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Close to meby Riko




その半月程、三蔵は明らかなるオーバーワーク状態だった。無論、三蔵は平素
から暇を持て余している時などほとんどないのだが、それでもこの半月の多忙
ぶりは常軌を逸していた。彼が日毎に疲労を蓄積している様は、仕事の内容な
どほとんど理解していない悟空の目からですら、はっきりと見て取れた。三蔵
が様々な責任を背負っていることを幼いなりに理解している悟空は、彼の仕事
に対してあれこれ口を出したりすることはまずない。しかしそんな悟空を持っ
てしても、今回はつい声をかけずにはいられなかった。

「仕事のペース、少し落とせねぇの…?」と───。


「あぁ?」
筆を持つ手を止めぬまま、不機嫌を隠そうともしない表情で三蔵が僅かに目線
を上げる。そんな三蔵の態度に臆してしまうことなく、悟空は更に話を続けた。
「だってさ…ここんとこの三蔵ってばどう見たって働き過ぎだし、どんどん疲
れが溜まってるの、俺が見たってわかるもん…三蔵が自分の仕事を半端にした
くないのはわかってるけど…でもさぁ、肝腎の三蔵が調子悪くしたら意味ねー
じゃん。」
三蔵の健康状態を愁いているが故の、悟空なりの精一杯の気持ち。しかしそれ
を聞き終えた三蔵の表情は、より一層険しいものとなっていた。
「脳みその容量の足りねぇサルに指図されるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇよ
…テメェの体調管理くらい、テメェで出来る。押し付けがましいことほざいて
んじゃねーよ。そんなに見ててウゼェんなら、俺が目に入らない処にでも行っ
てりゃいいだろ。」
無論三蔵とて、悟空が自分を気遣っていることは充分にわかっている。しかし
こなしてもこなしても一向に減らない仕事に相当うんざりしていたこと、言う
までもなくかなりの疲労が蓄積していること、それを一番気遣いなどさせたく
ないと思っている悟空に指摘されてしまったこと、悟空の目にすら明らかな位、
己の『弱さ』とでもいうべき部分を曝け出してしまったこと───それら諸々
のことが疲弊しきった頭の中でない混ぜになった結果、ついそんな悪態が口を
ついて出てしまったのである。息を呑む気配と共に、金の瞳が大きく見開かれ
る。その反応に『少し言い過ぎたか』という思いが三蔵の胸をチラリとよぎっ
たが、今更口に出してしまったことは取り返しがつかないし、第一三蔵はそう
あっさりと謝意を表せるような気性でもない。
結局三蔵はそれ以上何も口にすることはなく、再び目線を書面へと戻した。
数瞬、二人の間に何とも苦い沈黙が落ちた。三蔵が筆を動かす微かな音だけが
流れる中、不意に『ボスンッ!』と何かがぶつかるような音が執務室内に響い
た。その音の原因はといえば───長椅子に置かれたクッションを、一切の手
加減なしに悟空が三蔵の顔面めがけて投げつけた為だった。
「テメェ~~…いきなり何しやがんだ、このバカザルッ!!」
三蔵の顔面をクリーンヒットしたクッションが力無く机上へと落ちた途端、三
蔵の怒りが爆発した……が。それ以上三蔵の怒号は続かなかった。
全身を小刻みに震わせて立っている悟空の瞳が、今にも泣き出しそうな潤みを
含んでいるのを、見て取ったからである。
「…そりゃ俺はバカだし、三蔵の仕事の中味だってわかってないけど…そした
ら俺は、三蔵の身体を心配することも出来ないのかよ!?三蔵が一人で頑張っ
て、三蔵が一人でガマンして、俺は何にも言えなくて、ただ黙ってココにいる
だけで…だったら二人でいる意味なんかねーじゃんっっ…」
堰を切ったように激しく感情をぶつけてきた悟空が、泣き出すまいと懸命に唇
を噛み締める。しかしやはり堪えきれなかったようで、限界まで透明な雫が盛
り上がった金の瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が零れた。
「オイ…」
流石に些か焦った様子で、三蔵が筆を置いて声をかける。先刻の悪態は疲れ及
びその他諸々からつい口にしてしまった半ば八つ当たりのようなもので、決し
て目の前の幼子を泣かせたかったわけではないのだから。だが頭に血が上って
いる状態の彼にその声は届かなかったようで、悟空は憤りのままに力いっぱい
廊下へと続く扉を押し開けた。
「そっちこそ、いてもいなくても同じヤツなんか目に入らない方が仕事が進む
だろ!?三蔵のハゲッ、もう知るか!!」
一度も三蔵の方を振り返ることなく叩きつけるような勢いで扉を閉じ、悟空は
執務室を出て行った。
後に残されたのは、たった今までの出来事が嘘のような静寂。三蔵は長い溜め
息をついて、筆を置いた手で目許を覆った。
(…マズった…)
三蔵は完全に己が下手を打ったことを悟った。些細な言い合いは日常茶飯事だ
し、バカだのハゲだの怒鳴り合うことも珍しいことではない。しかしそんな中
でも、悟空は自分の中である一定のライン決めをしているようで、余程のこと
がない限り三蔵を本気で怒鳴りつけたりはしない。悟空が三蔵に対して本気で
怒る時───それは二人の根幹に拘ることを三蔵が踏み越えた、あるいは無視
した時である。
三蔵はこれ以上はないくらい眉間に皺を刻んで煙草に火を点け、えも言われず
苦い紫煙を吐き出した。


その夜から、悟空が意図しての徹底した擦れ違いが始まった。日中はさっさと
外へ出かけてしまい、夜は早くに寝てしまう。いつもならどんなに空腹でも三
蔵が来るのを待つ食事の時間すら、一人で先に済ませてしまう。お陰で三蔵は
冷え切った食卓にぽつんと一人で着く羽目になった。
いつも傍らにあるはずの、呆れるくらい手放しの笑顔。うっとおしいくらいに
自分の名を呼ぶ、明るい声。こちらが相槌を打とうが打つまいが、切れ目なく
続けられるたあいのない会話。たった一人の存在がないだけで、自分を取り巻
く空気はこれほど重くなってしまうものなのだろうか。
三蔵は更に倍増した疲労を蓄積しながら、只々目の前に山積した仕事をこなし
ていくだけの虚しい時間を刻んでいった。そして擦れ違いが始まってから三日
後のこと。彼を散々苦しませた仕事がピークを越えたその日、今まで張り詰め
ていたものがプツンと途切れたのか三蔵は予想外の発熱をし、床に伏すことと
なった。


「よぉ、三蔵サマったら熱でダウンなんて珍しいじゃん。鬼の霍乱てヤツ?」
「そうとは知らなかったものですから、お土産に吟醸酒持ってきちゃいました
よ…これなら果物でも買ってくればよかったですね。まぁ、体調が回復したら
ゆっくり呑んで下さい。」
如何にも『これは珍しいものを見た』と言わんばかりの満面の笑みで、ベッド
サイドから自分を見下ろしてくる二人に、三蔵はあからさまに不機嫌な表情で
舌打ちをしてみせた。しかし身体が弱った状態では今一つ迫力に欠け、二人の
笑みは益々深くなるばかりだった。
「ところで小ザルちゃんは?ここぞとばかりに甲斐甲斐しく世話焼いちゃって
るんじゃねーの?」
キョロキョロと辺りに視線を巡らしながら、悟浄が問い掛ける。今一番触れら
れたくない事を話題にされ、三蔵の柳眉が一層険しく上がった。
「…知らねぇよ。たまには覗きに来てるらしいが、顔は合わせてねぇ。」
三蔵は素っ気無い口調でそう答えただけだった。三蔵が床に伏して二日。小さ
なグラスに花が生けてあったり、額にあてられているタオルが冷たいものに取
り替えられていたりすることで、悟空が時折り様子を見に訪れていることはわ
かっている。だが悟空は完全に三蔵が寝入っている時を狙いすまして来ている
らしく、三蔵の方はまともに悟空の顔を見ていないのだ。
「ナニナニ、夫婦喧嘩ですかダンナ…?」
「…コロスぞ。」
「まぁまぁ悟浄、病人の心の傷を抉っちゃ気の毒ですよ…廊下を歩いてる間に
チラッと聞きましたけど、ここ最近かなりのオーバーワークだったらしいです
ね。大方、心配している悟空に八つ当たり半分の心無いことを言ってしまって
スネられて、後悔しているけれど今更引っ込みがつかなくて擦れ違いの毎日が
続いている…なんてところじゃないですか?あぁ勿論、あくまで僕の勝手な臆
測ですけど。」
悟浄の茶々を『傷口の周辺を突付く』とでも表現するなら、八戒の言葉は正に
『パックリ開いて見えている傷口に塩を擦り込む』と言った具合である。どう
してこの男は、曇りのカケラもない笑顔でこういう芸当が出来るのか。悟浄は
背中を伝う冷たい汗を感じつつ、やはりコイツだけは絶対敵に回してはいけな
いと、改めて実感したのだった。当の三蔵はといえば、あまりにそのものズバ
リを言い当てられてしまった為、反論の言葉も出ずじまいで、フイと視線を逸
らすのみで終わった。そんな三蔵の反応に、八戒の顔には「やれやれ」と言い
たげな小さな苦笑いが浮かんだ。
「さてと…あまり病人を疲れさせてもいけませんから、そろそろ失礼しましょ
うか、悟浄。」
「へ?あ、あぁ…んじゃまぁ、お大事に。」
八戒に促され悟浄が別れの挨拶を告げた後、二人は扉へ向かって歩き出した。
悟浄が扉を開け、八戒がそれに続く。部屋を出て行く直前で八戒が振り返り、
「三蔵」と呼びかけた。面白くもなさそうな表情でチラリと視線を投げて寄越
した三蔵へ、八戒は穏やかに笑いながら不意に手を翳してみせた。
「…貴方が頑なにきっちり閉じている指の隙間を、ほんの少し開いてみせたら
いいんですよ。別に悟空は何もかも曝け出せなんて望んでないんです。『ここ
からなら覗けるよ』って部分を、ほんの少し示してあげるだけでいい…たぶん
悟空は、それで充分なんだと思いますよ?」
閉じていた指の間を緩く開き、八戒は静かな声でそう語った。
「それじゃ、調子の悪いところをどうもお邪魔しました。落ち着いたら、また
みんなでご飯でも食べましょう…悟空にもよろしく伝えて下さい。」
もう一度ニッコリと三蔵に笑いかけ、今度こそ八戒は部屋を出て行った。
一人取り残された静寂の中、三蔵は天井に向かい翳した己の手をじっと見上げ
ていた。


その夜も更けた頃。悟空は極力気配を潜めながら、三蔵の寝室に足を踏み入れ
た。ベッドサイドに立ち、眠る三蔵を息を殺して見下ろす。昨晩見た時よりも
落ち着いている様子にホッと一安心し、額を冷やしているタオルを冷たい水で
絞った物と取り替える。悟空の手が額から完全に離れようとした、その時。
「…っ!」
予想もしなかった力で、手首を捉えられる。驚きに見開かれた金の瞳には、こ
ちらを真っ直ぐに見上げている、三蔵の秀麗な顔が映った。
「ゴ…メン、起こした…?あの、すぐ出て行くから…ゆっくり寝て。」
ぎこちなく言葉を繋いだ悟空が、焦り気味の表情で手を引こうとする。しかし
逆に強く引き寄せられ、それとほぼ同じタイミングで半身を起こした三蔵の腕
に、すっぽり抱き込まれる形となった。
「さん…ぞ…?」
戸惑いがちの悟空の声に、三蔵は応えない。ただ静かに、大地色の髪に顔を埋
める。
「なぁ…さんぞ?」
悟空がもう一度呼びかける。今度は三蔵も「ん…?」と返事をした。
「あのさ…ちょっと、重たいんだけど…」
三蔵は珍しく、悟空の方へ重心を預ける形で抱きついている。三蔵が自ら支え
る分の体重を前のめりの状態でかけられ、正直言って少し重い。だが悟空の訴
えを聞いても、三蔵は体勢を変えようとはしなかった。
「そうか」
「それと、腕の力…強過ぎて…苦しい…」
「…そうか」
三蔵の返事と共に廻された腕の力は増し、より一層深く抱き込まれて。悟空が
恐る恐る、自分からその胸に頬を押し当てる。それと同時に額に優しいキスを
送られて、悟空は三蔵が自らこのふれあいを望んでいることを理解した。そろ
そろと背中に廻した腕が、三蔵の寝間着をキュッと握る。
「…顔、見たいなぁって…思ってくれてた…?」
はにかみがちの声でぽつぽつと落とされた、小さな呟き。三蔵は悟空の後ろ髪
をクシャリとかき混ぜ、「フン」と鼻で笑ってみせた。
「フザケたこと抜かしてんじゃねーよ、バーカ…」
簡潔にそう言い切られて、途端に悟空がシュン…と項垂れる。その次の瞬間、
悟空は声を上げる間もなく、ベッドに抑え込まれていた。
「な…さんぞ…っ」

「───全部だ。」

困惑する悟空の声を遮る形で、三蔵は一言そう言った。
「三蔵…?」
訝しげに視線を上げる悟空を、紫の瞳は迷いのない強さで見下ろしていた。
「このマヌケ面も」
目許に、軽いキス。
「クソうるせぇ声も」
唇に、音を立てて戯れのキス。
「やたらと高いガキ体温も…何もかんも、『全部』だ。」
手を取った指先に、唇を押し当てるしっとりとしたキス。
存在の『全て』に餓えていたのだと告げられ、未だあどけない丸い頬がほんの
りと染まる。
「…オレ、も…だよ…?」
たどたどしく告げた唇に、もう一度キスが落とされる。
「真似すんなよ」
悪戯めいた光を宿した紫の瞳が、緩やかに微笑う。悟空は子供のようにプゥッ
と頬を膨らませた。
「マネじゃねーも…んっ…」
反論を封じるように、あちこちに柔らかなキスが降り注ぐ。抗うことなくその
甘さに浸っていた悟空だったが、耳朶に軽く歯を立てられ、ビクリと薄い肩を
震わせた。
「え…えっと…さんぞ…?」
めでたく仲直りとなった上は、悟空としてもそうなることに異論があるわけで
はないのだが、如何せん肝腎の三蔵の体調の方が万全とは言い難い。『やたら
と高いガキ体温』と三蔵が言い表した自分の体温よりも、抱きしめられている
腕は明らかに熱い。様子を窺うように問い掛けてきた悟空に、三蔵は軽い苦笑
いを返した。
「…シねぇよ、バカ…流石にまだ、頭がだりぃ…」
そう言い終えた三蔵が、悟空の胸に頭を預ける。刹那、不意を突かれたように
丸く目を見開いた悟空だったが、すぐにその表情は面映そうな笑みに変わった。
壊れ物に触れるように柔らかな手つきで、眩い金の髪をそっと梳く。そのひど
く心地よい感覚に身を委ね、三蔵は静かに両の瞼を閉じた。


結局のところ三蔵は、仲違いのきっかけとなった言動について「言い過ぎた」
とも「すまなかった」とも、具体的な謝意を口にしてはいない。しかし離れて
いる間の空虚な思いを率直に表してくれたこと、体調の悪さも手伝ってのこと
だが、素直に甘えの部分を見せてくれたこと。
八戒も言っていたとおり、悟空にはそれだけで充分だったのだ。
三蔵を見下ろす悟空の顔に、この上なく穏やかな、満たされた笑みが浮かぶ。
「…おやすみ。」
微かな声で囁いた後、眩い金の髪にそっと口づけを落とした悟空は、緩やかに
笑んだまま自らも瞼を閉じた。


こうして。
五日間に渡る二人の擦れ違いの日々は、終わりを告げたのだった───。


                              …Fin.


《戯れ言》
50000hit、香サマのリクエスト。お題は『マジギレ悟空と困った三蔵』…で、
あったワケですが…おかしいなぁ?どこをどう読んでも『果てのないバカップ
ル』にしかなってないぞ…コレ(爆)
おそらく期待してらしたモノとはとてつもなくかけ離れている予感は大!なの
ですが、一方的に奉げる気満々ですのであきらめて下さい(苦笑)。
リクエストを頂戴致しまして、どうもありがとうございましたm(_ _)m



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