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『新しい景色を、君と』 byRiko
「なぁお姉ちゃん、ココってさ、全然景色変わんねーのな。」 観世音菩薩に半ば無理やり押し付けられた書類をようやく仕上げ、 その部屋を訪れた金蝉の耳に飛び込んできたのは、毎日うんざりす るほど聞かされている、幼い子供特有の高い声。 (あいつ、ババァの所に来てたのか…) 数時間前、あの小猿はいつもの如く書類を片付けている金蝉の机の 周りをウロチョロしながらたあいもない話を一方的に続けていたの だが、一々返事をするのも面倒で適当に無視をしていたら、流石に 面白くなかったらしく、いつのまにかプイと部屋を出て行ってしまっ ていた。 「ん…?おいチビ、お前は何の話がしたいんだ?」 観世音菩薩は悟空に話の続きを促す。金蝉は部屋に踏み入れようと していた足を止めた。悟空がどんな話をするのか耳を傾けてみよう と、ふとそんな気になったのだ。 悟空は庭に向かって大きく開け放たれた窓から、色とりどりの花が 咲き誇る外の景色に目を向けていた。 「うん…ほら、下の世界ってさぁ、すんげぇ雨が降って冷たい時と か、逆に頭焦げそうなくらい暑い時とかってあるじゃん?でもココ は、そーゆーのって無いのな。」 「そうだな…それはココを創ったヤツが、それが一番楽ちんだと思っ たからじゃねーの?」 “何言ってんだ”と一笑に付するかと思われた観世音菩薩は、意外 にも律儀に相槌を打ってやる。華やかな景色を映している金の瞳の、 幼い容貌とはアンバランスなその静かな色合いに、何かを感じ取っ たからなのかもしれない。 「ふーん…確かにココっていっつも花が咲いてて、あったかくて楽 ちんだけど、でもさぁ…雨が止んだ後の、すっげぇキレイな夕焼け の色とか、メチャクチャ暑い時に川に飛び込んだ時の、水しぶきが バシャーン!って跳ねて気持ちいい感じとか…どってことないこと だけど、結構楽しいコトってあるじゃん?そーゆーのが無いのって、 ちょっとつまんねぇかなぁ…って。」 “へへ”と照れたように、悟空が笑う。金蝉は虚を突かれた表情で、 少し離れた所にいる幼子をみつめていた。 厳しい自然の流れの中に垣間見える、一瞬の煌き。移ろいの無い景 色を眺めながら、移ろうことに意味はあるのだと、その瞳は語る。 迷いを持たない金の瞳は、おそらく己などよりずっと、この世界の 深い部分を見ている────。 「チビ…お前、下界へ帰りたいか?」 静かに尋ねる、観世音菩薩の声。きょとんとした表情で振り返った 悟空の瞳は、もういつもどおりの、あどけない子供のそれだった。 「何で?金蝉もお姉ちゃんもみんなも…ココにいるのに?」 どうしてそんなことを訊かれるのかわからないといった風に、悟空 は小首を傾げてみせる。観世音菩薩は、目を細めて軽く笑った。 「そうか…そりゃつまんねぇコト訊いちまったな…ところで、お前 はいつまでそうしてるつもりなんだ、金蝉?」 振り返りもせずそんな言葉を投げかけてきた観世音菩薩は、どうや ら最初から金蝉が来ていることに気付いていたらしい。金蝉は忌々 しげに小さく舌打ちし、気まずそうな顔で部屋に入ってきた。 「金蝉!!」 こちらはまるで気付いていなかったらしい様子の悟空が、満面の笑 みで駆け寄ってくる。金蝉はぶっきらぼうな態度で観世音菩薩に書 類を手渡した。 「テメェが強引に押し付けた書類が仕上がったから、わざわざ持って きてやったんだよっ」 「金蝉、仕事終わったの?俺、一緒に帰っても平気?」 金蝉の言葉に、悟空は期待に満ちた眼差しで彼の人を見上げる。 金蝉はそれには答えず、ただ黙ってその手を目の前に差し出した。 「…うん!!」 弾けるように悟空が笑い、差し出された手を小さな手でギュッと握 る。そのままズンズンと歩き出した金蝉に引っ張られるようにしな がら、悟空は懸命に振り返った。 「じゃあね、お姉ちゃん!また遊びに来るからっ!」 「おう、またな、チビ。」 観世音菩薩は上機嫌でヒラヒラと手を振ってやる。その後ろ姿を見 送りながら、艶やかな口許から堪えきれないようにクックッ…と笑 いが漏れる。 「変われば変わるもんだなぁ…なぁオイ、金蝉?…そのちっぽけな チビは、お前にどれほどのものをもたらすんだろうな…。」 茶化した口調とは裏腹に、その瞳には『菩薩』の名に相応しい慈愛 の光が宿っていた。 城を出て暫くの間はおとなしく金蝉と並んで歩いていた悟空だった が、何処からともなくフワフワと飛んできた蝶の姿に惹かれるよう に、手を離して走り出した。 「おい、転ぶなよ。」 「ヘーキ!!」 色鮮やかな蝶を追いかける小さな後ろ姿を、金蝉はぼんやりとみつ める。息が詰まりそうな程頭上を埋め尽くす桜の花。更にその上に 果てしなく広がる青い空。百年前も、そしておそらく百年後も変わ ることのないであろう、死にも等しい、永劫の光景。 その中にいてなお、一瞬として同じ時のない、“活きている子供”。 本当はわかっている。生命の力溢るるあの存在に、この天界は似合 わない。動きの無い澱んだ空気は、野生の花を窒息させ、その輝き を奪ってしまう。 どうすることが一番いいのか。わかっては、いるのだけれど。 「うわっ…」 突然吹き上げた強風に、悟空が声を上げる。 ザザァーッ…と梢の揺れる音と共に、視界いっぱいに花弁が舞った。 目の前を覆い尽くすように舞い散る、うすくれなゐの、花、花、花。 すぐ先にあった筈の小さな背中が、薄紅色の嵐に巻き込まれ、掻き 消されたように見えなくなる。 「悟空…っ!!」 次の刹那、始まりと同じぐらい唐突に、花嵐は終わりを告げた。 静まった風の向こうに姿を現した悟空は、大きく身体を振っていた。 「ビックリしたぁ…うわぁー、俺、花びらだらけだよ…金蝉?」 金蝉と視線を合わせた悟空が、不可思議そうな表情をする。無言の まま歩み寄った金蝉は、悟空の前で跪くとその小柄な身体を抱きし めた。 「金蝉…どうしたの?…寒いの?」 「…寒いわけ、ねぇだろ…」 「でも…肩、震えてるよ?」 悟空の幼い手が、労わるように金蝉の肩に触れる。限りない豊かさ を持った、確かな手。 ……言えるわけが、ない。突然の花嵐が、お前を攫っていきそうな 気がしたなんて。 お前がここから消える───そう考えただけで、身体が震えるのを 止められなかったなんて。 「なぁ金蝉…膝枕、してあげようか?」 「…ハ?」 悟空のとんでもない申し出に、深い思考の底に沈み込んでいた金蝉 が、現実に引き戻される。悟空の華奢な肩口から顔を上げた金蝉の 瞳に映ったのは、曇りのない、その笑顔。 「さっきお姉ちゃんがやってくれたんだ。『超うるとらすぺしゃる さーびすだぞ』って。あったかくて気持ちよかったから、金蝉にも やってあげる。」 呆気に取られた様子の金蝉の腕からスルリと抜け出し、悟空は桜の 木に寄りかかるようにして腰を下ろす。その表情には“誰が何と言っ てもやる”とでもいいたげな活気が満ち満ちている。金蝉は諦めに も似た大きな溜め息をつき、渋々といった表情で悟空に近付いた。 「…重くても知らねぇぞ。」 「ヘーキ。俺、金蝉より力持ちだもん。ほら、早く。」 全く乗り気でない金蝉を促すように、悟空はポンポンと自分の膝を 叩いてみせる。その小さな膝に、金蝉は静かに頭をのせた。悟空は 嬉しげに、目映い金の髪を繰り返し撫でた。 暫くして、横向きに寝ていた金蝉がふと身動ぎし、仰向けに体勢を 変えた。悟空が驚いて手を止める。澄んだ紫の瞳が、金の瞳を捉え た。言葉も無く真っ直ぐに見据えられて、悟空は居心地悪そうに、 モジモジとし始めた。 「あの、さ…何でそんな、じっと見てるの…?」 「ダメか…?」 「ダメじゃ…ないけど…何か…照れ臭くて、ドキドキする…」 返事をする間にも、悟空の顔が首筋の辺りまで紅く染まっていく。 金蝉は視線を外さぬまま、そっと身体を起こした。 「金蝉…?」 木の幹に寄りかかっている悟空の両肩に、金蝉の手が置かれる。 それ以上身を引くことも出来ず、悟空はスローモーションのように 近付いてくる金蝉の秀麗な顔を、ぼんやりとその瞳に映していた。
ゆっくりと、唇が触れ合う。悟空は驚きのあまりに目を閉じること さえ出来ない。全ての感覚がそこに集まってしまったかのように、 金蝉の唇の温もりだけを感じている。金蝉が悟空の下唇に軽く歯を 立てた。悟空が大きく身体を震わせたのと同時に、唇は離れた。 「悟空…?」 茫然とした表情で大きく見開かれた瞳から、ぼろぼろと涙が零れる。 金蝉の長い指先が、悟空の丸い頬を優しく拭った。「嫌だったか?」 と、静かな声が問い掛ける。手の甲で懸命に涙を拭いながら、悟空 は何度も首を横に振った。 「違う…よ?あったかくて、優しくて…嬉しかった…嬉しくても、 泣けちゃうコトって…あるんだな…一人でいる時は、わかんなかっ た…」 まだ潤みを残した瞳で、それでも幸せそうに呟く悟空に、自分でも 無意識の内に、金蝉の口許が綻んだ。 「…もう一回、してもいいか?」 金蝉の言葉に、悟空は耳朶まで真っ赤になる。困った表情でチラリ と金蝉を見上げた悟空は、やがて目を凝らしていないとわからない くらい、小さく小さく頷いた。 金蝉の顔が再び近付く。今度は悟空も静かにその瞼を閉じた。 ──── 一人でいる時は、わかんなかった ──── (…俺も…だよ…) お前とでなければ、見えなかった景色 お前とでなければ、きっと気付かずに通り過ぎたこと お前とでなければ、わからないまま終わってしまったであろうこと お前が俺に与えてくれた、全て ぬるま湯の中を漂い続けているような くだらない繰り返しの毎日 切実に「欲しい」と願ったものなど 今まで何一つなかったけれど お前と生きていく為なら『明日』という時間が欲しいと、願った ……初めて魂の底から、願った─────。 END. 《戯れ言》 『SERENATA』さま UPして頂いた代物。私にしては珍し い天界ネタ。格別意識をしていたワケではないのですが、ある意味 『はるか~』と対になっている話なのかも。 この話の中ではチューしちゃってますが(笑)私の場合、やっぱり 金蝉のチビ悟空に対する愛情というのは「慈しみ」という言葉の方 に近いのだと思います。いえ、人様のラヴラヴな金空を読ませて頂 くのは大っっ好きですが(^^;)。 |
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