもない…間違いなく愛らしく仕上がりますとも。それこそ、春の精霊
が舞い下りたようにね。御君もきっとあまりの愛らしさに目を丸くなさるに違
いありません…勿論悟空がこの衣裳を着ることはお話しておりませんから…御
君を驚かせて差し上げましょう?」
まるで子供が秘密を打ち明けるように、唇に人差し指をあてた姜氏が声を顰め
て囁く。穏やかな光を湛える黒の瞳と視線を絡ませた悟空は、やがてコクリと
頷いた。


冴え冴えとした満月の下、その光を浴びた無数の花々は、それ自体がほわりと
した独特の輝きを放つ。満開の花が醸し出す花明かりの下で催される宴の中、
主賓である三蔵は何ともつまらなそうな顔で、ほとんど切れ目なく繰り返され
ている招待者達の勿体ぶった挨拶を聞き流していた。そもそも三蔵はこのよう
な上辺だけが華やかな宴というものを好まないし、心にもない世辞や社交辞令
を延々と聞かされ続けることなど、苦痛以外の何物でもない。はっきり言えば
こんな宴などなくしてしまいたいというのが三蔵個人としての本音だが、王と
しての立場から考えれば、事はそう単純には済まされない。それは長年王家に
受け継がれてきた慣習であり、このような場で政財界に力を持つ者と顔を繋ぐ
こともまた、国政を進めていく上では重要なことの一つなのだ。譬えそれが、
どれほど虚飾に満ちたものであったとしても。
全く終わる気配のない繰言に、三蔵がいい加減うんざりし始めた頃。少し離れ
た場所から人々のざわめきが届いた。ざわめきは波のように少しずつ三蔵の方
へと近付き、その合間を縫うようにして、平素より一層艶やかな姜氏の姿が現
れた。
「…遅かったな。」
深く一礼してみせた姜氏へと、三蔵が声をかける。顔を上げた姜氏はゆうるり
と微笑った。
「真に申し訳ございません…お詫びと申しては何ですが、今宵は御君の為に、
春の精霊を伴って参りました。」
横へと一歩退いた姜氏の背後から、頭からすっぽりと薄絹を被った人物が現れ
る。姜氏は優雅な手つきでその薄絹を外した。

「───…っ!!」

その瞬間、周囲からは一斉にどよめきの声が上がった。三蔵もまた、それまで
の退屈しきった表情が嘘のように深い紫の瞳を見開いている。その唇からは、
微かに声にならぬ声が漏れていた。

身に纏った柔らかな真珠色の衣裳には細かな花模様が金糸で刺繍されており、
零れ落ちそうな瞳の色と相俟って、夜の宴の朧な灯りに映えている。少し高い
位置で結ばれた大地色の髪には、真珠で花の形を模した可憐な作りの髪飾り。
髪を上げたせいで剥き出しになった頼りなげな衿足が、華奢な印象を一層際立
たせている。その人物───悟空の姿を目にした者のほとんどが息を呑んでい
る様子に、三蔵の柳眉が険しく寄った。

「…卿らしくもない、つまらん余興だ。」
感情を押し殺したような三蔵の声に、悟空の薄い肩がビクリと震える。姜氏は
全く動じた様子もなく、震える悟空の肩をそっと抱き寄せた。
「まぁ…お気に召して頂けぬとは、残念ですこと。では参りましょうか、悟空
…あちらには珍しい物が沢山ありますよ。」
姜氏はもう一度軽く一礼すると、宴席の方へと悟空を連れて行った。擦れ違う
者の視線がことごとく二人に吸い寄せれられていく様を目にしながら、三蔵は
苦りきった表情で大きな舌打ちを漏らした。


「やっぱ俺…来ない方がよかったのかな…三蔵、怒ってたみたい…」
三蔵の反応にすっかり意気消沈してしまった悟空がぽつりと呟く。姜氏は小さ
な背中を労わるように撫で、首を横に振った。
「そうではないのですよ…あまりに突然のことに驚いて、照れていらしただけ
です。」
「何か…みんなコッチ見てる…俺、そんなにヘン?」
周囲から集まる視線に、悟空が居心地悪げに顔を伏せる。姜氏は軽い苦笑いと
共に、その背中をポン、と叩いた。
「それは皆が貴方の愛らしさに目を奪われているからですよ…貴方は立派な王
宮の住人なのですから、もっと堂々としていらっしゃい。」

「あらー、まぁ、何て可愛らしいのかしら!」

突然そんな明るい声が響き渡り、有無を言わさずギュッと抱きしめられる。
「こ…黄氏のお姉さん…?」
驚いた悟空がやっとそれだけを口にすると、腕の力を緩めた黄氏がニッコリと
笑った。普段は活発に動き回れるよう男性に近い装いをしている彼女だが、流
石に今夜は女性らしい衣裳を身に付けている。春らしいすっきりとした若草色
の衣裳は、彼女の爽やかな人柄をより印象強くしていた。
「本当に春の精が下りて来たみたい…とってもステキよ。姜氏もお人が悪いわ
…こんな楽しい企みごとをしてらしたのなら、私にも一声かけて下さればよろ
しかったのに。」
「お許しあそばして…何分国王陛下は察しのよろしい御方ですから、あまり多
人数で企みごとを致しますと、途中で知れてしまう恐れがありましたので。」
茶目っ気たっぷりの黄氏の物言いに、姜氏もまた楽しげに笑って応える。更に
黄氏が「それもそうですわね」と笑い返し、悟空の前髪をクシャリと撫でた。
「おーおー、小ザルちゃんてば見事な化けっぷりだねぇ~。正に『馬子にも衣
装』っつーの?」
いつもと変わらぬ軽快な口調と共に、思い切りよく背中を叩かれる。丸い頬を
更に膨らませた悟空が、キッと背後を振り返った。
「痛ェーよ悟浄!それと『小ザル』って言うなっ!」
「オイオイ、そんな大口開けて怒鳴ったら、せっかくの格調高い衣裳が台無し
だぜ?悪かったって…ホラ、機嫌直して向こうのテーブル行こうぜ。お前さん
が好きそうな珍しい菓子や果物がドッサリあるからさ。」
悟浄の誘いに、悟空の顔がパッと輝く。姜氏と黄氏は「いっていらっしゃい」
と笑って頷き、悟空は悟浄に導かれ、少し離れたテーブルへと歩み去った。
小さな後ろ姿を見送った黄氏はその視線を三蔵へと移し、思わず苦笑した。
「まぁ…あの不本意そうなお顔といったら。思いもかけず悟空の愛らしさを衆
人に晒してしまったことが、余程口惜しくていらっしゃるようですわね…それ
もまた、深き寵愛の印でしょうけれど。」
「えぇ…私も貴女も、それが愛情の所以だということもわかっています…です
が、深い愛情があるということが、あの子供が見渡す世界を狭めてよいという
理由にはならないはずです。確かにあの御方は全てを統治する『王』ではあり
ますが、決して『神』ではないのですから…。」
何処か遠いものを見るような眼差しを三蔵に向けた姜氏は、静かにそんな言葉
を紡いだ。

悟空の連れて行かれたテーブルには、悟浄の軍部での知り合いが多く集まって
おり、明るく気取りの無い場の雰囲気に悟空もすぐ馴染むことが出来た。話題
豊富な悟浄を中心とした軽快で洒脱な会話に、悟空は笑ったり頷いたり、その
間に好きな果物を頬張ったりしながら、初めて参加した宴を満喫していた。
それから暫しの時が過ぎた頃。酒を満たした杯を傾けながら、悟浄がふと上空
を仰ぎ見る。悟空もまた釣られるようにして、頭上を覆い尽くす薄紅色の花々
を見上げた。
「すげぇもんだよなぁ…何つーかもう『圧倒的』ってヤツだよな。毎年見てる
のに、見飽きるってことがねぇもんな…この『美人』は。」
しみじみと呟く悟浄の横顔へ目を遣りながら、悟空はふうわりと微笑った。
「…みんなが沢山誉めてくれて、花達も嬉しいって。」
「何だよおチビちゃんてば、まるで花の気持ちが聞こえるような口っぷりじゃ
ねーの。」
茶化し半分の悟浄の物言いに目くじらを立てることもなく、悟空は手近な木の
幹にそっと掌を当てた。
「本当はみんなにも聞こえてるんだよ…?ただ、普段のみんなはあんまり忙し
いから、その声が上手く届いてないだけ。」
つい先程まで菓子を頬張っていた無邪気な様子からは程遠い静かな声でそう呟
いた悟空は、もう一度薄く笑ってから深く息を吸い込んだ。

とても微かで儚げな、けれどもフワリと身体中を包み込む春風のような唄声。
宴席にいた全ての者がそれに気付くまで、さしたる時間はかからなかった。
「えっ…」
「ま…まぁ…っ」
そのうちに、周囲の変化に気付いた者から口々に驚きの声が上がった。小さな
唇から唄声が零れる度、まだ開いていなかった蕾は次々と花を綻ばせ、咲き誇
る花々は『花明かり』などという朧げなものではなく、明らかにそれ自体が内
側から光を放ち始めたのである。
「……っ」
その場に居合わせた誰もが言葉すら失うほどの幻想的な光景に酔いしれる中、
三蔵の紫の瞳だけが冷たく昏い色を宿していた。この時彼の胸中に渦巻いてい
たのは、明確なまでの「憤り」だった。やがて悟空の唄が少しずつ弱まってい
くのに呼応して、つかの間の奇跡の時も終わりを告げた。フゥ…ッと息をつい
た悟空は、周囲の驚きなど全く気付いていない様子で「な?」と悟浄へ同意を
求めるように笑いかけたのだった。

少しずつ夢から醒めていくように人々が落ち着きを取り戻していく中、痛みを
感じるほどの強い視線に、悟空がそちらを振り返った。
「さん…ぞ…」
濁りのない金の瞳に映ったのは、これ以上はないくらいの「怒り」の気を放っ
ている三蔵の姿。しかし三蔵が何をそれほど憤っているのか掴めない悟空は、
戸惑いがちに冷たい紫の瞳を見つめ返すしかない。しかし次の刹那、絡み合っ
た視線を断ち切るように三蔵は完全に横を向いてしまった。その横顔が悟空に
向けられることは、二度となかった。
「いやぁ…実に不思議な現象でしたね…あの子の清らかな唄声には、自然をも
応えたくなってしまうんですかねぇ。」
三蔵の不機嫌を承知の上で、傍らに立つ八戒がのんびりと声をかける。
「…酒の席での気の迷いだろ。くだらんな。」
横を向いたままの三蔵は、愛想のかけらもない口調でピシャリと言い放つ。終
始三蔵の反応を隣りで見ていた八戒は小さく肩を竦め、溜め息を一つ吐いた。
(全くこの人ときたら…唄声を聞かせてしまったことすらそれほど腹立たしい
とは…だからといって、何の咎も無い子供に手前勝手な憤りをぶつけちゃ駄目
でしょう…困った人ですねぇ、本当に。)

完全に三蔵から無視される形となった悟空は、しょんぼりと俯いてその場から
離れた。それに気付いた悟浄が慌てて後を追う。姜氏の処まで戻った悟空の小
さな手が、華やかな衣裳の裾をギュッと握った。
「…?どうしました?」
悟空の手に気付いた姜氏が、視線を下げる。
「ゴメン…やっぱ俺…帰る。」
俯いたまま、風に紛れて消えてしまいそうなか細い声で悟空が呟く。薄い肩を
見下ろす黒曜石の瞳に、愁いの翳が過ぎった。
「悟空…?」
「だって…俺が来てからの三蔵、ちっとも楽しそうじゃないもん…花はすごく
キレイだったし、美味しい物もいっぱいあったし、色んな人の話も聞けて面白
かったけど…でもやっぱ俺…三蔵が楽しくないのは、イヤなんだ…」
ぽつりぽつりと小さな声で語り終えた悟空は顔を上げ、それでも精一杯の笑み
を見せた。
「誘ってくれて、ありがとう…嬉しかった。じゃあ…もう行くね。」
姜氏の衣裳の裾をスルリと離した悟空は、盛り上がる人々の間を擦り抜けて、
ひっそりと宴の場を去ってしまった。その頼りなげな後ろ姿を、かける言葉も
なく見送った姜氏の瞳の中で、平素は滅多に見せることのない強烈な光が閃い
た。
「…暫し席を外させて頂きます…失礼。」
隣りに立つ黄氏と、悟空の後を追いその一部始終を見ていた悟浄へと軽く一礼
し、姜氏は三蔵のいる上座へと向かって行った。
「あらまぁ…どうやら陛下は、王宮内で一番怒らせてはいけない方を怒らせて
しまったようですね…それも本気で。」
「ありゃりゃ。おチビちゃんに余計なムシが寄らないようにって俺の配慮も、
結局徒労に終わっちゃったわけデスネ…。」
こめかみの辺りを軽く指で抑えながらの黄氏の一言に、悟浄が大袈裟に肩を竦
めてみせる。勿論悟浄も三蔵の不機嫌の理由は充分察していたわけで、だから
こそ何も事情を知らない貴族のお坊ちゃまなどを悟空に気安く近寄らせないよ
う、敢えて自分の仲間が集まるテーブルへと悟空を誘導したのだが。
「さてと…どうなりますことやら…?」


姜氏が三蔵の元へと辿り着いた時、彼の横には酌をしながら懸命に甘い声で話
しかける一人の夫人の姿があった。しかし宴席の場を利用して少しでも王の気
を引こうという彼女の努力は、姜氏の出現と同時に水泡に帰した。
「お退がりなさい。」
決して大きくはないがよく通る凛とした声に、三蔵の肩にかかろうとしていた
女性の手が止まる。
本来三蔵は各夫人に階級格差のようなものを付けてはおらず、「夫人」という
位置付け自体は平等なものである。しかし幾多の夫人の中で姜氏はその家柄、
美貌、教養とも他の追随を許さない存在であり、黄氏以外にはおいそれと話し
かけることもままならない人物なのだ。ましてや今の姜氏は表情にこそ出して
いないものの、一切の介入を認めない鋭い気を全身から発している。結局その
夫人はすごすごと退散するより他なかった。彼女が完全に立ち去ったのを確認
してから、姜氏はその口を開いた。
「悟空が先に帰ると申しまして…この宴席の場から去って行きました。」
「…!?それでそのまま行かせたのか!?」
「お言葉ではございますが、引き止めることも追うことも、それは私の為すべ
きことではないと存じあげております。」
正面から三蔵に怒りの形相を向けられても、姜氏は一歩も退かない。それどこ
ろか黒曜石の瞳は真っ直ぐに王たる男の瞳をみつめ返した。
「自分が来てから御君は少しも楽しそうではない、花の宴は美しく面白かった
が、御君が楽しんでおられないのは嫌なのだと…風に消されてしまいそうな声
でそう語り、一人去って行きました…」
姜氏の声には三蔵を叱責するような色はなく、淡々と静かに事実を語っている
だけである。だがそれが却って三蔵には堪える結果となった。一つ小さな溜め
息を吐いた三蔵が、席から立ち上がった。
「…後を任せてもいいか?」
簡潔な三蔵の一言に、姜氏はこの日初めて彼に対して心からの笑みを向けた。
「…御君はご気分が優れぬ故、一足先に退がられたと皆には申しておきましょ
う。」
「…卿に一つ借りができたな。」
「まぁ…君主たる御君に『貸し』でございますか。それはそれは…どのように
お返し頂くか、じっくり考えとうございます。」
実に鮮やかな笑みで応える姜氏に、三蔵は苦笑いを返すよりない。大体、この
歳上の幼馴染みに口で勝てた試しなど、今まで一度もありはしないのだ。
「では行く」と告げた三蔵に、姜氏が「お気を付けて」と深く一礼する。三蔵
は周りの者に気付かれぬよう、こっそりと宴席から抜け出して行った。
「八戒先生…お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。」
「とんでもない。姜氏が仰らなければ、僕が一言言ってましたよ…本当にあの
御方は、唯一人のことに関してはひどく大人げないところがあって、困りもの
ですね。」
姜氏の謝意に対して、八戒は恐縮したように笑って首を振った。
「よぉ、お疲れさん…ナニ、王サマってば宴席バックレですか?」
三蔵が立ち去ったのを見計らったように、悟浄と黄氏がやって来る。悟浄の問
いに、八戒が頷いた。
「えぇ…姜氏の一押しのお陰で、ようやく重い腰を上げましたよ。」
「恐れ畏いことに、御君に『一つ貸し』だそうです。」
「あら、それはまた大きな貸しですこと…せっかくの花の宴にこれほどやきも
きさせられたのですから、それ相応のものをお返し頂かなくてはいけませんわ
ね。」
ようやく落ち着くべきところに落ち着いたことを感じ取った四人は、咲き誇る
花の下、軽い言葉を交わしながら笑い合った。


一方、宴席から離れた悟空は正に『とぼとぼ』といった感じで、行きは馬車に
揺られてきた道を一人歩いていた。それは花の宴の為に人為的に作られた一本
道で、両脇には満開の花の咲く森が続いていた。
はらはらと落ちてきた花びらが、悟空の頬を撫でていく。悟空は顔を上げ、僅
かに微笑ってみせた。
「大丈夫だよ…みんなこんなキレイに咲いてんのに、しょんぼりしちゃってて
ゴメンな…」
少しの間、悟空がぼんやりと頭上を埋め尽くす花々をみつめていた、その時。

「悟空」

聞こえるはずのない声が聞こえて、悟空がぎこちなく後ろを振り返る。
「さ…」
いつの間にか十歩程離れた位置まで三蔵が来ていて。
「……!」
その姿を認めた次の瞬間、悟空は踵を返して走り出した。「悟空!」と更に強
い声で三蔵が呼ぶ。しかし悟空は振り返らない。真っ直ぐな一本道では追いつ
かれてしまうと判断したのか、悟空は花の森へと駆け込んでいった。無論三蔵
は躊躇わず後に続く。自分から森の中へ入った悟空だが、道らしい道も無い上
今日はいつもと違い畏まった衣裳を着ている為、通常の半分程度の歩幅でしか
走れない。三蔵の腕が小柄な身体を捕まえたのは、追いかけっこを始めて程な
くのことだった。
「な…んで三蔵がこっちに来るんだよバカッ…これじゃ俺が出てきた意味ねぇ
じゃん…っっ」
「バカはテメェだ、一人で歩いてなんて帰れるわけねぇだろ」
息を切らせた状態で途切れ途切れに言葉を繋ぐ悟空は、捕まえられてなお三蔵
の腕から逃れようと身を捩る。無論三蔵がそれを許すはずもなく、背中から回
された腕にはより強い力が込められた。
「俺の足なら帰れるよっ、朝になる前には着けるもん」
「城に着く頃にはヘトヘトになるに決まってんだろ、つまんねぇ意地張ってん
じゃねぇ」
三蔵が何気なく発した一言に、懸命にその腕の中で抗っていた悟空はピタリと
動きを止め、勢いよく三蔵の方へと振り返った。
「つまんなくなんかないっっ…こんなに花がキレイで、人がいっぱい集まって
賑やかで、なのに三蔵がちっとも楽しそうじゃないのは、来てほしくなかった
俺が来たからなんだろ…!?三蔵がずっと怒った顔してるのが自分のせいだっ
てわかってんのに、これ以上あそこにいられるわけねーじゃん…っ」
見上げてくる金の瞳は淡く滲み、今にも雫が零れ落ちそうで。声を荒げた余韻
に震える口許は、三蔵の瞳にひどく頼りなげに映った。今更ながらに三蔵は、
己の手前勝手な憤りがこの無垢な心をどれほど苦悩させたかを思い知った。
激情をぶつけた後、暫し俯いていた悟空がゆっくりと顔を上げた。
「悪ィ…俺、言ってることムチャクチャだ…元々三蔵が来てほしくないと思っ
てたのに、勝手に来ちゃったのは俺の方なのに…怒鳴ったりしてゴメン…ホン
ト、大丈夫だから。今日は月も明るいし、みんなも道教えてくれるって言って
るし…一人でヘーキ。だから三蔵は、みんなのトコ戻って…な?」

『一人でヘーキ』

(……何やってんだオレは……)

気が遠くなるほど永い間独りだったコイツを
あの閉ざされた世界から連れ出したのは何の為だ?
少なくとも、こんな今にも泣き出しそうな笑顔で
こんな台詞を言わせる為じゃなかったはずなのに

三蔵の指先が、ゆっくりと丸い頬のラインを辿る。
「さんぞ…?」
秀麗な顔が静かに傾けられ、両の目許に唇が押し当てられる。その後もほとん
ど切れ目なく口づけは繰り返され、悟空の顔中に柔らかなキスの雨が降り注い
だ。金の瞳が先刻とは意味合いの異なる潤みを帯び始めた頃、三蔵は改めて目
の前の小さな身体をギュッと抱きしめ直した。
「…俺が無愛想な面してたのは、お前のことがムカついたからじゃねぇんだ…
ガキの八つ当たりみたいな真似して…すまなかった…。」
不器用ながらも精一杯の真摯な気持ちが込められた三蔵の言葉が、じんわりと
悟空の胸の内側に染み渡っていく。悟空は三蔵の胸に顔を埋め、そろそろと広
い背中に腕を回した。
「…俺のこと、怒ってない…?」
「怒ってねーよ」
「…キライになってない…?」
「なるワケねーだろ」
「…よかった…」
ほんのりとした恥じらいを含んだ悟空の声が、安堵の溜め息と共に小さな唇か
ら零れる。腕の中の存在はひたすらに一途で、何処までも澱みがなくて。自分
でもどうにもならないほど、只々愛おしくて堪らなくなる。

どうしたらこの想いの全ては伝わるのだろう。その邪気のかけらも無い愛らし
さを不用意に人前に晒すことすら許せず、濁りの無い澄みきった唄声をほんの
僅か聞かせてしまったことすら口惜しくてならないのだと。もしそれが叶うの
なら、あの場に居合わせた全ての人間から、お前の記憶を丸ごと消し去ってし
まいたいのだと。胸の奥底にある、そんなドロドロとした醜いエゴをあるがま
まに見せたのなら、この金の瞳は一体どんな色を映し出すのだろうか。
ここまで歯止めの効かない執着は、ある意味気が違っているのだとも思う。
それでもなおこの想いは、惑うことなく唯一人だけに向かい流れ込んでいく。
途中で塞き止めることなど、己ですら不可能な激しさで───。

顎に手をかけ、三蔵が悟空の顔を上げさせる。気恥ずかしそうに頬を染める悟
空に、三蔵は一切容赦のない、本気の接吻を仕掛けた。口腔を探る湿った音の
合間から、くぐもったか細い声が漏れる。三蔵の指先が衣裳の合わせ目を開こ
うとしていることに気付いた悟空の薄い肩が、ビクリと跳ね上がった。
「さん…ぞっ、ココ…外…っ」
唇が僅かに離れた隙間から悟空が懸命に言葉を繋いでも、三蔵の手は止まらな
い。それどころか抵抗を封じるかのように、悟空の身体は近くの木の幹へと抑
えつけられてしまった。
「三蔵っ…ちょっ…ま…待って、待って…っ」

「待てねぇ。」

今まで一度も外でこのような事態に及んだことはなく、ましてや幾らか離れて
いるとはいえ、同じ森の中で今も宴は続けられているのだ。すっかり気が動転
してしまった悟空の「待って」の声に対する三蔵の返答は、実に簡潔だった。
「…悪ィな…待てねぇよ…」
もう一度繰り返された言葉は、悟空の懇願を真っ向から否定しているにも拘ら
ず、居丈高な響きは片鱗もなくて。ただ「欲しい」のだと───これほど切実
に心底から求められて「否」と言えるはずがない。悟空は頼りなげな項まで赤
く染めて、よく目を凝らしていなければわからないくらい、微かに頷いた。


朧な花明かりの下にほの白く浮かび上がる肌には、はらはらと舞い落ちる花び
らよりももっと鮮やかな、韓紅の花。薄らと染まった唇からは、平素の幼さか
らは思いも寄らないしっとりと艶を含んだ声が、切なげな吐息と共に零れてい
く。目眩がしそうな甘い熱に溺れ合う中、三蔵はゆるゆると耳朶を甘噛みしな
がら呟いた。
「……その瞳がどんな風に煌くのかを見るのは俺だけでいいし、この肌の吸い
付くような滑らかさを知るのも俺だけだ…この声の驚くような甘やかさは、俺
以外の人間が聞く必要はない…お前の持つ全ては、俺にさえ向けられていれば
それでいい……」
身勝手と言えばあまりに身勝手な、けれども絶対的なまでの熱情。与えるのと
同じだけ奪い、奪うのと同時に与えていく。だがそんな三蔵の心情の吐露も、
すっかり彼の熱に翻弄されてしまっている悟空の耳には、ほとんど届いていな
い。あどけなさを色濃く残す唇は、唯一人の名を繰り返し呼ぶだけで。三蔵は
自嘲気味の苦笑いを浮かべながら、噛みつくように口付けた。
蕩けそうなほど甘く、緩やかに、二人の夜は更けていった───。


あくる日のこと。三蔵は気を抜くと立て続けに出てしまいそうになる欠伸を噛
み殺しながら、書面に目を通していた。通常どおりその斜め向かいに坐し、同
様に書面の文字を目で追っていた姜氏が、視線をチラリと投げかけてきた。
「…本日はずいぶんとお疲れが残っているご様子で…暫しご休憩を取られては
如何でしょう?」
気遣いとも皮肉とも判じ難い穏やかな声に、三蔵は「あぁ」などという生返事
をするより他ない。
結局昨夜は悟空が泣き疲れて意識を手放すまで己の熱を鎮めることが出来ず、
その後彼を連れて一人馬で帰途についた頃には、既に夜と言える時間も終わり
になりつつあった。それでも勿論、明朝からの政務は同じように執り行われる
わけで、三蔵はいつにも増した仏頂面で生欠伸を堪えるのがやっとだった。
「ところで…一つご相談申し上げたいことが。」
「…何だ」
自分に向けられる姜氏の表情が、意図的なものを感じずにはいられないくらい
にこやかになったことに、三蔵は何とも嫌な予感を覚えながらも、とりあえず
返事をした。
「日毎に気候も穏やかになって参りましたし…私と黄氏で悟空を連れまして、
近いうちに桂花姫の御見舞いに伺おうと思いますの。せっかくの機会ですから
あまり城の外へ出たことのない悟空に色々な街などを見せながら、半月程のん
びりと出かけてこようかと考えているのですが…如何でございましょうか?」
形式的には『君主に伺いを立てている』ということなのだろうが、詰まるとこ
ろ目の前の相手は『黙って了承することで昨夜の借りを返せ』と暗に持ちかけ
ているのだ。三蔵は思いきり眉間にシワを寄せ、額に手を当てた。
あまりにサラリと言われてしまったが、姜氏の言葉の意味するところは殊の外
重い。その内容を裏返せばつまり───半月もの間、そこらのぼんくらな役人
の優に五倍の仕事をこなす姜氏を抜きに政務を行い、黄氏を抜きに頭の固い軍
部の年寄り共に話を通し、更にその想像するだに披露困憊の日々を、悟空の存
在なしに耐え抜けと言っているのである。
どうやら度を過ぎた大人げのなさを露呈した代償は、とてつもなく大きなツケ
となって、この身に返ってくるらしい。
「…考慮しておく。」
やっとのことでそれだけを口にした三蔵に、姜氏は実に楽しげに「はい」と頷
きながら笑った。


午前中だけでどっと疲れてしまった三蔵は、珍しく日中から悟空の部屋へ向
かった。とりあえずあの笑顔に触れて、この疲弊しきった心身を和ませたいと
いう欲求が気持ちの何処かにあったのかもしれない。だが……そんな三蔵の小
さな願いも、儚い夢と終わった。満面の笑みで三蔵を迎えた悟空の傍らには、
これもまた上機嫌の笑顔をした黄氏の姿があったのである。
「さんぞさんぞっ!あのさ、黄氏と姜氏のお姉さんが、一緒にお姫様のお見舞
いに行こうって!お姫様、元気になってるかなぁ?」
「あの別荘はとてもいい環境にあるんですもの、きっとお元気になっていらっ
しゃるわ。それは美しい湖があって、魚も沢山いるのよ…そうだわ、あちらに
着いたら魚釣りをしましょうよ!」
「ホント?俺、そんないっぱい魚がいるとこ見るの初めてだ…ねぇねぇ、魚釣
りってどうやるの?」
「あら、悟空は魚釣りをしたことがないのね。大丈夫、私が一から教えてあげ
るわ。」
昨夜、あれほど甘い熱を分け合った恋人は、今は新しい遊びの話題に夢中であ
る。三蔵の口からは、何とも言い難い深々とした溜め息が漏れた。
「三蔵…?どうしたの、具合悪い?あ…それとも…俺、お姫様の処へ行ったら
ダメ…?」
下から覗き込んでくる金の瞳が、淡い愁いを含んで揺れている。三蔵からすれ
ばこんな表情で見上げてくるのは、全く持って反則だと思わずにいられない。
「まさか。懐深い陛下のことですもの、桂花姫の御見舞いに伺いたいという貴
方の優しい心根を、踏みにじったりなさるはずがありませんとも…そうですわ
よねぇ、陛下?」
(…コイツら…ハナッからグルだな、畜生…っ)
黄氏から明らかな確信犯の笑みを向けられた三蔵は、正に歯噛みする思いであ
る。結局、王宮最強の策士二人に屈する形となった三蔵は、苦々しさの極みと
いった表情で「好きにしろ」と答えるのが精一杯だった。


それは、和やかな春の日々の中で起きた、
ちょっとした「嵐」のようなエピソード─────…。


                                Fine.


《戯れ言》
そんなワケで、久々に『Wish~』の番外編でございました(笑)。
今回の話は佐々木王子サマから頂戴したお題を元に書いた物です。
そのお題とは…
1.悟空の女装・もしくはいつもと違った姿
2.その姿にメラズキューン(笑)な三蔵サマ
3.三蔵サマの嫉妬
というモノだったのですが…どうでしょう、私きちんとリクエストにお応え
出来ましたでしょうか?ちょっと…いえ、かなり不安が(汗)。
しかし今回の王様、これ以上はないってくらいのヘタレでしたね(爆)
カッコいい三ちゃんを期待してらした方には、真に申し訳ございませんです
…ハイ(苦笑)。




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